80.村で何が起きたかを聞く(5月21日)
ルシアはフードを被ったまま膝を抱える様にしてぽつりぽつりと話し始めた。
「私と魔法師ナタリアがダミアン一家に出会ったのは1年ほど前でした」
いや、俺はお前達がダミアン一家に加入した馴れ初めを聞きたいわけではないが……まあ聞いておくか。
そういえばパーティードというのはどうやって成立するのだろう。てっきり養成所の同期や馴染みで組むのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「私達は最初は6人のパーティードでした。ですがある日の狩りで2人を失い、残りの2人もカサドールを廃業すると言ったので解散となりました。行き場を無くした私達に声を掛けてきたのがダニエルでした。ダミアン一家の次男です」
ダミアン、ダニエル、ダビドだったか。アルカンダラでちらっと見てはいるが、剃り上げたスキンヘッドと鉄の胸当てが印象的過ぎて顔まで覚えていない。どれがダニエルだったのだろう。
「彼らは後衛の弓使いと支援魔法を使える者を探していたので、私達2人はちょうどよかったのでしょう。私達にも断る理由は無く、そのままパーティードを組みました」
「それで、その3兄弟はどうした?この村に来た経緯は知っているつもりだ。この村で何があった?」
「はい。リナレスの街を出てしばらくは順調でした。3兄弟は馬で、私とナタリアは馬に乗るのが下手なので小さな馬車を借りて、街の方に先導していただいて移動していました。異変が起きたのはイリョラ村が見えた辺りです。地響きがして振り返ると、赤褐色の大きなムカデが何匹も追いすがってきました。それがグサーノです」
「それはやっぱりあの辺りで討たれている奴らと同じ種類だったか?」
ルシアは顔を少し上げて、篝火に照らされたグサーノの残骸を見た。
「はい。種類は同じだと思いますが、私達を襲ったものの方がもう少し小振りだったかと思います」
「そうか。続けてくれ」
ルシアは再び俯いてぽつりぽつりと話しはじめる。
「案内の方は真っ先に逃げ出したので、その後どうなったのかはわかりません。追いすがるグサーノから私達を先に行かせるために、槍使いのダビドが立ち向かいました。ですがグサーノの大半は止まることなく、私達が乗る馬車を追いかけてきました」
案内人は逃げ出したか。しかしリナレスの街に戻ってきたのは馬だけだった。大方どこかで喰われたか。
「イリョラ村に滑り込んだ私達は、ダミアンの命令で荷馬車に火を放ち、村人達に家に籠るよう指示しました」
「家に?もっと頑丈な建物もあっただろう。どうして家だったんだ?」
「ダミアンはこの地方の特徴を知っていました。この辺りは昔からグサーノが出ていたらしく、床材は石造りである事が多いそうです」
教会と同じようにか。それならば“家に籠れ”は妥当な指示だ。
例えば某国からミサイルが発射され、領土・領海に落下または通過する場合に出される警報での呼び掛けは“屋内待避”だ。そのミサイルが大量破壊兵器を搭載していれば屋内待避など意味がないかもしれない。だが屋外にいるよりはましだろう。
この世界の住人にとって魔物とは、そんな大量破壊兵器にも等しいのかもしれない。
「次にグサーノの襲来を食い止めるために、塀に火を放ちました。確かにグサーノの侵攻は止まったかのように見えました。ですが……」
「奴らは地に潜った」
「そうです。煙と炎で見えませんでしたが、ほっと一息ついた瞬間に後方から、村の内側から襲われました。ダニエルが倒れたのはその時です。両足の太腿をざっくりと斬られて倒れ込むダニエルを置いて、私達は村の奥へと進みました」
グサーノの大顎で後方から一噛みか。大の大人の脚でも喰いちぎっていくだろうな。
「ダニエルを助けようとは思わなかったのか?仲間だろう」
「太腿で上下に分断されたのですよ。助けようとしても助かるわけがありません。それにグサーノが近くの家の壁や戸から家の中に入ろうとしていたので、一人でも多くの村人を安全な場所へと誘導しなければと……」
「そうか。嫌な聞き方をして悪かった。それで?」
「はい。残ったダミアン、ナタリア、私の3人で中央部の教会に村人を誘導しました。この村で床が石造りの一番頑丈な建物だというので。多くの村人が怪我をしていたので、私とナタリアは治療に当たりました。ですがそこも壁を破られ、多くの村人が……喰われました……」
ルシアは顔を覆ってしばらく動かなくなった。
必死で治療した村人達が目の前で喰われる無力感は如何程のものだろう。
気の利いた男なら肩でも抱くのかもしれないが、生憎と俺は気の利いた男ではない。
代わりに次の煙草に火を付け、ルシアが落ち着くのを待つ。
「その煙……カナビスともオピオとも違う変わった匂いですね……続きをお話しします。教会にもグサーノが侵入したので、ダミアンが裏の壁を破って村人達を逃しました。私は既に魔力をほとんど使い切っていたので、村人達と一緒に脱出させられました。ナタリアは残っていた魔力を振り絞るかのようにTormenta de hieloを放ちましたが、ほとんど効果がなく……逆に詰め寄ってきた1匹に……」
ナタリアは教会で亡くなったか。
何年も共に過ごした仲間を狩りで失う。3人娘達と共に過ごした時間はまだ1か月にも満たないが、誰か1人でも欠ければ残った者達の喪失感はとんでもない事になるに違いない。
欠ける……欠けるか。そうなのだ。人命など容易に欠ける可能性がある世界なのだ。
「村人達は一目散にここに向かって逃げました。私達も追い掛けましたがグサーノに追いすがれ……喰い止めようとしたダミアンの腕が飛ばされました。私も毒液を浴びて、魔力切れも重なって動けなくなりました。ですが腕を失ったままのダミアンが引きずるように私を食糧庫まで運んで……私がわかるのはここまでです」
街で聞いたダミアン一家の評判は芳しくなかった。それでも仲間思いの良い奴等だったのかもしれない。違った形で出会っていたなら、俺達がモスカスなど狩らずに先に進んでいたなら、或いは違う今があったのだろうか。
「わかった。辛いだろうがよく話してくれた。中で休むか?」
「いえ。それよりもグサーノを倒した魔法はいったい何なのですか?近づけば毒液を飛ばし、矢を放っても弾き返してしまう。貫通を付与した矢があんな数放てるわけがない。強力な魔法なのでしょう!?」
今度は俺がルシアに詰め寄って来られる。
さて、どう説明したものやら……
◇◇◇
「あ!いたいた。カズヤさんお食事です!」
「食器使っちゃったけど、いいよね?」
アリシアがお椀によそった粥を持ってきてくれた。刻んだ干し肉が散らしてある。
「ああ。ありがとう。イザベル、食器足りたか?」
「ちゃんと洗って使い回したから平気!ほら、うちには洗い物のエスぺキャリスタがいるから」
エスぺキャリスタ?なんだそれ。
「あ、えっと……上手な人って意味です。って、みんなが洗い物とか片付けしないからじゃん!」
「それは心外だ。私は自分の分はちゃんと片付けているぞ。ところでカズヤ殿。そちらの方は?」
アイダと、アイダに手を引かれるようにアンナも出てきた。
「4人とも食事はいいのか?」
「大丈夫!魔力もバッチリ回復……もごもご」
イザベルの発言はアリシアに遮られる。
「イザベルちゃん魔力ほとんど使わなかったもんねえ。この子お腹が満たされていればだいたいの事は平気ですから!」
「魔力が……回復?まさかこれを食べたら魔力が回復するの!?」
俺の持つお椀を引ったくろうとするルシアをアイダが押し止める。
「いえいえ、そんな事ないです気のせいです!」
「そうそう。お腹いっぱいなら元気になるじゃん!そういう意味だから!」
「そう…なの…です…ね……」
気が抜けたルシアを見ていると、本当に気の毒になってきた。
「なあに。あんたこの粥食べたいの?だったら顔ぐらい見せて名乗りなさい?失礼よ!」
イザベルよ。その言い方はないだろう。それは言い掛かりという部類の物だ。
「これは失礼しました。ルシアと申します」
フードを脱いだルシアの髪は真っ白なショートカットだった。そして尖った耳に整った顔。
「え……」
「まさか……ミッドエルフ!?」





