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第67話 空想世界


『高専選抜トーナメントも遂に大詰め! この試合で全てが決します!! 彼らの活躍を! 彼らの勇姿を! その眼に焼き付けてください!!』


 フィールドはこれまでの現実的なものから一転。

 そのフィールドはどこまでも幻想的だった。


 遥か彼方まで澄み渡る蒼穹(そうきゅう)

 白く穢れのない雲海が果てなく続く天空には幾つもの浮島(うきしま)が漂う。

 下界へと滴る滝の雫は七色の虹を映し、より一層幻想的な風景を彩っている。


 決勝戦は上位三名による三つ巴の決戦。

 参加選手はそれぞれバラバラの場所へ配置されている。


 染谷一輝(そめやかずき)苔生(こけむ)した古代遺跡の玉座に鎮座し、試合開始の時を静かに待つ。


 吉良赫司(きらあかし)は色とりどりの妖精が飛び交う美しい湖畔(こはん)(ほとり)にて、岩に腰かけ愛銃の手入れを行う。


 風早颯(かざはやはやて)は一際大きな浮島に生える世界樹が如き巨木の枝に立ち、眼下に広がる幻想的な風景に魅入られていた。


 三者三様に幻想的な世界で、始まりの刻を待ち侘びる。

 

 そして、


『それでは、高専選抜トーナメント決勝戦!!』


——Ready. Fight !


 試合開始のゴングと共に三者は動き出す。

 


    ◇



 美しくも愛らしい妖精達が舞い踊る幻想的な湖の湖畔。

 苔生した岩場に腰掛けた吉良は、ある物を妖精に渡して準備を進めていた。


(凄いな。てっきり無反応な背景オブジェクトかと思ってたけど、ちゃんと反応を返すどころか自律思考までするなんて)


 妖精達は幻想的な背景を彩るオブジェクトではなく、高度な自律思考を有するNPCであったのだ。

 とはいえ、創作物にあるような魔法を使ったりだとかはできないようで、精々が意思の疎通(そつう)と自律的な行動が関の山ではあるようだ。


(まぁ、それでも俺にとっては値千金(あたいせんきん)の価値なんだけどさ)


 妖精達に準備を任せれば敵に気づかれにくい。

 NPCがプレイヤーの味方をするとは思わないし、そもそもの大きさが掌大(てのひらだい)であるため、視認は難しい。

 罠を張り巡らせて戦う彼にとっては、そういった利点を持つ妖精達の価値はとても高いものであった。


「さて、準備が整う前に見つかっちまったら意味ねぇからな。俺は俺でさっさと身を隠さねぇとな」


 腰掛けていた岩場から立ち上がると、彼は妖精達に導かれるように森の中へと姿を消した。



    ◇



 苔生した古代遺跡。

 木漏れ日が差し込む玉座から移動した染谷は、宝物庫跡地であろう地下施設に潜り込んでいた。

 敵を探さず、フィールドを探索しているのには訳がある。

 それは、


(やはり、あったか)


 彼の手には青色の液体が入った瓶が握られていた。

 その液体の正体は魔力を補充する薬品だ。


 彼は玉座の間にある窓から、現実には存在しない怪鳥が飛ぶ姿を見た。

 加えて、敵を探す為に外へ出ようとした所、この古代遺跡の全体図を描いた地図を見つけた。

 そこにはこの宝物庫の場所が描かれていたのだ。


 これらの情報から、“このフィールドは先まで以上に環境的要素を活用できるのではないか?” と考えてダメ元で訪れてみれば、役に立ちそうなアイテムを見つけられたという訳だ。


 その宝物庫には他にも様々な物品が保管されていたが、古代遺跡という設定故に多くの武器防具は風化して使い物にならなかった。

 その中でも使えそうなものは、


(魔力回復薬と……これくらいか)


 一先ず、状態の良い魔力回復薬を二つ、その横に保存されていたとある薬品を一つ。

 道中の更衣室で拝借したウェストポーチにそれらの薬品を仕舞うと、宝物庫を後にする。


(吉良は時間をかければかけるほど厄介になる。叩くなら彼から先に叩くべきだな)


 そう判断した染谷は先ずは敵の位置を捕捉する為に、遺跡の全体図から宝物庫と共に見つけたある施設へ向かう。

 その施設とは観測室。

 詳細は不明だが、石材で作られた遺跡に反して、内包された文明レベルはかなり高いように見える。

 恐らく、この空想世界全体、最低でも広範囲を観測できる施設なのだろう。

 そこで敵の位置を特定し、攻勢を仕掛ける。


 作戦方針が定まった染谷は好配置という思いがけぬ幸運に感謝し、観測室を目指して駆ける。



    ◇



 観測室へと辿り着いた染谷はこの幻想的な世界にそぐわない、あまりに発達した文明に口角を吊り上げる。

 

(不公平なまでに恵まれているなこれは)


 眼前に広がるは材質不明の白い建材で作られたタッチパネルと巨大なディスプレイ。

 ディスプレイにはフィールド全体が映されており、端の方には様々なツールが表示されている。

 

(このタッチパネルを操作すれば敵の位置を探れるか?)


 ものは試しに、と染谷はタッチパネルを操作する。 

 しかし、ある問題が浮上した。


(なるほど、これほどのチート施設だ。何かしらの制約があるものとは思っていたが……)


 観測モニターに使用されている言語は現実にあるものではなく、この世界独自のものであった。

 俗に言う異世界言語というやつだ。


 当然、そんなものが読めるはずがない。

 しかし、学生会長たる者、戦闘技能だけでなく、勉学においても秀でていなければならない。


 幸い、その言語は無規則で出鱈目(でたらめ)なものではなく、きちんと法則性を持った機能的な言語であるようだ。

 サッと見ただけでも幾つかの法則性が見受けられる。

 完全とはいかずとも、ざっくりとなら読み解くことは可能だろう。

 

(時間を掛けるのは得策ではないが、これほどのアイテムを放棄するのも愚策だ。時間を掛けてでもこれを読み解くか)

 

 この観測室にはそれだけの利点がある。

 特に、座標さえ分かれば遠距離攻撃が可能な染谷にとって、その価値は高い。


 一先ず、言語を読み解く為には多くのサンプルが必要だ。

 そう考えた彼は、タッチパネルを適当に操作してより多くの情報を引き出し、言語解読の足掛かりとする。



    ◇



 風早は世界樹の枝に腰掛けて、空想世界を一望していた。

 眼下には半径一キロメートル程度の小島から二〇キロメートルに及ぶ大きな島まで、大小様々な浮遊島が映る。


 流石にこの距離からでは遠過ぎて目視による索敵はできない。

 今腰掛けている世界樹も全長一〇〇〇〇メートルという規格外の大きさだ。

 加えて、浮遊島それぞれが大きくて遠近感が狂うが、実際の距離はこの枝からだと一番近い浮遊島でも一〇キロメートル以上離れているのだ。


 偉人格の優れた視力であろうと、そこで動く人の姿など見えるはずがない。

 ルミのような狙撃手の紋章者ならば話は別だが、半神半人であるとはいえ、戦士であるアキレウスの紋章ではそこまでの視力強化はない。


 それでもなぜ、彼がこの場から動かないのかというと、


(ここからなら何か動きがあった時直ぐに分かる。それに、万が一襲い掛かられてもこの場所は僕のホームグラウンド。かなりの有利が取れる)


 先述の通り、この場所からは空想世界全体が一望できる。

 人一人の動きは見えずとも、戦闘が発生すれば流石に分かるのだ。

 そして、フィールドによる恩恵があるのは何も染谷と吉良だけではない。

 

 染谷には観測室が与えられたように。

 吉良には妖精達が与えられたように。

 風早には世界樹の恩恵が与えられたのだ。


 彼が用いる槍はトネリコの槍。

 世界樹ユグドラシルの枝から創られたとされるものだ。

 故に、ユグドラシルではないものの、世界を支えるという同一の性質を持つ世界樹とは相性が良いのだ。

 この世界樹がある場所でなら世界樹から魔力が供給され、魔力切れは起こらない。


 だが、彼がこの場から動かない理由はこれだけではない。


(侵食率二十五パーセント。完全支配にはまだもう少し時間が必要かな)


 これも先述の通り、トネリコの槍は世界樹の枝から創られたものだ。

 彼はその由来を利用して、世界樹にトネリコの槍を突き刺し、この槍は世界樹の枝であると誤認させた。

 そして、槍を介して自身の魔力を流し込み、世界樹、ひいては世界樹が存在する浮遊島そのものを支配下に置こうと考えたのだ。


 その目論見自体は成功した。

 接木のように、世界樹と槍は一体化した。

 しかし、問題はここからだ。

 常に魔力によって侵食していなければ、世界樹の魔力に抵抗されて支配下におけないのだ。

 故に、この場から動けないでいた。


(二人に時間をあげるのは正直怖いけど、これを支配下に置けるのは大きい。逆に言えば二人にも同様の環境的有利があると仮定したらこの世界樹がないと勝てない)


 三者三様の理由で戦況は一時膠着(こうちゃく)状態に入る。

 それは嵐の前の静けさ。

 誰かが一石を投じた時、状況は一気に動き出す。


 

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