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第15話 修行



 デリットの刺客による襲撃事件から三日後。

 八神は怪我も癒えた為通常業務へと戻っていた。


 今日は特務課本部(バトルドーム)の警備を行なっていた。

 と言っても、書類仕事が終われば後は侵入者の警戒や緊急対応くらいしかすることがない。


 特務課の業務は主に、

 ①下部組織の捜査班(アンダーグラウンド)や一般の警察組織の捜査で突き止めた犯人や犯罪組織の拿捕又は殲滅

 ②有事に備えた訓練

 ③特務課本部の警備

 の三種。


 公安というよりは特殊部隊に近い業務内容となっている。

 パトロールすら自主的なものであり、大きな事件がない時は基本的に事務作業か自主的なパトロール、戦闘、サバイバルなどの訓練を行っている。

 それに、特務課本部に襲撃を掛ける自殺志願者などそうそういない。


 率直に言って、暇を持て余しているわけである。


「というわけで私の修業に付き合って欲しい」


 そう切り出したのは八神(やがみ)だ。

 苦しいからと、シャツの上ボタンを外している為、胸元が見えてしまっている彼女は書類仕事を終わらせて掌に集めた光を自由自在に動かしていた。

 書類仕事が終わって暇なので、魔力制御の練習をしていたのだ。


 「この有様を見て物言いなさいな」


 そんな彼女に対し、八神と同じパンツルックのスーツでありながら、スーツのズボンに大きなスリットを設けてチャイナ服のテイストを加えた(ジン)は、書類の山に埋もれてげんなりした表情で返した。


 本日、特務課第五班から本部警備係を担当するのは八神と(ジン)の二名。

 それぞれのバディである凍雲(いてぐも)とルミは前者は休日、後者は単独の調査任務の為、不在なのだ。


 そして、意外にも八神は頭脳明晰なことに加えて書類仕事が早かった。

 積み上げられた書類は午前中に終わらせて、静の分すら一部肩代わりして終わらせていたのだ。


 だが、それでも静のデスクには書類が積み上がっていた。

 彼女は頭が悪い訳ではないのだが、書類仕事のような細々した作業が得意ではない為、仕事の進みは遅々として進まなかったのである。


「あまりの惨状に同情して手伝ってあげたでしょ」

「フッ、これだから有能な後輩は……」


 やれやれ、とわざとらしく肩をすくめて首を振る静は清々(すがすが)しい程、(さわ)やかな笑顔で(のたま)う。


「手伝ってもらった上で全然進まないから絶望してるのよ。この前時代的な書類仕事とそれができない自分自身に……ね」


 そういう彼女の目は死んでいた。

 そしてその口からは“紙じゃなくてデータならもっと効率的にできるのになんで未だに紙なのよ。時代はExcelよExcel。……ま、私はできないけどね”と覇気のない言葉が垂れ流されていた。


 だが、そんな絶望の闇しか映さない彼女に、一筋の光明(こうみょう)が指す。


「修行に付き合ってくれたら後はハンコ押すだけにしてあげるけど?」

「心の友よ!」


 甘い言葉に即堕ちして満面の笑みで抱きついてくる静。

 そんな彼女の背をポンポンと、まるで幼児を(なだ)めるように叩きながら、呆れて溜め息を吐く八神であった。



    ◇



「で、なんで私に頼んだの?」


 入職時に凍雲とも模擬戦闘を行なった施設。

 “想像し得るありとあらゆる地形、環境を再現でき、室内で負った傷は仮想として処理される”対戦用シミュレーションルーム。

 システムを操作して室内設定を入力して入室するなり、静は八神に問い掛けた。



「凍雲でも良かったんじゃないの? バディだし、第五班最強の紋章者だよ。アイツ」


 今日は偶々、凍雲は休日であるが、それならば明日頼めばいいだけの話だ。

 彼女の言う通り、彼は第五班最強で、その論理的な戦闘技術から学べることは多いだろう。


「確かに凍雲も良い練習相手にはなると思う。でも、今回は他の誰でもない。静、貴女に協力して欲しいの」


 その言葉を受けた静は、(はと)豆鉄砲(まめでっぽう)を食ったような顔をする。

 彼女は偶々自分が一緒にいたから頼み込んだものと思っていたのだが、どうやら自分でなければならない確固たる理由があって修業相手を選んでいたようだ。


「入院中、クリスに頼んで特務課第五班全員の戦闘映像を見せてもらったの。そしたら驚いたよ。……まさか私と同じ方向性で、その先を行く人が偶々いたんだから」

「…………へぇ、なるほどね」


 得心(とくしん)がいった。

 静の戦闘スタイルは徒手空拳(としゅくうけん)による高速体術。

 八神の戦闘スタイルとは(いささ)か異なる。

 しかし、その根底にあるものは共通しており、静はそれにおいて八神の遥か先を行く。

 その根底にあるものこそが、凍雲のように論理的に先を読むのではなく、直感によって自然体で先を読み行動する戦闘理論。

 一切の雑念を祓わねば至れない明鏡止水の極意。

 かつての大剣豪宮本武蔵や剣聖上泉信綱(かみいずみのぶつな)が至った、無念無想の境地。


 蕭静(シャオ・ジン)

 彼女はこの境地に至り、極めることで特務課最速の戦闘技術を誇っていた。

 故に、今の八神にとって彼女程の適任者はいないのだ。


「そういうことなら合点(がてん)がいったわ。それなら確かに私ほど適した人材はいないでしょうね」


 そういうと静はズボンのポケットに仕舞っていた、シミュレーションルームのリモコンを操作して仮想空間を展開する。

 一瞬にして風景は無機質な白い空間から、校舎を背景とした、爛々(らんらん)と陽射しが差すグラウンドへと移り変わった。


 “学校とは珍しいシチュエーションだな”と思いながらも戦闘する気満々で構えを取る八神。

 対する静は“そうじゃないんだよねぇ”、と内心思いながら話を続ける。


「報告書を見たから紫姫(しき)が無念無想の境地に一度至ってる事は知ってるわ。でも、私を頼るという事はまだいつでも入れる訳でじゃないんでしょ? だから、その訓練を今から行うわよ」

「えっと……、模擬戦闘する訳じゃないってのは分かったけど具体的に何するの? 瞑想(めいそう)とか?」

「ふふ、まぁそう焦らないで」


 そう言って静はスッとグラウンドを指差す。

 正確にはグラウンドに描かれたトラックをだ。


「それじゃ、まずはランニング。這いつくばるまで走って」


 “あ、この人スパルタだ。”

 そう悟った八神だったが、頼んだのは自分自身。

 無念無想の境地など、そう簡単に至れるものではないのも事実な為、意味のある行為なのだと思いグラウンドのトラックを走り出した。



    ◇



「……カヒュー……ッヒュー……モウ、……ムリ……」

「まだ喋る元気あるとは驚きね。はい、もう十周」

「…………オニ」


 目尻に(うっす)らと涙を浮かべてフラフラと走る八神は、最期の一周を完走したと同時に地面へ倒れ込む。

 反射で受け身は取れたので怪我こそないが、立ち上がる余力はもうない。


「はい、休まない! そのまま瞑想! ありとあらゆる想念を捨て去って無の境地へ至りなさい! そしてその感覚を身体に染み込ませる!!」

「…………」

 

 返事をする元気もない八神は、もはや感覚もない足で無理矢理立ち上がり、黙って目を閉じて瞑想をする。


 何も考えない。とはまた違う。

 無念無想の境地とは取捨選択の極地。

 不要なものを捨てて、捨てて、捨てて……。

 その末に残った、本当に必要なもののみを選択する。


 疲れた。足が震える。喉が渇いた。

 ……邪念は不要。


 足が痛い。喉が張っている。

 ……危険信号は不要。


 今、私は無念無想の境地に至れているのだろうか?

 ……疑念は不要。


 頭で理解できるものは不要。


 必要なものは……、本能で理解している。


(至ったわね。本来なら数十年、一生すら掛けてやっと至れる領域ではあるけど、一度至ってるなら感覚は身体が覚えている。もう一度身体を追い込めば至れるのも道理ね)


 無念無想の境地へ至ったことを確認した静は、パンッという破裂音を響かせて指先から空気の弾丸を射出する。

 音速を超える弾丸は正確無比に八神の肩へ撃ち込まれる。

 だが、彼女はまるでくるのが分かっていたかのように、ゆらりとした緩慢(かんまん)とも言える動きで避けた。


 続いて、静は無言のまま、両手の人差し指から先と同じ空気の弾丸を無作為に連射した。

 しかし、数多の弾丸もなんのその。

 ゆらりゆらりと先と同じ、緩慢な最小限の動作で全弾回避した。


 最後とばかりに静は脚を振り上げる。

 すると、軌跡に沿って空気の斬撃が生まれ、八神を切り裂かんと襲いかかる。

 だが、空気の斬撃は空間から取り出した刀で側面を撫でるように力を加えて逸らされ、背後の校舎を大きく切り裂くに終わった。


「成ったわね。じゃあ、次は更に深く潜ろうか」


 静はシュミレーションルームのコントローラーを操作して風景を一変させる。


 感じたのはザラザラとした砂混じりの空気とカラッとした強い陽射し。

 ズムッと足を飲み込む砂の大地。

 そこは砂漠だった。


 照りつける太陽の陽射しと干涸びた空気が喉の渇きを促し、靴の中に入り込む砂が不快感をもよおす。

 けれど、最早その程度では無念無想の境地が破れることはない。


「次は言葉にすれば簡単。私に触れてみなさい。但し、私は自然格:大空の紋章者。私の動きを捉えた上で、紋章術において上回らなければ勝機はないと思いなさい」


 自然格。

 その名の通り自然現象そのものとなる紋章格。

 彼女を例に挙げると、その身は大空そのもの。

 通常の物理法則に則った攻撃を繰り出しても空気が拡散する様に透過するだけであり、その実体を捉えることは敵わないのだ。


 勿論、紋章術は自身の力を疑わず、信じ抜くことで物理法則を超越して自身の紋章が宿す概念を押し付ける性質を持つ。

 但し、八神や静のような己の紋章を絶対的に信じる。

 自分だけの現実として確立した紋章者同士の戦いにおいては、それよりも紋章術の技巧差が戦況を左右する。


 (ひるが)せば、紋章術の出力、範囲(つまり形状)、相性によって紋章術による勝敗は決するということだ。

 つまり、彼女には紋章術を使えば触れられる。

 だが、彼女の身を守る紋章術を突破する為には、それを上回る為のゴリ押しなり、工夫なりが必要というわけだ。


 加えて、たとえ紋章術を突破しても、自身の身体の形状を変化させて回避することだってできる。

 故に、紋章術を突破する威力。

 回避先を読める直感の両方が必要というわけだ。


「さぁ、始めるわよ」


 始まりは唐突に。

 突如として風が吹き荒れ、地に満ちる大海が如き砂を大気中へ巻き上げていく。

 吹き荒れる風は次第に勢力を増していき、台風と形容するに値する規模へと成長するのに、時は要さなかった。


 大気中に巻き上げられた砂によって視界はゼロに等しい。

 周囲の全てがいつ何時(なんどき)、己を害する刃へと化けるか分からない。


 だからこそ、彼女は視界を閉ざした。

 見えぬのならば見る必要はない。

 視界を閉ざせば、それだけ他の五感が研ぎ澄まされる。

 無念無想の境地もより安定し、深く磨がれる。


「——ッ!!」


 大気を荒々しく舞う砂の動き、風の流れに僅かな違和感が混じる。

 その感覚を覚えたとほぼ同時に砂混じりの風の刃が襲いくる。


 八神は身体を倒すように風の刃を避けると、そのままの勢いで砂嵐の中を駆け抜ける。

 当然、彼女の行手(ゆくて)を阻むように風の刃が襲いくるが、その尽くを避ける。

 時には、光の剣で吹き飛ばして最短ルートで駆け抜ける。


(静の居場所は分かってる)


 先の居場所からは当然移動しているだろう。

 砂嵐で視界はままならない。

 それだけでなく、砂嵐に混じる魔力によって、魔力をソナーのように放出して探知することもできない。


 故に、これはただの直感だ。

 だが、信じるに値する直感である。

 理知的な方法論では高みに至れないと判断して、己が行く先を託したものだ。

 だから、彼女は迷いなく己が直感を信じて突き進む。


(捉えた!)


 やがて、砂嵐が晴れて、視界に静の姿が映る。

 彼女は台風の目にいたようだ。

 彼女の周りだけは不自然なほどに()いでいた。

 彼女はただ、静かにこちらを見据えるだけだった。


 恐らくは罠。

 状況を容易に覆す一手があるのだろう。

 だが、関係ない。

 凍雲のように論理と経験で打ち破ることはできないのなら、一切合切を撃ち砕く力で押し潰すのみ。


闇を照らす魁となれ、(グラディ・)——ッ!?」


 一点突破の一撃にて撃ち破るため、高密度のエネルギーを圧縮した光の短剣を殴りつけて投擲しようとした直前で気付いた。


(これは、本体じゃない!!)


 気づいた時には遅く。

 静は、否、光の屈折を利用して作られた、静を模した変わり身は、その身を周囲の空気を巻き込みながら急速に収束させ、一センチメートル程の球体になる。


壊空(えくう)


 何処からか声が響いた次の瞬間。

 空気の圧縮体はその身を解き放ち、台風諸共一切合切を吹き飛ばした。

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