56.校長先生を紹介される(5月15日)
「はい!入口に到着です!カズヤさんこっちですよ!」
養成所の入口はちょうど建物の中央部にある横5メートル×高さ3メートルほどの開口部だった。
上部には庇がせり出し、エントランスポーチのようになっている。
要は小学校の昇降口のようなものだ。
入口の両サイドには三脚の篝火が置かれている。これは魔法ではなく実際に薪をくべて燃やす篝火のようだ。
入口にドアのようなものはなく、アリシアとイザベルに手を引かれて、建物の中に入る。
入口から入ってすぐ右手にあるドアをアリシアがノックする。
中から出てきたのは、スキンヘッドが特徴的な壮年の男性だった。
俺自身も日本人の平均身長を上回る180センチ近い体躯だが、この男性はそれよりも少し背が高いようだ。
そして身体の幅と厚みは倍近くはある。
その大きな身体の傍らには、小柄な女性。雰囲気的には40代半ばといったところだろうか。
「寮監殿!寮母殿!イトー カズヤさんをお連れしました!」
アリシアが敬礼でもしそうな勢いで二人に報告する。
アイダとイザベルも背筋をピンと伸ばしている。アイダはともかく、あのイザベルが、連絡所所長や衛兵隊長の前で居眠りをしていたイザベルがである。
この二人が件の寮監と寮母さんらしい。
「ふむ。お主がそうか。うちの若いのが世話になったな」
「イトー カズヤであります。行掛りとはいえ、無事にこの者達をお連れできた事、光栄です」
「ふむ……若いのに受け答えがしっかりしておる。その服……どこぞの軍人か?」
「あなた。各地からの報告書に書いてあったでしょう?カズヤさんは捕らわれたこの子達を助け、その後も訪れた街で魔物を撃退した。それだけで十分ではありませんか。余計な詮索は失礼ですよ」
寮母さんが寮監を窘める。
「カズヤさん。この子達を、そしてナバテヘラの民を護っていただきありがとうございました。あの街には私達の縁者も暮らしております。改めて感謝を。ほら、あなたも」
寮母さんが寮監の頭を後ろから押さえながら、深く腰を折って頭を下げる。
その光景をアリシア達がポカンとした顔で見ている。
「いえ……死者は出なかったとはいえ、怪我人は多数出ました。その怪我人を治療したのはアリシアの功績です。それにアイダとイザベルも多数の魔物を撃退しました。どうかそのお言葉はこの子達に」
「そうね。あなた達もありがとう。昨日は言いそびれてしまったから、ごめんなさいね」
寮母さんの言葉を聞いたアリシア達が、改めて背筋を伸ばす。
「私達は私達ができることをやったまでです!」
アイダの返事に寮母さんははっきりと笑った。
「あらあら。あなた達までそんな返事をするの?いったい誰の教育の結果かしら……ねえ、あなた」
「いや……儂は悪くないぞ……」
寮母さんの右手が寮監さんの腰の辺りに後ろから伸びている。ありゃ思いっきり抓られているな。
「それはさておき、いつまで恩人達をこんな所に置いておくつもり?早くサラの所に案内してあげたら?」
「そうだな……お前達、ついてこい」
寮監さんに連れられ、宿舎の奥に進む。石造りの建物ではあるが、内装は木に覆われ柔らかな雰囲気になっている。
入口から入って突き当りから左右に廊下が伸び、廊下の外側には部屋状の設備があるようだ。
寮監さんは突き当りを右に曲がり、少し先で左に折れて中庭に出る。
中庭から見る建物は、各所に外開きの窓がついた重厚な壁だ。頭上に覗く青い空がやけに眩しく感じるほど、壁は高く重々しい。一方で中庭には木や花壇が配置され、明るい雰囲気となっている。
「カズヤさんは養成所を見るのは初めてかしら?」
きょろきょろと辺りを見回す俺に、寮母さんが話しかけてくれた。
「はい。立ち入るのも見るのも初めてです」
「そう。養成所、正確には王立アルカンダラ魔物狩人養成所ですが、王立といっても原則として王からも騎士団からも独立しています。貴族や平民といった区別もここでは関係ありません。簡単に学校と呼ぶこともありますし、訓練生のことを学生と呼ぶこともあります。今からご紹介する養成所長も“校長”と呼ぶことも多いですね。特にサラは校長と呼ばれるほうが嬉しいようです」
「なるほど……学校と言うには人の気配が少ないようですが……」
そうなのだ。今は午前8時頃だろう。俺の経験では中学生の朝は早かったように思う。この気配の無さはどういうことだろうか。
「三年次と二年次の有志は任務に就いておるし、一年次と二年次の大半はMartesの日の早朝訓練に行っておる。残っているのは体調不良者ぐらいだからの」
マルテスの日?お祭りか何かだろうか。
「なあアリシア。マルテスの日って何だ?」
「え……えっと……七日間で一週間なのはわかりますか?」
「おう。それは大丈夫だ」
「一週間を七日間に分けて、始まりがLunes、次がMartes、Miercoles、Jueves、Viernes、Sabado、Domingoと呼びます。この内、SabadoとDomingoの日は学校もお休みです」
つまり、ルネスが月曜日、マルテスが火曜日、ミエルコレスが水曜日、フエベスが木曜日、ビエルネスが金曜日、サバドが土曜日、ドミンゴが日曜日ということか。
「毎週火曜日と木曜日は日の出前に起きて訓練なんだよ。水曜日と金曜日は朝はゆっくりできるけど、逆に夜中に召集が掛かることが多いの。まったくやれやれだよ!」
おい。さっきのマルテスやらサバドといった言い方はどこに行った。あるいは固有名詞以外は俺の知っている言葉に変換されているのだろうか。
そういえばアリシア達が話している時の唇の動きと、俺の耳に聞こえる音がずれている時がある。最近はあまり気にならなくなっていたが、アリシアに出会った直後は違和感があった。
まさかこれが俺の固有魔法とかじゃないよな。
“知らない言語を話せる魔法”便利は便利だが、あまりにも実用的過ぎる。せっかく固有魔法などと厨二心をくすぐる魔法があるなら、もう少し夢のある魔法であって欲しい。
そんなことを考えながら寮母さんの話を聞いているうちに、俺達は中庭を突っ切り建物の中に戻っていた。
重厚な扉の前で寮監が立ち止まる。
「儂だ。件の学生達を連れてきた。入るぞ!」
ノックもせずに寮監が扉を開ける。
奥の机の向こうに座っていたのは、銀色の長い髪に片眼鏡を掛けた女性だった。ハイネックの裾の長いブラウスの色は紺色で、袖はゆったりとしている。うん。某アルプスの少女に出てくる家庭教師さんを美人にした感じだ。
「まあ!アリシア!アイダ!イザベル!よく無事に帰ってきてくれました!どうぞお入りなさい!」
「先生!!」
アリシア達が室内に駆け込み、女性に抱きつく。
どうやらこの女性が養成所長のサラ マルティネスのようだ。確かにスー村のカルネおばさんと同世代にも見えるが、こちらの女性の方が圧倒的に美人だ。
「あなた達の帰りが遅いとカルネから報告があった時には寿命が縮む思いでした。その後の続報であなた達の活躍を聞くたびに、同名の別人かもしれないと何度も読み返していたほどです」
「先生……ごめんなさい……」
アリシアの声が涙ぐんでいる。
「謝ることではありません。確かにアマド、クレト、レオンは残念でしたが、それよりも無事な者がいたことのほうが嬉しいのです」
イザベルがはっきりと泣き出した。
「ほらほら、泣かないの。それよりも私に届けるべき物があるのではないの?それにこちらの男性を私達にも紹介してくださいな」
校長先生の言葉にアリシアとアイダが顔を上げる。
「そうでした……3人の遺品になってしまった武器をお返しします。それと私達の命の恩人をご紹介します」
「はい。じゃあ、そちらの机を使いましょう。他の先生達も呼びますし、お客様にはお茶ぐらい出さなければね。その間にイザベルはちゃんと泣き止みなさい」
校長先生が指し示したのは、部屋の入り口側にある会議セットだった。
長方形のテーブルを囲むように、椅子が置かれている。
「バルトロメ、モンロイとカミラを呼んでください。ダナさんはお茶の準備をお願いしますね」
校長先生の指示で、寮監と寮母さんが部屋を出て行く。
寮監の名前がバルトロメ、寮母さんがダナというようだ。
俺達は校長先生に促されるままに、椅子に着席する。
結局イザベルが落ち着くまでに5分ほど掛かった。





