そして日常へ
「そりゃ完全に嵌められてるだろ、伯爵」
「だよなぁ、そう思うよなぁ。名誉男爵さんよ」
事の顛末をグラスに話すと、コイツは呆れたようにそう言った。
俺が貰った爵位は伯爵位。名誉ってぇ枕詞の付かないヤツで、紛うことなく永代貴族で上級貴族って奴だ。
ただし扱いは特殊で、普通の貴族の義務は免除される代わりに年金は無しよって感じ。
正に名ばかりの貴族な訳だな。
所がだな、義務は免除されてはいるが、権利は有る訳だ。まぁ、有り体に言うと、王配になれる権利なんだわ。上級貴族だしなぁ。
要は、これもエリスからのアプローチだった訳で。
思ってた以上に外堀を埋められてたんよ。
「これでオマエも年貢の納め時か?」
「毟るぞ!? ゴラァ」
グラスの顔にイラッと来た。
「第一、俺はまだ2歳だ」
「…………ああ!!」
マジ忘れかよ!!
さて、俺が態々グラスんとこまで来たのは、今後の事を打合せする為だ。だってよ、公爵との謁見はブッチしたのに、よその国で伯爵位貰って来たんだぜ?
なんか腹に一物持ってるって勘繰られたってしょうがねえ所業な訳だ。
本来なら、お詫びの品でも持ってご機嫌伺いでもしに行けば良いんだろうが、生憎と公爵の前じゃぁ黒鎧から出られない上に、自分捨てた父親にへーこらする気は無いんよ。
あ、これが腹に一物って事か? だったら言い訳できねぇわ。
まぁ、今回はガーディアンの素材を献上しておく事になった。それだけで留飲を下げてくれるとは思えんが、この国にはない遺跡産の素材だ。ちったぁ鼻薬の代わりには成るだろうよ。
******
「お帰りなさいませご主人様」
「……誰だそれ仕込んだの」
柱の影からチラチラ見えてるキャルの仕業だろうと思うが。
バラキに乗って教会に戻って来た俺に、ガーディアンことエクスシーアはそう言って頭を下げた。
最近は2歳児姿で犬に乗っかってても、驚かれなくなった。
もちろんフードを被ってるからって事もあるが『冒険者のトール』が犬使いだってのも有名なんで、そのお使いだって思われてるらしい。
さて、エクスシーア、厳つい顔だが、執事服が異様に似合ってやがるな。
エクスシーアの名前は当然だが俺が付けた。前世での権天使の別名だ。人の傍らで導く立場の天使なんで、俺の側に付いて行くと言った彼にそう名付けた。人に近しいが故に堕天する者も多いんだそうな。深い意味は無いんよ。深い意味は。
ファティマとジャンヌが、彼に名前を付けた事で酷く文句を言って来たが、名前の無い社会人とか居いへんのよ。普通。分かれよ人間社会。
あんまり煩かったんで、『強制プラーナ注ぎ込み』で強引に黙らせたわ。
まぁ、それは置いといて、別にエクスシーアに執事をやらせるつもりは無いんだが、この教会ってまともに大人が居やしねぇんで、助かるっちゃあ助かるんよ。
今拠点に居る連中の中ではマァナが最年長なんだが、それでも14だしな。
実際の年齢は不詳だが、それでも20半ばに見えるエクスシーアが居れば、色々便利だろうさね。社会的信用って方の意味で。
結局、若すぎるってだけで、信用を得られない何てこたぁ、いくらでもあるんだって話なんだわ。
その逆に、歳食ってるってだけで一定の信頼を得られるなんてぇ事もな。理不尽理不尽。
そう言や、マトスンに紙漉きの道具、作らせるつもりだったんだわ。
アイツ、どこ居る?
「エクスシーア、マトスンの居所分かるか?」
『マトスン殿なら、聖犬の整備をしてるはずだが?』
「じゃ、研究室か」
中庭の一角に作られた小屋。通称『研究室』は、まぁ、色々機材が置いてある関係で俺やマトスンと言った一部の人間しか入れない事に成っている。
主に俺がマトスンにいろいろ造らせてる所為で色々とゴチャついてるからなあそこ。
その途中、洗濯をしていたらしいマァナとファティマに、サボっていた事がばれて連行されているキャルと目が合い、助けを求められたが、『自業自得だ大人しく怒られとけ』と視線で返しておいた。
「トールちゃんの薄情者ぉ~」とか声が聞こえてきたがサクッと無視するさね。
中庭に出るとイグディが相変わらず日向を陣取って寝転んでいる。ホント、何なんだろな? あの犬は。
見ればイブと一緒に、魔法を練習しているガキども。ジャンヌは、それに教えている所か?
イブの周りには鳥を象った炎がギュンギュンと音を立てながら飛び回っている。てか、前より早くなってないか? ジャンヌが満足そうに頷いてるが、あれは問題無いんだよな? まぁ、ガキ共もキャッキャッと笑ってる様だし、良い……んだよな? イマイチ分からんが、この間、自分の常識と世間の常識の乖離さ加減にちょっと唖然としてしまったんで、確信が持てん。
イグディ以外の犬達はオスローやジャンと狩りと言う名の特訓に行った様だな。吠えられながら、死んだ目で行進してる様子が思い浮かぶ様だ。あれも今では公都では見慣れた風景に成ったとグラスが言ってたな。何だそりゃ。
思えば、随分と人も増えて賑やかになったもんだ。だが、この賑やかさこそが、俺にとっての日常なんだと、今は確かに思える。




