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51.アルマンソラにて(5月13日)

アルマンソラは緑豊かな森に囲まれた、平地の街だった。

川沿いに大きく森を切り開き、街が形成されている。

当然、家々は全て木造で三角形の屋根、二階建てか三階建ての建物が多い。路面の舗装にも焼いた木の板が使われている。


「ここアルマンソラは、更に上流のアルカンダラと河口のオンダロアを結ぶちょうど中間地点に作られた街です。アルカンダラまでは平底船で河を上るか、森の中の街道を進む陸路か、どちらでもおよそ1日の距離です。まあ平底船は河を下るのにはいいですが、上るのには骨が折れます。お勧めは陸路ですな」


船上ではすっかり空気と化していたエンリケスさんの解説を聞きながら、とりあえず連絡所へと向かう。


「ねえねえアイダちゃん。エンリケスさんってさっきまでどこにいたの?」


「さあ?船室にでも閉じ籠ってた?」


「あの船って船室なんてあったっけ?船尾側にもちょっとした甲板っぽいのはあったけど……」


「お二人とも聞こえてますよ。私達商人は出しゃばる必要の無い時は目立たないようにするよう心得ているのです。出る杭は打たれるものですからな!」


「そうなんですね……商人さんってのも大変ですね」


「目立たないようにって私には無理かも」


「イザベルちゃんだってクロエ先生の歴史の授業の時は、完全に気配を断つじゃない」


「あれは!だって私は今と未来を生きる女だからね!!」


「はいはい。イザベルあんまりムキになると転ぶよ?」


それにしてもこの娘達は何かにつけて3人でじゃれる様に話している。よく飽きない物だ。


「いやあ、お嬢さん方を見ていると、こちらまで楽しくなってきますな。この街でお別れかと思うと、名残惜しいものです」


そうだった。エンリケスさんと同行するのは、ここアルマンソラまでだ。

エンリケスさんは報告を済ませれば荷物を積んでナバテヘラへ引き返すのだろう。


◇◇◇


「さて、連絡所に到着です。まずは報告を済ませて、それから宿を取りましょう。もし可能なら明日アルカンダラへ向かう仲間の隊商がいれば紹介しておきたいですな」


エンリケスさんが指し示したのは、大きな木が両側に並ぶ建物だった。この細い葉はオリーブの木のようだ。

オンダロアの連絡所とは対照的に、表にはテラス席のような場所があり、どこか西部劇の酒場を思わせる開放的な造りになっている。

連絡所の中も半分は酒場のようで、まだ明るいうちから一杯引っ掛けてる様子の老人が声を掛けてきた。


「ようエンリケス!景気はどうだ?川下るだけの楽な護衛の仕事なら、1週間分の酒代で引き受けるぜ!」


「おいおいアーロン爺さん。あんたの1週間分の酒代って幾らだよ。金貨1枚じゃ足りないだろう」


「そんなことねえよ!銀貨5枚ってとこだ。いいだろう?」


アーロンと呼ばれた爺さんは、木製のジョッキを抱えて上機嫌だ。


「まったく…アドラさん。あんまり爺さんに酒を出さんでやってくれ」


アドラさんとはカウンターにいるお姉さんの事らしい。見た感じエンリケスさんと同世代の、40代半ばといったところだろうか。


「まあ気をつけてはいるんだけどね。それより、そっちの子達は衛兵達が噂してた学生さん達ね?早馬の報告は受けているわ。2階に上がって頂戴。すぐに衛兵隊長と連絡所長を呼ぶから。それとも宿と隊商の紹介をしたほうがいいかしら?」


やはり俺達の到着よりも衛兵隊からの早馬の方が早かったらしい。だったら早馬だけでいいのではないかとも思うのだが、情報を複数のルートで届ける事に意味があるのかもしれない。


「待つぐらいなら先に手続きだけ済ませておきましょう。明日の朝立つアルカンダラ行きの護衛任務はあるかい?出来れば報酬が高い方がありがたい」


「そうね……最近は魔物の目撃情報も無いから、余り報酬には期待しないほうがいいわ。これなんかどうかしら。アルカンダラに向かう荷馬車の護衛任務。金貨1枚だけど、いざ戦闘になったら金貨2枚の上乗せ。荷主はホセ ルイス。エンリケスなら荷主のこと良く知ってるんじゃない?」


「あのルイスか!あの男はケチで偏屈だが、無理はしない男だ。カズヤ殿。商売仲間で主に葡萄酒や油といった液物を扱っている男なのですが、こと商売に関して言えば一度も納期を破ったことのない男です。いかがでしょう?」


「俺達は護衛で儲けたいわけではありません。道案内をしていただければといった感じなので、報酬は安くても構わないですよ。なあみんな?」


「はい。エンリケスさんの知り合いなら大丈夫です」


アイダの言葉にアリシアもイザベルも頷いている。


「では決まりですね。先方には私から連絡しておきます。集合場所はここで、待ち合わせ時間は午前8時でお願いします。次は宿ね。といっても、宿は2つしかないから、とりあえずオリボス亭にしたらいいと思うわ。名物はペルカの香草揚げとアヒージョね」


「ご飯が美味しい所がいいです!」


料理の話が出た瞬間、イザベルが反応した。


「そうでしょう?若いんだからいっぱい食べなきゃね!部屋は2部屋?それとも1部屋かしら?」


「1部屋でお願いします!」


「あら。そっちの白髪の子が決めちゃっていいの?まあ宿代を浮かせるために同室にするのは珍しくもないけれど。じゃあ1部屋で連絡しておくわ。そろそろ応接室で待っていて頂戴。こっちよ」


◇◇◇


アドラさんに案内され応接室に通されると、すぐに衛兵隊長さんと連絡所長さんが入ってきた。


ここからはほとんどオンダロアで報告したのと同じ内容だ。違ったのはバボーサについてもティボラーンについても、あまり関心がなかったことぐらいだ。


「水棲種の魔物は、ここアルマンソラではほとんど目撃されていないのでな。大鬼に率いられた小鬼の大群が襲ってきたとか、lagartoやarañaが攻めてきたとかならば一大事なのだが」


所長さんの言葉に聞き慣れない単語が混じる。


「なあ、ラガルトとかアラーナってどんな魔物だ?」


隣に座るアリシアに小声で聞く。


「ラガルトはトカゲです。ただのトカゲではなく、人と同じぐらいの大きさで、知性があります。アラーナは半人半魔の蜘蛛です。両方とも武器を使いこなし、上位種になると魔法も使います。数によっては大鬼よりも恐ろしい魔物です」


要するにリザードマンとアラクネか。ゴブリンやオーガならまだしも、リザードマンの大群などならよっぽど怖いかもしれない。アラクネは何か本能的な恐怖を感じる。


「まったくですな。最近はアラーナの目撃情報も落ち着いていたのですが。やはり大襲撃の前触れなのでしょうか?」


そう言って腕組みのまま天井を見上げたのは、衛兵隊長さんだ。レンドイロと名乗っていた。


「それにしては妙だ。大襲撃の前触れであれば、半島の東側、カディスやガルチェといった港町から報告が上がってきそうなものだが、今のところそのような報告は無い。まあこれは報告が無いだけなのやもしれぬがな」


「報告がない?そんな事が有り得るでしょうか?」


「例えばだ。早馬を出す間も無く街が壊滅する可能性もあるやも知れぬ。田舎の港町ゆえ、さほど人口も多くなければ衛兵の数も少ない。狩人が北の国境線から引き揚げて来なければ、街の防衛も覚束ないだろうて。もっともナバテヘラやアステドーラでも同じ状況だろうがな」


「ふむ……どうも愚痴っぽくなってしまいますな。さて、所長殿は他に聞きたい事はありませんか?無いようならば、若者達は解放してあげた方が良いかと。そちらのお嬢さん達は退屈されているようです」


確かに。イザベルの頭がゆっくりと動いているし、アリシアも目がぼんやりとしている。大人達の話はつまらないのだろう。


「そうですな!では私達はこれにて失礼させていただきます」


エンリケスさんも助け船を出してくれたので、ご好意に甘えて退出させてもらう。


◇◇◇


アドラさんに紹介されたオリボス亭の料理は確かに美味かった。白身魚のフライに野菜のあんかけ、川エビとキノコのアヒージョはニンニクが効いていて食が進む。ニンニクか……種か皮付きのものが手に入ったら育ててもいいだろう。


そういえば数日間家に帰っていない。前回帰った時には魔物が侵入したような形跡はなかったが、いつまでも安心というわけでもないだろう。

それに自宅前に出現していた田んぼに生えている稲の成長具合も気になる。

稲作の経験はないが、割とタイムリーに収穫しないと収量が落ちたり、割れた米が多くなったりしたはずなのだ。


「イネカリ?麦刈りみたいなものですか?だったら私達は実習を受けていますから、お手伝いできると思います。ただ、“いつやるか”ですよね。明日はもうアルカンダラに向けて出発しますし、アルカンダラに着いてしまうと報告とかでバタバタするような気もします」


夕食後に部屋に引き上げてきてから、アリシアやアイダに相談する。イザベルはとっくにベッドで大の字になっている。


「そうなんだよなあ。まあ俺1人でも時間さえかければ何とかなるだろうし、手伝ってもらうのは時間の都合がつけばだろうな」


「私達は送ってもらっているのに、なんだか申し訳ないです。今のところ恩返しの方法が見つかっていません」


アイダが本当に申し訳なさそうに目を伏せている。


「いや、こちらこそ貴重な体験をさせてもらっているからな。気にしないでくれ。それより、アルカンダラに着いたら3人はどうするんだ?最初に養成所に行くのか??」


「そう…ですね。まずは宿舎に行って寮母さんに挨拶して、制服に着替えてから養成所に向かう感じです。アルカンダラに着く時間によっては、養成所に行くのは翌朝になると思います」


どうやら制服なるものがあるらしい。衛兵隊や駐屯軍も揃いの鎖帷子などを着用していたから、養成所にも揃いの服があるのだろう。


「あの!前から聞かなきゃと思ってたのですが……」


何やらアリシアが覚悟を決めたような顔で話し始めた。


「カズヤさんはこの後どうするおつもりですか?あの日、私達のお願いを聞いてもらう形でこんな所まで付いてきていただきましたが、その旅ももうじき終わりです。アルカンダラに着いたら、カズヤさんはどうなさるおつもりなのでしょうか」


それな。時折眠れずに考えていたのだが、今に至るまで結論らしきものが出ていないのだ。


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