第18話 雷の傭兵
全話 文体を整えて一話毎を読みやすいように短くしました。
内容に大きな変更はないのでご安心ください。
輝く光輪、翼から感じる神々しさとは対照的な貪欲な笑みを浮かべる少女。
「貴方を踏み台にして私はもっと強くなる!」
同様に、全身を迸る稲妻が神々しさを感じさせるも、帯電する碧眼に彩られた猛獣を想わせる獰猛な笑みを浮かべる青年。
「期待してるぜBaby」
先に動いたのは獰猛な笑みを浮かべた青年だった。
ズボンのポケットから取り出したパチンコ玉を指で弾き飛ばす。
ただそれだけで電磁力の力で加速されたパチンコ玉は音速の三倍の速度を叩き出す。
「電磁加速銃」
本来ならば長い金属のレールを用意して電流を断続的に流し、ローレンツ力をレール中央に与え続けることで加速・射出する兵器だ。
彼はそれを緻密な電流操作によって空間に媒体なしでレールを形成することで成し得たのだ。
とはいえ、弾は所詮パチンコ玉。
空気摩擦で加熱され、すぐにプラズマ化してしまう。
それでも発生した衝撃波は弾丸の如く射出され、その威力は装甲車両すら容易く破壊する。
しかし、それほどの威力を誇る技すら前座でしかなかった。
電磁加速銃は当然の如く翼で防がれてしまう。
「その程度じゃ私は傷つけられないけど?」
「ふわふわした翼なのに、存外、防御力高いじゃない」
翼で防がれるのは、想定の範囲内だ。
彼女ならこの程度難なく防いで当然。
電磁加速銃など翼で防がせるという動作を行わせる為だけの捨て石でしかない。
(本命は翼によって死角を作り、そこに潜り込むことさ)
死角に潜り込んだルークは右腕を雷電へと変化させる。
「そんなことは分かってる」
だが、翼によって生まれた死角は、作らされた死角ではなくわざと作った必中領域だった。
翼から照射された光は必中領域を焼き払う。
追撃に翼を広げる力で吹き飛ばそうとするも、そのれよりも速く、翼を突き抜けた雷撃が襲いかかった。
「カッ……ハ……!」
全身を突き抜ける雷撃に飛びかける意識を、八神は羽で脇腹を刺した痛みで持ち直す。
そして、翼を広げて周囲一体を薙ぎ払い、烈風で吹き飛ばす。
「肉を切らせて骨を断つ。そういった戦術を取る相手がいるってことを知っておくべきだったな」
「チッ。その割にはピンピンしてるけどね」
「ハハハ! 肉を切るには少しばかり手加減が過ぎたようだな」
磁力で天井に逆さに立つルークは服の端が若干焦げてはいるが、その身にはこれといった外傷は見当たらなかった。
彼は翼から光が照射された瞬間、ベルトから正方形の金属塊を取り出して放電冶金で瞬時に盾を形成していたのだ。
冷却する時間こそなかった為、液状のまま操作して盾にした。
だが、幸い物理的な衝撃が来る前に反撃できたが故に、液状の盾でも多少熱で焦げはすれど、ほとんど無傷で済んでいたのだ。
「様子見か、拘束するためか……、手加減するのは勝手だけどさ……」
ゆらりと逆さに立つ彼は身体を揺らす。
それを知覚した時には、既に眼前へ拳が迫っていた。
「さっさと本気出さないと死ぬぜ」
またしても反応できた頃には遅かった。
気がつけば八神の頬をルークの拳が打ち抜いていた。
ほとんど反射で身体を捻りながら後ろに飛ぶことで衝撃を逃したものの、それでも殺しきれなかった衝撃で大きく吹き飛ばされる。
口内が切れて口端から垂れる鮮血を拭う。
だが、お陰で彼の姿を捉えられない原因が判明した。
正体は縮地だ。
創作でよくある瞬間移動のようなものではなく、古武術にある、タイミングをずらすことで体感的な速さを創る技術のことだ。
人間は意図しないタイミングで動かれると反応が遅れるようにできている。
その本能を逆手に取り、体感的な速さを乱す技術が縮地である。
彼の姿を捉えられない原因はこれだったのだ。
(一度目は彼が姿を表して、こちらへ歩み寄ってきた時)
歩く最中、片足を上げて不安定な体勢となる瞬間。
本来高速移動できるような体勢でない瞬間に身体を雷化させて動くことでタイミングをずらす。
加えて、雷光によって反射的に目を瞑った隙に移動することで縮地を行なったのだ。
(二度目はルーク自身が身体を揺らすことで、故意にタイミングをずらした。後ろ体重になった瞬間に一度目と同様の方法で高速移動を行なうことで、本能を欺いたんだ)
雷速という目に見えるはずもない速度に対応するためには、予備動作から動きを察知する必要がある。
だからこそ、殊更縮地にかかりやすくなってしまうのだ。
「死にたくなきゃ力を出し尽くしな!」
しかし、種が割れたからといって対処できるものではない。
ルークは八神の重心移動を利用するだけでなく、自分自身があえて重心を崩したタイミングで動くことによって縮地を行なっている。
八神がその逆を突いて、重心を崩したタイミングを見て対処しようとも、重心を整えてから加速することで縮地を為す。
それ以外にもフェイントをかけることで縮地を行うことだって雑作でもないだろう。
故に、彼女が取れる手段は……
(思考を止めず、搦手で攻め崩す!)
八神は一振りの刀を取り出して両翼を羽ばたかせて、辺りに羽を散らしながらルークへと斬りかかる。
ルーク程ではないとはいえ、音速を超えるという恐るべき速度で放たれた斬撃だったが、容易く躱され、
「衝撃電流」
反撃として放たれた放射状の電流が八神の全身を焼き焦がした。
電流による痙攣で動きが阻害された八神。
彼女が感電する直前、苦し紛れに投擲した刀を、ルークは紙一重でかわす。
そして、動きを緩めぬまま、ルークは追撃として雷速の右ストレートを叩き込む。
だが、直前で嫌な予感を感じて右拳を即座に雷に変換して切り離す。
すると、予感通り地面から鋭い刃のような羽が飛び出して右腕があった場所を通過した。
「ヒュー、間一髪だぜ」
あのまま攻撃していれば右腕を失っていたことだろう。
されど、回避だけで終わるのは二流止まり。
雷に変換して切り離した右拳を炸裂させる。
「放電花火」
切り離された右拳が炸裂し、地下に大きな花火が花開く。
轟音と衝撃波、火花の熱が両者に襲い掛かる。
「——熱ッ!」
「ハハッ!」
しかし、ダメージを負ったのは八神だけだ。
ルークは自然格であるが故にこのような自爆技や自分だけの現実に至っていない紋章術等は流動化して受け流すことができるのだ。
流動形態から人型形態へ戻り、大技で止めを刺そうと動いた瞬間のことだった。
ドシュッ!
「——痛っ!?」
左足に鋭い痛みが走る。
見ると刀が刺さっていた。
八神は戦いながら辺りに羽を舞い散らせていた。
その羽を操り、先程投げた刀の軌道を修正して死角から突き刺したのだ。
「——ッ!?」
そして、その刀は当然ただの刀ではなく、紋章を宿した妖刀。
「不動!」
否定の紋章武具『否姫』。
否姫による動作の否定は、一行動にのみ作用する。
つまり、身体を動かそうとしても初めは動かないが、もう一度動かそうとすれば効果対象外となり動かすことができる。
一見、一瞬の動きを止めるだけの技に思えるが、二度目で不意に動けてしまうが故に、逆に初見では大きな隙を作ってしまうのである。
(おっとー。これはシクッたなぁ)
まんまと初見殺しの罠にハマったルークは、二度目で不意に動けたばかりに体勢を崩して致命的な隙を晒してしまう。
その隙を逃さぬ八神の袈裟斬りがルークに迫る。
その時、突如両者の間に突風が吹き荒れ、共に反対方向へと吹き飛ばされてしまった。
「はい、二人ともそこまで」
吹き飛ばされた両者の間にゆったりとした歩調で現れたのは静だった。
その背後には鋭利な刃物で斬られたような、滑らかな断面を見せる球状の鉄塊があった。
「もう目的は果たしたでしょ? いつまでも無様晒してないで事情説明してあげなさい」
「ハハ、手厳しいなぁ。まぁ、あれだけ煽っといてやられちゃってんだから、言い返す言葉もないんだけどさ」
ルークは立ち上がり、お尻についた土埃をパンパンっとはたき落とす。
座り込んだまま、小首を傾げてクエスチョンマークを浮かべる八神に事情を話し出した。
「ま、簡単に説明すると実力を測らせてもらったんだよ。あんたが弱ければ後方で守りを固めながら攻め込む必要があるし、強ければ前線で囮役を任せながら奴らに攻め込むことができる。その判断を下すための実力テストさ」
「じゃぁ、静もグルだったって訳?」
「まぁそういうこと。ルークにデリットのアジトを教えるついでに作戦の要の強さを測りたいって言われてね」
ここに至って、八神は不自然だったことに気づいた。
デリットによる盗聴を防ぐ為に、直接会う必要があると静は言っていた。
だけど、それならその連絡は一体どうやって取っていたというのか。
(全ては私をこの場所へ誘導して、戦闘能力を見るためだったって訳か)
今更ながら全てに合点が入った八神は、己の注意力不足に腹立たしく思う。
今回は味方による茶番だったから良かったものの、これが敵の罠だったのなら冗談では済まないのだ。
「あ、でも私が言ってた捜査班の長ってこいつのことだから嘘は言ってないわよ」
『だから私は悪くない』と括弧つけたキメ顔で戯言を吐く静。
確かに嘘は言っていない。
しかし、それはそれとして顔が腹立たしかったので、“一週間書類地獄に落としてやる”と報復宣言を行った。
死の宣告を受けて膝から崩れ落ちたバカへ、可哀想な生き物を見る視線で一瞥をくれたルークは話を続ける。
「で、実力テストの結果は合格。お守りがなくても充分前線で戦えるでしょ。ただ、一つ言わなくちゃならないことがある」
お守りがなくても前線で戦える。
つまりは実力を認められたという事実に喜色を浮かべる八神だったが、その後に続いた言葉に首を傾げる。
「あんた、オレの勘が正しければ何者かに紋章を分割されて封印されてるよ」





