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62.稲刈り(5月16日)

翌朝は早朝から稲刈りを行う。

3人の娘達は気持ちよさそうに寝入っているから、とりあえずは一人で出来ることをやっておこう。


いつものフレック迷彩のBDUに作業帽、ヒップホルスターにUSPハンドガンを収めて外に出る。

手の保護具は軍手でいいか。


さて、稲刈りといっても子供の頃に爺さんの手伝いというか邪魔をしていた記憶と、小学生の頃の稲作体験ぐらいしか経験はない。あとは某大人になったアイドル達のテレビ番組を通じた知識ぐらいだ。

さすがに家庭菜園ごときで稲作はハードルが高い。


何はともあれ鎌は必要だ。

ガレージに置いている農作業道具の中から、草刈り鎌を2丁持ち出す。柄に対して鋸刃が斜めに付いている、収穫用の鎌だ。


独り身なのにどうして2丁あるかって?予備だよ予備。

エアガンでもそうだが、無いと困る物は予備を揃えておくのは基本だと思う。


自宅前の田んぼは東西20メートル×南北10メートルほど。その北東の角から南に向かって刈り始める。

右手で鎌を持ち、左手で稲株を手繰り寄せ、地面から拳一つ分ぐらいの高さで刈る。

刈った束は左側に置く。

これを延々と繰り返していく。

中腰で辛い作業だが、美味い米を食べるためには仕方ない。

例えば穂の部分だけを刈ったり、穂をこそぎ落とすように刈り取る方法もあるらしいが、どうしても溢れてしまう籾も出てくるし、効率も良くないようだ。


しかし機械植えした稲を手作業で刈り取るのは重労働だ。株の間隔が30cm弱開けてあるから、一本から多く分けつして一株が大きいのだ。

ざっくり計算で一面に1800株ぐらいは植えてありそうだから、一株15秒掛かるとして……まあ一日あれば刈り取りだけは終わるか……


縦に一列を刈り終わったら、稲の束を作り藁で結ぶ。

ただ刈るだけより、こちらの方がよっぽど大変だ。

畝一列にはだいたい60株ほどが植えられているから、1束30秒ほどで仕上げても一列30分はかかるだろう。


およそ1時間ほどかけて、ようやく一列分が終わった。


「痛たたた……」


腰を伸ばしていると、家の方で声がした。


「あ!お兄ちゃんあんな所にいた!」


イザベルが2階のベランダから身を乗り出して手を振っている。


「カズヤ殿!手伝います!」


すぐにアイダが小走りでやってくる。

アイダもすっかり馴染んだ砂漠仕様の迷彩柄のBDUにブーニーハット、ミリタリーブーツだ。


「ああ。ありがとう。じゃあこの鎌を使って刈り取りを任せる。刈る位置はこの辺りで頼む」


隣の切り株を指差して、アイダに鎌を渡す。


「ずいぶん根元で刈るのですね。麦のように穂の下で刈るのかと思っていました」


穂刈りというやつだ。アイダが穂刈りだと思っていたということは、この世界では麦は穂刈りするものなのかもしれない。

そういえば、街の周りで見た麦畑の麦の背は随分と高かったように思う。


アイダが手伝いに来てくれたおかげで、稲刈りのスピードは倍になった。アイダが刈り俺が縛る。逆でもいいのだろうが、ザックザック刈り取っていくアイダの姿がなんだか楽しそうに見えて、声を掛ける機会を逃してしまった。


もう一列刈り取り、休憩を兼ねて朝食を摂るために家に戻る。

台所ではアリシアとイザベルがゴソゴソと何かやっていた。


◇◇◇


「だから!ここに魔法式が書いてあるんだから、この中心にお鍋を置いて魔力を込めればいいんだって!」


「やってるよ!?でも全然発動しないんだもん!」


何をやってるんだ……


「2人ともどうした?」


「あ!お兄ちゃんおかえり!」


「おかえりなさいカズヤさん。お湯を沸かしたいんですけど、どうも上手くいかなくって……」


「やっぱりあれじゃん?お兄ちゃんみたいにめっちゃ魔力量が多くないと使えない魔道具なんじゃない?」


魔力量が少ない人でも使えるようにと開発された魔道具なのに、魔力量が多くないと使えないのでは意味がないのではなかろうか……


台所に置かれたまな板の上には、収納していたらしき何かの肉がぶつ切りにされている。米の入った袋も置いてあるところをみると、朝食の準備をしてくれていたようだ。


「それは魔道具じゃなくて、IHクッキングヒーターという機械だ。魔力を流すんじゃなくて、そこのスイッチ……それじゃない、その少し膨らんだ所を押してみろ」


アリシアが電源ボタンを押すと、ピッと音がする。

その瞬間、アリシアとイザベルがビクッと背筋を伸ばす。

電子音など聞き慣れているはずもない。ただ洗濯機は何度か回したのだから、風呂場にも聞こえていたはずなのだが……


「え…何ですか今の!」


「まあ気にするな。そういう音にいちいち驚いていたら、この家では暮らせないぞ?」


「ふぁい……」


耳があったらぺたんと倒すんだろうなあ……


「水を張った鍋を乗せて、隣の膨らんだ黄色い部分を押してみろ」


「ここだね!えいっ!」


イザベルが思い切りよく加熱ボタンを押す。

ピッと音がして、鍋の周りを赤いLEDライトがぐるりと点灯した。


「おお!すっげえ!!私にも使える魔道具だった!」


「だから魔道具じゃなくてだな…まあ火傷には注意してくれ。朝食の準備は任せていいか?」


「もちろん!お兄ちゃん達はゆっくりしてて!」


「もう!イザベルちゃんは味見役でしょ!食事の支度はお任せくださいカズヤさん!」


アリシアの料理の腕は間違いないし、イザベルの勘も悪くない。そう変なモノはできないだろう。ここは任せて一休みしよう。


◇◇◇


アリシアが用意してくれた朝食は、ウサギ肉入りの粥だった。畑から採ってきたらしいネギも散らしてある。


「ねえねえ、やっぱりこの家ごと引っ越しできないの?」


朝食の話題は新居の話になった。


「う〜ん……あの森にある家でも十分だと思うけど?」


「でもさあ?お風呂ないじゃん?今さら水浴びとか嫌だよ?」


「う……確かに……カズヤ殿、何とかならないでしょうか……」


やはり女の子にとってはお風呂は死活問題のようだ。

そもそも俺は森にある“あの家”とやらを見た事もないのだから、コメントのしようもないのだが。


「あの!森の家とこの家を行き来すればいいんじゃないかな?カズヤさんの移動魔法を使えば、例えば森の家の裏口を開ければこの家の裏口に繋がってるなんて事ができるんじゃない?」


「あ!それいい!!でも、その度にお兄ちゃん呼ばなきゃいけないよ?」


「そこはカズヤさんに魔道具を作ってもらえばいいんじゃない?ダメですか?」


「ダメ??」


「ダメだろうか?」


3人の娘が食器とスプーンを持ったまま顔を寄せてくる。湯気の立つ器から粥が溢れそうになっているのが怖い。


「要は扉ごと魔道具にしてしまえばいいのか?」


「そうです!何だか古いお城にある地下室の宝物庫みたいでカッコいいじゃないですか!」


「私達だけしか開けられないようにしといてさ!合言葉を言わなきゃ発動しないの。“汝、この扉を通りたくば、誓いの言葉を述べよ!”とか何とか扉が喋ったら面白くない!?」


どうやらイザベルの厨二心に火を点けたらしい。いや、そもそもが中二ぐらいの年代なのだ。


「まあ、そんな機能が付与できるかはわからないが、やってみる価値はあるか。お前達がさっさと食事を済ませて、稲刈りの手伝いに来てくれたらな」


「わかった!お兄ちゃんの気が変わらないうちに、さっさと済ませるよ!」


「ほら!アイダちゃんも!急いで食べて!!」


「やれやれ……あまり急ぐと火傷するぞ?」


◇◇◇


猛然と稲刈りを始めたイザベルとアリシアのおかげで、その日のうちに稲刈りは終わった。


途中で鎌で刈り取る作業に飽きたイザベルが、風魔法で刈り取ろうとして稲の束を吹き飛ばしたりもしたが、アイダにしこたま怒られていたから特に何も言わないでおこう。

発想としては間違っていないのだ。刈り取りだけでなく搬送もできたりすれば、精度と周囲の状況次第では画期的な刈り入れ方法になるかもしれない。


稲刈りが終わる頃には辺りも日が暮れていたから、今夜も家に泊まることにした。


娘達が風呂に入っているうちに、米を炊きながら約束の“ほうとう”を作る。

あご出汁に冷凍のカボチャとサツマイモ、玉ねぎにウサギ肉、冷凍うどんを加えて味噌仕立てにしてみた。

本場の麺など手に入るはずもないが、強力粉が手に入ったら麺から打ってもいいかもしれない。

米は5合炊いたが、余るようならお握りにして収納しておけばいい。そうすれば、いつでも炊きたてお握りが食べられる。


◇◇◇


「これは……fidaws?」


麺を器用に一本だけフォークに巻きつけながら、アリシアが呟く。


「フィダーウシュ?なんだそれは?」


「えっと…小麦粉を練って伸ばして切ってから乾燥させた保存食です。食べる時には茹でてから炒めるか、そのままスープに入れますけど、こんなには長くないです」


「そうだよね!せいぜい親指半分ぐらいの長さだよね!」


パスタのような食べ方をするようだが、刀削麺やマカロニの類いかもしれない。


「ちょっと食べにくいけど、このスープは好き!」


「アリシアやイザベルもカズヤ殿のように啜って食べればいいのでは?」


「え…無理……さっきやってみたけど、めっちゃ咳しそうになったもん……それに熱いし……」


アイダは麺を啜ったり、ある程度熱い食べ物も平気そうだが、日本人の感覚で作った汁物などは、十分に冷まさないとイザベルは受け付けない。猫舌なのかと思っていたが、どうやら個人差というよりも生まれ育った環境によるもののようだ。

一方でイザベルがあっさりとマスターした箸使いは、アリシアやアイダは苦手に思える。

食文化の違いというのは、味覚云々の前に温度や食器でも表れるものらしい。


何はともあれ、味噌仕立ての煮込みうどんは気に入ってくれたようだから、今後のレパートリーには味噌汁が増えるかもしれない。

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[一言] スプーンも渡せばうまいこと食べそうな予感
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