75.教会内部にて(5月21日)
教会の入口は閉まっているし、壁面の窓も全て閉ざされている。しかしドローンで村の状況確認を行なった時には屋根の窓は開いていたから、内部が真っ暗という事はないだろう。
先程まで使っていたG36Vはバレルが長く室内戦闘では使いにくいから、M93Rに100連射マガジンを装着したものに持ち替える。しかし暗闇ではないとはいえ薄暗い屋内で使うのなら、フラッシュライトを装着出来るようにアンダーマウントレールでも取り付けておけばよかった。
「アイダ。光魔法は使えるか?」
「もちろん。ただ持続時間が短いです。だいたい30秒ほどなら」
「十分だ。さっき探索魔法を掛けた時には、教会内部に魔物の気配も人の気配もなかった。もしかしたらどこかに隠れているかもしれない」
「奥に部屋があるかも」
「そうだな。扉を少し開けるから、隙間から光魔法を撃ち込んでくれ。反応が無ければ突入する」
「了解です。Luz Ilumina la oscuridad いつでもどうぞ!」
アイダが腰のグロッグ23を構えて詠唱するのを待って、重い扉を押し開く。
開いた隙間から、光魔法を付与したKD弾を3発、天井を目掛けてアイダが撃ち込む。
直後にKD弾が発光し、教会内部を明るく照らした。
教会内部は入口側から奥に向かって下り勾配になっており、大きく4つのブロックに分かれているようだ。
入口側から正面の祭壇までは幅1.5メートルほどの通路があり、その左右に木製のベンチと長机が置いてある。
典型的な教会或いは大学の講義室のような構造だ。
だが長机は各所で粉砕されている。
「動くような気配は……ありませんね」
「よし、踏み込む。光魔法は無くても見えそうだな」
アイダが頷くのを確認して、扉を更に開き内部に侵入する。
教会内部には所々に赤黒い血溜まりが出来ており、内部で起きた戦闘または殺戮の激しさを物語る。
「カズヤ殿。痕跡は多数ありますが、怪我人がいません……」
そのとおりだ。破壊された机や付着した血痕、血溜まりからすれば、何人もの怪我人や遺体がありそうなものだが、教会の見える範囲には誰もいない。
床の血痕が引き摺られた跡を辿って行くと……
「祭壇の横の壁!穴が!」
アイダが指差す先の壁、祭壇に向かって左手の壁には、大人でも屈めば通れそうな穴が口を開いている。その先は控室のような小部屋を抜けて外に繋がっているようだ。
「奴らは教会に逃げ込んだ人々を喰らって、この穴から外へ……」
アイダがよろよろと長机に手をつく。
「おそらくは……だが諦めるのは早い。この小部屋も内側からは部屋があるとは分からないようになっている。だいたいこういうのは左右対象に作るのではないか?だとすれば……」
ハッとして顔を上げたアイダが、右側の壁に駆け寄りドンドンと壁を叩く。
「誰かいませんか!いたら返事してください!」
あとは良くある話なら祭壇の下に隠し扉があって、地下室に通じているとかな。
祭壇といっても、◯◯大聖堂のような煌びやかなものではない。ただの頑丈な木の箱だ。
特に固定してあるわけでもなく、グッと力を込めれば割と楽に動いた。
そしてその下には、地下室への入口らしき落し蓋式の扉が姿を表した。取手などはないが、床に約1メートル四方の切れ込みがある。
「アイダ。地下室への入口を見つけた」
「地下室って……何故教会にこのようなものが……」
シェルターか金庫か資材庫か。どのような時代のどんな宗教観にせよ、信仰の中心であり象徴でもある教会や宗教施設には人が集まり、その結果金品も集まってくるものだ。如何に清廉潔白であろうとも、集まってきた金品はどこかに貯蔵せざるを得ない。どこに貯蔵するか?人間の考えることなど大体同じというわけだ。
「落し蓋を上げて内部を確認する。魔物の気配が無ければ、外の3人を呼んでから内部を調査する。それでいいか?」
「はい。では開きますよ」
「わかった。いいぞ」
アイダが落とし扉の奥に回り込み、扉部分の端に短剣を突き刺して引き上げる。
その隙間に山刀を突っ込み、隙間を確保する。
「どうですか?何か見えますか?」
アイダが俺の隣に戻り、床に四つん這いになって内部を覗き込む。
「ちょっと待て。先にスキャンする。灯りで魔物が錯乱でもしたら余計危ない」
隙間に人差し指を突っ込み、指先から放射状に探知魔法を放ってスキャンする。
扉の先は10段ほどの傾斜のきつい階段が続き、その先に一辺が3メートルほどの部屋がある。左右の壁には棚が付いており、木箱や大きな袋が置いてある。
そして最深部の床に蹲る弱々しい反応が5つ。
魔物にしては小さい。これは子供か?
「中に子供らしき反応がある。調べてくるからアイダは見張りを」
「カズヤ殿お一人で?危険過ぎます!」
「2人で入って何かあったら、誰がアリシア達に連絡する?魔物が突然現れて、この蓋を閉じてしまったらどうやって脱出する?」
「それは……」
槽内作業という業務がある。
正確には酸素欠乏危険作業というが、換気の確保されていない地下室や暗渠は正にそういった場所だ。
きちんとした手順を踏むのであれば、酸素濃度計やガス検知器で酸素濃度と毒性ガス濃度を確認し、然るべき保護具を装着してから立ち入らなければならない。これがレスキュー隊ならば空気呼吸器を着装するだろう。
だがここは異世界。残念ながらそんな物は無い。
最低限出来る備えはやっておこう。
俺はミリタリーリュックからザイル代わりのパラコードを取り出し、一方を長机の脚に結び付けた。もう一方を腰の位置に二重8字結びする。
「いいか。俺の身に何かあったら、このロープを使って引き揚げてくれ。頼んだぞ」
「分かりました。お気をつけて」
アイダがパラコードをしっかり握るのを確認して、落し蓋状の扉を開ける。そこには扉と同じ幅の石造りの階段があった。
身を屈めながらフラッシュライトを地下室の奥へと差し入れる。
「誰かいるか!助けに来たぞ!」
一瞬の間を置いて、地下室の奥から悲鳴が響いた。
「いやああああ!来ないで!!」
思わずアイダと顔を見合わせる。若い子供の声だ。
と同時に幼児のような泣き声も聞こえる。
「アリシアとイザベルを呼んでくれ!生存者発見だ!」
「はい!」
アイダが入口に向かって走り出す。
教会の入口までの20メートル強を数秒で駆け抜けたアイダが、アリシアとイザベルを連れて戻るまで30秒も掛からなかっただろう。
「生きてる人がいたって!?」
「大丈夫よ!今助けるからね!」
アリシア達の言葉に、地下室から聞こえる泣き声は少し小さくなる。やはり子供を宥めるには女性の声のほうがいいのだろう。
「地下室に入って生存者を救出する。アリシアは治癒魔法の用意を。必要に応じて鎮静魔法を使ってくれ」
「はい!」
◇◇◇
地下室から助け出す事ができたのは、子供ばかり5人だった。その内の1人は見た感じ12歳前後の痩せぎすで背だけが高い女の子だ。残りの4人は5〜6歳といったところか。泥だらけで所々に赤褐色の水膨れができている他は、擦り傷や打ち身程度のようだ。
四肢のどれかが欠損などしていたら、俺達ではどうしようもなかったかもしれない。
「もう大丈夫。お姉さん達が守ってあげるからね」
「お姉さん達は強いんだぞ〜」
アリシアとイザベルが治癒魔法を掛けながら優しく言い聞かせている。幼児4人には鎮静魔法を併用したらしく、今は眠っている。
「イトー。ちょっと……」
遅れてやってきたティオが手招きする。
「これからどうする?外で待っていた時にも人の気配はなかった。もしかしたら他の村人は全滅かもしれない」
「そうか……ティオ、馬には乗れるか?」
「馬車でなく裸馬にか?そりゃ乗れなくはないが」
「だったら頼みがある。この村の惨状をリナレスの街に伝えてくれないか?そしてなるべく早く衛兵隊でも狩人でも差し向けて欲しい」
「お前達はどうする?女子供をここに置いて行けって言うのか!?」
「ここに来る途中の全力疾走をこの子達が耐えられると思うか?放り出されて喰われるのがオチだ。それぐらいなら防御を固めて応援を待つさ」
「だがな……」
「ティオ。たった数時間の付き合いだが、お前の漢気は分かっているつもりだ。だがお前がここに残っても俺達が守るべき相手が1人増えるだけだ。守り手が100人もいるなら、守るべき相手が1人ぐらい増えても大したことはない。だが守り手4人で6人を守り抜くのならば話は別だ。お前なら分かるだろう?」
「そりゃ理屈では分かるけどよ……」
「いいかティオ。これはお前にしかできない事だ。ここからリナレスの街までの道に詳しくて、街の人々にも信頼されている、お前だからこそ出来る事だ。引き受けてくれないか?」
「……わかった。必ず応援を連れてくる。それまで死ぬんじゃないぞ!」
「ああ。信じて待っている」
男同士の固い握手を、アリシアとイザベルが横目で見ながら溜息を付いている。
「男ってどうして理屈っぽいんだろ」
「まあカズヤさんも男の子だったんですよ〜」
俺はいいがティオの士気が下がるような事を言わんでやってくれ。