79.グサーノ殲滅戦②(5月21日)
「アンナ!どこからだ!?」
食糧庫の入口まで戻った俺とアイダは、食糧庫の屋根の上で表示板を見るアンナに尋ねる。
「東と西から3匹ずつ。残り4匹は正面から!距離はだいたい同じです!」
分散して攻めてきたか。
「東西の敵は捨てる!アンナは北側に回り込むヤツがいないか監視してくれ!」
「東西の土塁は大丈夫なの!?」
イザベルの不安はもっともだが、何せ正面に土塁は無い。側面と後方から襲ってくるグサーノは土塁を破れずに南北どちらかから迂回して、最終的には正面に出てくるという想定だ。
「アリシアの硬化魔法と俺の結界を信じろ!突破されたら突破された時だ。正面のほうが手薄だ!」
「わかった!攻撃開始!」
イザベルが断続的に射撃を開始する。
グサーノの進行方向前方にAT弾が着弾し、派手な火柱を上げる。
先ほどと同じく、炎に追われるようにグサーノが姿を現した。
その数3匹。1匹少ない。
まさか地中深くに潜ったか。
「アンナ!もう一匹はどこだ!?」
「わかりません!赤い点は3つに減りました!」
「っしゃあ!手応えはあったかんね!残りはアリシアちゃんに任せた!」
地中にいるうちに倒したということか。恐るべし貫通魔法。
「わかった!任せて!」
今度はアリシアが攻撃を始める。一射目でグサーノの巨大な触覚を吹き飛ばすが、頭部を潰すまではいかない。身悶えして苦しむ一匹を躱して、残りの2匹が近寄ってくる。
「イザベル!見物している場合か!攻撃しろ!アイダも弾幕を張るぞ。近づけるな!」
さっきの攻撃の時に諫めておくのだった。
これは標的を撃つゲームではない。
俺達が生きているように、グサーノも魔物とはいえ生きている。これは生きるか死ぬかの戦いなのだ。見物などしている余裕はない。
近づいてくるグサーノに櫓からと地上からの4つの火線が集中する。
アイダの放つ火炎魔法は強烈だ。あっという間に2匹のグサーノが火だるまになる。
「よし。左右からくる奴らが合流する前にあと1匹片付けるぞ!」
俺がそう言った瞬間だった。
ドンッと突き上げるような衝撃を感じ、一瞬身体が宙に浮いた。
「地震か!?」
慌てて櫓の上の2人の姿を探す。
「なに今の!」
「びっくりしたあ。ってカズヤさん後ろ!」
アリシアが櫓の上でPSG-1を構え発射する。
AT弾は俺の頭上を飛び越え、真後ろに迫っていたグサーノの頭部を貫いた。
「アンナちゃんグサーノの位置は!?」
「あ!真下です。食糧庫の真下に1匹潜り込んでます!」
「その他は!?」
「えっと……2匹が左から正面に来ます!もうすぐです!」
アンナの報告の直後にイザベルが雄叫びを上げる。
「うおりゃああああ!見えたああああ!」
黙っていれば可愛い女の子なのだが、今の叫びはどこかのアマゾネスかのようだ。
イザベルがG36Vから放つAT弾が、地中を進むグサーノに着弾する。
大あごを鳴らしながらグサーノが地上に姿を現した場所は、クレイモア対人地雷の起動ワイヤーの真下だった。
ポンっと軽い音がしてクレイモアが作動する。
内蔵された200発の珪藻土製KD弾が前方60°仰角18°に散布され、散布範囲にいたグサーノ2匹の腹の辺りを引き裂いた。
地響きを立てて地面に倒れ込むグサーノの頭部に俺とアイダがAT弾を叩き込む。
「よし。残り4匹!」
ドンッ!!
今度は激しい横揺れだ。そして直後に何か重い物が倒れる音が西の方向、正面向かって右側から聞こえた。
「まさか土塁が倒れたか!?」
「違うよ!グサーノが2匹倒れたみたい!たぶんクレイモア?ってやつのおかげだと思う!残りの1匹が土塁に取りついてる!」
イザベルが櫓の上から報告してくれた。どうやら土塁は無事のようだ。
その土塁の内側にはティボラーンさえ止めた結界防壁が張ってある。猫ぐらいのサイズならば摺り抜けるかもしれないが、グサーノの巨体では無理だ。
「イザベル!そこから攻撃できるか?地表からは土塁の陰で攻撃できない!」
「ダメ!土塁に取りついて移動しているみたい!アンナちゃん場所わかる!?」
「はい!一匹が土の壁にそって後方に移動しています。そろそろ真後ろに……あれ?止まりました」
止まっただと?次の襲来に呼応して挟撃するつもりだろうか。
「お兄ちゃん!登ってきた!」
「うわあ……大きい……カズヤさん見えますか?」
ああ。見えた。結界防壁の上をゆっくりと確かめるようによじ登っている。透明な半球状の上を這いあがっているから、あたかも宙に浮いているかのように見える。
って、見とれている場合ではない。
「アリシア、奴の頭を狙え。俺達は奴の柔らかそうな腹を狙う。いくぞ、撃て!」
複数の火線を浴びたグサーノが、身悶えしながら結界防壁の外側を滑り落ちていく。
ドンッいう派手な落下音のあとは、辺りに静寂が戻った。
すっかり日も暮れて、グサーノの遺骸が燃える炎が周囲を照らす。
「アンナ。残りの1匹の様子は?」
「動きません。食糧庫の下に潜り込んだままです」
動かないか。このまま長期戦に持ち込むつもりだろうか。
いずれにせよ食糧庫の真下を陣取られては手の出しようがない。斜めからバンカーバスターでも撃ち込めば届くかもしれないが、それでは直上の食糧庫にまで被害が出ることは避けられない。
「よし。監視を続けながら休憩にしよう。まずは弾丸の補給、それが終わればアイダとイザベルで篝火を焚いてくれ。夜襲に備えなきゃならん。アリシアは簡単に夕食の準備を頼む。中の連中の分も作ってくれるとありがたい」
「わかりました。昨日の夜から何も口にしてないようなので、お粥にします。あ!カズヤさん後でお水貰いにきます!」
◇◇◇
アリシアが最初に櫓を降りて、食事の支度を始めた。
次いでマガジン2個は空にしたであろうイザベルが櫓を降りる。
篝火のための薪を調達しにアイダとイザベルが向かったことを確認して、食糧庫からアンナを呼ぶ。
「アンナ。敵の只中でよく頑張ってくれた。ありがとう」
「いえ!お手伝い出来て光栄です。でも……皆さん凄いですね。怖いぐらいです」
怖いか。大人や狩人達が敵わなかった魔物をあっさりと倒す者達。
グサーノの位置を表示する表示板を抱えたままのアンナの目には、俺達も魔物のように映っているのかもしれない。
「グサーノはよく襲ってくるのか?」
「いいえ。私は一か月ぐらい前に初めて見ました。大人の方達も“こんなに大きなのは珍しい。大襲撃の前触れか”と騒いでいます」
大襲撃か。だいたい74年周期で起きるという魔物の大規模な襲来。周期だけで考えればいつ起きてもおかしくない時期らしいが、グサーノの襲撃もその予兆なのだろうか。
そういえばビビアナ嬢と向かう予定のカディス近郊にトローなる魔物が出没するようになったのも最近らしい。何か関係があるのだろうか。
「なあアンナ。グサーノが出没するようになる前に、何か変わったことは無かったか?地震があったとか昔から立っていた巨木が倒れたとか」
「う~ん……特には……何もない村ですし、お客さんもほとんど来ませんから他の村の話も聞きません。最近来られた方は、昨日のカサドールさん達以外には旅の魔導師さん達ぐらいですね」
旅の魔導師。そんな者達がいるのか。
いや、狩人も味方によっては常に旅をしているようなものだろうし、流しの魔導師がいてもおかしくはないか。
と、アンナの頬を炎の光が赤く照らした。篝火が灯ったようだ。
「カズヤ殿。土塁の中央部と角にそれぞれ篝火を立ててきた。あとは入口の両側に一対。これで櫓の上からでも監視できるそうだ」
「ばっちりだよ!あとはお兄ちゃんが作った発見器があれば完璧!あと落っこちてた大剣拾ってきた。アイダちゃんが」
「わかった。二人ともありがとう。アリシアが食事の支度をしている。先に食べてくるといい。アンナも連れて行ってくれ」
「お兄ちゃん一人で大丈夫?何かあったら大きな声で呼ぶんだよ?」
イザベルが心配そうな顔と悪戯っぽい表情が半分ずつ混ざったような顔で俺を覗き込む。
「大丈夫だ。アンナを休ませてやってくれ」
「わかった。行こうアンナちゃん!アイダちゃんその剣重そうだから入口に立てとけば?」
「重いわ!さっきから重いって言ってるだろ!」
なんやかんや言いながら食糧庫の重い扉を開けて中に滑り込む3人を見送り、入口の石段に腰掛ける。
そういえば今日はまだ一本も吸っていなかった。
胸ポケットから煙草を取り出し、一本咥えて火を付ける。
しかしこの魔物の襲来はいったい何だ。
決して長くはない期間旅をしただけで、マンティコレ・バボーサ・グサーノと3種類の魔物が村や街を襲った。マンティコレによる襲撃は未遂で阻止できたようだが、カディス近郊に現れたというトローも含めれば都合4種類だ。
それぞれの距離は離れているとはいえ、こんな勢いで襲われたのでは防備の薄い村や街はすぐ壊滅してしまうだろう。
やはり大襲撃とやらが近いのだろうか。
篝火に照らされながら紫煙を吐き出していると、食糧庫の扉が開いて中から黒いローブの女が出てきた。
ダミアン一家の生き残りだ。
「あの……お隣よろしいでしょうか」
か細い声で尋ねてくる。食糧庫の中で治療していた時もフードを被ったままだったし、今でも顔は見えない。声だけ聴けば若い女のようだ。
「ああ。傷はもういいのか?」
「はい。おかげさまで。私の名前はルシア。魔導師です」
「そうか。イトー カズヤだ。聞きたいことがあるが、話せるか?」
「何なりと。この命は救っていただいたものですから」
何を大袈裟な。治療しただけで畏まられるのであれば、医者の周りには医者個人を崇拝する宗教が成立してしまうぞ。
「まあいい。一体何があった?ダミアン一家は総勢5人だろう。他の4人はどうした。そしてこの村の惨状はどういう事だ」
仲間を失った直後であろう人間に聞くのは酷だということは承知している。
だが明日は我が身なのだ。聞いておかねばならない。





