決める時は一瞬で
この世界の魔物と言う存在は、『本来の進化とは逸脱した存在』で、『普通に進化してたらそうはならんやろ?』ってぇ感じの生命体な訳なんだけんども、だとしても絶対的に生物から逸脱した存在ってぇ訳じゃぁない。
まぁ、【竜種】なんて、完全に既存の生物の範疇から逸脱してる様な感じもしてるけど、それでも前世で見た生物に似た生体だったりはしてる。いや、それでもその進化の仕方はどうよ? ってぇ所は有るけど。
あーいや、この際【竜種】の方は良いんだ。今は魔物の話だ。
必ず角ってぇ謎器官が生えてるけど、魔物ってぇのは、つまり異常変異体として進化した個体が、“種”として固定化した存在だとも考えられる訳だな。
そう言う意味で、目の前の角犬は、犬か狼から異常進化した存在だと考えられる訳だ。だとすると、もしかすれば、この群れを従えているアルファ犬、つまりリーダーがいても可笑しくは無い。基本的に、全ての個体はこのリーダー犬に従ってる筈だから、それを倒してしまえば群れが瓦解する可能性が高い、ハズ。
いや、集落を作って、それを守ろうとかしてる事を考えると、それだけで瓦解するかは実際わからんけんども。
ただ少なくとも、しばしの混乱くらいは誘発できる気はするんだがどうだろう?
まぁそうでなくても、こう言った手段の『頭を潰す』ってのはセオリーな訳なんだけんども。
追い詰め過ぎてもダメ。適度に、プレッシャーを掛けつつ……
【威圧】を纏いながら、一歩、歩みを進める。
ザワリ、と角犬共にざわめきが広がり、半歩、角犬共が後退る。
もう、少し。
さらに、【威圧】を増し一歩足を先に進める。槍を握る槍に、力が籠る。
そしてそのまま、また今度は、【殺気】を込めての半歩前進。
角犬達の尻尾が、股の間へと垂れ下がる。
【威圧】と【プレッシャー】と【殺気】を込めて、ほんの僅か、ほんの僅かだけ、歩みを進める。
「……そいつ、か」
その瞬間、角犬達の“意識”が、一体の角犬の方へと集中した。
個体差の殆ど無い、他の角犬と紛れる程度の灰色の毛並みの角犬。最前でもなく最後尾でもなく、中央よりやや左側に居る、その、個体。
この場に居る角犬共の、その意識がそいつに集中した、一瞬の意識の間隙。
俺は、【縮地】とでも言うべき速度でそいつの隣に肉薄し、大きく足を振り上げ、押しつぶすが如く踵蹴りを食らわせる。
「アオオオオオオォォォォォォン!!!!」
【威圧】を籠め、『キャン』と言う、リーダーの悲鳴をかき消す様な、大きな遠吠えを上げる。それだけで、周囲の角犬は耳を伏せ、両膝を付いて蹲った。
本来であれば、犬に対し大声を出すのは、脅えさせる行為なのであまり良くないのだが、今の場合は示威行為であり、俺の方が強いのだと示してやる事の方が重要なので、敢えて大声を上げた訳だ。
ぶっちゃけ、従ってくれる程の信頼関係を築ける様な手間をかけるのが面倒臭いからってのも有る。
リーダーを一瞬で押さえつけられ、俺の方が絶対的に強いぞと示された事で、歯向かおうと言う気力をへし折った訳だな。勿論、このリーダーだって殺した訳じゃぁ無い。ちょっと、【威圧】しつつ【圧力】をかけて脅えさせ、身動きが出来ない様にしてるだけだ。
今だって『く~んく~ん』って足の下で啜り泣いてるし。
角犬達がひれ伏してる周囲を見下ろす。いや、穏便にケリが付いて良かった良かった。
コレが普通に人間相手だったら、心をへし折る為にもうちょっと手間を掛けなきゃいけない所だったわ。




