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49.オンダロアにて(5月12日)

オンダロアに入港したのは、ナバテヘラを出ておよそ5時間後、14時を回った頃だった。

海上から眺めるオンダロアの街並みは、石造りのまさしく城塞都市であった。

ナバテヘラの街並みは全体的に漆喰の白さが目立ったが、オンダロアは赤茶色や黒っぽい色が目立つ。

街の後方には切り立った岩山がそびえ立ち、川の河口を挟んだ反対側は湿地帯が広がっているようだ。


ビクトリア号とパトリシア号は波止場の少し沖で停止し、波止場から向かってきた手漕ぎボートに引かれて静かに着岸した。



近寄ってきたアマンシオさんが右手を差し出した。


「俺達とビクトリア号はここまでだ。次の街アルマンソラまでは、一回り小さな船に乗り換えてアンダルクス川を遡って向かってもらう。ビクトリア号の喫水の深さでは、途中で浅瀬に乗り上げてしまうからな」


「そういうことですか。わかりました。短い間でしたが、ありがとうございました」


そう言いながら、アマンシオさんの右手を握り返す。


「感謝をするのはこっちの方だがな。お嬢さん方もお元気で。この物知らずの旦那を助けてやってくれよ!」


「そんな旦那様だなんて……」


はいはい。アリシアもアイダもモジモジしない。



「カズヤ殿!まずは連絡所にご案内いたします!獲物の利益分配についての証文も作らねばなりません。急ぎませんと宿が無くなってしまいますぞ!」


一足先に桟橋を降りたエンリケスさんが大声で俺達を呼ぶ。


「ほら!荷捌きの邪魔になる。行った行った!」


アマンシオさんに促され、俺達はビクトリア号を後にした。

まだ鎮静魔法の効果が切れていないイザベルは、俺の背中で眠ったままだ。


波止場から振り返ると、ビクトリア号とパトリシア号の皆が総出で手を振ってくれていた。



エンリケスさんに連れられて、オンダロアの波止場から市街地へと向かう。

波止場と市街地を区切るように、高さ5メートルを超す石の壁が築かれている。

壁の厚さは2メートルほど。上部に銃眼のような穴がいくつも開いている。

壁に開かれた大きな門を通ると、オンダロアの市街地が見えた。


後方にそそり立つ岩山に張り付くように、上方へと延びる街並みに圧倒される。


「絶景でしょう。ここオンダロアは、およそ300年ほど前に魔導師マヌエル デ カステリーリャ様が、その生涯を掛けて礎を築かれたものです。当時のオンダロアは、河口に張り付くようにして暮らす貧しい漁村だったと伝えられています。この地をカサドールとして訪れた導師は、土魔法を使って岩山から石材を切り出し、頑丈な家と水が溜まらない道、高波にも負けない波止場を築かれました。そのおかげで、オンダロアはルシタニア有数の港として、そしてアルカンダラへの海からの玄関口として、今の繁栄を得たのです」


道すがらエンリケスさんの解説を聞く。足元も家々の壁も石材と木の組み合わせで出来ている。屋根は瓦葺のようだ。


「カステリーリャ導師の残された石材や煉瓦は、300年経った今でも並ぶ物が無い逸品です。ほら、剃刀の刃も入らないぐらい緻密に組み合わされているでしょう?この加工精度こそが、抜群の耐久性を持つ所以です」


「そうなんだ!じゃあ街を大きくする時は大変だね。導師が残された石材って限りがあるんでしょう?その材料を再現できないと、どこかに脆いところができちゃうんじゃないですか?」


イザベルの素朴な質問が意外と鋭い。

石材の生産なら、遥か昔のそれこそ文明が発祥した時代から行われていたはずだ。ピラミッド然り、万里の長城然り、日本でも城の石垣などは全て手作業で積み上げられ数百年の時を経ている。


「いやあ、お嬢さんには参りましたな。実はそのとおりなんです。なので、ほら、この壁で言えば基礎石の部分にだけ導師が加工された石材を使ったりして、節約しているのですよ。今でも定期的に競技会を開いて、新たな土魔法の使い手を探す試みは行われているのですが、なかなかそう上手くは見つからないようですな」


「競技会?なんだか面白そう!お兄ちゃんも参加してみる?」


イザベルが悪戯っ子な笑顔で俺を見る。


「今はそんな場合じゃないだろう。ですが、石切りなら矢穴を開けて楔を打ち込めば割れるのでは?割った石の断面を擦り落とせば、平面は出ると思うのですが……」


「そうですなあ。彫刻師や封印用の印章を作る職人はそういったやり方をするようですが、建材用の石工はそんな悠長なことはやりませんな」


悠長か。日常的に魔物に怯え、70年から80年周期で魔物の大襲撃があるような世界では、悠長に石材を切り出して石壁を作ったりしてはいられないのかもしれない。



「さて、こちらが連絡所です。まずは皆さんをご紹介して、バボーサとティボラーンの件の報告、ティボラーン解体に伴う証文の作成、宿の手配を済ませてしまいましょう」


エンリケスが立ち止まった建物は、石造りの3階建。屋根はドーム状で3階には大きなバルコニーがある。

1階部分には入口の他に開口部が無い造りは、やはり城塞の一角を思わせる。


木製のドアを開けると、内部は木の内張が施され暖かみのある灯りに照らされていた。

壁に取り付けられている掲示板のような場所には、羊皮紙や木札に書かれた依頼内容がびっしりと貼られている。


「えっと……小鬼討伐。報酬は出来高払いで1体銀貨1枚。証明部位は耳」


「こっちは大鬼で金貨3枚。証明部位はこちらも耳。カズヤさん。耳だけ回収しておけばよかったですね」


「マンティコレは……ないか。一角オオカミは皮と角の採取依頼が出ている」


ここ1週間ほど空き時間にアイダから読み書きを教わっていたお陰で、名詞ぐらいは読めるようにはなっていた。さすがに文章になると未だ無理だ。


予め話が通っていたのだろう。すぐに2階の応接室らしき部屋に案内される。


応接室では、所長さんらしき男性が1人と軍装の男女が1名ずつ、そして事務のお姉さんらしき女性が1名の合計4名がソファーに座っていた。


「オンダロアへようこそ。所長のミラモンテスです。こちらはオンダロア駐屯軍隊長のモンタルボと、衛兵隊長のミランダ。そして書士のイバルラです」


「ナバテヘラから参りました。商人のエンリケスと申します。こちらは魔物狩人カサドールのアイダ殿、アリシア殿、イザベル殿、そしてカズヤ殿です」


「ほう……ナバテヘラを魔物の襲撃から救った英雄と聞いていたが……ずいぶん若いな。儂の息子より若く見える」


「まあまあ。ことカサドールの実力は見た目では計り知れないこと、モンタルボ殿も幾多の実戦でご経験されているのでは?それより私は衛兵隊長として皆さんからの報告にこそ興味があります。まずはお座りください。そしてナバテヘラについての報告を聞きましょう」



報告はアイダとエンリケスさんに任せ、俺は聞かれた事に答えるだけに徹した。

アルマンソラ船長も言っていたとおり、俺にはこの世界の知識も常識もほとんどない。あまり出しゃばって、アリシア達をアルカンダラに送り届けるという目的を果たせなくなるのはまずい。


「では、ナバテヘラを襲撃したバボーサは、海にいるあのバボーサの巨大化したものだと。そしてアステドーラからたまたま来ていたカサドールの数名の指揮の下、ナバテヘラの衛兵隊がバボーサを駆逐した……ということですか……魔物への恐怖よりも先に悍ましさを感じますね」


衛兵隊長のミランダさんが天井を見上げて溜息をつく。


「バボーサ……あの庭先の石の下にいるナメクジが海で少しばかり大きくなった奴だろう。それが人を喰らうような大きさになるというのか……それで、バリスタを使えば倒せるのだな?」


駐屯軍の隊長さんはナメクジは平気なようだ。


「はい。奴らは動きも遅く、素早く動く触手も体長と同程度までしか伸びないようです。ですから離れた場所から攻撃すれば、こちらには被害が出にくいかと。ただ、追い込むとネバネバする毒液を辺りにまき散らしますので、それには注意が必要です」


「よくわかった。幸いここオンダロアにはバリスタや投石機などの防衛兵器は揃っておる。ただの矢では粘膜に阻まれるというならば、スリング部隊による投擲ならば効果があるやもしれん。それとだ。ナバテヘラからオンダロアへの海路で遭遇したティボラーンだが、特にカラレオナにとってはこちらのほうが脅威ではないのか?海上輸送路が絶たれると、あの街は孤立してしまうぞ」


「はい。我々商人もその懸念を有しております。仲間のうちの一人が急報を携えて明日の朝立つ予定ですが、可能なら駐屯軍から護衛のための船を出していただければと。カラレオナを立つ船にはカラレオナからの護衛を付けるよう、先方の隊長さん宛ての書状も頂ければと思います」


「承知した。バリスタ6基を搭載した船を用意させよう。商人の組合にも申し入れる必要があるが、単船での航海は控えられたほうがいいでしょうな」


「了解しました。この後、組合にも報告に参りますので、間違いなく伝えます」


「報告は以上ですかな?では、航路で狩ったというティボラーンの利益分配についての話ですが、ここからは書士のイバルラに任せた方が良さそうですな。私達は退出しましょう」


「そうだな。ミランダもティボラーンの水揚げに興味があるだろう?」


「大きなサメでしたっけ?ティボラーンそのものよりも、革から作られた防水性の高い鎧のほうが気になりますね」


そんなことを言いながら、ミラモンテス所長がモンタルボさんとミランダさんを促して部屋を出て行った。


残されたのは俺達5人とイバルラと呼ばれた女性。イバルラさんは紺色のチュニックに眼鏡、長い黒髪で見た感じ20代後半といったところか。


「では、始めさせていただきます。先ほど紹介に預かりましたイバルラです。証文の作成ということですが、利益の分配はどのように決めますか?」


実はこの辺りの詳細は既に詰め終わっている。

ティボラーン2匹から得られた売り上げのうち、1割づつを曳航と水揚げの手間賃としてそれぞれの船長に、1割づつを解体の必要経費と売買手数料としてエンリケスさんとサルダニャさんが取る。更に1割は売上金の透明性を担保し俺達の取り分を保管しておいてもらう手数料として、オンダロアの連絡所に収める。残りの5割が俺達の取り分だ。


「えっと……20メートル級のティボラーンが2匹ですよね?連絡所が1割も取ってよろしいのですか?」


「ええ。構いません。何せ今回は大物ですから、後味の悪い結果にならないように最大限の配慮をする必要があります。商人の組合に入ってもらってもいいのですが、透明性の確保という点では残念ながら劣りますから。その点、連絡所ならカサドール側に傾くことはあっても商人側に付くことはないでしょう」


「ははは……カズヤ殿は厳しいですな。ですがその通りです。私達商人は組合を通して売買をします。その過程で手間賃は抜かれますから、結局は組合の二重取りになってしまいますからな。ここは連絡所に入ってもらった方がいいのです」


「なるほど……ご納得いただいているのであれば、当方には異存はありません。過去の記録によれば、15メートル級のティボラーン1匹の売り上げ金が金貨1500枚ほどだったようです。今回は20メートル級が2匹ですから……合計4000枚程度になると思われます」


「その内の5割が私達のもの……って!!金貨2000枚!?」


アリシアとイザベルが手を取り合って喜んでいる。


「4人で割ったら一人500枚!って……あれ?4人で割っていいの?私達自身って、特に何もしてなくない?」


「イザベルの言うとおりだ。私達が取り分を主張するのは烏滸がましいかもしれない」


アイダの言葉に、アリシアとイザベルがシュンとなる。


「何を言っている。ティボラーン3匹を狩れたのは、ここにいる4人全員の成果だろう。胸を張って受け取れ」


「いいの!?やった!!じゃあこのお金でアルカンダラにみんなで住むお家を買おう!」


「そうだね!狭い宿舎はもうたくさん!みんなで……って、みんなで?」


「ん?どうしたのアリシアちゃん。みんなで住むのは嫌なの?」


「嫌じゃないけど……カズヤさんも?」


「当たり前じゃん!ってかお兄ちゃん抜きにするなんて、あり得なくない!?ねえ、アイダちゃん!」


「そうだな。私はカズヤ殿に命を救われた身。当然カズヤ殿と共にあるべきだと思う。ただ、私がそう思っているだけで、別に強制するつもりはない。アリシアが別に住むというなら引き留めはしないが」


「だから!そうじゃないって!!大事なのはカズヤさんの気持ちでしょって言いたいの!」


ゴホン


イバルラさんが咳払いした。

一瞬で室内が静かになる。


「まったく……大事なのは今ここがどこかって事だ。お恥ずかしい所をお見せしました。申し訳ない」


「いえいえ。若いっていいですねえ……私もあなた達ぐらいの年頃に、少し年上の男の子に夢中になったことがありました。今となってはいい思い出です」


「そんなに懐かしがるような歳でもないでしょう?まだまだお若いですよ?」


「あら?カズヤ君は私でも全然平気ってことかしら?じゃあ、お姉さんも混ぜてくれる?」


俺の左右に一気にどす黒い塊が出現した。


「ダメです!ってかカズヤさん!そう簡単に女性を口説かないでください!!」


「お兄ちゃんは渡さないからね!」


「カズヤ殿の隣に私の居場所がなくなるのは困ります!」


「ちょっと待って。アイダちゃんが隣で、私がその反対側の隣だったら、イザベルちゃんの居場所がないよ?」


「え?私はお兄ちゃんの背中でいいから平気。歩かなくて済むもん」


お前らなあ……


「あらあら。仲のいい事で。これじゃあお姉さんが入り込む隙間はなさそうね」


「だったら私と如何ですか?今夜にでも……」


空気と化していたエンリケスさんが突然割って入ってくる。


「はあ?あなた妻子持ちでしょう?論外。というかお仕事以外のお付き合いはお断りです」


はあ……何がどうなったらこうなるのやら。

とりあえず受付で宿を紹介してもらって、一息入れよう。



連絡所の外の空は、すっかり暗くなっていた。

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