魔物退治?!国の危機?!
ジュリオは、目を覚ました。
凄く頭が痛い。
ガンガン鐘がなっている様だ。
吐き気もある。
「おお。気が付かれましたか。」
見ると、人の良さそうなお爺さんがいた。
白衣を着ているから、多分、医者だろう。
ベッドの横にはうつ伏せでエリオットが寝ていた。
医者がエリオットを揺り起こす。
「ん?んん。」
ジュリオはエリオットと目が合った。
「兄貴!起きたか。良かった!」
ジュリオは「何年ぶりかな、この光景。」と思った。
今回、エリオットは泣いてはいなかったが。
しかし、冴えない顔をしている。
とりあえず、エリオットはリックスや皆を呼びに行った。
ジュリオはその間に少し吐いた。胃液しか出なかった。
リックスの説明によると、ジュリオはユリアに一服盛られ、危うく命を失いかけたらしい。
更には、寝ているジュリオの横に、ユリアが眠り、それをダイアナに見られたと。
「ダイアナとの仲を引き裂こうって魂胆だったらしい。」
エリオットは憤慨する。
リックスは
「とにかく、ユリアは王子に一服盛ったということで、罪に問われるでしょう。傷害致死未遂で死罪か、一生牢屋です。」
ジュリオは、そこまでしなくても、と思うが、致し方ない。
一歩間違えたら、死んでいたのだ。
差し当たり部屋に監禁するそうだ。
そして問題は。
「ダイアナは?」
ジュリオの質問にエリオットが苦い顔で答える。
「どこにも居ないんだ。家にも、修道院にも。」
ダイアナの行きそうな所は、自宅かジュリオの所か修道院。
大人しく人見知りなダイアナの行動範囲は、その程度だった。
しかし、探しても、どこにも居ない。
ダイアナを乗せた馬車の御者によると、修道院に送ったそうだ。
修道院をエリオットとランディがくまなく探しても、見つからなかった。
キールとランディは、どうもジュリオが一服盛られたのと同じ日に、睡眠薬を盛られていた。
ジュリオより効き目が弱かったのか、翌朝には起きていたそうだ。
(頭痛と吐き気はあったようだ。)
ジュリオは、丸2日間、眠っていた。
「どうも、修道女が一人、いなくなっているらしい。」
また、荷物運搬に使っていたロバも一頭いない。
修道院側は、その修道女が時々フラッといなくなっては戻って来るので、あまり気にしていなかった。
名をヘレナという。
関係無いかもしれないが、ダイアナ失踪と同時期だと、嫌がおうにも結びつけてしまう。
全員が押し黙る。
修道女の行く先が分からない。
それに誘拐だとしても、要求が来ていない。
そこへ水のデキャンタを持って、アイザックが現れた。
男爵とその夫人は、娘のしでかしたことに心を痛め、寝込んでしまっている。
執事は二人の世話に、メイドは料理の手伝いに駆り出されている。
ユリアの部屋の前には、騎士とマルチナが張り付いていた。
アイザックは頭を下げる。
「王子様、申し訳ありません。姉が酷い事を。」
ジュリオは寝たまま、手を降った。
「まぁ、起きられたから。……罪は問われるかもしれないけど。」
「……すみません。多分、叔母の入れ知恵だと思うんです……。」
そこにいるジュリオ、エリオット、リックス、ケイン他、皆の頭に「?」が浮かぶ。
「叔母?」
「はい。叔母は近くの修道院に居るのですが、昔、王様に悪さをやって……。」
「もしかして、その叔母さん、ヘレナっていう?」
「はい!ご存知でしたか?」
………。
…………………。
……………………………。
その場には、重〜い空気が流れた。
どうやら、ダイアナはヘレナに拉致されたようだ。
そう気が付いたジュリオ達は、ヘレナを追おうと考える。
しかし、手ががりが無い。
そうこうしている間に、魔物も増えてしまう。
ランディと騎士団を森周辺の調査に行かせ、残りの者で聞き込みを行う事にする。
一方、リックスは、ユリアの部屋に向かった。
エリオットが
「え?あのユリアの所に?」
と聞くと、リックスは
「はい。ユリアとヘレナは仲が良かったようですから、何か知っているかもしれません。」
「大丈夫?」
「……フフフ。我が王子様を危険な目にあわせた償いは、受けてもらいましょう。」
………ムチと縄をリックスは手に持っている。
リックスの目がヤバい。妖しく光っている。
エリオットは、
「殺さないで、ね?」
「勿論です。」
リックスの後ろ姿を見ながら、エリオットは
(アイツを俺の侍従にしなくて、良かった……。)
と思った。
数時間後、リックスはヘレナの行き先をユリアから聞き出す。
その時、廊下に漏れ出た声に、エリオットやケインは背筋に冷たい汗が流れた。
「叔母様は……ああん……いい、……あ、ごめんなさい!御主人様!
……んん!もっと……森の奥の古城だと思います!
……ああ!もっと、もっと打って!!御主人様ぁ!!」
ピーーー…………(お聞き苦しい点は、お見逃しください。)
そして、まだ動けないジュリオと護衛に何名かを置いて、エリオットとケイン、キールと近衛兵は、アイザックの案内で森の奥の古城を目指すことになった。
奇しくも、調査隊の最初の目的地。
ユリアの話だと、ヘレナは息抜きと称し、修道院を抜け出しては、そこを拠点にして遊んでいたらしい。
アイザックはどうやら、古城に何度か来たことがあるようだ。
「子供の頃、地域の肝試し会場だったんです。古城。」
大人の足でも丸一日かかる距離だが、大人は何も言わなかったんだろうか?
エリオットは色々不安に思うが、口に出さない事にした。
何しろ、木の根がうにゃうにゃ出ていて歩きにくい。
普段、森を歩いていないから、余計にだ。
話すだけで体力を削られる。
体力を温存しなければ。
調査隊は、アイザック以外、無口だった。
丸一日歩き通し、やっと調査隊は古城に着いた。
時刻はまだ明るいはずなのに、木々が茂り、辺りは暗い。
時々、凶暴化した動物が、こちらを見向きもしないで駆けていく。
時間が経つと、あれが魔物になるのかもしれない。
古城は所々崩れているが、何故か、新しい壁もある。
「おかしいな。前はもっと崩れていたんだけど。」
アイザックが呟く。
入り口の辺りには、ロバがのんびり草を食んでいた。
調査隊が入っていくと、女の声がした。
「何よ!何で、アンタが此処に居るのよ!」
「うるさいな。」
見れば、大広間の中央に女が倒れており、その周りに女と大男が言い争いをしている。
「ここは私の秘密の場所よ!」
「ああ、そうか。でも、今は私の居城だ。」
「何の断りがあって住み着いて居るのよ!」
「お前こそ、ここはお前の所有物なのか?」
女は修道女の服を着ている。頭巾は脱いだ様だ。
肩までの金髪が揺れている。
男は、銀色の長い髪の毛、頭には二本の角を蓄えている。
どう見ても、人以外の者だ。
広間は薄暗かった。
「私はね、これから悪魔を呼び出すんだから、邪魔しないでちょうだい。」
「………。」
大男が黙る。
(いや、その男がもう、既に魔族だと思いますが?)
陰から見ている調査隊がツッコミたくなる。
大広間の中央。
よく見ると、何やら同心円の中に曲線や幾何学模様が見える。
薄暗いのに、線だけ光っていた。
その円の中央に倒れている女は、長い黒髪。
ダイアナだった。
意識が無いようだ。
女が何やら呪文を唱えだす。
ダイアナを餌に、悪魔を呼び出す気か。
阻止せねば。
調査隊は慌てて飛び出した。
しかし、呪文は唱え終わっている。
女は勝ち誇ったように叫んだ。
「これで、世界は私の物よ!」
広間では魔法陣が輝く。
怪し気な気配が立ち込め、風が吹き込み、埃が舞う。
強くなる光に対し、禍々しい黒い気配が目を眩ませる。
眩しいのに、暗い。
どれくらい経ったろう?
光が止んだとき、そこには一人の男が立っていた。
大男と同様に銀の髪に二本の角の大柄な男。
しかし、その男は短髪だった。
「よぉ、叔父貴。呼んだか?」
悪魔らしき男は、のんびりとにこやかに長髪の大男に声をかけた。
「俺じゃない。その女だ。」
長髪の大男は女を指差す。
女は
「……想像してたのと違うわね。まぁ、いいわ。
その娘を貴方にあげるから、私の望みを叶えてちょうだい。」
エリオットは声をあげる。
「待て待て!その娘は返してもらおう!」
「ヘレナ叔母さん!」
戦闘員ではない為、隠れていたアイザックも堪らず飛び出した。
「叔母さん、もう、こんな事、やめよう!
姉さんも悪い事したから、これ以上、悪い事すると、お家が無くなっちゃうよ!」
すると、長髪の魔族が目を見開き、雷に打たれたように、固まった。
(何だか、何処かで見たなぁ。このパターン。)
咄嗟にキールは既視感を感じた。
ケインと近衛兵が魔法陣に入ろうとするが、入れない。
見えない壁に阻まれたようだ。
ヘレナは、
「そんなの、この国が無くなってしまえば、貴族の意味が無くなるわ。
私が女王になって、一番偉くなるのよ!」
アイザックの目に涙が浮かぶ。
うるうる。
しかし、ヘレナには効かない。
ヘレナは高揚して叫ぶ。
「さあ、悪魔。この国を滅ぼして。国王も王族も山も森も、火の海にしてちょうだい!」
言い切った。
ヘレナは、言い切った。
それを聞いて、短髪の魔族は顎に手を当てて考える。
魔族は冷静だった。
「なぁ、叔父貴。燃やしちゃって良いのか?」
叔父貴と呼ばれた長髪の魔族は我に帰る。
「……いや、駄目だ!そんな事、許さん。」
長髪の魔族は、きっぱり否定する。
やっと憧れの人間界に転居したのだ。
燃やされたら困る。
転居先を、また探さなくてはならない。
それに………今、天使(?)を見つけてしまった!
「ってことで。お前との約束は出来ねぇな。」
短髪の魔族が言い放つ。
エリオットは、ホッとした。
アイザックもホッとしたようだ。
「ありがとう!悪魔さん!」
なんて、無邪気にお礼を言っている。
「何を言ってるのよ!」
ヘレナはご立腹だ。
「処女を生贄にしているんだから、言う事を聞きなさいよ!」
短髪の魔族は顎を撫でながら、プリプリ怒っている女を舐めるように、上から下へ見る。
魔族は唇を舐めた
ヘレナは、何だかゾクッとする。嫌な予感。
「何よ。」
短髪の魔族はニヤリと笑い
「……俺、処女より、年増の方が好みなんだよね。処女って、色々面倒でさぁ。」
そう言うと、徐に手を伸ばした。
ヘレナは咄嗟に身の危険を感じ、逃げようとするが、動けない。
「た、助けて!」
近衛兵の一人が出ようとするが、
「大丈夫だって。嫁さんにするだけだから。」
短髪の魔族は、そう言うと、魔法陣からあっさり出て、ヘレナを横抱きにし、魔法陣に戻る。
「俺と魔界でよろしくやろうぜ。じゃぁ、叔父貴。まったねー♪」
軽〜く挨拶して、魔法陣の中にヘレナごと、あっさり消えた。
魔法陣の輝きも消えた。
余韻もへったくれも無かった。
後には、呆然とする人間たちと、何故かルンルンの魔族が一人。
キールがダイアナに駆け寄る。息はある。
エリオットが
「ありがとう。僕はこの国の第二王子、エリオット。貴方は?」
「元魔王のシュトリだ。」
シュトリの目は、アイザックから離れない。
アイザックは不思議そうに見返した。
シュトリはパッと手を振ると、広間の明かりがつく。
お互いの顔がよくわかる。
シュトリの顔は、人間で見れば整っている。通った鼻筋、切れ長の目。
アイザックは顔が赤くなって来た。
(こんなに見つめられちゃうと………困るぅぅ。結構、好みぃぃ!でもでも、キールさんが………。)
目を逸らすと、シュトリが近付いてきた。
「君の名前は?」
シュトリの手がアイザックの頬に触れる。
「……アイザック。」
ゆっくり、アイザックの顔をシュトリの方に向ける。
二人して見つめ合っている。
何だか、空気がピンク色になっていた。
「あー、えーと。」
エリオットが困ったように口を出す。
他の人間も、目を点にして見つめている。
「シュトリさん、今後も此処に住むつもり?」
やっと、エリオットに気が付いたようだ。
シュトリは、エリオットに向いて頷く。
「魔界にいた時から、此処に住みたいと願っていた。二百年も。」
「え?そんな前から?」
「ああ。二百年前に、この場所で人間に呼び出された。
その時に見た森の緑と、青い空と、きれいな水が忘れられなくてな。」
うっとりと言うシュトリ。
「やっと、甥に跡目を継がせ、此処に来たのだ。」
苦労をしたらしい。
ダイアナが助かった手前、エリオットは、元魔王に此処に住んでもらっては困ると言えなかった。
「……住みたいなら、住んでもらっても構わないですけどね。
……魔物が増えているんですよねー。それで困ってるんですよ。」
シュトリは
「なに?そうなのか?!」
アイザックは頷いた。
「そうなんです。だから、僕達、原因を調査しに来たんです。」
シュトリは大仰に
「そうかー。アイザック君は偉いなー。魔物かー。
………もしかしたら、私の魔力のせいかもしれんなー……。」
そして。
「どうだろう!アイザック君。君、私と此処に住んでくれまいか?」
は?
いきなり何を言い出すの?この魔族。
一気に飛躍した展開に、皆の目が更に点になる。
ニコニコしているシュトリは
「そうすれば、私の魔力も安定し、魔物も減るだろう。もし、漏れるようなら結界を張る!」
「ええぇ?」
アイザックは、キールを見た。
………キールは何のことだか分からない。
ダイアナを抱えて、不思議そうにしている。
シュトリはアイザックに、そっと耳打ちする。
「彼は、残念ながら、君の気持ちには応えられないと思うよ。
どうも、幼馴染のセシルと言う娘を好きみたいだからね。」
アイザックはため息をつく。
シュトリは
「私にしなさい。私なら、君を愛して、満足させてあげる。」
そうして艶めいた瞳をアイザックに向けた。
二人でもう一度見つめ合う。
暫くして、アイザックは、決心する。
「僕、此処に残ります。」