表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/247

7.娘を拾う(5月1日)

水のペットボトルを差し出された娘はキョトンとしている。

当たり前か。これが水だと分かるのは現代人だけだ。

ペットボトルのキャップを開け、地面に少量こぼしながらジェスチャーだけで手を差し出すよう促す。


恐る恐る手を差し出す娘の手にペットボトルから水を注ぐ。

理解してくれた様子で、娘は水で手と顔を洗い、(うがい)をする。


何はともあれ、ゴブリンの亡骸の中に娘を置いておくわけにはいかない。


「立てるか?」

手を差し出して問いかける。

「は……い……」

娘が俺の手を取りながら答える。


「はえ??言葉が通じるの?」

思わず声が上ずってしまった。せっかく醸し出していたクールな雰囲気が台無しだ。


「はい?私も人ですから、一応言葉は話せますが」

おう、いやそうではなくてだな。


「それは良かった。とりあえずこの洞窟を出よう。またコイツらが現れるかもしれない」


「はい。でもその前にあの石を回収しないと」

そう言って娘が指差した先には、真っ黒な先端の尖った石があった。岩棚に半ば埋まっているその石は、一見すると直径10cmほどの杭が逆さまに突き出しているようにも見える。


先程遺体を調査している時にも気づいてはいたが、特に気にも止めていなかった。


「あの石は何だ?」


「あれはこの洞窟の魔力の源です。あの石を放置すると、いつまでも小鬼達が生まれてきます」

いわゆる魔石というやつだろうか。

いずれにせよゴブリン が生まれる元凶というのなら、我が家の安全保障上よろしくない。直ちに回収しよう。


折りたたみスコップを取り出して、魔石?を掘り出しにかかる。

石は見えている部分が長さ30cmほど。地中にはその倍ほどが地中に埋まっていた。

一応手で触れても平気なようだ。


魔石らしき石を掘り出す様子を、娘が呆気にとられたような顔で見ている。


「ん?何かやり方が間違っているか?」


「いえ……小鬼を一瞬で倒してしまうほどの魔法の使い手なら……」


ちょっと言っている意味がわからないが、問題はないらしい。

掘り出した石は上下にパラコードを掛け、ミリタリーリュックと一緒に背負う。


「あ!あっちの部屋にコイツらが溜め込んだお金や武器なんかが…」


「それはまた後で回収しよう。遺体もそのままにはしておけないだろう?」


「そうですね……」


「とりあえずこの洞窟から一旦出よう」


俺は娘を促して部屋を出る。

そのまま水糸を巻き取りながら洞窟を逆に進む。

娘もふらつく足で懸命に付いてくる。


およそ5分ほどかけて洞窟を脱出すると、地中に埋めたペグを回収し、森の中まで入ってようやく一息ついた。


娘もその場で座り込み、肩で苦しそうに息をしている。


明るい所で見ると娘の身体はあちこち傷だらけだ。

顔や手足には殴られたような痣があり、ロープで縛られていた手首と足首、耳や頬、首の擦り傷からは血が滲んでいる。

心に負った傷は時間が解決するしかないとしても、外傷だけはなんとかしてやりたい。

火や水の魔法が使えたのだ。もしかして……


娘に手をかざし、心の中で唱える。

“ひーる”


娘の周りの空気が一瞬光る。

その光が娘を包み、光が消えた時には娘の身体の傷も消えていた。


娘が自分の手首を見て大声を上げる。

「えええええ!治癒魔法も使えるんですか!?」


「あ……ああ、一応な」

俺はちょっと余所見しながら答える。


「私でもこれだけの傷を癒すには少し時間がかかると思ってたのに…こんな一瞬で……自信無く…す…わあ…」


娘はそのまま木にもたれかかって規則正しい寝息を立て始めた。


緊張の糸が切れたのだろう。

無理もない。

ゴブリンに襲われ、文字通り殴る蹴るの暴行を受け、陵辱される寸前だったのだ。

もしかしたら未遂ではないのかもしれないが、“お前アイツらにヤられたんか?”なんて面と向かって聞けるヤツがいたら俺が正座させて小一時間は説教してやる。


とりあえずこのまま寝かせておくか?


いや、先程オーガに出くわした森だ。守ってやる自信が無い訳ではないが、危険を回避できるならその方がいい。

抱きかかえて家まで連れて行くか。


え……女の子を抱きかかえてお持ち帰りしていいの??

まさか未成年じゃないよな……未成年者略取という単語が脳裏をよぎる。


いや、ここは恐らく日本の法律の及ばない場所だ。既に日本の常識では考えられない事が起きている。


乗りかかった船というか毒も喰らわば皿までというか、いやあれだ。据え膳食わぬは男の恥ってやつだ。いや食う気はないぞ?


家までは直線距離で1km弱。

推定体重40kg強の娘を抱いたままフル装備で歩けるか?

いや歩くしかない。


覚悟を決めて支度をする。

魔石らしい石を背負い直し、その上からミリタリーリュックを背負う。

G36Cのスリングの長さを長くして、リュックの横で固定する。

緊急時は腰のUSPだけでもなんとかなるだろう。


娘をお姫様抱っこで抱きかかえ、自宅までの一歩を踏み出す。


ん?異常に軽く感じる。

そういえば背中の石もリュックもそんなに重くはなかった。いや若返った身体ってサイコーだ。


そのまま気持ちよく歩き続け、自宅前に到着したのは20分後ぐらいだった。


娘は途中から起きていたらしい。

家の前まで来ると、パッチリと目を開いた。

久しぶりに至近距離で見る女性の瞳にドギマギする。


「あ…えっと…とりあえず俺の家に運んでしまったが、問題ないか?」


「はい……」


まったく…そのまま寝ていてくれれば気持ちが楽だったんだが。


とりあえず慎重にトラップを乗り越え、玄関の鍵を開けて中に入る。娘は相変わらずお姫様抱っこされたままだ。


ブーツを脱ぎたいが、娘が首から離れない。

仕方なしにそのまま風呂場に直行する。


「いろいろ汚れてるだろうし、とりあえず風呂に入れ。使い方を教えるから、ちょっと下りてくれるか」


「はい…」


娘が下りてくれたので、ようやく俺もブーツを脱ぎ、装備品を外して行く。

ヘルメットを取った所で娘が話しかけてきた。


「やっぱりそれって(かぶと)だったんだ」


そりゃ俺の頭はここまで硬くはない。頭が堅いとは言われることは多々あったがな。


風呂のスイッチを操作して、バスタブに湯を張り始める。


「いいか?このレバーを上に上げると、こっちのシャワーヘッドからお湯が出る。着ている服を全部脱いで、全身にお湯を浴びて洗え。石鹸ってわかるか?髪を洗う石鹸はこっちの赤いボトル、身体を洗う石鹸は白いボトルだ。髪を洗う時に泡立たないようなら、一旦全部洗い流してもう一度初めから洗ってくれ。分からないことがあれば呼べ。扉の向こうで装備品の片付けをやっているからな」


娘はわかったのかわかっていないのか、すごく微妙な表情をしている。


まあ怪我をすることもないだろう。

とりあえず風呂場から退散して、装備品の片付けをする。

ヘッドライトやフラッシュライトはろくに使わなかったから、まだバッテリーは大丈夫だ。

G36Cも合わせて20発も撃っていない。マガジンを外し、そのままガンラックに掛ける。


風呂場からからシャワーの音が聞こえてくる。どうやらお湯の出し方はわかったらしい。


ブーツを玄関に持って行き、BDUと靴下を脱いで洗濯機に入れる。

部屋着のジャージを履いた所で、風呂場から短い悲鳴が聞こえた。


慌てて風呂場の引き戸の前から声をかける。


「どうした?大丈夫か?」


「泡が……」


ん?泡??


「開けるぞ?」


引き戸をゆっくりと開けると、頭の先端からつま先まで全身泡だらけのナニかが(うずくま)っていた。


ああ、量の加減がわからなかったか。

とりあえずシャワーでお湯をかけて洗い流す。


もうこのまま洗ってしまえ。

髪の水気を軽く切って、手のひらに取ったシャンプーで洗っていく。先ほどしっかり泡立っていたから、汚れは落ちているんだろう。

一旦洗い流し、トリートメントを髪に馴染ませる。

ボディソープをスポンジに取って、背中を洗って行く。


「手が届く所は自分で洗ってくれ」

娘にスポンジを手渡して続ける。


「あとは全身をシャワーで流して、こっちのお湯に浸かっておけ。タオルをここにかけておくから、暖まったら身体を拭いて上がってこい。着替えは扉の外に置いておく」


「わかりました…」


今度はわかってくれたようだ。


娘用のジャージとTシャツを洗い場に置く。

下着はさすがにないから、男物のボクサーパンツでいいだろう。だいぶブカブカかもしれないが、まあ履いていないとジャージの合わせ目が擦れるだろうしな。


風呂場から湯に浸かる音と同時に、“ふへえ〜”という声が聞こえてきた。

湯に浸かって気持ちいいのは異世界でも共通らしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ