すぐ目の前に居る危機
「イブ!! 魔力解放!!」
「ん!!」
矢が放たれた瞬間、俺はイブに覆い被さる様に跳ぶ。そしてイブから、魔力の奔流が吹き出し、こちらに向かっていた矢を吹き飛ばした。
そして、モップを構えたファティマがヴィヴィアンを捕まえていた男を突き倒し、彼女を確保する。
「は? な!?」
状況が飲み込めないのか、慌てている族長を横目に、俺は身体能力向上を発動し、体内循環で毒素を完全に無効化すると、周囲のコボルト達へと躍りかかった。
******
味方に対する被害を考えんきゃならんから、全力を出せないってのは俺の弱点の一つだよな。
周りの倒れ伏すコボルトを見ながら俺はそう思った。
うん。全力でなくてもこれ位なら問題無いんだが。
「な、何故だ!! 猛毒だったのだぞ!! 何故効かない!!」
転がされた族長が叫ぶが、悪いな、普段からプラーナで身体が活性化している俺に、毒とか効かんのだよ。
「くそ!! 狼共!!」
グレッソチューンが、そう叫んで口笛を吹く。
…………
……
「何故だ!!」
来る訳ねぇだろ、なんでミカ達がマウンティングしに行ってたと思ってんだよ。自分達が絶対的上位者だって知らしめる為だぞ?
多分、自分の精神支配が効いていない事も疑問に思ってるんだろうが、そいつはジャンヌが解除したさね。
何でヴィヴィアンが、あんなに元気だったと思ってんだ?
それでなくても、お前の精神支配なんざ、ミカ達にゃ効かんかっただろうがね。
恐らく、今、この村の狼達は、ミカ達によって完全に抑えられてる。本来ならここは別のグループだ。支配下に置いてる訳でも無いのに、上下をハッキリとさせる意味なんざない。
まぁ、グループ同士での上下くらいは決めるかもしれないが、ここまで徹底的にやる必要なんて無かったはずだ。
にも拘らず、彼女はここの狼達を自分達の下に位置付けた。
恐らく、グレッソチューンの態度に不穏な何かを感じ取って居たんだろう。ずっと警戒してたって訳だ。
流石はお母さん。愛してるぜ! 後でモフってやらねば!!
「さて、コイツ等、どうすかっね」
万策尽きたのか、転がされてるグレッソチューン達が、見下ろす俺を見て、顔を青くしてビクリと身を震わせた。
うん、取り敢えずOSHIOKIかな?
******
「ハッ! アニキに逆らおうなんてするからこういう目に合うんだよ!! オヤジ!!」
コイツはコイツでどこ目線だ?
ゲーグレイッツァの言葉に眉根を寄せる。
目下、グレッソチューン達は俺の監視下で穴掘りをやって貰っている。
掘って埋めてを延々と。
サボったやつはスピニングトゥホールドで足首破壊からの強制プラーナ治療でワンモアセット。
疲れ果てたやつも強制プラーナ治療でワンモアセット。
延々、延々と繰り返し。おかげで最初は文句を言ってたヤツラも、今は立派に死んだ魚の眼でスコップを動かしている。
「いや、確かに最初は勘違いして敵対したけどさ、今はアニキの強さに感服してるんだ。逆らおうとなんて思わねぇよ」
心折られの先輩の貴重なお言葉だな。折ったの俺だけど。
勘違いってのは、俺がコボルトを探してるとか思ったって事か? 探してたのはバロメッツだから、正確には違うんだろうが、コボルトの村に居たんだから、間接的にはコボルトを探してたって事に成る……のか?
まぁ、どちらかと言えば探してないんだが。
それはまぁ良い。
問題はこの後の事だ。俺としてはバロメッツの羊毛……羊毛? 羊毛で良いか。まぁ、それと、出来れば、ファンデーションに使えそうな鉱石を融通してもらいたいんだわ。毒素の無いな。
江戸時代に肌を白くしていた「おしろい」の成分に鉛が含まれていた事で、使用していた役者連中なんかが、中毒症状ででボロボロになったってのは割と有名な話だと思うが、確かそう言った鉱物系の毒ってのも幾つかあったと思う。ヒ素やら水銀やらな。
化粧品だと言った所で、要するに顔料を顔に塗るって話な訳で、その主な成分は鉱石だった筈なんだわ。コボルト連中って、そう言った分布が分かると共に、そう言った鉱物に関する知識が多い。俺に毒を飲ませた様にな。
なんで、そんな鉱物のエキスパートなコボルトが協力してくれるなら、ファンデーションの開発は一足飛びに進むだろうさね。
そう言った事も有って、コボルトの協力は引き出したいがね。そもそも一手目で相手を“消す”って選択をする輩なんぞ、危ないし信用も置けない。
どうしたもんかね……あ。
******
『【反芻】【契約の魔術】、デス?』
「うん、やり方わかるか?」
確かリシェルに聞いたんだったか。
『【当然】もちろん、分かるデス……もしかしてデス?』
ジャンヌがちょっと黒い雰囲気を醸し出す。
まぁ、多分想像通り。
「コボルトの何人かを契約で縛ろうかと思ってな」
とは言っても『俺達に対して、直接、間接的に不利益になる様な事をしては成らない』的な事だけどな。
まさか、『絶対服従』なんて事は言わんよ、流石に。
縛るのは、俺達を消そうとしたグレッソチューン達一党。今は疲労と精神的疲弊で思考能力が落ちてるから反抗してこないが、回復したらその限りじゃねぇだろう。
こう言った思考の切り替えみたいなモンってのは、年喰ってるヤツの方ができない。頑固とも言うが、融通が利きずらいんだよな。
恐らくはのど元過ぎれば何とやらで、しばらくすれば俺が係わる事について良しとはしなくなるはずだ。
今は良い感じに思考が鈍って……では無くて、素直になってるから、契約しちまうんなら今の内だろう。
今回の、秘密裏に俺達を始末しようとした事は、既にコボルトの村の者達に知れ渡っている。コボルト全体邪魔者は消せってような物騒な思考じゃなく、大体の村人は概ね善良なんで、その良心に訴えかけて俺達への悪感情を減らしたいって事も有るし、俺がコイツ等をOSHIOKIしてる事への理由をハッキリさせる為でもある。
これに関しては穏便に済ませたかった長老連中との話もついてる。まぁ、こっちも外の人間との係わりに関してはあまり良い感情は持ってないっぽいがね。
それでも、俺達に対する負い目や、コボルト達の主戦力でもある狼達をこっちが完全に支配下に置いてるって事も有って、その辺は納得してもらった。若干、脅迫じみてる自覚はあるがね。
それでも、こっちに誠意があるってのは今後の取引なんかで、分かって貰うしかないさね。
『【歓喜】これがオーナーの覇道の第一歩となるデス。敵対者には容赦しないこのやり口、そこに痺れるデス! 憧れるデスゥ!!』
覇道じゃねぇし、第一歩を踏み出しても無い。むしろそっち方面は踏み外したって言い回しの方がしっくりくるんだが?
俺は、おまいのそう言う所、ついて行けんのだよ。




