背中を押して欲しいのか
「君はきっと責任感が強すぎるんだよ」
暗く俯いていて表情の窺えない生徒の後頭部を見ながら、自分の出来る限り優しい声で話しかける。
「君は学級委員長としても生徒会役員としても頑張ってる。その上部活動までして疲れないわけないんだよ」
責めてるように聞こえないか不安になりながらも言葉を続ける。
「ほら、今は生徒会で忙しい時期だってクラスのみんなも分かってるだろうし、学級委員長の仕事はサボって誰かに任せても良いんじゃないかな?」
生徒は相変わらず俯いて顔色が窺えないまま2人の間には沈黙が広がり、時折外から聞こえる生徒の笑い声だけが相談室に気まずく響く。
「適度に力を抜いて人に任せる事だって重要だよ?頑張りすぎてもきっと上手くいかないって」
「先生……最低ですね…」
「っ……」
「先生がそんなこと…言ったら駄目だと思います…」
顔を上げた生徒は赤く腫らした目で、震える声でそう言った。
「今日はまだ…やる事あるので…」
生徒はそう告げると席を立ち、目も合わせずにさようならとだけ挨拶をして相談室から出て行った。
やってしまった。教師としても人としても言って良い発言じゃなかった。本当に…
「頑張ってる子にきっと上手くいかないは最低だろ」
あまりの自分の情けなさに頭を思い切り机にぶつけた。
「って事があったんですよ、後藤先生」
その日の夕方、自分は職員室で教師でもよく知った仲である後藤先生にこの件を相談していた。
「それは…難しい話ですねえ」
後藤先生は苦みがかった笑みを浮かべ困ったように唸った。
後藤先生は体育会系の人柄だと思っていただけにその反応は意外であった。
「やっぱり生徒の背中を押してあげるべきでしたかね……」
「そう、と昔なら自信満々に言えたんですけど…やっぱりそんな単純な話じゃないですよ」
「…と、言いますと?」
「実は、一昨年の話なんですがね。僕はいつも通り馬鹿みたいに頑張れ頑張れって叫んでたんですけど…ある生徒に、もう頑張れって言わないでくれ、って」
「それは…また難しい話ですよ、本当に」
「でも、それで良いんじゃないかって最近は思ってるんですよ。頑張れ頑張れって生徒を応援し続けて、きっと大半の生徒からはうぜぇって陰口されるんでしょうけど、それが応援になってる子もいるなら意味はあるって考えです。
まあ僕には結局それしか出来ないんですけどね。
だから先生も先生なりのやり方で生徒に寄り添ってあげるしかないんじゃないですかね、いやぁ偉そうにすいません」
「いや、全然。本当にありがとうございます。明日またもう一度真摯に生徒に向き合ってみます、それで駄目なら、生徒が行き詰まってしまったらそのときは、後藤先生、サポートしてあげてください」
「それで良いと思いますよ、やっぱりばらばらな生徒の悩みを1人の教師が解決するなんて不可能なんですから」
後藤先生はちょっと寂しそうに笑った。
「昨日はムキになってしまってごめんなさい」
こわばった顔で頭を下げる生徒に慌てて顔を上げさせる。
「いや昨日は先生の方が悪かったよ、上手くいかないなんて生徒に言っていい言葉ではなかった」
生徒に謝らせてしまう自分に再び情けなさを覚えながらも昨日悩みに悩んでだした結論を思い出す。
「僕はね、中学校の頃クラスの係で小規模ながら毎日、新聞を更新していたんだ。本当はそんなの係の仕事の範囲になかったのにね。
受験シーズンに入ってもそれを続けようとしたんだけど、結局新聞も受験勉強も中途半端になっちゃってね。第一志望に落ちてしまったんだよ」
「……」
「そんなの自業自得な話なんだけどね、君にはそうなって欲しくないんだ。
だから本当に君がやらなければならない、やりたい事以外に力を入れすぎないで欲しかった。
でも全てに全力で取り組んだら、きっとそれも君の為になるんじゃないかと改めて考えて思えた」
「…私は、周りに見栄を張ってなんでもやらないとって思ってしまうんです。
私には出来るか分からなくても、全部やらないとってわがままを言って、昨日も皆んなに迷惑を掛けてしまいました」
生徒の目を覗くと、そこには堅い決意が感じられた。
「だけど私は皆んなに頼られる存在になりたいんです。
自分勝手な思いですけど私はその為なら頑張れるし、頑張ります」
「そうか…分かった、それなら先生も応援するよ」
未だに生徒が燃え尽きてしまわないかという不安はあるし、自分が正しいことを言えてるのかも曖昧だ。
それでも自分は生徒の思いをただ応援し、その行く先を見てみたいと感じた。