第74話 水着選び 後編
水着専門店『Grand Blue』。
水着や浮き輪といった大衆向けの商品から本格的なダイビング用品まで取り揃えた専門店だ。
今回、八神ら一行はダイビング用品には用が無いため、大衆向けの水着が陳列されているコーナーに足を運んでいた。
「よぉうし！ 今更ちょっと恥ずかしくなってきた気もするけどカワイイの選んじゃおうか！」
近しい年代の異性に自身の水着を選んでもらうという恋愛上級者向けのシチュエーションに今更ながら気づいた八神。
そんな彼女は恥ずかしさを紛らわすかのように先陣を切って水着を選びに行く。
「せやな。八神の姉ちゃんにお似合いなドエロい水着を選ばんとな」
「ド、ドエロ……」
耳元で囁く芦屋の言葉で風早の脳内にはほぼ紐だろ、という際どすぎるドスケベ水着を着用した八神が投影される。
その豊満な乳房は溢れんばかりで、艶やかなお尻などもはや丸出しでは？ というえちえちな妄想をしていると、脇腹を抉るかのような鋭い突きが風早を襲う。
「颯くん？ あんまりえっちな妄想はよくないよ？」
「すいません！」
横を見るまでもない。
笑みを浮かべながらもドス黒いオーラを出している雨戸の様子を察した風早は間髪を入れず謝る。
「まぁ、許したり。風早もそういうお年頃なんやから」
「いや、本を正せば芦屋のせいだからね！？」
「あれま、そうやったっけ？」
すっ惚ける芦屋のほっぺを引っ張る風早。
じゃれつく二人の姿に苦笑を浮かべた雨戸は、“ほら、早く水着選んでよ”と風早の手を引いて女性用水着売り場へと向かう。
向かった先では先陣を切った八神が両手に水着を持って悩んでいた。
「う〜ん、普通に三角ビキニでいくか。それともホルターネックビキニにするか。いや、パレオも捨てがたい……。ねぇ、風早くんは何が良いと思う？」
「え！？ あ、いやぁ、ぼ、僕は……」
「あぁ、試着してみないと分かんないよね。ちょっと待っててね」
そう言い残して八神は数種類の水着を持って試着室へと入っていった。
「ほら、雨戸ちゃんも早よ水着選んで対抗せんと負けてまうで」
とニヤける頬を堪えながら雨戸の方へ振り向くと、ハイレグビキニとマイクロビキニを真剣に見比べる彼女の姿があった。
「……やめとき。妄想ならいいけどリアルに幼馴染がそんなん着てもドン引きするだけやから」
凄まじいチョイスに思わず真顔になる芦屋。
冷静に諭された雨戸はしょんぼりと肩を落とし、芦屋チョイスの落ち着いた水着を持って試着室へと消えた。
そして、雨戸が試着室へと消えてすぐ後、八神が入った試着室のカーテンが開かれる。
「どう？ これかわいくない？」
黒の三角ビキニを着用した彼女の姿はとても妖艶だ。
豊満なバストとビキニの相性は最高としか形容しようがない。
常なら包み隠されている引き締まったくびれ。
スラリと伸びる無駄な脂肪分のない引き締まった脚。
その全てが解き放たれた姿は老若男女問わず魅了するだろう。
まぁ、そんなものは幻想に過ぎなかった訳だが。
現実とは非情なもの。
彼女の艶姿は無粋極まる余計なもので包み隠されていた。
「えっと、とてもかわいいとは思いますが、……それって水着なんですか？」
「アホちゃいます？」
水着へ着替えた八神の姿を見て、困惑の表情を隠せない風早。
芦屋に至っては呆れかえってシンプルな語彙しか出ない。
それはそうだろう。
てっきり、彼女が手に持っていた三角ビキニかホルターネックビキニ、パレオのどれかに身を包んだ艶やかな水着姿に着替えてくるだろうと想像していたというのに……。
蓋を開けてみればその姿は真逆と言っても良いものであった。
彼女は、ペンギンを模した着ぐるみのようなアウタータイプの水着に身を包んでいたのだ。
足にもペンギンを模したフィンを履いており、ダボっとした袖は彼女の白魚のような指さえも包み隠す。
水着の醍醐味とも言える露出など、ペンギンの頭を模したフードから覗くその美しい相貌だけである。
「アホじゃないし！ これ意外と動きやすいし、通気性も悪くないんだよ？」
と、言いながらも彼女の意図は別のところにあった。
ただ、単純に……
(いや、やっぱり恥ずかしいし！ 普段から露出少ない格好なのにいきなり異性に露出度高い服装を見せるとか無理だから！！)
彼女は恋愛ごとで弄られることを嫌うくらいには乙女チックなところがある。
加えて、普段の服装が仕事中はスーツ姿で下もスカートではなくパンツルックだ。
私服に関してもジーパンにTシャツといった露出の少ないもので、スカートすら履くことはない。
そんな彼女がいきなり異性の前で大胆な露出をしろというのは無理な話であった。
動きやすさを見るために試着室からペッタペッタと出てくる八神の水着(？)姿はシュール以外の何者でもなかった。
しかも本人はこれはこれでかわいいと思ってるためか、ドヤ顔なのが残念さに拍車をかけている。
思ったより気に入ったのか、ダボっとした袖を振ってはしゃぐ八神を他所に、隣の試着室のカーテンが開く。
「ど、どう……かな……？」
「おお！ 綺麗だよ、梨花ちゃん」
「へぇ、中々様になってるやん」
「おお！ かわいいよ雨戸ちゃん！！」
試着室から出てきた雨戸の姿は年相応の可愛らしさと大人へ近づく艶やかさ、その両方を兼ね備えた美しさがあった。
彼女の着用している水着は白を基調に紺色で縁取りされたレース付きビキニであった。
八神には及ばないまでも、紋章高専の生徒として日々訓練に励む彼女の肢体は引き締まった美麗なもの。
ビキニという露出度の高い格好は、彼女の無駄な肉付きのない引き締まった身体を惜しげもなく曝け出す。
けれど、レースがつくことによって大人らしい慎ましさをも表現することで、大人と子供の間にいる彼女らしい美しさを表現していた。
「あ、ありがとう。……て、八神さん……、何してるんですかそれ？」
恋慕する相手に水着姿を見せることに恥じらいを見せてモジモジとしていたのも束の間。
真横にいるペンギンの着ぐるみ風アウター水着を着た八神を目にして一気に冷める。
一方的にとはいえ恋敵としている相手が、まさかの水着勝負(これもまた一方的な)を試合放棄。
これには勝手ながら怒りが湧いた雨戸は至極冷静を保ってその訳を聞く。
「どうしてそんなアホな格好してるんですか？ 水着買いに来たんですよね？」
「う、うん。そうだよ。ちゃんと中に水着も来てるよ？ でも、ほら、知らない人も周りにいるし、恥ずかしいからさ」
雨戸から放たれる静かなる殺気を感じ取って、しどろもどろになりながらも訳を話す八神。
異性である風早や芦屋に見られるのも勿論だが、不特定多数の人間に見られるのも恥ずかしくて嫌なのだ。
「でも、水着買いに来たんですよね？ まさか本番でもそのヘンテコな着ぐるみ着て出る気ですか？」
「えっと……そのつもりだったんだけど……ダメ？」
雨戸の底知れぬ気迫に押されてジリジリと追い詰められる八神。
そして、遂に試着室を隔てる壁まで追い詰められてしまう。
「ダメに決まってんでしょうが！！」
アホ極まりない発言をする八神に堪忍袋の尾が切れた雨戸。
彼女は八神が着用するペンギン型着ぐるみの首元に付いているファスナーを股下まで一気に引き下ろした。
すると、真紅のホルターネックビキニに身を包んだ姿が露となる。
ファスナーの隙間から覗く肢体は実に美しい。
肌艶のある玉肌は十代らしい可憐さを持つ。
ホルターネックビキニによって強調された胸元はその豊満な胸が秘める魅力を最大限に引き出している。
真紅という色合いも実に素晴らしい。
金髪で色白な彼女に、真紅という強烈な個性を加えることで、互いの魅力を高める相乗効果を生み出している。
そしてなにより、彼女の秘めたるポテンシャルは先程浮かべた風早の妄想など遥かに凌駕していた。
水着で強調された豊満なバストは事ここに至っては言うに及ばず、その腹部はモデルさえも嫉妬する程のくびれを実現していた。
細過ぎず、されど無駄な肉など一切ない、しなやかな筋肉で引き締まった腰回り。
スゥッと薄く割れた腹筋は筋肉質な感じではなく、スポーティな健康美を感じさせる。
引き締まった太ももはその肉感の少なさに反して柔らかな印象を与えるというこの世の物理に反した美。
そして、先程まで着ぐるみのかわいさにはしゃいでいた彼女の身体にはうっすらと汗が伝っていた。
その汗がまた、彼女の魅力に磨きをかける。
即ち、
「「「エッロ」」」」
「だからエロくないってばぁ！！」
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