新生児より
本日、第一話目です。
「何じゃこりゃぁぁ!!」
思わずそう叫んだ俺を誰が責められるだろう? それ程に今の俺の状況は非常事態だった。
ぽつぽつと雨の降り始めた曇天の真下には真ッ裸の新生児が一人。
何を隠そう現在の俺の姿だ。
粗末なボロボロの屋根が視界の端に広がり、ツーンとしたすえた臭いがしている所から鑑みれば、恐らく場所はゴミ捨て場。コインロッカーベイビーなんて話は聞いた事が有ったけど、よもや生まれて即ダストシュートされるとは思わなかった。
何で自分が生まれたばかりだとか分かるかと言えば、俺に前世の記憶ってヤツがあるからだ。
大崎 徹……それが俺の前世の名だった。
前世での最期の記憶は唐突な胸の激痛を感じた所だったから、恐らく心臓発作的な何かで命を落としたんだろう……多分。
40がらみのフリーターの孤独死について、思わない所が無い訳ではない。
だがこの際、俺の前世の話はどうでもいい。むしろ現在の俺の状況を何とかしなくては。
転生、即、死亡なんて目も当てられない。
今の俺は野良猫やカラスなんかよりも捕食のヒエラルキーは低いだろう。むしろ最下層。ネズミやアリにだって負けられる自信がある。
何にせよ、今の状況はマズイ。
最低でも雨露のしのげる場所に避難しないと。濡れネズミに成ってしまえば体力も奪われる。新生児と言う事を鑑みれば、致命傷とも言えるだろう。
幸い体が自由に動かないって事はない。
赤ん坊でも、生まれてすぐに泳ぐ事もできるんだ。
陸と水中では勝手が違うだろうけど、生き延びる為にはやらにゃならん!
がんばれ! がんばれ俺! きっと俺はやればできる子! 本当かどうかは知らんけど、そう決めた!!
仰向けの姿勢からうつ伏せの体勢に移る。こっから立ち上がって……
うお! 重い! 頭が重い! 首が座ってないからか!?
それでも俺は何とか四つん這いに成ると、何とか二本の足で立ち上がり………………そのまま後ろへ倒れた。
ゴン! と、鈍い音が路地裏のゴミ捨て場に響いた。
うおお! 頭が! 頭がぁ!!
後頭部を強打し、しばらくじたばたと悶えていた俺だったが、何とか痛みを堪えながらも落ち着くことができた。
雨足が強まりつつある空を眺めながら、俺は呼吸を整える。
くそぅ! 一回失敗したくらいで諦めてたまるか!!
そして、それから同じ作業を繰り返す事十数回。フフ、受け身が上手くなったな。
じゃ、無い!!
さすがにこれは無理だと気が付いた。足りないのは圧倒的な筋力。
立ち上がって、一歩踏み出す所まではこぎ着けた。だが、地面に着いた足が内側を向きまともに体を支える事ができなかった。
うおお! 赤ん坊の足首の弱さを舐めていた!
だが、諦め、即、終了! な状況で諦めてしまうのは、則ち命を捨てる事と同義に他ならない。
しかし、良く分かった! 新生児には二足歩行は難易度が高すぎたんだ。やはり、ここはハイハイからが妥当か? 四つん這いには成れたからな。
何事も一足跳びに……とは行かないらしい。段階を践んで行くしかない様だ。ちくしょう!
最悪、転がって行くのも視野に入れなければならない。だが、それは最後の手段だ。
土がむき出しの地面は、小砂利なんかが有って転がれば擦り傷必須。
生まれたてで傷だらけに成ると言うのは、さすがに不味い事がわかる。
破傷風とかな!
そんな事を考えながら、俺はさっきと同じ様に体の向きを変えると、四つん這いに成る。
さすがにハイハイすら失敗するとは思えないが、しかし、これが成功しなければ、一歩も前に進めないとまでは言わないものの、今後、色々と困難に成ることは否めない。
緊張の第一歩。
右手を地面につき体重をかける。重心を左側に移動しつつ前方に動かし右足を引き付けた。
おお! 進めた! 進めたぞ!!
第一歩と言いながら、最初のそれは右手だったがな!!
しかし、確かにこれは小さな一歩たが、俺にとっては大いなる前進だ!!
第一、俺、生後1日目の新生児だしな!
ともあれ、こうして俺は新しい人生の第一歩を踏み出したのだ。
******
さて、新生児の俺が、こんな所に居るのには訳がある。理由もなしに居たら、それこそ訳がわからないからな。
その理由と言うのが“双子だったから”だ。
「え、何で?」と言う気持ちも分かる。普通なら、そんな事で捨られていては堪ったもんじゃ無いしな。
たが、それが特殊となる事情があったならばどうだろう?
例えば知っているだろうか? 日本でもあったらしいのだが、武家なんかの身分の高い家では、双子と言うのは禁忌とされていた。
御家が断絶するなどの理由でだ。たぶん、継承権が同じ者が二人いた場合、いわゆる御家騒動に成り易い為だと思うが、そんな理由で片方が殺されたり捨てられたりしたらしい。
俺の身に起こった事は、まさにそれだった。
不吉な双子が生まれた事で、家に不幸が襲い掛からない様にと、俺の方が捨てられたと言う訳だ。
あの占い師、絶対そのうち泣かしちゃる。
不幸中の幸いと言うか、転生して前世の記憶の有る俺の方が捨てられた事で、弟の方は、親に育てて貰えるはずだ。
これが逆だったら、何も知らない新生児が捨てられていた訳で……
いや、まぁ、俺だって今は新生児な訳だが、中身は40過ぎのおっさんだ。社会の波にもまれて来たメンタルは早々折れやしないからな。
『大崎さん、面の皮がカバ並みに厚いですもんね』と言われ続けて来たのは伊達じゃない。
いや、ほっとけ!!
実際、こうして危機を回避している訳だからな。前世の記憶をもって、何が何でも生き抜いてやるわ!!
人の生活の基本は‟衣食住”。
だが、ともかく、どこか安心して眠れる場所を探さなくちゃならない。赤ん坊と言う事で、相応に体力など無いだろう。
確かに‟食”も重要ではあるが、現状まったく目途が立たない物に時間を掛けてる場合じゃ無い。
とにかく、身の安全の確保が重要課題だ。
同じ理由で“衣”も後回し。どこか適当な隠れられる場所を見つけるのが先決となる。
何せ俺、新生児だからな!! 鳥や猫にすら負けられる自信があるぜ。
ああいったゴミ捨て場なんかは、特に鳥猫が集まり易い場所だ。そんな所にいつまでも留まっていられるか! ワシは帰らせてもらう!!
って、俺、捨て子だったわ! 帰る場所なんて無かった!!
コンチクショウ!! 負けて堪るか!!
後、二話投稿します。