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地味な女子高生が変身したら、90年代のヤマンバギャルになってしまいました。

作者: 日下千尋

1、変身アイテムは白いルージュ


「またねー。」

「うん!」

 私、黒川すみれは横浜市内の女子高に通っている、ごく普通の女の子です。

 特に目立ったところはなく、部活は帰宅部を堪能(たんのう)しています。

 入学して2週間が経っていても寄り道することはなく、家と学校を毎日往復しています。

 家にいてもやることが少ないので、その日の予習と復習をして、余った時間でスマホをいじりながら、テレビを見ることが多いです。

 夕方は基本的に近所のスーパーに行って、夕食の買い物を済ませて、家で母さんの仕事帰りを待っています。

 私がベッドで横になりながらスマホをいじっていたら、幼馴染の長岡帰蝶から電話が来ました。

「もしもし?」

「私、帰蝶。今、電話大丈夫?」

「大丈夫だけど、どうしたの?」

「明日って数学の小テストじゃん。」

「うん。」

「よかったら、今から教わりに行っていい?」

「いいけど・・・・。」

「やったー!今から行くね。」

 5分後に帰蝶は勉強道具一式を用意して私のところへやってきました。

「すみれ、来たよ。」

「それで、どこが分からないの?」

「ぜんぶ!」

「マジ!?」

「うん。」

 私は折りたたみ式テーブルを出して、そこに教科書とノートを広げて、一緒に勉強を始めました。

「言っておくけど、私は塾の先生でも家庭教師でもないんだからね。」

「はーい。」

 私は少し呆れつつも、帰蝶の勉強を見ることにしました。

「テストって、この公式からじゃん。」

「うん。」

「だけど、問題集を見てみると、教科書とちょっと違うんじゃん。」

「そんなことないよ。」

「マジ!?」

「うん。分子と分母がさかさまになっているだけで、基本は一緒だから。」

 時計を見てたら、すでに7時近くになっていました。

 (今日は残業なのかなあ。)

 私は心の中で、そう呟いていました。

「そういえば、おばさん帰りが遅いね。」

「うん。」

「よかったら、うちで晩ご飯食べる?」

「もう少し待ってみるよ。」

「そう?」

「せっかくだけど・・・。」

 私が遠慮して断ろうとした瞬間、スマホの着信音が鳴りだしたので、出てみたら母さんからでした。

「もしもし?」

「すみれ、悪いんだけど、今日もお仕事残業になりそうだから、先に食べてくれる?」

「わかった、そうする。」

「わるいね。」

 私が電話を切った直後、帰蝶が「おばさん、今日も帰りが遅いの?」と聞いてきました。

「私、これからコンビニへ行って弁当を買うから、今日はお開きにしない?」

「だったら、うちに来なよ。」

「それじゃ、悪いよ。」

「悪くないって。」

 帰蝶は私の手首をつかんで家に連れていきました。

「こんな時間に申し訳ありません。」

「いいのよ、うちは何時だって大丈夫なんだから。それよりお母さん、今日も帰りが遅いの?」

「そうみたいなんです。」

「だったら、うちで食べてくれる?外食やコンビニって体によくないものが入っているから。」

「それでは、お言葉に甘えてご馳走になります。」

 私はおばさんに言われるまま、食卓へと向かって一緒に食事をとることにしました。

 出た料理を食べ終えて、食器を片付け終えた時には9時近くになっていました。

「もう、こんな時間になっていたんだね。私、そろそろ帰るね。」

「じゃあ、また明日学校で。」

「うん。」

「おばさん、今日はごちそうさまでした。」

「また来てね。」

「おやすみなさい。」


 日曜日、お勉強と部屋の片付けを済ませて、ベッドでスマホをいじっていたら、母さんから庭に来るように言われました。

 母さんは大きなスコップを持って、庭の隅を掘り起こしていました。

「お母さん、庭を掘って何しているの?」

「ここに宝物があるの。」

「宝物?」

「そう、宝物。」

 母さんはスコップで庭を掘りづづけていたら、金属の当たる音が聞こえてきました。

 そのまま周りを掘っていたら、少し大き目の金属の箱が出てきました。

「この箱の中に、お母さんの宝物が入っているの?」

「そうよ。」

 私は母さんに言われるまま、一緒に持ちげるのを手伝いました。

「あー、服が汚れちゃった。」

「ごめんね。」

「ちょっと部屋で着替えてくるね。」

 母さんは庭にあるホースで金属の箱についている泥を洗い流したあと、部屋に運びました。

「そろそろ、この宝箱の正体を教えて。」

「ふたを開けるまでの、ひ・み・つ!」

「もったいぶっていないで、教えてよ。」

「じゃあ、ふたを開けようか。」

 母さんは金属の箱をゆっくりと開けていきました。

 すると、中から卒業証書、文集、制服、体操着、写真などが出てきました。

「これって、タイムカプセルだったの?」

「そうよ。これ、全部お母さんの宝物なの。」

「そうなんだ。当時の思い出の品なんだね。」

「うん。」

「写真、見せて。」

「いいわよ。」

 私は「思い出の写真集」と書かれた小さなアルバムをめくってみました。

 そこに写っていたのは、俗にいう「ヤマンバ」と呼ばれていた人たちでした。

「お母さん、昔ヤマンバだったの?」

「うん、少しだけどね。」

 母さんは少し恥ずかしそうな顔をしていました。

 さらに箱の中を見たらルーズソックス、ウィッグ、メイク道具も入っていました。

 化粧ポーチの中を見たら、こげ茶のファンデーション、白のルージュ、つけまつげなどが出てきました。

「お母さんのメイクって、派手だったんだね。」

「昔はこれが普通だったの。今はもうこんな年齢だし、やりたくてもできないから。すみれ、よかったら塗ってみる?」

「でも、これって、お母さんの大切な宝物なんでしょ?」

「そうだけど、こうやって大事に残しておくより、誰かに使ってくれた方がうれしいから・・・。すみれはどうなの?塗ってみたい?」

「うん。」

「じゃあ、顔を出して。」

 母さんが白のルージュを塗ったとたん、強い光が私を包み込みました。

 光がやんで、その瞬間、私の姿に大きな変化が起きました。それを見た母さんはびっくりした表情をしていました。

「お母さん、どうしたの?」

「すみれ、ちょっと鏡で自分の姿を見てきて。」

「なんで?」

「いいから。」

 私は母さんに言われるまま、洗面所に行って自分の姿を見てきました。

「ええ!何この姿!?」

 鏡で見た自分の姿は昔の母さん、そのまんまでした。

 しかも、服装も知らない学校の制服で、スカートも下が見えるくらいのミニスカになっていて、靴下もダボダボのルーズソックスになっていました。

 髪の毛の色も白に近い金髪になっていて、目元もど派手なつけまつげ、瞳の色も紫色なっていて、肌も土人みたく茶色になっていました。

「母さん、私違う姿になった。」

「だから、お母さんもびっくりしているんでしょ?」

「明日からの学校どうしよう・・・・このままだと外も歩けないよ。」

「そうだよね・・・。」

 母さんは少し考えました。

「試しに外に出てみたら?この姿だと、誰もすみれだと思わないから。あと、名前も違う名前にした方がいいんじゃない?」

「それって、アニメの変身ヒロインみたいな存在になれっていうこと?」

「まあ、そんな感じかな。」

 母さんは笑いながら返事をしました。

「いきなり、名前を変えるって言われても・・・・。」

「じゃあ、アンナは?」

「可愛いから、それにする!」

「苗字は?」

胡桃沢(くるみざわ)ってどう?」

「胡桃沢アンナね。それにする!」

 こうして、胡桃沢アンナとしてのもう一人の自分が誕生しました。


 その日の午後、私は靴を履いて恐る恐る玄関のドアを開けました。

 外は特に変わった様子もなかったので、バス停に向かいましたが、すでに何人かの人がすでに待っていました。

 慣れない姿に私は周囲の目線を気にしながら、少しソワソワした感じでいました。

 内心は今すぐ戻りたい気分でしたが、せっかくなので、ちょっと駅前まで冒険してみようと思いました。

 バスの中も周囲の目線が気になっていたので、イヤホンで音楽を聴きながらスマホの外面を見てごまかしていました。

 バスは東神奈川の駅前に着きましたが、まだ慣れていなかったので、私はそのままショッピングセンターには行かず、別の方角へと向かいました。

 結局、自販機でジュースを買って、そのままバスに乗って帰ることにしました。

 バス乗り場へ向かう途中、小さな女の子がスマホの画面を見ながら私に近づいてきました。

 女の子は私の存在に気が付かず、画面に夢中になっていたので、私にぶつかってしまいました。そのとたん、女の子はしりもちをついてしまいました。

「いたた・・・・。」

 私も体のバランスを崩してしりもちをつきました。

 女の子は私の姿を見て、泣きそうになりました。

「ごめんなさい。」

「あ、おねえちゃんこそごめんね。けがはなかった?」

「うん。」

「でもね、スマホを見ながら道路を歩いていると危ないからやめた方がいいよ。せっかくの可愛い服が汚れちゃったね。」

 私は軽く微笑みながら注意したあと、女の子のスカートを2~3回ほどはたきました。

「ありがとう、おねえちゃん。」

 女の子はそのまま走り去っていきました。

 私もその足でバス乗り場に向かい、地元へ戻りました。

 バスを降りて、家の前に差し掛かった時、帰蝶に見られてしまいました。

 しかし、その時の私は早く玄関の中へ入りたい一心でしたので、帰蝶の存在には気づきませんでした。

「ただいまー!」

「お帰り。」

「変身でのお出かけはどうだった?」

「慣れていなかったから駅前まで行って、そのまま戻ってきた。」

「そうなんだ。そういえば、変身と解く方法なんだけど・・・・。」

「私、もう少し胡桃沢アンナでいようかなって思っているんだけど・・・。」

「それはダメ。普段は黒川すみれとしていなさい。」

「はーい。」

「それで変身を解く方法なんだけど、お母さんもよくわからないの。」

 私は思わずズッコケそうになりました。

「知らないの?」

「お母さんのころは時間をかけてメイクをして、時間をかけてメイクを落とすのが当たり前だったから。」

「そうだったんだ。」

「試しにメイク落としでやってみる?」

 母さんは自分の部屋からメイク落としのミストとコットンを用意しました。

 メイク落としをコットンに染みこませて、私の顔を拭きましたが、落ちませんでした。

「おかしいね。落ちないわよ。」

「試しにルージュを拭きとってみて。」

「同じだと思うけど・・・。」

 母さんは言われるままにルージュの部分を拭き取りました。

 すると、またしても大きな光が私を包み込むような感じで出てきて、元の姿に戻りました。

「なるほど、こうやって元に戻るだね。」

 私は関心するように鏡で自分の姿を見ていました。

「これ、よかったらすみれにあげる。」

「でも、これはお母さんの大切な宝物なんでしょ?受け取れないよ。」

「いいの。私が持っていても仕方がないし、それよりあなたに使ってもらいたいの。嫌かな?」

「そんなことない。」

「じゃあ、受け取ってくれる?」

「ありがとう。」

「ただし、条件があるの。」

「条件?」

「胡桃沢アンナとしていられるのは休日だけ。あとは正体がばれないように、気を付けること。」

「なんで正体がばれると、いけないの?」

「いろいろ噂になるでしょ?そうなると学校にいられなくなると思うから。」

「わかった。」

 私は母さんから白のルージュとメイク落としを受け取って部屋に戻りました。

 


2、正体がばれちゃった!?


 翌日、私は教室で数学の教科書を眺めていましたら、帰蝶が私の席にやってきました。

「昨日すみれの家にギャルっぽい女の子が入ってこなかった?」

「うん。」

「だれ?」

「保育園の時の友達。」

「名前は?」

「山本佳代子ちゃん。」

「うそ、佳代子は福井にいるはず。それなのになんで、すみれの家に来たの?」

「遊びに来てたって言うから・・・。」

「じゃあ、なんで連絡しなかったの?おかしいでしょ?」

「実は彼女、モデルになると言うから・・・・。」

「あのね、もう少しまともな嘘を考えなよ。すみれの嘘ってすぐにわかるんだよ。私、保育園の時から一緒だったから分かるけど、すみれって嘘をつく時って絶対に私から目をそらすよね。とにかく本当のことを言ってちょうだい。」

 私はこれ以上隠しきれないと思って、昼休み帰蝶を連れて中庭まで行くことにしました。

「帰蝶、これから私が話すことは、誰にも言わないと約束できる?」

「いいけど、何?」

「実は昨日帰蝶が見たギャルっぽい女の子は私だったの。」

「マジ!?でも、肌が黒かったよ。すみれは白じゃん。」

「放課後、うちに来られる?」

「いいけど、なんで?」

「ここでは見せられないから。」

「いいけど。」

「じゃあ、終わったら一緒に帰ろ。」

「うん。」

 私と帰蝶は弁当を食べ終えて、教室に戻ることにしました。

 午後の数学は昼休みのあとなので、どうしても眠くなってしまいます。

 帰蝶は案の定、寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていました。

 私は肩を2~3回ほどたたいて起こしましたが、まったく起きませんでした。

「黒川、どけ。」

 村上先生は教務手帳と出席簿で帰蝶の頭を叩きました。

「いったーい。」

「『いったーい』じゃないだろ!次の問3の計算問題を黒板の前で解いてみろ!」

「えー!」

「居眠りするくらい余裕があるんだから、全部解けるはずだ。」

 帰蝶はチョークを持って黒板の前で固まってしまいました。

「どうした、全部解けるはずだろ?」

「先生、解けません。」

「仕方ない。じゃあ、他の人で解ける人はいないのか?」

「先生、私が解きます。」

「よし、黒川解いてみろ。長岡はあとで職員室までくるように。」

「はーい。」

 

 放課後私は帰蝶に付き合って、職員室まで向かいました。

「失礼しまーす。あの村上先生は?」

「村上先生?すぐ戻ると思うけど・・・。どうしたの?」

「実は呼び出されたので・・・。」

「さては二人して居眠りしたな。」

 理科の水谷綾子先生は笑いながら言っていました。

 その数分後に村上先生がやってきました。

「なんで黒川がそこにいるんだ?」

「お付き合いです。」

「そうか、そうか。じゃあ長岡、お前にこれをくれてやる。」

「何ですか?」

「今日の課題だ。明後日までに仕上げてこい。」

「こんなにたくさん、無理です。」

「それが嫌なら今日のことは親御さんに電話する。」

「わかりました。」

 帰蝶はしょんぼりした顔して、私と一緒に職員室を出ました。

「すみれ、どうしよう。こんなの一人では無理だよ。」

「居眠りしてた自分が悪いんでしょ?」

「少し手伝ってよ。」

 帰蝶は泣きそうな顔をして私に頼んできました。

「じゃあ、昨日黒ギャルになってお出かけしていたことを、ネットでばらしてもいい?」

 さすがにそれを言われたら、引き受けざるを得なくなりました。

「わかった。その代わり、終わるまでは漫画もゲームも禁止にするよ。」

「すみれって、言い方が親みたい。」

「それくらい厳しく言わないと、集中してくれないから。」

 家に戻り、私は着替えを済ませて折りたたみテーブルと勉強道具を用意して待っていました。

 ドアチャイムが鳴ったので、玄関のドアを開けてみたら、大きめの手提げかばんを持った帰蝶がやってきました。

「きたよー。」

「いらっしゃい。あがって。」

 帰蝶は大きな手提げかばんから筆記用具と教科書、ノート、課題を取り出しました。

「帰蝶、やる気まんまんだね。」

「だって、早く終わらせたいから。」

「じゃあ、分からないところがあったら言ってね。私、その間に予習しておくから。」

 私が予習している間、帰蝶は渡された課題を一つずつ解いていきました。

 20分ほど経って、帰蝶は集中が途切れたのか、スマホを取り出してSNSをやり始めました。

「ちょっと休憩。」

「休憩って、20分しかやっていないじゃん。」

「だって、この問題難しいんだもん。」

「『わからなかったら、言って』って言ったじゃん。」

「だって、答えを教えてくれないんでしょ?」

「答えは教えられないけど、解き方やヒントなら教えてあげられるから。それで、どこが分からないの?」

「ここから全部。」

「少しは自分で考えなさいよ。」

 仕方がないので、私は全部の問題にヒントを教えていきました。

 それでも、何とか頭をひねらせながら、最後の問題までたどり着けました。

「最後の計算問題は解き方が一緒だから、私のヒントなしでも解けるでしょ?」

「うん。」

「終わった!」

「おつかれ。」

 帰蝶が課題を終えたころは夕方近くになっていました。

「ありがとう。」

「私の変身の秘密、見る?」

「せっかくだけど、明日にするよ。」

「わかった。」

 

 次の日の放課後、帰蝶は私の家にやってきて、部屋に入ってきました。

「やっほー!来たよ。」

「帰蝶、来たんだね。」

「うん。それより、約束覚えているんでしょ?」

 私は机の引き出しから白いルージュとメイク落としのミストを用意しました。

「もう一度確認するけど、誰にも言わないって約束できるよね?」

「くどいよ。ちゃんと約束できるから。」

 私は帰蝶の前で白いルージュを塗りました。

 帰蝶はヤマンバギャルに変身した姿を見てびっくりしていました。

「これが変身した私の姿。」

「かわいい!」

「そう?」

「超キュートだよ。私も変身してみたい!」

「この姿になった時の名前もあるんだよ。」

「なんていう名前?」

「胡桃沢アンナ。」

「名前も超可愛いよ。ヨロシクネ、アンナ。」

「うん。」

「よかったら、写真撮らせて。」

「あ、それはダメ。」

「なんで?」

「写真撮るとネットにアップされたり、誰かに見られたりするから。」

「でも、それはアンナがすみれだと正体がばれた時でしょ?」

「でも、帰蝶は私の正体を知っているでしょ?だから我慢して。」

「わかった。」

 帰蝶は、おとなしくあきらめました。

「帰蝶、本当にごめんね。」

「ううん。秘密を教えてくれただけでもうれしいよ。」

「次の日曜日に、よかったら一緒にお出かけをしない?」

「いいけど、その代わり条件があるの。」

「条件?」

「うん。私がこの姿でいる時には『胡桃沢アンナ』って呼ぶこと。あと撮影は控えること。」

「わかった。約束する。」

「じゃあ、日曜日よろしくね。」

「うん!」

 こうして変身した私は、日曜日に帰蝶と遊ぶことにしました。



3、黒ギャルでのおでかけ


 日曜日、私は胡桃沢アンナになって近所の公園で帰蝶と待ち合わせることにしました。

空気が少し澄んでいたのか、とても気持ちがよかったので、軽く背伸びをしてストレッチをして待っていたら、派手な格好した帰蝶がやってきました。

「アンナー、お待たせ!かなり待った?」

「ううん、大丈夫だよ。それよりずいぶんと派手だね。」

「アンナに合わせたら、こんな姿になった。」

「そうなんだ、でもこれだとバランスが悪いよ。例えば私に合せてウィッグやカラコン、つけまつげしているなら、サングラスはいらないと思うよ。あと、ボーダーのニーソならスニーカーも可愛いけど、私なら白のショートブーツにする。帰蝶持っているでしょ?」

「うん。」

「私、ここで待っているからすぐに履き替えてきてよ。」

「わかった・・・。待って、私が家に戻っている間に『すみれ』に戻らないでよ。」

「大丈夫、このままでいるから。(変身解いたら、ひどい姿になるから無理だっつうの!)」

 私はスマホを触りながら、帰蝶が戻るのを待っていました。

「お待たせ。」

「うん、今度は完璧よ。」

「どこへ行く?」

「東神奈川の駅ビルは?」

「えー、どうせなら原宿とか渋谷にしない?」

「実はこの姿にまだ慣れていないから、できたら東神奈川にしてほしいの。」

「そうなんだ。じゃあ、駅ビルで楽しもうか。」

「ごめんね。」

「ううん、気にしてないから。」

「じゃあ、バス停に行こ。」

 私と帰蝶は近所のバス停から東神奈川まで向かうことにしました。

 周囲の目線が気になって、私は一番後ろの座席に座ることにしました。

「アンナ、なんで一番後ろへ行ったの?」

「まだ目線が気になる。」

「気にしすぎだよ。誰も見ていないから前にいこ。」

 帰蝶は私を連れて前の座席に座らせたら、今度は一人小さい子供のようにはしゃいでいました。

「やっぱ、バスに乗ったら前だよね。」

 私は別の意味で恥ずかしくなって、右列の前の座席で他人のふりをしていました。


 駅前に着いて、私と帰蝶は駅前のショッピングセンターの中へ入りました。

「ねえ、お願いだからバスの中ではしゃぐのをやめてよ。」

「なんで?」

「なんでって・・・、恥ずかしくないの?」

「うん。」

「少なくとも私は一緒にいて恥ずかしかった。」

 私は帰蝶のマイペースな返事に呆れて、何も言えなくなりました。

「アンナは行きたい場所ってある?」

「私は特にないから、帰蝶に合わせるよ。」

「じゃあ、最初はブティックにいこ。」

 帰蝶は私を4階にあるブティックに連れていきました。

「おお!可愛い服がたくさんあるじゃん!」

 帰蝶のテンションは上昇していき、スカートやワンピース、キャミソールなどを手に取って試着していきました。

「アンナも何か気になる洋服があったら、見ていいから。」

 そう言われても、私は正直少し浮いていたので、できれば早くこの店から出たい気持ちでいっぱいでした。

 私は店の奥にあった薄紫色のワンピースを見た時、とても可愛いと思いましたので、早速試着室で着替えてみましたら、問題なく着られたので、思い切って買うことにしました。

「アンナ、何か買った?」

「うん。」

「何買ったの?」

「この薄紫色のワンピース。」

「アンナには悪いけど、ちょっと似合わないよ。」

「これは、『すみれ』に戻った時に着る服だから。」

「私、てっきり休日ずっとアンナでいるのかと思った。」

「『すみれ』の姿でいたい時もあるわよ。」

「そうだよね。」

 私と帰蝶は、そのあとCDショップに立ち寄ったり、フードコートで食事を済ませました。

「今日一日で結構まわったね。」

「うん。」

「今日は付き合ってくれてありがとう。」

「いいって。」

「そろそろ、帰ろうか。」

「そうだね。」

 バスで地元の停留所で降りて、近所の住宅街で立ち止まりました。

「私、今日一日でこの姿になれちゃった。」

「本当に!?じゃあ、次回は少し遠くへ行けるね。」

「そうだね。」

「次回は渋谷に行こうね。」

「渋谷は勘弁してよ。せめて横浜。」

「わかった、約束だよ。」

 私は帰宅して「すみれ」の姿に戻り、買ってきた薄紫色のワンピースを着てみました。

 鏡の前で何度もチェックしたあと、早速帰蝶の家に向かいました。

「こんにちは。」

「あら、すみれちゃん。こんにちは。」

「おばさん、このワンピースどうですか?」

「とても可愛いわよ。」

「ありがとうございます。今日買ってきたばかりなんです。」

「そうなんだね。あ、ちょっと待って。帰蝶を呼んでくるね。」

 おばさんは、家に入って大きな声で帰蝶を呼びました。

 2階の階段からドスドスと大きな音を立てながら、帰蝶が私のところへやってきました。

「あ、すみれ。今日買ったワンピース着てみたんだ。とても可愛いよ。」

「ありがとう。実は今度の日曜日、これを着てお出かけをしてみようと思うの。」

「どこへ?」

「実は今度の日曜日祖母の命日だから、これを着てお墓参りをしようかなって思ったの。」

「そうか、おばあちゃんが死んで2年が経つんだね。ワンピースもいいけど、アンナの姿では行かないの?」

「ううん、アンナに変身したらおばあちゃん、びっくりするから・・・。」

「そうだよね。」

「じゃあ、私帰るね。」

「うん。」

 私は家に戻って、部屋着姿になって母さんと一緒に夕食の手伝いをしました。

 夕食を済ませたあと風呂に入って、私は部屋に戻って翌日の予習を済ませて寝ることにしました。


 日曜日、私は薄紫色のワンピースを着て母さんと一緒に車に乗って鶴見にある祖母のお墓へと向かいました。

 その日は灰色の空が広がっていて、いつ雨が降り出してもおかしくない状態でした。

 日曜日の第二京浜国道は交通量が少なかったので、母さんは少しスピードを上げていきました。

 三ツ池公園の前にある通りを横切って、静かな住宅街を抜けた出口に小さな墓地がありました。

 中に入ると、少し狭い駐車スペースがあったので、そこに車を置いてお花と線香をあげたあと、おばあちゃんが大好きだったタバコを置いて、最後に合掌をしました。

「おばあちゃん、最後までタバコが好きだったよね。病院で止められても吸っていたよね。」

「そうだったね。タバコがおばあちゃんの生きがいみたいなものだったから。」

「今思えば私、悪いことを言ったかも。」

「なんで?」

「私、おばあちゃんがタバコを好きなの知っていて、『タバコを吸うのをやめて』と何度も言っちゃった。」

「でも、それはおばあちゃんに長生きしてほしかったからでしょ?」

「それもあるけど、私自身タバコの煙が嫌だったから・・・・。それでわがままを言っていただけかもしれない。」

「すみれが言ったのは、『わがまま』じゃなくて『お願い』だと思うよ。一つは長生きして欲しいと言うお願い。もう一つはタバコの煙が嫌だったから、やめてほしいと言うお願いなんだよ。」

「そうなのかなあ。」

「そうなんだよ。でも、最後までおばあちゃんは、すみれのお願いを聞かなかった。その結果おばあちゃんは天国へ行っちゃったの。」

 私は今一つ納得がいかない気分で母さんの言葉を聞いていました。

「さ、そろそろ帰りましょうか。」

「うん。おばあちゃん、また来るからね。」

 帰りの車の中で、私は助手席に座ってぼんやりと考え事をしていました。



4、もう一人の黒ギャル


 私が胡桃沢アンナに変身するようになってから2か月が経とうとしていた時、学校では期末試験を控えていました。

 私が自分の席で参考書を広げて勉強をしていた時に、帰蝶が私に助けを求めにやってきました。

「すみれ、今日うちに来られる?」

「いいけど、どうしたの?」

「次の期末で赤点とったら小遣い減らされるし、夏休みのお出かけもパーになるから。」

「ギリギリまで遊んでいたのが悪いんでしょ?」

「そんな冷たいことを言わないで助けてよ。」

「仕方ない。今日帰蝶の家に行くから、準備をして待っているんだよ。」

「うん!」

「言っておくけど、途中でゲームや漫画の本に手を出したら帰るからね。」

「わかった。」

 私は帰蝶の軽い返事に不安を覚え始めました。

 

 帰宅した後、私は勉強道具一式を用意して、帰蝶の家に向かいました。

 部屋の中へ入ると、きれいに片付いていて、いつでも勉強できる状態になっていたので、安心しました。

「一応断っておくけど、スマホは勉強が終わるまで禁止だよ。」

「大丈夫だって。スマホは向こうで充電してあるから。」

「じゃあ、始めましょ。」

「すみれ、アンナに変身しないの?」

「なんで?」

「なんていうか、そっちの方が可愛いかなって思ったから。」

「勉強するだけで、アンナに変身する必要ないでしょ。」

「そうだったね。」

 私と帰蝶は、ひたすら勉強に集中していきました。

「すみれ、豊臣秀吉は何の合戦で明智光秀に勝ったの?」

「山崎の合戦。授業で聞かなかった?」

「ごめん、寝ていた。あと刀狩りやった目的も教えて。」

「刀狩をやった目的は一揆をおこさないようにすることと、大仏を作るため。メモした?」

「うん。」

 私は帰蝶のノートを覗き込みました。

「帰蝶、授業中ちゃんとノートをとっている?」

「実は居眠りをしてて・・・。」

「一応、言っておくけど社会科の吉村先生は授業を欠席しない代わりに、定期試験から2点引くようなことを言っていたわよ。」

「マジ!?」

「ちなみに何回居眠りした?」

「5回かな。」

「5回って言うと、今度の期末から10点引かれるんだね。」

「じゃあ、満点とっても90点!?」

「そうだよ。」

 帰蝶は私の話を聞いて真っ青になっていました。

 翌日には数学、その次の日には理科、そして英語とやって、最後の国語でも苦戦していました。

 帰蝶は渡された漢字の書き取りのプリントを見て、頭を抱えていました。

「帰蝶、どうしたの?」

「『かんこんそうさい』と言う字が書けない。」

「じゃあ、辞書で調べてみたら?ついでに意味も覚えたほうがいいよ。」

 帰蝶は机から国語辞典を取り出して、冠婚葬祭という文字について調べました。

「帰蝶、なんて書いてある?」

「冠婚葬祭・・・人が生れて亡くなり、その後に行われるものまで含めた家族的催し物全般を指す言葉って書いてあった。」

「じゃあ、今度は冠婚葬祭を使った文章を3つか4つ書いて。」

「わからない。どんな文章があるの?」

「わからないって、たくさんあるでしょ?例えば、『冠婚葬祭について学ぶ』とか。」

 帰蝶は、頭をひねらせながら文章を考えていきました。

「書けたよ。」

「どれどれ。」

 私は帰蝶のノートを見てチェックしました。

「ちゃんと書けているじゃない。じゃあ、残りも終わらせちゃおうか。」

 勉強が終わったころには少し空が暗くなっていましたので、私は片付けをして家に帰ることにしました。


 そして、期末試験当日がやってきました。

 初日は数学と英語、2日目は国語と理科、最終日には地理と日本史でした。

 試験が終わって、あとは試験休みを迎えるだけとなっていました。

「お疲れ。やっと終わったね。」

「帰蝶、試験どうだった?」

「すみれのおかげで、うまくいったよ。本当に感謝しているよ。」

「うん、良かったね。」

 帰蝶は、まるで春を迎えたかのような顔していました。

「すみれは、このあとどうするの?」

「私は家に帰るけど・・・。」

「せっかくだから、アンナに変身したら?」

「変身アイテムは家だよ。」

「マジ!?」

「だって、必要ないじゃん。」

「普通は持ち歩いて、放課後とかに変身するんじゃないの?」

 帰蝶は少し納得いかないような顔して私に言いました。


 帰宅後、帰蝶の家ではおばさんが部屋の整理をしていました。

 おばさんは家の押し入れの中からほこりまみれの段ボールを取り出して、そこから学生時代の思い出の品を出しました。

「お母さん、この箱は何?」

「お母さんの宝箱だよ。」

 帰蝶は少し退屈そうな顔をして箱の中身を見ていました。

 箱を見ていたら、<結婚するまで絶対に開けない>と書かれていました。

「なんで、結婚するまで開けないの?」

「この宝箱にはお母さんの思い出がたくさん入っているの。それをタイムカプセルとしてこの押し入れの中に入れておいたの。そしていつか、お父さんと帰蝶の3人で見ようって決めていたけど、お父さん、去年病気で死んじゃったでしょ?だから帰蝶と一緒に開けようかなって思っていたの。」

「さっきお母さん、一人で開けようとしていたよ。」

「結果的には帰蝶がいたわけなんだし、いいんじゃない?」

 おばさんは無理やり納得させるような言い方をして、箱からいろんなものを取り出していきました。

「お母さん、ちょっと卒業アルバムを見せて。」

「いいけど、お母さんの写真少ないよ。」

 帰蝶はおばさんの高校時代の卒業アルバムを広げて、1ページずつ見ていきました。

 体育祭、文化祭、修学旅行など、帰蝶はおばさんの過去を見ていきました。

 一番最後にはクラスメイトからのメッセージがあったり、制服を着たギャル系の写真も挟んであったり、他にもなぜかプリクラの写真もありました。

「お母さんの時代もプリクラがあったんだね。」

「失礼ね!お母さん、まだそんなに年老いてないよ!」

「ごめん。あと、この日焼けした制服ギャルは誰?」

「お母さんとすみれちゃんのお母さんよ。」

「マジ!?」

「すみれちゃんのお母さんとは小学校の時に知り合ったの。高校を卒業した後、お母さんは知り合いの美容室で働いて、すれみちゃんのお母さんはコスメショップで働くようになったの。」

「そうなんだね。」

「お互い、ギャルをやっていたころの特技を活かして働いてみようと思ったの。」

 帰蝶は箱の奥から化粧ポーチを取り出しました。

 中を見てみると、茶色いファンデや白いルージュが出てきました。

「これで、ヤマンバになっていたの。あと、校則で毛染めが禁止になっていたから放課後、ウィッグも被っていたの。よかったら、ヤマンバになってみる?」

 おばさんは、帰蝶の顔に茶色のファンデをひと塗りしてみました。

 すると私の時のように強くて大きな光が帰蝶の体を包み込み、黒ギャルへと変身しました。

 おばさんはそれを見て驚き、まるで過去の自分を見ているようだと言い出しました。

「帰蝶、ちょっと洗面所で自分の姿を見てきてよ。」

 帰蝶はおばさんに言われるまま、洗面所で自分の姿を見ました。

 そこに写っていたのは、おばさんの高校時代の姿そのまんまでしたので、びっくりしてその場で大声をあげてしまいました。

「お母さん、何で私こんな姿になったの!?」

「お母さんもびっくりしているわよ!」

 その姿は肌黒で、金髪、つけまつげ、グレーの瞳、見慣れない制服、スカートもギリギリの短さ、ダボダボのルーズソックスの姿、手の指先にはネイルチップが付いていました。

「この姿って、明らかにすみれがアンナに変身した時と同じじゃない!」

 帰蝶は驚きの反面、嬉しい気持ちになっていました。

「せっかくだから、すみれちゃんにこの姿を見せてきたら?きっとびっくりするわよ。」

「そうだね。あと、どうせだから変身した時の名前も付けようかと思っているんだけど・・・。」

「いいんじゃない。どんな名前にするの?」

花染(はなぞめ)アゲハって、どう?」

「可愛くていいと思うよ。」

「じゃあ、ちょっとすみれの家に行ってくるね。」

 アゲハに変身した帰蝶は近所の目線などお構いなしに私の家に向かいました。


 そのころ、私は部屋の片づけと掃除をしていました。

 玄関でドアチャイムが鳴って、私はそっとドアを開けてみました。

 すると、ガングロの女子高生がドアの前で立っていました。

「きたよー。」

「どなたですか?」

「えー!私だよ、私。」

「私と言われても困ります。詐欺と勧誘はお断りですので、お引き取りください。」

「詐欺でも勧誘でもないよー。」

「じゃあ、訪問販売もお断りします。あんまりしつこいと警察を呼びますので。」

 私がドアを閉めようとした瞬間、ガングロの女子高生はドアを押さえて無理やり開けようとしました。

「本当に私が誰だか知らないの?」

「なら名前を言ってちょうだい。」

「花染アゲハだよ。」

「そんな人知りませんのでお引き取りください。」

「すみれ、本当に私を知らないの?長岡帰蝶だよ。」

「私の親友の名前を使うなんて、厚かましいにもほどがあるよ。」

「本当に私、帰蝶だよ。」

「負けた。とにかく中へ入ってちょうだい。」

 帰蝶と名乗った謎のガングロの女子高生は私の部屋に入りました。

「あなた、本当に帰蝶なの?」

「さっきから、そう言っているのに・・・。」

「じゃあ聞くけど、なんでガングロの女子高生になったの?」

「部屋で母さんが段ボールの中身を整理していたの。そしたら、化粧ポーチが見つかって母さんが試しに私の顔に茶色のファンデを塗ってみたの。そしたら、こんな姿に・・・。」

「私の時と一緒だね。疑ってごめんね。」

「ううん、こっちこそちゃんと説明しなくてごめんね。」

「じゃあ、変身解くにはメイク落としのミストを使うの?」

「そこまでは聞いていない。」

「私のカンが正しかったら、たぶんそうかもしれない。ねえ、今変身アイテムある?」

「ない。」

「そっかあ。じゃあやめておこう。」

「何を?」

「変身の解除。」

「そうだね。解除は家に帰ってからにするよ。」

「その方がいいかもしれないね。」

「疑いも晴れたことだし、私そろそろ帰るね。」

「何も出せなくてごめんね。」

「ううん、気にしないで。それより、次の週末予定空いている?」

「何で?」

「せっかくだから、変身してお出かけをしてみない?」

「いいよ。」

「どこへ行く?」

「それは、あとにしない?」

「そうだね。じゃあ、また明日学校で。」

「学校って、今は試験休みじゃなかった?」

「そうだった。お出かけの件はあとでLINEか電話でするよ。それじゃあね。」

 帰蝶はそのままいなくなりました。

 その日の夜、私は日本史の復習を済ませて寝ようとしたら、帰蝶からLINEでメッセージが来ていました。

<日曜日、10時にバス停でアゲハに変身して待っているから、すみれもアンナに変身して来てね。ヨロシク。>と書かれていました。

 私は<了解>と返信して寝ました。

 しかし、楽しい日曜日が悪夢になるとはその時は思ってもいませんでした。



5、ナンパとスカウトで大ピンチ!


 日曜日、いつもより早く目が覚めてしまいました。

 私は軽くシャワーを浴びて、着替えと朝食を済ませることにしました。

 そのあと洗面所で白のルージュを取り出して、軽くひと塗りして胡桃沢アンナに変身しました。

「ちょっと、帰蝶ちゃんと一緒にお出かけをしてくる。」

「どこまで行くの?」

「横浜駅まで。」

「気を付けてね。」

 私がバス停に着いたころにはアゲハが待っていました。

「あ、ごめん。待った?」

「大丈夫だよ。バスもまだ来ていないし。」

「帰蝶、アゲハに変身した姿、可愛いよ。」

「ありがとう。」

 私は履いていたルーズソックスを少し直したあと、鏡を取り出して身だしなみをチェックしていました。

「ここで、鏡を見ているの?」

「うん、だってバスの中でやったら嫌がるでしょ?」

「私は平気でバスの中でやるけどね。」

「少しは気にした方がいいよ。」

「アンナ、ちょっと真面目過ぎ。」

「アゲハは、だらしがなさすぎ。」

 こうしてもめていても仕方がないと思って会話をやめることにしました。

 バスがやってきたので、私とアゲハは東神奈川の駅まで向かい、そこからJRに乗って横浜駅まで向かいました。

 横浜駅に着いて、私とアゲハはいろいろと見て回りたかったので、最初にドンキホーテに向かい、洋服やメイク道具など手に取ってみていきました。

「私、この姿になったら、一度ネイルやってみようと思ったの。」

「お、いいじゃん。」

 私はネイルチップとマニキュアを持ってレジに並んで買いました。

 そのあとも食品売り場に行ったり、パーティグッズの売り場にも行きました。

「アンナ、このデカサイズのチョコ、地元でも見ないよ。」

「本当だ。」

 アゲハは通常の2倍は楽にありそうなサイズのチョコを手に取ってレジに並んで買ってきました。

「本当に買ってきたんだ。」

「家に持って帰って、お母さんと一緒に食べようと思っているんだよ。」

「そうなんだ。」

「食べたら、是非感想をお願いね。」

 ドンキホーテをあとにして、近くのファストフードの店で軽く食事を済ませたあと、ビブレに向かおうとしましたが、その時、後ろからなにやら目線を感じるようになりました。

「アゲハ、気を付けて。さっきから誰かにつけられている。」

 私とアゲハは少し急ぐようにしてビブレに向かいました。

 中に入って適当にまいたつもりが、逆に店の入口で待ち伏せされていました。

 しかし、私とアゲハはそんなことも知らずにブティックで試着して買い物を満喫していました。

「この帽子、先日買った薄紫色のワンピースと組み合わせたいと思うんだけど・・・?」

「絶対に似合うよ。すみれに戻った時に被るんだよね?」

「うん。」

 私は白い帽子を買ったあと、サンダルも一緒に買いました。

「今日はたくさん買い物をしたね。」

「うん。でもしばらくは節約になるけどね。」

 私とアゲハが店を出た瞬間、ガラの悪そうなナンパが私たちを待っていたかのように、やってきました。

「お嬢さんたち、買い物お疲れさん。これから一緒にデートしなーい?」

「お断りします。私たちこれから家に帰りますので。」

「そう遠慮するなよ。俺たち車で来たんだし、帰りは家まで送ってやるよ。荷物も多そうじゃん。」

「結構です。電車で帰れますので。」

 ナンパはしつこく私とアゲハに付きまとってきました。

 私とアゲハは急ぎ足で、駅に向かいながらスマホを取り出し、110番通報をしました。

「おまわりさんですか?ガラの悪いナンパに絡まれています。今すぐ横浜駅西口まで来てください。」

 ナンパは私たちが警察に通報したことも気が付かず、相鉄線の切符売り場まで来ました。

「はい、鬼ごっこはおわり。一緒にデートしようよ。」

「嫌です。」

「ねえ、嫌がっているの分からない?」

 アゲハが止めに入ってきました。

「お!こっちのギャルもマジで可愛いじゃん。」

「そうだな。今日の俺たちついているよ。」

「食事は俺たちがおごるよ。ただし、帰りは何時になるか分からないけどな。」

「それって、どういうこと?」

「行くまでのお楽しみだよ。」

 ナンパは私の手首をつかんで無理やり連れて行こうとしました。

「やめて!」

「いいからついて来いよ。大人しくしていれば何もしないからさ。」

 その瞬間、遠くから警察官がやってきました。

「君たち、何をやっているんだね?」

「何もやってねえよ。」

「おまわりさん、この人たち私たちを無理やりどこかへ連れて行こうとしたのです。」

「少し話を聞かせて頂きましょうか。」

 ナンパと私たちは近くの交番で警察官から事情を聴かされることになりました。

「つまり、ビブレで買い物を済ませたあと、さきほどの男性2人に声をかけられて、無理やり連れていかれそうになったと言うのですね。」

「そうなんです。私たちが何度も断ったのに、しつこく誘ってくるので、相鉄線の切符売り場まで逃げたのです。」

「その間に、どちらかが110番通報で我々を呼んだのですね。」

「はい。通報してパトカーが来るまでの間、男性2人に手首をつかまれて、無理やり連れて行かれそうになりました。」

「その時、男性2人から何か言われましたか?」

「『俺たち今日車で来ているから、帰りは家まで送るよ』とか『帰りは何時になるか分からないけどな』と言ってきました。」

「そうなんですね。分かりました。最後にお2人のお名前とご連絡先をちょうだいしてもいいですか?」

「電話番号は携帯電話でも大丈夫ですか?」

「いいですよ。」

 私とアゲハは変身する前の名前と携帯の番号を教えました。

「黒川すみれさんと長岡帰蝶さんですね。了解しました。これが最後になりますが、証明できるものはありますか?」

「実は今日お休みなので、生徒手帳は家に置いてきました。」

「では、学校のお名前を教えて頂けますか?」

「黒薔薇女子高等学校です。」

「黒薔薇女子と言ったら、うちの娘と同じ学校ですよ。」

「そうなんですか?ちなみに娘さんは何年生ですか?」

「1年生だよ。毎日遊び歩いているみたいだから、本当に困ったものだよ。」

「実は私たちも1年生なんですが、良かったらお名前を聞かせてもらえますか?」

「『入船ひとみ』と言うんです。」

「娘さん、私たちと同じクラスの人なんです。」

「そうなんですか?」

 私とアゲハはそれを聞いて驚きがかくせない状態になりました。

「それでは、そろそろ失礼します。」

「お気をつけて。」

 私とアゲハは交番をあとにしてJRの改札へ向かいました。

「まさか入船さんのお父さんが警察官だったとは知らなかったよ。」

「本当だよね。」


 東神奈川の駅に着いて、バス乗り場に向かう途中、またしても災難に遭いました。

 黒いジャケットにジーンズ姿の少し若そうな男性が突然走って私たちの前にやってきました。

「あの、すみません。少しお時間取れますか?」

「私たち、これからバスに乗って家に帰るところなんですけど・・・。」

「お時間かかりません。実は僕こういう人間なんですが・・・・。」

 男性はポケットから名刺を取り出して、私とアゲハに差し出しました。名刺には<松田モデルプロダクション 社長・松田 信一>と書かれていました。

「あの、モデルってなんのモデルなんですか?」

「なんでもやっていますよ。」

「例えば?」

「例えばって言われても・・・。ここでは言えないよ。」

「なら、この件はお断りします。」

「え!?どうして?」

「何のモデルかも知らないのに、ついていけません。」

「それって、遠回しに僕がアダルトの撮影や出会い系サイトでもやっているとでも言うの?へこむなあ。僕こう見えてもいろんな有名人と仲がいいんだよ。」

 アゲハはそれを聞いて過剰反応してモデルのスカウトに付いていこうとしました。

「どんな有名人と仲がいいの?」

 松田さんは有名人の名前を次から次へと上げていきました。

「こんなにたくさんの有名人と仲がいいのですね。」

「まあね。なんなら、サインをもらってきてもいいんだよ。」

「サイン!?」

 アゲハはモデルになる気まんまんでいたので、正直不安になってきました。

「よかったら、喫茶店に行って詳しい打ち合わせでもしようよ。ケーキとコーヒーをおごるし、帰りも車で送ってあげるから。」

 松田さんは少しヤラシイ目つきで私たちを連れて行こうとしました。

「すみません、私たち本当に急いでいますので、この件はなかったことにしてください。」

「そう固いこと言うなよ。モデルになれば有名になれるし、お金だってたくさん入るんだよ。」

「ご遠慮させていただきます。あんまりしつこいと警察を呼びますので。」

 私はアゲハの手首をつかんでバス乗り場へ急ぎました。

「なんで、誘いを断ったの?」

「まだ分からないの?あの人、私たちをAV女優にさせようとしているんだよ。アダルト雑誌や出会い系サイトに載ってしまうんだよ。それでもいいの?」

「だって、さっきの松田さんって言う人、有名人と仲がいいって言っていたよ。」

「口だけなら、だれでも言えるじゃん。だいたい、そんな証拠どこにあるって言うの?」

 私の頭の中は不安と恐怖でいっぱいでした。

 それと同時にバスが来ないことへのいらだちも覚えてしまいました。

「あ、やっと見つけたよ。バスに乗らなくても僕が車で送ってあげるから。」

「大声出すわよ!」

 松田さんは私たちを見つけるなり、手首をつかんで無理やり連れて行こうとしました。

「ちょっと、嫌がっているの分からない?警察を呼ぶよ!」

 松田さんはみんなから白い目で見つめられて、そのまま立ち去りました。

 その直後、バスがやってきたので、そのまま家に帰りました。

 家に戻る前、私が近所の児童公園に向かおうとした瞬間、アゲハも一緒についてきました。

「アンナ、まだ怒ってる?」

「少しだけ。」

「さっきはごめん・・・。」

「アゲハ、落ち着いて聞いて。私たちがこの姿に変身したのは、女優やモデルになるためじゃないんだよ。それは有名になれば、お金も入るし、みんなからチヤホヤされるけど、そんな目的なら私はそんな姿に最初からならなかったよ。」

「じゃあ聞くけど、アンナは何のために変身したの?」

「本当のところ、私黒ギャルになるつもりはなかったの。鏡でアンナになった自分の姿見た時に、時代遅れとかダサい姿って感じていたの。表を歩くことさえ抵抗があったけど、実際に歩いてみたらバスに乗ることも恥ずかしくて、周囲の目線も気にしていたの。最初は駅前を歩くのが限界だったのが、今ではいろんな場所へ行ってみたい気持ちになったの。」

「そうなんだ。私も最初はびっくりしたけど、今では夢のような気分だよ。」

「暗い話はこの辺にして、家に帰ろうか。今日はなんだか疲れたよ。」

 私とアゲハはそのまんま家に帰りました。



6、変身しない休日


 試験休みが終わり、久々に教室へ入ったら東神奈川駅のスカウトの話題が広がっていました。

「ねえねえ、知ってる?この間、東神奈川の駅前でしつこいスカウトがいたらしいの。」

「マジ!?帰り怖いから、一緒に帰らない?」

「私が聴いた時には個人情報をしつこく強要してきたらしいの。契約書にサインさせているみたいだよ。」

「ヤダア、コナワーイ!」

「他にも出会い系サイトに登録したり、服を無理やり脱がせて、裸にさせた上、エッチな雑誌に載せているみたいだよ。」

 教室では一日中、こんな話題ばかり広がっていました。

 さらに教員たちにもこのうわさが広がって、ホームルームでも持ち掛けられてしまいました。

「お前たちも知ってのとおり、最近駅前で不審な男性がしつこくスカウトしている。帰りはくれぐれも一人にならないように。名刺を渡されても決して受け取らず無視をすること。万が一、目が合って相手にしつこく付きまとわれたら、速やかに警察、学校、家族に連絡すること。以上だ。」

 担任の先生から連絡が入った直後、教室では騒然としていました。

「お前たち、静かに。不安なのはわかる。一応、駅前には君たちが帰る時間帯に生徒指導の先生と私服警官が警備にあたる。万が一見かけた時にはすぐに駆けつけるようにするから安心しろ。」

 ホームルームが終わり、授業に入ってからもスカウトの話題がところどころ、飛び交っていました。

 先生から注意されてもなかなか静かにならず、授業どことではありませんでした。

 放課後になって、私と帰蝶は駅前を歩いていたら案の定、昨日のスカウトの松田さんがいました。

 松田さんは手あたり次第、制服着た女の子に名刺とチラシを配りながら声をかけてスカウトをしていました。

 バス乗り場に向かう途中、私と帰蝶に松田さんが接近してきました。

「ねえねえ、お嬢さん。モデルに興味ない?」

「私たち急いでいますので。」

「少しくらいならいいでしょ?」

「すみません、本当に急いでいますので・・・。」

「じゃあさ、制服姿でルーズソックスを履いた黒ギャルの女の子を知らない?あの子、超可愛いからモデルにしたいと思っているんだけど?」

「知りません。そんな人見たことがありません。」

「あ、そう?じゃあ見かけたら教えてよ。あの黒ギャル俺に気が合いそうだし、絶対モデルになってくれそうだから。」

 私と帰蝶はぞっとしましたので、急ぎ足でバス乗り場に向かいました。

「あのスカウト、変身した私たちを狙っているよ。」

 私の頭の中は恐怖でいっぱいでした。

 こんな結果になるんだったら、変身するんじゃなかったと少し後悔していました。

 

 バスを降りて近所の児童公園に立ち寄って、私と帰蝶は少し話し合いを始めました。

「私考えたけど、しばらく変身するのをやめにしようと思っているの。」

「え!?なんで?」

「この間のナンパといい、今回のスカウトといい、変身するとろくな結果にならないと分かったの。」

「確かにそうだけど、せっかく可愛く変身できたわけなんだし、もう少し楽しもうよ。」

 帰蝶は少し納得がいかない顔をしていました。

「完全にやめるわけじゃないの。スカウトの騒ぎが納まるまで我慢するだけの話なの。」

「そうだよね。」

「落ち着いたら、また変身しよ。」

「うん。」

 家に帰った後、私は白ルージュを机の引き出しに入れておきました。

 これでしばらくはスカウトに目を付けられずに済むと思って安心しました。

 10時ごろ私が寝ようとした瞬間、帰蝶から電話が来ました。

「もしもし、今大丈夫?」

「どうしたの?こんな時間に。」

「次の日曜日、最後の変身をしない?」

「さっき、しばらく変身はしないって言ったじゃん。」

「そうだけどさあ・・・。」

「またあのスカウトに目を着けられるよ。それにああいうのって、いつかは捕まるんだから。」

「いつかって?」

「それは分からないよ。」

「じゃあ、警察に言って逮捕してもらうように頼んでよ。」

「証拠もないのに被害届は出せないよ。」

「でも、被害は出ているんだよ。」

「そうだけど、先生が警察と一緒に見ているから大丈夫だよ。気持ちはわかるけど、少しだけ我慢しよ。」

「うん。」


 夏休み前の日曜日、空色のセーラーカラーのワンピースとカンカン帽とサンダルの組み合わせでお出かけをしようとしたら、帰蝶がTシャツにハーフパンツの姿でやってきました。

「あれ、どうしたの?こんなに気合い入れて。これからお出かけ?」

「うん。」

「私、邪魔だった?」

「そんなことないよ。一緒にお出かけをしない?」

「行く!場所は?」

「山下公園だけど、いいかな。」

「いいよ。じゃあ、着替えてくるから待ってくれる?」

「もしかして、アゲハに変身してくるの?」

「違うって。これだと変だから、すみれに合わせようと思っているわけ。」

「私のようなワンピ持っているの?」

「・・・・」

「持っていないんだね。私の薄紫のワンピでよかったら着る?」

「いいの?」

「いいけど、あれ気に入っているから、絶対に汚さないでね。」

 帰蝶は私の部屋に行って着替え始めました。

「どう?変じゃない?」

「かわいいよ。」

「手提げバッグでもおかしくない?」

「大丈夫よ。」

「あと靴なんだけど、さすがにスニーカーだと変だよね。」

「まあね。」

「じゃあ、一度家に戻ってサンダルに履き替えてくるね。」

 スニーカーからサンダルに履き替えた帰蝶は私と一緒にバスで東神奈川の駅に向かいました。

 駅前では案の定、松田さんがしつこくスカウトをしていました。

 松田さんは名刺とチラシを配りながら、手あたり次第の女の子に声をかけていきました。

「ねえねえ、そこのお嬢さん、モデルにならない?」

 しかし、大半の人間は返事もせず、無視して通り過ぎていきました。

 私と帰蝶も改札に向かおうとしましたら、別の人から声をかけられました。

「ワンピースを着ているお嬢さんたち、モデルにならない?」

 私も帰蝶も無視をしていました。

 しかし、男性はしつこく付きまとってきました。

 それを見ていた警察官がやってきて、男性に声をかけました。

「こんにちは。ここで何をされているのですか?」

「モデルのスカウトですよ。法律に触れることは何一つやっていません。」

「こちらの女性の方が相当迷惑をされていたように見えましたが・・・・。」

「そんなことはありません。」

「そうですか?」

 おまわりさんは疑いをかけたような目つきで男性を見つめていました。

「おまわりさん、私たちこの人にしつこく付きまとわれて迷惑をしていたのです。」

「女性の二人はこのように言っていますが、間違いありませんか?」

「何かの間違いですよ。本当は僕に声をかけられてうれしいんですよ。でも照れているのか、わざとあんなことを言っているのです。」

「どっちの言い分が正しいのか、交番で話を聞かせてもらいましょうか。お嬢さんたち、申し訳ないけど、少しだけお時間もらえる?」

 私と帰蝶はおまわりさんに言われるまま駅前の交番に行き、事情を聞かされました。

「ようするに、JRの改札へ向かう途中、あちらの男性にしつこく声をかけられたんだね?」

「そうなんです。私たちだけでなく、学校のクラスメイトにまで同じようにしつこく声をかけているので、正直迷惑をしています。」

「なるほど、君たちとしてはどうしてほしい?」

「私たち以外の人間が被害に遭っている可能性も高いので、あちらの方の事務所を調べて頂きたいのです。」

「なるほど。そうなると交番は管轄外となるので、神奈川警察署の生活安全課の人たちにお願いをする形になるけど、いいかな?」

「構いません。」

「最後に君たちの連絡先を教えてもらって頂いていいかな?」

「はい。」

 私と帰蝶はおまわりさんに、名前と携帯電話の番号を教えました。

「あちらの方は、もう少し事情を聴きますので、君たちは終わりにしていただいて結構です。お出かけの途中、本当に申し訳なかった。ちなみどちらへ行くの?」

「山下公園です。」

「そうなんですね。じゃあ、気を付けてお出かけください。」

 

 私と帰蝶はJRに乗って、石川町で降りて、そのまま山下公園に向かいました。

 時々吹いてくる生暖かい海風が私たちの顔に直撃してきました。私は帽子が飛ばされないように必死に抑えていました。

 しばらく歩いていたら小腹がすいたので、売店でサンドイッチとジュースを買って、ベンチで休憩をとることにしました。

「ねえ、あの人たち本当にAVのスカウトだと思う?」

「うん。過去にテレビで似たような光景を見たことがあった。」

「だからと言って、勝手に決めつけるのはよくないと思うよ。」

「じゃあ、何でしつこく声をかけてきたの?おかしいと思わない?」

「確かに。」

「しかも、手あたり次第の女の子に名刺と一緒にチラシを配るのも変だと思ったの。一応、家宅捜査に入ると思うから。」

「でも、AVじゃなくて純粋のモデル事務所だったら、大損害になると思うよ。」

「その時は、覚悟しておくよ。」

 サンドイッチを食べ終えて、私たちはマリンタワーに上りました。

 高所恐怖所の私にはちょっと苦手な場所なんですが、眺めがきれいで「怖い」ということを忘れてしまいました。

「そういえば、すみれって高い場所苦手だけど、大丈夫?」

「うん。」

「怖いけど、景色を見ていると気持ちが何だか落ち着くの。」

「そうなんだ。確かにきれいだよね。」

「あ、そうだ。せっかくだから写真撮ろうか。」

 私はスマホを取り出して、何枚か写真を撮りました。

「写真はあとで帰蝶のスマホに送るね。」

「ありがとう。」

 帰る前に売店に立ち寄って、お土産になりそうなものを買いました。

 家に着いたころには太陽が傾き始めていました。

「今日は付き合ってくれてありがとう。」

「ううん、私の方こそ誘ってくれてありがとう。借りたワンピースはクリーニングに出して返すね。」

「そこまでしなくても大丈夫だよ。」

 私と帰蝶は家に戻り、残り少ない1学期を過ごすことにしました。

 夏休みに入って2日目、神奈川警察署から電話が入ってきて、駅前でスカウトしていたのはアダルト関係だと判明して、すぐに事務所の中を強制捜査したと話してくれました。

 証拠になるパソコン、DVDなどのメディアや紙の資料はすべて警察の方で押収されたそうです。

 警察の取り調べに対し、彼らは当初は20代の女性に声をかけていたのですが、すべて断られてしまったので、女子高生なら小遣い目当てで引き受けてくれると思ったと供述したそうです。

 さらにその1か月後には事務所とホームページが閉鎖になっていて、その後も駅前は何事もなく平和に過ごしていました。



7、さよなら黒ギャルの私


 2年生も終わりに近づき、春休みを迎えようとした時でした。

 私と帰蝶は放課後、黒ギャルに変身して寄り道をしていました。

「アンナ、まだ時間大丈夫?」

「ごめん、親に買い物を頼まれている。あと、帰ったら数学の宿題を終わらせるから。」

「えー!、もうちょっと遊ぼうよ。」

「そんなことを言っていいの?もうじき期末だし、赤点とったら留年になるんだよ。」

「わかっているけど、もう少し遊びたいよ。」

「また今度ね。」

 時計を見ていたら、すでに4時を回っていたので、駅前のショッピングセンターの地下にあるスーパーに立ち寄って頼まれていた夕食の買い物をしていきました。

 バスに乗って地元へ着いて、アゲハと別れた後、私はアンナに変身していたことをすっかり忘れていて、そのまま玄関に入ってしまいました。

「ただいまー。」

「おかえり。」

「夕食の材料を買ってきたよ。」

「ありがとう。あんた、放課後変身したの?」

「うん、帰蝶ちゃんと一緒に。」

「学校の人に見られなかった?」

「それは大丈夫。人がいないことを確認してやったから。」

「それならいいけど、変身するときは休日の時に家でやってちょうだいね。」

「はーい。」

 私は部屋で変身を解いて、部屋着姿になって夕食の準備の手伝いをしました。

 夕食を済ませた後は部屋で宿題を済ませて、残った時間で期末試験の勉強を始めました。

 机の上に英語の資料を用意した瞬間、帰蝶から電話が来ました。

「もしもし、どうしたの?」

「勉強って進んでいるの?」

「なんで?」

「実は母さんが、期末試験で一つでも赤点取ったら変身アイテムを没収するって言ってきたんだよ。」

「いい薬じゃない。」

「そんな冷たいことを言わないで教えてよ。」

「今日は無理だけど、明日以降ならいいよ。」

「本当に!?」

「明日の放課後、うちに来てくれる?」

「うん、わかった。」

「ただし、条件があるんだけど・・・・。」

「あ、言わなくてもわかっている。関係ないものを持ち込むのと、変身は禁止って言うんでしょ?」

「それだけじゃない。居眠りしたら帰ってもらうからね。自信がないなら家でコーヒーを飲むことを勧めるよ。」

「わかった。」

 次の日から帰蝶は私の家にやってきて勉強をやり始めました。

 赤点候補の帰蝶とは思えないくらいの理解力で、次から次へと覚えていきました。

「じゃあ、この問題を解いてみて。」

 帰蝶はもっとも苦手な数学の不等式の問題に挑戦していきました。

「すごい!全部解けているよ。」

「ありがとう。」

「じゃあ、この座標を求める計算をやってみて。」

 それも問題なく解いていきました。

 人間、追いつめられるとなんでもできるんだなと、その時感じました。

 次の日も英語の対策をやっていきましたが、辞書に頼らず自分の力でできるようになっていきました。

「やればできるじゃん!」

「ありがとう。」

「もしかして、本当はできるんじゃないの?」

「そんなことないって。すみれの教え方が上手なだけだよ。」

「大学も同じところへ行くから、受験勉強も一緒にしようね。」

「言っておくけど、私が受ける大学はレベルが高いよ。それでもいい?」

「うん!」

 帰蝶は大学受験の厳しさを知らないのか、自分でも楽に受かると思っているのか知りませんが、軽い返事をしました。


 そして迎えた期末試験の当日です。

 私は解答用紙に名前を記入して問題を解いていきましたが、私としては帰蝶がはたしてきちんと解けて行けるかどうか心配になってきました。

 初日の数学と現代文を終えた時点で結果を聞いてみたら、問題なく解けたと言っていましたので安心しました。

 あとは残りの科目もどう乗り越えられるか気がかりでした。

 試験が全部終わって答案用紙を戻され、点数を見て喜んだ人もいれば反対にがっかりした人もいました。

 私は帰蝶の点数が気になったので、答案用紙を見せてもらったら全科目赤点回避でしたので、一安心しました。

 その中でも私が驚いたのは苦手な数学が68点だったことでした。

「やったじゃん!」

「ありがとう。すみれのおかげだよ。」

「そんなことないって。でもね、冗談抜きで私と同じ大学へ行きたかったら、死ぬ覚悟で臨まないと、間違いなく落ちるよ。その覚悟はできている?」

「うん。」

 またしても私の中で「不安」という言葉が浮かんできました。


 春休みに入って、特に予定が入っていなかったので2年生の復習をしたり、時々黒ギャルに変身して遊んでいました。

 しかし、春休みにした黒ギャルの変身が最後になるとはその時は思ってもいませんでした。

 私が帰宅する直前、後ろから人の気配がしましたが、その時の私は全く気にしていませんでした。

 新学期に入って、私たちはいよいよ受験生になろうとしていました。

 そんな中、教室で東神奈川駅や横浜駅で黒ギャルの目撃情報の噂が広がっていました。

 噂を広げた本人は横浜駅前の交番で勤務しているおまわりさんの娘、入船ひとみさんでした。

 彼女は口が軽く、噂を広げるのが大好きだったので、何か見つけると拡声器のように教室の中に噂を広げていくのです。

「ねえねえ、知ってる?」

「どうしたの?」

「昨日東神奈川の駅前で買い物をしていたら、時代遅れのヤマンバを見かけたよ。」

「マジ!?どんな感じだった?」

「雰囲気としては一人は黒川さんで、もう一人は長岡さんにそっくりだったよ。」

「間違いなく本人たちだった?」

「ちょっと気になるのは、黒川さん似の方は『アンナ』と呼ばれていて、長岡さん似の方は『アゲハ』って呼ばれていたよ。」

「他人の空似じゃない?」

「そうかもしれないね。」

「うん。」

「だって、よく考えてみたら優等生の黒川さんが黒ギャルに変身するわけないじゃん。」

「それもそうだよね。」

 しかし入船さんだけは納得がいかず、なんとしても正体を暴こうとしていました。

 入船さんは四六時中、私と帰蝶を観察し続けていきました。

 昼休み、私と帰蝶が教室で弁当を食べていたら、入船さんがやってきて一緒に食べようと言い出しました。

「黒川さんと長岡さん、正直に答えてちょうだい。あなたたち、春休み東神奈川の駅前にあるショッピングセンターで黒ギャルになって買い物をしていなかった?」

「してないけど・・・。」

「うん、私も。」

「クラスのみんなは黒ギャルの正体はあなたたちだと言ってるの。本当のことを言ってちょうだい。」

「本当も何も、私黒ギャルになっていないし。」

「うん、私も。」

「何で、私たちだと思ったの?」

「顔があなたたちにそっくりだったからだよ。」

「他人の空似ってことってない?」

 入船さんはだんだん、自信のない表情を見せていきました。

「わかった。今日のところはこの辺で勘弁する。でも、いつかは正体を暴くから。」

 入船さんは弁当箱を持って、私たちからいなくなりました。

 放課後、私は帰蝶と一緒に近所の児童公園に立ち寄って、今後のことについて話し合うことにしました。

「私考えたけど、そろそろ変身するのをやめにしない?」

「なんで?入船さんに探りを入れられたから?」

「それもあるけど、私たち今年受験生でしょ?変身してお出かけする余裕がなくなったと思ったの。」

「たまの気分転換で変身するのもダメ?」

「うん。実を言うとね国立大学へ行ってみようと思うの。」

「どこの?」

「横浜の。」

「あそこって一番レベル高いじゃん!」

「じゃあ、卒業したら別々になるんだね。」

「私、将来税理士になろうかと思っているから。」

「そうなんだ。」

「でも、家から通うわけだし、週末は一緒に遊べると思うよ。」

「本当に?」

「うん、卒業したからと言っても、お別れになるわけじゃないから、落ち込まないで。」

「最初はすみれと同じ大学へ行こうと思っていたけど、私のレベルではとても無理だから、私は違う大学にするよ。」

「その方がいいかもしれないね。帰蝶は将来どんな職業へ就こうと思っているの?」

「私、地方公務員になろうかなって思っている。」

「それもいいかもしれないね。」

「私ね、自分の生まれ育った横浜でお仕事をしてみたいと思っているの。だから今から行政について少しずつ勉強していこうかと思ったの。」

「そうなんだ。絶対になれるよ。」

「だから、私も今日で黒ギャルを卒業するよ。」

 この日を境に私と帰蝶はそれぞれの道へ進むため、毎日塾へ通って、受験日まで勉強に時間を費やしていきました。

 受験を終えて私と帰蝶は、それぞれ志望校に合格しました。


 そして卒業式当日を迎えました。

 校舎の中では下級生たちが花束やプレゼント、寄せ書きの書かれた色紙などを涙を流しながら渡したり、一緒に記念撮影をして、別れを惜しんでいました。

 卒業式を終えた後、私と帰蝶はクラスのみんなと一緒にお好み焼き屋さんに行って、打ち上げをしていきました。

 入船さんは私と帰蝶のテーブルにやってきて、2年生の終わりに私と帰蝶に秘密を探ったことについ謝ってきました。

「2年生の終わりに秘密を探るようなことをしてごめんね。」

「ううん、気にしないで。」

「私も気にしてないから大丈夫だよ。」

「ありがとう。」

「私もここで食べていい?」

「いいよ。」

「すみませーん、豚キムチ玉追加。あと、オレンジジュースもお願いしまーす。」

 そのあと3人でいろんな話題で盛り上げていきました。

 そんな時、担任の先生がラストオーダーを告げてきました。

「お前たち、お好み焼きとジュースの追加はないかー!」

「ないでーす!」

 私たちが店を出たころにはすでに4時を回っていました。

「じゃあ、ここで解散だね。じゃあ、みんな次会うときは同窓会で。」

 クラス委員の一言を最後に、みんなはそれぞれJR、京急、路線バスなどで家に向かいました。

 帰りのバスの中、私と帰蝶は終始無言のままでいました。

 バスを降りて、いつものように近所の児童公園に立ち寄りました。

「この制服も今日で最後だね。」

「うん。」

「明日からずっと普段着になるんだよ。」

「うん。」

「すみれ、さっきから『うん』ばっかじゃん。」

「なんて返事すればいいか分からなくて・・・。この制服にはたくさんの思い出が詰まっているから・・・。」

「そうだよね。」

「私、考えたんだけど、この制服、変身アイテムと一緒にタイムカプセルに入れようと思っているの。」

「それ、いいね!他にも文集や体操着も入れようよ!」

「うん。」

「結婚して子供と一緒に開けたいと思っているから、埋める場所は自宅の庭にしようと思っているの。」

「いいね!」

「あとね、次の日曜日に最後の変身をしようと思っているの。帰蝶はどうする?」

「やる!」

 

 日曜日、私と帰蝶は最後の黒ギャルになって、港の見える丘公園まで行きました。

 着いたら、誰もいなくて私たちだけで景色を独り占めしている感じでした。

「景色がいつもよりきれいに見える。」

「うん。」

 私とアゲハはスマホを取り出して、写真を撮っていきました。

「今思ったけど、この写真もタイムカプセルに入れない?」

「うん!」

 そのあとマリンタワーに上ったり、山下公園でホットドックを食べたり、1日遊び倒していきました。

 次の日、私はスマホの写真を印刷して、写真店で買ってきたアルバムに張り付けていきました。

 さらにその翌日には母さんが使っていた金属の箱を借りて、制服や体操着、アルバム、変身アイテム、そして未来の私へ書いた手紙も入れました。

 ふたをする前、何か思いついたようにB4サイズの画用紙とサインペンを取り出し、黒ギャルになった私への感謝状を書き始めました。

<感謝状 胡桃沢アンナ殿  あなたは休日や放課後に私、黒川すみれを可愛く変身してくれたことを感謝する。  黒川すみれ>

 書き終えた賞状もタイムカプセルに入れて、私は庭に持っていき、スコップで深く掘って、タイムカプセルを入れました。

(さよなら女子高生の私、さよなら黒ギャルの私。次会う時は結婚して子供が出来てから。)

 自宅の庭では南から生暖かい風が優しく吹いてきました。



終わり 


みなさん、今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

今回は主人公が90年代に流行したヤマンバギャルになったお話を書かせていただきました。

当時の女子高生たちの間では、今では死語となった「チョベリバ」、「チョベリグ」、「超○○」など頭になんでも「超」をつけた言葉を使うことや、携帯電話に彼氏の写真を貼ったり、絵文字メールを使うことが流行っていました。

今の人たちから見ればとても信じがたい話ですが、電車内や駅のホームでは人の目などお構いなしに化粧をしたり、ルーズソックスに履き替える光景をよく見かけましたが、当時の彼女たちにとってはそれが当たり前の日常でした。

本編の黒川すみれや長岡帰蝶は変身しても彼氏を作ることもなく、しゃべり方も変身する前とまったく変わりありませんでした。

変身アイテムは母親が現役に使っていたメイク道具を使っていましたが、卒業したらタイムカプセルに埋めてしまいました。

みなさんが大事にしている思い出の品ってどんなものがありますか?機会がありましたら是非教えて頂きたいです。

それでは簡単ではございますが、次回の作品でまたお会いしましょう。


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