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81.グサーノ殲滅戦③(5月21日〜5月22日)

ルシアの顔を見て、アイダとアリシアが驚きの声を上げる。

イザベルはちょっと斜に構えた表情で腕組みをして、地面に膝をついたルシアを睥睨している。


「やっぱり。アルカンダラで会った時なんか嫌な予感がしたんだよね」


不機嫌そうに呟くイザベルの腕を掴んで引き寄せ、膝の上に座らせる。


「え!お兄ちゃん何!?」


「いいから口開けろ。はい、あーん」


「んあ!?あーん」


スプーンで掬った粥をひと匙、イザベルに食べさせる。


「ふへえ。やっぱり美味しい……」


「落ち着いたか。いいかイザベル。お前がこの人に何を感じたとか、どういう関係かなんかはさておきだ。今の態度は良くない。この人はお前や俺が狩人になる前から狩人として活動している人だ。その成果と実績に敬意を払わなければいけない。ただ強ければいい、強い魔物を狩りさえすればいいというなら、それは獣や魔物と同じだ。わかるか?」


「ふぁい……ごめんなさい。次は口移しがいい……」


「俺に謝ってどうする。謝る相手はこの人だ。ほら立って」


「……失礼な言い方をしてごめんなさい」


イザベルは俺の膝の上から降りると、ルシアに向かって頭を下げた。


「え、あ、いえ。とんでもないです」


ルシアも膝をついたまま頭を下げる。


「なんだかなあ……」


「やっぱりイザベルちゃんの相手はカズヤさんに任せるに限るよね」


まあそうかもしれんが、別に子守が得意なわけじゃあないぞ俺は。


「アリシア。ルシアさんにも粥を頼む。食べなきゃ始まらんだろう」


「わかりました!ちょっと待っててくださいね!」


◇◇◇


「だからあ!あんたは同じパーティードでもないんだから、いくら先輩だって秘密よ秘密!さっきから頭痛くてイライラしてんだからね!」


とりあえず3人娘はルシアの事を先輩狩人として受け入れたようだ。粥に使っている穀物のことや、どうして一杯の粥だけで魔力が回復するのかなど質問責めに遭って閉口してはいたが。


ルシアがミッドエルフと呼ばれる人種或いは種族であるという事に、イザベルは薄々感づいていたらしい。“滲み出る魔力が自分と似ている”というのがその理由だった。

だがイザベルやルシアがミッドエルフであるという事以上のことを誰も語らないから、特段何かが問題ということはないのだろう。

それよりもイザベルが頭痛を訴えているのが気になる。魔力切れということはないだろうし、疲れが溜まってきたのかもしれない。早くアルカンダラの家で休ませてやりたい。


いずれにせよ夜も遅い時間になってきたし、正直4人で不寝番をやるのも辛いところだったから、ルシアの戦線復帰は歓迎すべきことだ。

アンナも手伝う気満々のようだが、さすがに子供は早く寝かせてあげたい。俺達4人に加えてルシアとアンナの6人を2名づつ3班に分けて見張りをする事にした。

最初の3時間はアイダ-アンナ。次がイザベル-ルシア。最後がアリシアと俺だ。

時間管理はいくつか持っていたミリタリーウォッチを使う。イザベルの細い手首には少々文字盤が大きいが、夜間の見張りの間だけなら支障はないだろう。


食糧庫の真下に潜り込んだグサーノに動く気配がない。何かを待っているか、あるいは産卵でもしているのではあるまいな。

そんな事を考えながら、食糧庫の屋上に張った2張りのテントの1つに潜り込む。グサーノが潜む真上なのだが、まったく豪胆になったものだ。


◇◇◇


「起きて。ねえ起きてってば」


頬を叩く冷たい感触に目が覚める。この声はイザベルか。


「どうした?グサーノに動きがあったか?」


「真下の奴は相変わらず。でも何か変な音がするの。夕方からずっと聞こえるんだけど、他は誰も聞こえないみたい。でもその音とは違う、遠くで何かを引き摺るような音」


イザベルの耳の感度は幾度となく経験している。なにせ俺が放つレーダーの圏外ですら魔物の位置を特定するほどだ。


「わかった。とりあえず起きるから外で待ってろ」


「え~。もうちょっとゴロゴロしてようよ」


お前なあ……起こしに来たんだろ。ミイラ取りがミイラになってどうする。


◇◇◇


テントの外ではルシアが表示板を食入るように見つめていた。

イザベルは食糧庫屋上の手摺から身を乗り出して、両耳に手を当て音を聞いている。

時刻は深夜2時を回ったところ。俗にいう“草木も眠る丑三つ時”というやつだ。


「ルシア。ご苦労だな。どうだ?」


「はい。地下のグサーノには動きはありま……え、動きました!反応が南に移動していきます」


「イザベル。そっちは?」


「やっぱり南から音が近づいてくるよ。ズルッ、ズルッて音」


食糧庫の壁を通じて地下にソナーを放つ。コンっという手応えの後に反射波が返ってくるが、地下に潜んでいたグサーノの他には反応がない。引き摺るような音がするのだから地上に何かいるのか。

イザベルが指さす方角に絞ってレーダーを放つ。

この反応は……


「イザベル。皆を起こしてくれ。緊急事態だ」


「了解!ってみんな起きてるけど」


どうやらさっきのソナーで皆起きてしまったようだ。


「カズヤ殿。敵襲ですか?」


「ああ。南の方角から大きな反応が近づいてくる。大きな魔物が1体なのか、複数の魔物が密集しているのかはまだわからない。地下に潜んでいたグサーノも南に移動している。とりあえず戦闘準備だ」


「了解です。私とイザベルで篝火と仕掛けの見回りを。アリシアとアンナは村の人々に状況を伝えて心の準備をお願い」


「はい。お夜食準備しますか?」


「そうだな。食べられる時に食べておこう。アリシアは土塁と食糧庫の硬化魔法も頼む。ルシアは警戒を続けてくれ」


各自が戦闘に備えて準備を進める間に、周囲のレーダー監視を行う。

やはり南側から近づく反応以外には魔物の反応は無い。

地下にいたグサーノは南に移動していたが、村の敷地外に出ることはなく、ギリギリでパッシブソノブイの探知範囲に留まっている。このまま新手の魔物とランデブーでもするのだろうか。


「篝火と仕掛けの見回り完了です。特に異常は見当たりません」


「お待たせ!夕食と同じになっちゃったけど、食べられるうちに食べておこう。あとカズヤさんのお水は水筒に入れたから皆持ってて。何が起きるかわからないし」


「ありがとう。皆食べながらでいいから聞いてくれ。状況を説明する」


食糧庫の屋上に車座に座り、粥を食べながら話す。


「南の方向から大きな魔物の反応が近づいてくる。地下ではなく地上だ。あと15分ほどでスキャンの範囲に入るから、巨大な1体の魔物なのか複数の群れなのかがわかるだろう。地下に潜んでいたグサーノは南に移動して動かなくなった」


「やってくる魔物を待っているみたい……まさか村を守ってくれたりして」


「残念だがアリシアの予想は違うだろう。奴らには恐らく知性がある。それも俺達が考えもしないような知性だ。だがそれでも奴がこの村を守る理由がない」


「縄張りを荒らされると思ったとか」


「実は食糧庫の下に卵を産んだとか!」


イザベルよ。その可能性には思い当たってはいるが、考えたくない可能性だ。一般的にムカデなどの肉食の節足動物の産卵数はその他の昆虫類に比べれば少ない。それでも50個ほどの卵を産むはずだ。それらが一斉に孵化して地上に出てくれば……ゴブリンの群れが襲ってきたよりも遥かに対応が難しくなるだろう。


「いずれにせよ、俺達が取りうる戦法はこの食糧庫の防衛以外にない。先ほどと同様、櫓にはイザベルとアリシア、食糧庫の前には俺とアイダ。食糧庫の屋上からはアンナとルシアに全体の監視をしてもらう。特に戦力として加わったルシアには期待している。ルシア、差し支えなければ得意な魔法や固有魔法を教えてくれないか?」


「はい。炎と水、土と風、光に治癒、それぞれ一通りは使えます。固有魔法はシコキネシスです」


シコキネシス?なんだそれ。


「それってどれくらいの重さの物を動かせるの?」


「だいたい人ひとりぐらいなら100メートルぐらいは。ただ相当魔力を消費します」


つまりサイコキネシス、念動力か。

念力とか念動力などと言うと手品かトリックのようだが、魔法も手品も英語で表現するならMagicだからな。

しかしアイダの固有魔法“譲渡”といい、アリシアの固有魔法“遠見”といい、固有魔法というものは中々に使いどころが難しい。だからこそ汎用魔法ではない固有魔法としてのみ成立しているのかもしれない。


夜食を食べ終わった皆がそれぞれ持ち場に就く。

俺とアイダも食糧庫の入口に陣取る。

入口横に立て掛けたダミアンの大剣が篝火に照らされて鈍く光る。

人々にはいろいろ言われてはいたが、最後は村人と仲間を守って散っていた先輩狩人の遺品だ。

残念ながら俺やアイダにこの大剣を振るうことはできそうにないが、俺達の戦いをその場所で見守って貰おう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 巨大昆虫ものといえばやはり産卵からの幼虫がうじゃうじゃですからね〜。 銃だけではどうにもならない状況からの主人公覚醒が来るか? 楽しみにしてます。
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