4ラウンド目
それはもはや必然だったのだろう。たった一回の投げ技。それだけでこの試合は決着がついた。
だが、その決着の時、誰もが、その技が出た瞬間『これ終わったわ』と思っただろう。
ブレーン・バスター。
相手を自身の肩の高さに逆さまで垂直に持ち上げ、そのまま自身ごと倒れ込む事で、相手の背面をマットに叩き付けると言う。文字通りの必殺技。スターリンの行ったのは、それも垂直落下式と呼ばれる初期型の物で、こちらは背面と言うより、上半身上部、特に両肩、頭部を叩き付けると言う危険な技である。
相手をそのまま逆さ持ちで持ち上げると言う豪快さと、頭部をマットに叩き付けている様に見えると言う分かり易い大ダメージを与えていると言う印象を観客に与えられる事も有って、とても観客を沸かせるにはもってこいの技でもある。危険度と難易度は高いが。
逆さまに持ち上げられた時、アレゴロウは当然の様に暴れた。だが、この数か月の間、体幹を鍛えに鍛え上げたスターリンは、動じる事無く、耐えきった。
4ラウンド開始直後、スターリンは仕掛けた。今までと同じ、低い体勢からのダッシュではなく。アレゴロウと似た様なストライカー系の構えに。
当然だが、プロレスにも立ち技は存在する。握り拳が反則とされる為、それは手刀で在ったり、蹴りわざだったりする訳だが、それでも立ち技での攻防が行えないと言う訳じゃぁ無いからな。
立ち技に変化したスターリンを警戒してか、それまでリング中央までダッシュしていたアレゴロウが、ゆっくりと近づいて行く。
しかし、スターリンの方はと言えば、速度変わらずのダッシュで、近接位置まで近付き、掌底を繰り出す。アレゴロウの方は、一瞬、掴み掛られるのを警戒したか、反応が遅れた物の、クリーンヒットを許さないとばかりに、その掌底を捌き切った。が、さらに踏み込んでの肘打ちはスウェーで躱すと、距離を取る為に押し出す様なジャブ。
だが、それを待って居たかの様に、スターリンはその左手の手首を掴むと、逆に引っ張る様にバックステップをした。
それに驚いたのはアレゴロウ。そのまま持って行かれては転がされ、自身の苦手とするグラウンドへと入られてしまうかもしれないと思ったのか、グッと力を入れ、踏ん張ろうとする。
だが、それこそが罠だった。次の瞬間。一歩入り込まれると、踏ん張ろうとしていた事も有って、あっさりとバランスを崩した。
スターリンは、すると逆に、もう一度アレゴロウを引っ張り、その頭を抱え込むと、ブリッジするかの如く、全身のバネを使ってアレゴロウをブッコ抜くと、ブレーン・バスターの体勢へと入った。
成人男性を引っこ抜き、肩に抱えると言うのは結構なインパクトがあったらしく、観客の方も息を呑んで目を見張っていた。
当然だが、アレゴロウも抵抗はした。だが、それでもアレゴロウを逃がすまいとするスターリンは揺るがない。
ヨロヨロとだが、しかし、着実にリング中央へ。
『中央に付いたら技を仕掛けられる』そう感じたのだろう。暴れるアレゴロウ。だが、スターリンはそれを物ともせずに、観客にアピールするかの様にゆっくりとリング中央へと向かい、そして、その技は仕掛けられた。
ドオオオンンンッッッツ!!!!!!
人一人が人間の高さから叩き落される音が響き、その音の発生源には、まるでマットに突き刺さったかの様な状態のアレゴロウ。
その脇からスターリンが起き上がると同時に、限界を迎えた巨木の如く、最初はゆっくりと、しかしすぐに雪崩を打つ様にアレゴロウの肉体は崩れ落ちた。
本来なら、3カウントを狙う為にアレゴロウへと向かわなければいけないスターリンは、しかし、その場から動かず、少し訝しみつつも、動かないもう一人の選手、アレゴロウの方へと審判が様子を窺いに行き、だが、直ぐに両手を頭の上で交差させた。
レフェリーストップ。
次の瞬間、試合終了のゴングが高らかに鳴り響いた。




