31 最強の竜
「神の御力の一端たる守護の力よ。魔の侵略に立ち向かう我らを聖なる力で包み込み、守りたまえ」
馬車の上に陣取ったリンの詠唱が聞こえてくる。
リンもまた無詠唱魔法が使えるが、今は詠唱している余裕があるから、念の為に完全詠唱で威力を上げる事にしたみたいだ。
その詠唱が終わり、馬車もちょうどいい感じの場所まで辿り着いたので、このタイミングで俺はリンに声をかけた。
「リン! ここで止めるぞ!」
「わかりました!」
手綱を思いっきり引き、馬車を停止させる。
ここからだと、先頭の竜のブレスの射程に入るまで数秒ってところだろう。
ベストのタイミングでリンの魔法を発動できる。
「『神聖結界』!」
リンの構えた杖を中心に、聖なる光が俺達の周囲に満ちる。
それは瞬く間にドーム状の半透明の壁となり、俺達と馬車を包み込んだ。
そこへ向けて、多数のワイバーン達がブレスを放ってくる。
一つ一つは大した事ないが、合わさる事でドラゴンゾンビの中規模ブレスくらいの威力にはなってる合体攻撃。
リンの作った結界は、それを真正面から受け止め、ビクともせずに耐えきった。
「やるな」
「これで心置きなく暴れられるぜぇ!」
俺の呟きと重なるようにブレイドが声を上げ、巨剣を担いで結界から飛び出していく。
「行ってくるわ!」
猪突猛進したブレイドに一拍遅れてステラも出撃し、ブレイドは巨剣を振るって発生した衝撃波で、ステラは光を纏った極大の斬撃で、それぞれ竜の群れを蹂躙していく。
そこに結界の中からのエル婆の援護射撃が加わり、数百の竜の群れが、成す術もなく命を散らしていった。
強者である筈の竜達が、更なる圧倒的な力の前に散っていく様は、いっそ哀れな程だ。
なるほど、これが勇者パーティーの戦いか。
一対一でも訓練でもなく、集団を相手にした戦いを見ると、その規模のデカさに絶句する。
一挙一動が高範囲殲滅攻撃であり、相手からすればその全てが必殺の一撃だ。
加護持ちの英雄は一騎当千。
勇者や聖戦士ともなれば一騎当万。
たった一人でも戦況を左右する大英雄と呼ばれるだけの事はある。
悔しいが、こればっかりは真似できない。
集団相手だと、俺は泥試合しかできないからな。
だからと言って、ここでボーッとしているだけというのも気が引ける。
苦手な戦場でも、微力くらいは役に立つとしよう。
「四の太刀━━『黒月』」
俺の放った闇の斬撃が飛んでいく。
正確に言えば、今回は斬撃ではなく『突き』だ。
まるで漆黒の矢のような闇の刺突が飛んでいき、一体のワイバーンの眼球を正確に貫いて、その奥の脳まで破壊して絶命させる。
「ほう。器用じゃのう。動き回る小さな的を、この距離で正確に穿つか」
「まあ、動きが単純な魔物相手だからな」
喋りながらも手を動かし、他の連中には到底及ばないながらも、ワイバーンを狩っていく。
この距離じゃ、一番脆い眼球に当てなければ、傷の一つも付けられないだろう。
全体の動きを見て、ワイバーンの動きを先読みし、針の穴を通すように眼球を貫いていく。
それで得られる戦果は極僅かだが、やらないよりはいい。
「グォオオオオオオオオ!!!」
そうして俺がチマチマと、ステラ達が凄まじいペースで竜を狩っていた時、ひときわ大きな咆哮を上げながら、一体の竜が俺達のいる馬車を目掛けて突撃してきた。
この群れの中では珍しい、翼を持たない地竜だ。
しかし、その代わりに、他の竜とは比べ物にならない巨体と強靭な四肢、更には見るからに分厚い鱗を持っている。
全長は約20メートル。
かつてのドラゴンゾンビに匹敵する大きさ。
恐らく、上位竜というやつだろう。
老婆魔族曰く、聖戦士とすらまともに戦える化け物だ。
「ハッ!」
「オラァ!」
「『氷撃』」
「グォオオオオオオオオ!!?」
ステラとブレイドが飛翔する斬撃を放ち、エル婆がなんとなく地竜に効きそうなイメージのある氷の魔法で攻撃するも、見るからに防御力の高い地竜は、ダメージを受けながらも止まる事はなかった。
相変わらずステラ達には目もくれず、俺達だけを目指して突き進んでくる。
そういう命令をされているのか、それとも獣の本能で最もくみしやすい相手を見定めてるのか。
まあ、なんでもいい。
「行ってくる」
俺はそう言って刀を強く握った。
「大丈夫か? 見るからに相性悪そうじゃが」
「問題ない。昔はそうだったが、今となっては楽な相手だ」
足に力を込めて跳躍。
更に足鎧から暴風を起こし、まるで宙を踏みしめるようにして空を舞いながら、地竜に向けて一直線に向かって行く。
地竜は俺の存在を意にも介さない。
魔物というやつは『技』の強さを理解しない生物だからだ。
奴らが本能で嗅ぎとっているのは、生物としての純粋な強さのみ。
強い魔物であればある程、俺の事を餌か羽虫程度にしか認識しない。
俺からすれば隙だらけだ。
地竜は俺を目前にして、全く速度を緩めない。
障害としてすら認識せず、邪魔をするなら撥ね飛ばしてやるくらいの気持ちなのだろう。
俺はそんな地竜の鼻先を飛び越え、その頭部に向かって刃を振るった。
「六の太刀━━『反天』」
七つの必殺剣の中でも屈指の難易度を誇る、六の太刀『反天』。
だがそれも、ルベルトさんの剣をへし折った時と違って、単純な動きしかしてこない、こっちを舐めきった魔物が相手なら、実に容易く決まる。
俺が宙を蹴って加速し続けた勢いを刃に乗せて放った一撃は、地竜の突進の勢いと激突し、俺の望む形の衝撃を生み出して、地竜の頭蓋の中を破壊し尽くした。
言うなれば、頭の打ち所が最悪の最悪に悪かったみたいな状態。
地竜はそれに耐えられず、俺を敵と認識する暇さえない内に、脳を壊されて絶命した。
地竜の体から力が抜け、凄い勢いで地面を滑る。
かつて倒せなかった上位竜へのリベンジ完了だ。
まあ、ドラゴンゾンビ相手だと、脳を破壊しても止まらなかっただろうけどな。
それでも、昔あれだけ苦しめられた上位竜を一撃で倒せた辺り、己の成長を感じられる。
「さすがね! それでこそ私のライバル!」
「おいおい凄ぇな……まさかの一撃かよ……」
割と近くにいるステラとブレイドの称賛の声が聞こえた。
そんな二人も、手を止めずに他の竜を屠り続けている。
あと数秒もあれば全滅させられそうだ。
このまま初陣を勝利で飾れるかと……そう思った瞬間。
━━突如、前方から放たれた巨大な熱線が、里を覆っていた結界を貫き、そびえ立つ神樹を横一文字に薙いだ。
神樹が倒れる。
エルフの里の象徴が、魔を弱体化させる筈の奇跡の樹が倒れていく。
後に残ったのは、溶解した断面を晒す、巨木の成れの果てだけだ。
「……は?」
あまりの光景に呆けた声が出た。
馬車の方を見れば、エル婆が信じられないとばかりに目を見開いている。
何が起きた?
決まってる、攻撃だ。
エルフの里への攻撃だ。
しかも、さっきのエル婆の大魔法すら上回る威力の、とてつもない攻撃。
こんなものを放てる存在は、俺達が想定していた敵の中で、ただ一人しかいない。
「ハーッハッハッハッハ!」
突然、戦場に笑い声が響き渡った。
「遂にへし折ってやったぞ! 実に面倒な事この上ない奇っ怪な樹であったが、その力ももうじき消えるであろう! もう姑息な手は使えんぞ!」
そんな事を叫ぶのは、一体の竜であった。
真紅の鱗を持った、二足歩行の小さな竜。
身長は3メートル程度と、とても竜とは思えない程に小さい。
だが、感じる力は上位竜と比べても尚、圧倒的だ。
「さあ! コソコソするのをやめて出てくるがいい! そして本気の俺と戦え! 柄にもなく魔物まで使って邪魔な樹をへし折ったのだ! その労力の分、せいぜい俺を楽しませてみせろ!」
「『聖なる剣』!」
「ぬ!?」
なんとも勝手な事を口走っていた竜に、奴を見つけた瞬間走り出していたステラが斬りかかった。
聖剣の力ではなく、自己の魔法で光を纏った刃を竜へと振り下ろす。
しかし、竜は頑強な鱗に覆われた丸太のように太い腕でステラの攻撃を防ぐ。
人類最強の勇者の攻撃は、竜の腕にかすり傷を付けるだけに終わった。
「おお! 貴様は!」
一方の竜は、その声に堪えきれないような喜色を滲ませながら、反撃の拳をステラに向ける。
技巧も何もない力任せの攻撃。
ステラはそれに対して、防御ではなく反撃の準備に移り、代わりに速度差のせいで少し出遅れた俺が、攻撃を受ける為に前に出た。
「二の太刀━━『歪曲』!」
「おお!?」
「たぁあああ!」
俺が守り、ステラが攻める。
竜の攻撃を歪曲でねじ曲げ、その隙を突いて竜の脇を通り過ぎながら放ったステラの斬撃が、竜の脇腹に傷を刻んだ。
浅いが、確実にダメージは通っている。
倒せない敵じゃない。
しかし、それでも俺は、今の竜の攻撃に戦慄していた。
なんだ、今の手応えは……!
攻撃がとてつもなく重かった。
技巧がなく、攻撃の芯がブレてるから、逸らす事自体は簡単にできる。
だが、今の一撃から推察したこいつの膂力は、ルベルトさんの十倍以上。
剣聖の十倍以上のパワーなんて、夢の中の魔王並みだぞ!
いくら夢の中のステラが、命と引き換えに瀕死の重傷を負わせて大幅に弱体化してたとはいえ、それでも奴は『魔王』だった。
弱体化を極めようとも、世界最強の存在だった。
それに匹敵するような奴が当たり前のように出てくるとは……!
間違いない。
こいつが……!
「ハーッハッハッハッハ!」
竜が再び笑い声を上げる。
心の底から喜んでいるとわかるような、歓喜の声を。
「その身に纏う膨大な加護の力! この俺の体に傷を付ける剣技! そうか貴様が勇者か! 会いたかったぞ!」
そして、その最強の竜は、高々と名乗りを上げる。
「俺は魔王軍四天王が一人! 『火』の四天王ドラグバーン! 戦いに生き、戦いを求める生粋の魔族なり! 勇者とその仲間達よ! いざ尋常に勝負だ!」
『火』の四天王ドラグバーン。
夢の中の勇者一行を破滅へと導いた、四体の怪物の内の一体。
旅の序盤で早々に出くわした化け物が、歓喜の咆哮を上げながら俺達に襲いかかって来た。