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第64話 師匠譲り


 フィールドへと繋がる通路。

 控室へと戻る道すがら。

 染谷は戦場に臨む風早へ、すれ違い様に言葉を残す。 


『決勝で待っている』


 端的に告げられたその言葉は、彼を奮い立たせるに十分な力を秘めていた。

 彼はその言葉に答えない。

 彼には言葉ではなく、ただ、結果をもって応える。

 

——ああ、僕は恵まれていた。これ程までに沢山の壁が(そび)え立っていたんだ。


 それは、師と出会い、空の青さばかりを知る(かわず)が大海の広さを知ったが故に気づけたこと。


 蛙は、空へと近づく為の足掛かりに恵まれていた。

 決して安易な道ではない。

 優しく導いてくれるものではない。

 長く、険しい道だ。

 傷ついて、躓いて、挫けて。

 ボロボロになっても尚、あの空へ至れるかは分からない。


 けれど、彼はそれでも笑う。

 憧れるだけだった空へ近づける。

 それこそが彼の何よりもの喜びであるからだ。


 

    ◇



 崩落した天井から、滝の如く雨水が漏れ滴る。

 湿り気を帯びた埃っぽい臭いが鼻腔を刺激する。

 ヒビ割れたガラス窓は雷雨を映し、床の窪みにたまった水は対峙する二人の戦士を映し出す。


 一人は槍を構えた戦士。

 緑の髪をしっとりと濡らし、その身を僅かに真紅に染める。


 相対するは刀を青岸に構えた侍。

 黒の髪は頬に張り付き、雫を滴らせる。

 その身は槍使い同様、各所を真紅に染めている。


 試合のゴングはとうに鳴り響いた。

 常人では目視すら不可能な神速の攻防。

 それだけで互いに理解した。


 あの頃とは違う。

 方や、越えるべき壁は更に厚く、高く聳え立っている、と。

 方や、雛鳥でしかなかった少年は、今や一端の英雄の顔を見せている、と。

 

 高専でも屈指の実力者が集い、文字通り決死の戦いを繰り広げるこのトーナメントの中で、双方共にその才能は研ぎ澄まされている。

 

 崩落した廃墟を舞台とした両雄の死合いは、そう長くは続かないだろう。

 

「貴様、いや、貴殿とこの場で戦える事を僥倖(ぎょうこう)に思う。なにせ——」

「僕も、貴方と戦えて良かった。だって——」


『漸く、本気の貴方(貴殿)と戦える!!』


 獣のような笑みを浮かべた両雄は矛を交える。

 宙に舞う水飛沫。

 その一つ一つが衝突によって粉砕される程の濃密にして刹那の攻防。

 戦いの様子は観客に見えやすいように映像速度を落として送られているが、それでも一般人には彼らが残す無数の残像くらいしか見えてはいないだろう。


——三学(さんがく)“斬釘截鐡”(ざんていせってつ)


 風早による上段からの振り下ろしに合わせて放たれた、小手を狙った下段からの切り上げ。

 風早は咄嗟に槍から手を離すことで小手を切られることは避けられた。

 けれど、トネリコの槍は弾かれてしまい、その手を離れる。


 そして、放たれるはかつて彼を成す術もなく葬った剣技。


「柳生新陰流勢法“ 燕飛”(えんぴ)


 月影。(つきかげ)

 初撃である上段からの振り下ろし。

 

 風早はその斬撃を敢えて受けることで必殺の連撃を止める。


「なっ!?」


 これには()しもの柳生も驚愕を(あら)わにする。

 柳生新陰流は受けられることは想定していない。

 斬撃を受けるとは即ち、死を表すからだ。

 だからこそ、風早は我が身をもってその刃を止めることを選択した。


 確かに柳生の斬撃は風早の加護すら斬り裂いてダメージを与える。

 しかし、予め受ける箇所を決めて、魔力を一点集中させる。

 その上で、加速しきる前の初撃で受けてしまえば、その斬撃さえも受け止めることができる。


 師である八神は、凍雲との戦いにおいて経験した、魔力の一点集中による防御技術を弟子へと継承していたのだ。


 そうした対策を施しても尚、肩に鋭く食い込む刃の側面を殴り砕く。

 そして、一気呵成(いっきかせい)に攻め込む。

 突破口を切り拓く時間など与えはしない。


「うぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 神速の殴打が柳生を打ちのめす。

 けれど、柳生新陰流は剣道ではなく、剣術なのだ。


「これで終わりだと思うなァ!!」


 例え刀を失おうとも、その技の冴えは陰るものではない。

 神速の殴打を前腕部や肘で受け流し、そのままの動作で殴打を叩き込む。


 柳生新陰流の基本にして真髄、“(まろばし)

 受け流して攻撃するのではなく、受け流しそのものを攻撃の太刀筋とする極意。


 受け流しと攻撃が一体となった柳生の殴打は風早の身体を(したた)かに打ちつける。

 音速など遥かに超えた、まさに神の領域とも言える速度域に至る風早の殴打は、柳生の“(まろばし)”でさえ流しきれずにその身体を穿つ。


 そこから始まるは我慢比べ。

 最早戦略も隠し球もない。

 今、この状況を崩せば、風早は確実に柳生を仕留められる切り札を持っている。

 しかし、それは柳生にも言えることだ。

 彼も風早を一撃で仕留められる切り札をまだ持っている。


 故に、互いが互いに膠着(こうちゃく)状態を選択する。

 否、この我慢比べにて勝負を決めるのだ。

 

 天井から降り注ぐ雨水の飛沫が、彼我(ひが)の肉を打つ鈍い打撃音に、水音を含ませる。

 そして、階下へ流れる雨水に朱が混じり始める。

  

 何処までも泥臭い。

 まるで、不良同士の喧嘩のような戦い。

 されど、観客はその戦いに魅入られた。

 互いの矛を失い、その身に宿す信念をぶつけ合う。

 才能を、技術を、魂をぶつけ合う。


 彼らの戦いは紋章者同士の戦いとしては地味かもしれない。

 国を護る英雄の卵としては、このような姿は理想からかけ離れているのかもしれない。

 けれど、それぞれの全霊を掛けたこの戦いをバカにする者など、この試合を見守る者には一人もいない。

 誰もが彼らの奮闘を、固唾を飲んで見守っていた。


「お願い、勝って。風早くん」


 雨戸梨花はその手に持つお守りを握りしめて、大切な幼馴染の勝利を願う。


「信じてますからね、部長」


 同じ剣道部に所属する者として、長い付き合いとなる滝澤遥(たきざわはるか)は、最強であると認める己が師の勝利を信じる。



 そして、遂に壮絶な死闘は終わりを告げる。



 最後に立っていたのは、柳生寿光。(やぎゅうとしみつ)


 

 しかし、その意識は既に絶たれていた。

 彼は、立ったままその意識を途絶えさせていた。



「私の弟子なんだ。諦めの悪さで勝てるわけがないでしょ」


 最速の英雄を育て上げた光の天使は、誇らしげな表情で試合の結末を見届ける。



『試合終了!! 二回戦第二試合!! 勝者!!』


 痛みと疲労によって尻餅を着きながらも、その右手をしっかりと掲げる。

 己が勝利を示す。


『風早颯!!!』


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