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第48話 真の英雄は何を見る


 前代未聞の玉入れ競技が終わり、次の種目が滞りなく進行している最中。

 関係者専用裏口に朝陽昇陽の姿があった。

 彼の足元には気を失って倒れ伏す年若い警備員と壮年の警備員の姿。

 そして、彼の眼前にはある人物が一人。


 神々しささえも感じさせる金髪。

 腰まである長い髪を風に靡かせ、神聖みを帯びた黄金の瞳が史上最強の紋章者の姿を写す。

 白を基調とした宗教色を感じさせるスーツを着こなした偉丈夫。

 植物を模したデザインの杖を持つ姿は教皇を想わせる。

 その人物の名はメサイア。

 薔薇十字騎士団(ローゼン・クロイツ)と呼ばれる宗教組織のトップを務める人物である。


 その目的は地球を穢し、不毛で醜い争いを繰り返す愚かな人類を一掃することで、本来の美しい地球を取り戻そうというもの。

 つまりは、人類を救済するためではなく、地球を救済するための信仰組織——救世主——なのだ。

 彼にはその危険思想。

 そして、その理想を実現するだけの実力を加味して、史上最高額の懸賞金が懸けられている。


 その額は88億8000万円。

 レートは当然の如く7であり、その中でも最強であることは間違いない。


「お会いできて光栄だ。人類の希望の光よ」

「何の用で来た」


 朝陽に敵意はない。

 それはメサイアに害意がないことが分かっているからだ。

 しかし、長話するつもりもないようで本題を急かす彼に、メサイアは苦笑する。


「そうだね。君も彼女と共に祭を楽しみたいだろうし、要件は手早く済ませようか」


 彼の元へ寄ってきた小鳥を指に留まらせて愛でながら、要件を簡潔に述べる。


「私の仲間になってくれないかな」


 その言葉に返答は返さない。

 その真意を見定めるように朝陽はメサイアの瞳を視線で射抜く。

 

「遠くない未来。この世界は終末を迎える。鮫島くんが亡くなってしまった今、この事実を知るのは君と私だけだ」


 デリットの首魁であった鮫島。

 彼が救世主と呼び崇めた人物こそが彼である。

 鮫島に終末の予言を告げて、八神紫姫という運命を穿つ特異点を作らせた張本人であったのだ。


 土御門は鮫島からデリットアジトにて世界終末について聞かされていた。

 しかし、その後蘇生して医務室で眠っていた彼の記憶をメサイアが操作して情報を書き換えた。

 そのため、この情報を知る者は事実、この場にいる二人だけなのである。


「突然こんなことを言われても信じられないのは無理もない話だ。表向きの私は人類を一掃しようと企む悪の宗教団体の親玉なのだからね」


 そう言って彼は眼を伏せる。

 その真意は未だ測りかねる。

 なんらかの目的の為に薔薇十字騎士団という隠れ蓑を纏っているようにも見えるが、そう思わせることこそが彼の誘導かもしれない。


「だけど、信じてほしい。詳しい事情は話せないが、君の力が必要なんだ」


 その瞳には嘘は見られない。

 しかし、真の悪とは総じて嘘を見抜かせぬものだ。

 真実を偽装し、虚実を掴ませない。


 それが朝陽昇陽でなければ。

 彼の紋章は太陽神スーリヤと後にクル王パーンドゥの妃となるクンティの間に産まれた半神半人の大英雄。

 インドの叙事詩【マハーバーラタ】に登場する中心的人物の一人。

 そして、大英雄アルジュナの終生のライバル。

 偉人格幻想種:カルナ。


 彼の大英雄は天涯孤独の身から、弱きものの生と価値を問う機会に恵まれた。

 故に相手の本質を掴む力を持つ。

 その彼が見定めた彼の真意とは——


「…………俺は大切な者を護るために最善を尽くす。ただそれだけだ」


 そういうと彼はメサイアに背を向けて立ち去る。

 肯定とも否定とも取れない彼らしい言葉足らずな返答ではあったが、メサイアはその返答を確かに受け取った。


「ここでの会話は君と私だけの秘密だよ」


 メサイアは去り行く彼の背にそう一言だけ告げた。

 振り返らず去り行く彼に、静かに笑みを浮かべたメサイア。

 彼は地に伏せる警備の二人に左手に持つ杖を振るう。

 誰にも聞かれたくなかったが故に気絶させたお詫びとして、疲労を消し去ったのだ。


 そのすぐ後に空間から滲み出るように何者かが現れる。

 骨と皮だけの痩せ細った身体には法衣を纏っていた。

 眼孔は窪み、そこに収まるはずのものはとうの昔に消失している。

 法衣を羽織るミイラが如きその者の名は遍照金剛(へんじょうこんごう)天星(てんせい)

 薔薇十字騎士団の序列第三位に位置する者。


 地面を掘って地下に潜り、出口を遮断し、水や五穀の一切を絶つ。

 そして、最期の瞬間まで座禅・読経を続けるというプロセスに従って行う土中入定を行い、衆生救済の為に即身仏となる……


 はずだった。


 その直前にフォトンベルトによって紋章が宿ってしまい、生と死の境界線上を彷徨うこととなった迷い仏。


「見つけましたぞ。こんな所で何をしておられるか。日の本を焼き尽くすのは時期尚早だと仰ったのは御身なれば。それとも、やはり滅びを与えるのですかな?」


 パキパキとした乾いた音が鳴る。

 裂けるほどに口角を上げて、その身から悍ましい力を昂らせる。

 その力は瞬時に一国をも滅ぼせる程の力に満ちていた。

 だが、メサイアはその迸る力をただ、無造作に右腕を一振りするだけで消し去る。


「まだだよ。物事には順序というものがあるんだ。私たちの悲願を叶える為にも、今日本を滅ぼすのは良くない。彼らにはアトランティスを潰してもらわないといけないからね。用も済んだから帰るよ」

「ホッホウ。それは残念じゃ。しかし、御身に逆らう由もなし。今はこの昂りも内に秘めましょうや」


 あれほどの力を放ったというのに、警報装置は一切作動しない。

 誰も日本が滅びかけたという事実に気づかない。

 メサイアが何かを施したから。


 ではない。


 遍照金剛天星。


 彼の扱う力は、本当に魔力なのだろうか……。


 謎を残したまま二人は空間の歪みに消える。

 空間に滲み、溶けるように消え去る。

 その場には、温かな日差しの下、眠りこける二人の警備員だけが残された。


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