閑話 女子会
魔王討伐の旅初日の話し合いが終わり、鍋を食べられなかったアランがふて腐れながら保存食の干し肉を貪った後。
勇者パーティーは男子組と女子組に別れ、まずは男子組が夜番をする事となった。
女子組はその間に馬車で眠り、時間が来たら三人の内二人が交代で夜番に向かう。
残りの一人は、ちゃんと一晩寝て体力を回復させる事に専念する。
この一人や夜番のペアの順番はローテーションし、全員が平等に休みを取れるようにするつもりだ。
しかし、寝る為に馬車の中へと乗り込んだ女子三人(若干一名婆がいるが)は、寝具に入る事なく、夜更かしする気満々で悪巧みのような会合を始めた。
「『遮音結界』」
エル婆こと、エルネスタが無詠唱で簡単な結界魔法を使う。
中から外への音の通りを遮断する結界だ。
これで、馬車の中での会話が男子組に漏れる事はない。
「さて、では聞かせてもらおうかの」
「アランくんと、どこまで進展しました!?」
「うぅ……」
結界が張られた直後、もう我慢ならんとばかりに、エルネスタとリンがステラに詰め寄った。
エルネスタは普通にワクワクしているだけだが、リンは興奮状態に陥っている。鼻息が荒い。
そんなリンに至近距離で鼻息をかけられて、ステラは気圧され気味だ。
勇者パーティーの中心にして、人類最強の存在である筈の勇者ステラ。
彼女の立場は、この場において最弱であった。
そして何を隠そう、彼女らは『ステラの恋を応援し隊』のメンバーである。
事の発端はもちろん、リンがアランの話を出した時にステラが過剰反応し、ステラの恋心が見抜かれた事だ。
リンとて感性豊かな年頃の乙女であり、勇者にして唯一の身近な女の子であるステラの恋バナなんて、そんないかにも楽しそうな話題に食いつかない訳がない。
それ以降、リンはいきなり聖女に任命された事への不安や、厳しい訓練の日々で疲弊した心に癒しを求めるかのように、ステラとの恋愛談義を日課にするようになる。
しかし、所詮は恋愛経験などない小娘二人による話し合いだ。
恋バナと言っても、妄想を垂れ流すだけであり、ストレス発散にこそなったが、具体的な恋の作戦などは一切出てこなかった。
そこに登場したのが、数百年の時を生きる大人の女、エルネスタである。
ステラとリンの秘密の会合を割と初期の段階で暴き、「微笑ましいの~」とか思いながら、恋バナに参戦した。
そして、恋バナにおいて彼女は最強であった。
何せ、エルネスタは見た目こそ愛くるしい幼女だが、中身は人生経験豊富なんてレベルじゃない、超年長者である。
かつてはエルフの族長として結婚もしていたし、子供だっている。
本人曰く、旦那とはラブラブだったらしいので、男を落とすテクニックや、女を磨く方法なども熟知していた。
その話をした結果、エルネスタの旦那はロリコンに違いないという結論が二人の間で出てしまったのは誤算だったが。
それはともかく。
体験談を交えながら、ステラに(ついでにリンにも)修行の合間に花嫁修業のように料理やら何やらを教え、テクニックを伝授していったエルネスタ。
時々、この大変な時代に故郷を離れて自分はいったい何をしているのだろうと思う事もあったが、その苦労は本日遂に実を結んだ。
ステラの想い人であるアランが、劇的なドラマを繰り広げた末に、勇者パーティーに加入したからだ。
こうなると、ステラに施した英才教育(笑)が役に立ってくる。
エルネスタは思う。
愛する者がいる奴は強いと。
アランを見ていれば明らかだが、愛する者の為にという想いは、とてつもないエネルギーになる。
それこそ、無才の凡人が、世界に愛された聖戦士を超えうる程に。
ステラもまた、ただ義務感で戦うよりも、愛する者と肩を並べて戦った方が、よほど力を発揮できるだろう。
愛に溺れて堕落されると厄介だが、二人はそんなタイプではないと見ればわかるし、もしもの時は自分が正しい道に導けばいい。
それに、そういう勇者パーティーとしての打算的な思いとは別に、ずっと面倒を見てきた可愛い女の子に幸せになってほしいという思いだって、もちろんあるのだ。
ステラには是非ともアランを落としてもらいたい。
その為に、馬車での移動中、リンとエルネスタはブレイドを連れて御者台へと行き、馬車の中でステラとアランを二人きりにした。
リンは一言「頑張ってくださいね」とだけ耳打ちし、ステラをやる気にさせた。
さすがに、ブレイドのいる場所で二人の会話を盗み聞きするような真似はできなかった為、二人は馬車の中で何があったのかは知らない。
だが、馬車から出てきた時の二人の様子を見るに、そう悪い事にはなっていない筈だ。
ならば、恋愛の師匠として、共に恋バナを楽しんだ友達として、本日の成果を聞く権利はある筈である。
そんな二人の主張に恋愛弱者だったステラが逆らえる筈もなく、今日のアランとのやり取りを洗いざらい吐かされていった。
「えっと、二人きりになった後は、アランのすぐ隣に座って、服の裾掴んで、しばらくくっついてました……」
「キャー!」
「ふむ。中々いじらしい感じになったではないか。それはわざとか?」
「いえ、いざアランの隣に座ったら、頭真っ白になっちゃって、何話したらいいかわかんなくなっちゃって……」
ステラが茹でダコのように真っ赤な顔で供述していく。
その顔は、もう勘弁してくださいと雄弁に語っていたが、この二人が追及を緩める事はなかった。
「それでそれで!? その時のアランくんはどんな感じでした!?」
「それは、その……アランもちょっと赤くなってくれてたかな、って……」
「キャー!」
リンの黄色い悲鳴が何度も馬車の中に響き渡る。
遮音結界がなければ、どうなっていた事か。
一方、エルネスタはあくまでも恋愛の師匠として、冷静にステラの行動を分析していく。
「うむ。良い傾向じゃな。アー坊はどうも、お主の事を女ではなく、幼馴染や妹として見とるような節があったが……赤くなったという事は、女として見始めたという事じゃ。悪くないぞ」
「ホントですか!?」
今度はステラが喜色を浮かべる。
その顔は、ぱぁあああ! という擬音が聞こえてきそうな程、希望に満ちた晴れやかな笑顔であった。
これまでエルネスタが見てきた中で、一番可愛い。
というか、この笑顔さえあれば大抵の男はイチコロなのではないかとさえ思う。
「恐らく、離れていた間に見た目からして女として成長したのが効いたな。式典の時に抱き着いたのも良かったかもしれん。この調子で、自分はただの幼馴染ではなく女なのだというアピールを続けるがよい」
「はい!」
「じゃが、あまり急いでもいかんぞ。見たところ、アー坊はまだ戸惑っておる段階じゃ。押せ押せで行ったらヘタレて距離を取られるかもしれん。今の距離感を維持しつつ、メリハリをつけて攻めていけ。ふとした拍子に女としての顔を見せて意識させるのじゃ」
「エルネスタ先生……!」
ステラが尊敬の眼差しでエルネスタを見る。
……正直、エルネスタのアドバイスなどなくても、その内自然にくっつきそうな気はする。
二人の間にある愛情はとんでもなく大きいし、ステラは恋心を自覚していて、アランだって無意識下では自分の想いに気づいているだろう。
いや、既に完全に自覚していて、思春期特有の変な意地を張っているだけという可能性すらある。
だが、そこまで条件が揃っていても、中々踏み込めなかったり、動き出せなかったりするのが恋愛だ。
故にこそ、エルネスタのようにアドバイスを与えて手を引いてくれる大人や、リンのような恋バナに付き合って背中を押してくれる友の存在も、決して無用ではないのだろう。
そう信じて、エルネスタは今日も恋愛初心者の勇者に教えを授ける。
願わくば、とっととくっついてほしいと思いながら。
「で、その後はどうした?」
「はい! 実はですね……」
その後、何故か二人の会話が恋愛方面から、決意宣言のような友情方面に変わっていた事を知り、まだまだ先は長いなと思うエルネスタであった。
まあ、それもまた、この二人らしいのかもしれないが。
ちなみに、興奮したリンは寝付けずに、翌日にまで疲労を引き摺ったのだが、それは言うまでもない話である。