85.援軍に引き継ぐ(5月22日)
土煙を上げてイリョラ村へと駆けてくる集団の先頭には、裸馬に跨るティオの姿があった。
単独でリナレスの街に救援を呼びに向かったティオが、約束どおり戻ってきてくれたのだ。
双眼鏡で見えたのは馬に振り落とされまいと必死の形相のティオ。その姿に笑いが込み上げてくるのはティオの人徳というか為人のせいだろう。
そのティオのすぐ後方には騎乗した衛兵が10騎ばかり続き、さらに後ろにはバリスタを搭載した馬車が2台と衛兵を乗せた馬車が3台続く。
「あいつよくあの姿勢で振り落とされないよね……」
ヘカートもどきのスコープを覗きながらイザベルが呟く。
アリシアもPSG-1を取り出してスコープを覗いているが、そうなると蚊帳の外になったのがスコープ付きのエアガンを持たないアイダと、そもそもエアガンを持っていないルシアとアンナだ。
「私も見たい!カズヤ殿貸してください!」
まあそうなるよな。
「順番にな。ルシアとアンナにも見せてやってくれ。イザベル!彼らの進行方向に魔物が出ないか見張ってくれ。アリシアは援軍が来たことを中の人達に伝えてくれ。襲撃は撃退したと考えていいだろう」
「わかりました!イザベルちゃん!あとどれくらいで着きそう?」
「ん~先頭集団はあと10分ぐらい?馬車は20分ぐらいかかるかも」
「わかった!伝えてくる!」
PSG-1をミリタリーリュックに放り込んだアリシアが食糧庫の中へと向かった。
重い扉を勢いよく開くのが、屋上にも伝わってくる。
「皆さん起きてください!助けが来ましたよ!リナレスの街から衛兵隊が来てくれました!」
ドッという歓声が上がる。
丸二晩、狭い食糧庫の中で耐えていたのだ。俺の隣にいるアンナも涙ぐんでいる。
「さあ!動ける人は出迎えに行きましょう!!」
アリシアの言葉に村人達がぞろぞろと食糧庫から出てきた。
地上にも地下にも魔物の気配はないとはいえ、流石にグサーノの残骸に触れたりしたらまずい。
「アイダ!イザベル!彼らの側方で誘導を。アリシア!油断するな!アンナもチビ達を連れて行ってあげてくれ」
アイダとイザベルが食糧庫の屋上から飛び降り、人々の流れに加わる。
アンナも階段を降りて、食糧庫の中に残っていたチビ達を連れて南の方に向かう。
その姿をルシアが眩しそうに見ている。
「ルシアさんは行かないのか?イリョラ村防衛の立役者の一人だろう?」
「いえ。あれは英雄の役割です。私達は村の人達を死なせてしまったカサドールです……その生き残りがあの中に加わるなんて……」
真面目というか何というか。しれっとした顔で喜んでいればいい気もするが、俺が同じ立場だったらどうしただろう。きっとそっと立ち去ったかもしれない。
「それは違うぞルシアさん。ダミアン一家が村人達を正しく誘導してくれたおかげで、20人以上の村人が助かったんだ。ダミアン達は身を呈して皆を救った。その生き残りのあなたに、皆感謝こそすれど恨み事は言わないと思うが……」
「それは生き残った者の、自らの身を守る術を持つ者の言い分です!彼らは……私達はあの人達を護るためにやってきたのに!」
そうか。使命や役目を果たせなかった後悔が、ルシアの足を止めているのか。
「ルシアさん。あの大きなグサーノ、俺やアイダ、アリシアやイザベルが本気で挑んで敵わなかった魔物を一撃で倒したのは誰だ?」
「え?それは……」
言い淀んだルシアに俺が次の言葉を続ける前に、イザベルとアリシアが大声で話す声が聞こえてきた。
「この大きな剣、ダミアンって人のだけど、この剣を空高く持ち上げて叩きつけたの!」
「それでこのおっきな魔物をやっつけたんだよ!ルシアさんが!!」
「本当か嬢ちゃん!ルシアってあの黒づくめの女だろう?俺達と一緒に食糧庫でぶっ倒れてた。こんな魔法が使える人だったのか!」
「じゃあこっちのグサーノもあっちのグサーノもルシアさんが?」
「ん〜と、小物は私達だけど、1番大きなのを倒したのはルシアさんだね!ほんとルシアさんがいなかったら全滅してたよ私達!」
◇◇◇
「そんな……どうして……」
ルシアが口元を手で押さえて手摺りから身を乗り出す。
「事実だからだ。ルシアさん。あなたがいなかったら俺達に巨大グサーノを倒す術はなかった。あなたがいたから、あなただったから、皆を護れたんだ。だから胸を張ってくれ。確かに犠牲は大きかった。だがあなたは皆を護ったんだ」
「わかりました……死んでいった皆の、亡くなった大勢の人々のためにも、私は残った人々を護るカサドールであり続けます!」
振り返ったルシアの眼からは怯えや戸惑いの色が消え、決意と覚悟の火が灯ったようだ。
「ああ。じゃあ行こうか」
ルシアを伴って皆の下へ向かう。
ちょうどティオを先頭に援軍の第一派が到着した所だった。
歓声と共に援軍とルシアが迎えられる。
「イトー君!それにみんなも!無事か!?」
馬を下りたティオが駆け寄ってくる。
「ああ!ティオも無事だったか!」
「あったりまえよ!ここいらは庭みたいなもんだって言ったろ?それより紹介するぜ。リナレスの衛兵隊長、エスピノサさんだ」
「アルベルト-エスピノサだ。君がカズヤ君だね。そして……ダミアン一家にしては全員若い女性のようだが?」
エスピノサと名乗った衛兵隊長さんは、ピンと張った口髭に鋭い眼光、羽飾りの付いた赤い帽子に黒染めの鉄の胸当て。衛兵隊長というよりその雰囲気は騎士のようだ。
「ダミアン一家なのは私ルシアです。あとの4人は…村の人達を守って…その…」
「そうか。辛い戦いだったのだな。とするとそちらの3人は……もしかしてアルカンダラで噂になっている獅子狩人のお嬢さん方かね?」
「あちゃあバレたかあ。私はイザベル、それにアイダとアリシア。人呼んで史上最強の獅子狩人3人娘とは私達のことよ!」
「こら!イザベルちゃん調子に乗らない!カズヤさんが入ってないじゃない!」
「それよりもその名乗りはなに!?恥ずかしい……」
「だってさあ!パーティードの名前まだ決めてないじゃん!?」
そういう問題ではないだろう。
「元気があってよろしい。いずれにせよ魔物が相手なら衛兵隊は諸君らカサドールの指揮下に入る。だが見たところ魔物は一掃されたようだな。とすれば後は我々衛兵隊の仕事だ」
エスピノサはどうやら俺に話しているらしい。
狩人側の代表は経験からいっても貢献度からしてもルシアだと思うのだが。
「ああ。それで異存はない。村人達の生活再建までの支援と、再び襲ってくるやもしれない魔物への警戒をよろしくお願いする」
「承知した。村の代表者は誰か!」
エスピノサが村人達を見渡すが誰も名乗り出ない。
“村長は死んでしもうたしなあ”
“ああ。教会に逃げ込む前に喰いちぎられるのを見たぞ”
“お前やれば?偉そうな事言うの好きだろ?”
“馬鹿言うな!俺にゃ無理だ!”
村人達がゴソゴソ話すのを聞いたエスピノサが唸るように呟く。
「さて困った。代表者が居らぬならば、我々は誰から許可を得て村の復興に当たればよいのだ」
地方自治はしっかりしているようだが、村長不在の今、その建前を前提にされては……
「あの、皆さんが同意いただけるなら、私が仮の代表者を務めさせていただきます」
意外な人物が名乗りを上げた。
ルシアだ。
「ルシアさん、いいのか?」
「はい。それが罪滅ぼしになるとは思いません。ですが私は、この村の復興に人生を捧げる覚悟です」
“おお!あの人なら!”
“そうだ!この村を救ってくれた恩人だ!ルシアさんが残ってくれるなら安心だぞ!”
村人達も口々に叫ぶ。
「ルシア殿が代表者という事でよいのだな。ではルシア殿。何から取り掛かりましょうかな?」
「はい。まずは残骸の処分を。放っておくと腐って他の魔物を呼び寄せます。グサーノは煮ても焼いても食べられませんが、焼けば魔石が回収できますし灰は肥料になります。村の外れに集めてください。私達は瓦礫の片付けから始めます。衛兵隊の皆さんの宿舎として、教会を使ってもらいましょう。皆さん!くよくよしている暇はないですよ!」
◇◇◇
こうしてイリョラ村はルシアさんを中心に団結し、アルカンダラやリナレスの街からの支援も受けて村の復興を数年がかりで成し遂げたのである。
村の中心部に突き刺さったダミアンの大剣は、この村で起きた悲劇とダミアン一家の功績を忘れないための記念碑として、また村の復興のシンボルとして保存される事になった。
アンナはルシアによる特訓のおかげで魔力操作の才能を伸ばし、翌年にはアルカンダラの養成所への入所を果たした。数年後には良き狩人となって、人々を護る事だろう。
ちなみにアンナの身体が弱かったのは、単に栄養失調だったようだ。イザベルがこっそり教えてくれた事だが、アリシアが作った粥を食べた翌朝に、何やら白いモノが大量に出てきたらしいのだ。
どこからって?それは本人の名誉のために秘密だ。
なおティオはリナレスの街には帰らず、ルシアのパートナーの座をちゃっかりと射止めてしまった。
その年齢差は7歳。さぞかし尻に敷かれているだろうが、本人が幸せならばそれでいいのだ。





