31.みんなでエアガンの射撃練習をする(5月7日)
「ろけっとすとーぶ?」
初めて聞く単語に、アリシアが首を傾げている。
ロケットストーブとは、本来なら金属管をL字形に組み合わせて、短い方の筒を焚きつけ口に、長い方の筒を煙突にしたものだ。
煙突の周囲を断熱する事で、強い上昇気流を生じさせ、焚きつけ口から新鮮な空気を吸引する事で燃焼温度を上げる。
その結果、単なる焚き火や竃では得られない火力を得る。
その構造を土魔法で再現する。
まずは高さ70センチ×奥行き1メートル×幅1メートルほどに押し固めた盛り土を作り、高さ20センチほどの焚きつけ口と直径20センチほどの煙道を1セットとして3つ並べてくり抜く。
焚きつけ口の奥行きは30センチほどにしたから、ちょうど盛り土の中心線あたりに煙道のてっぺんが口を開けた。
煙道の開口部に五徳状の切り欠きを作れば、ロケットストーブの完成だ。
後は焚きつけ口に数本ずつ薪を入れ、火魔法で着火すれば……
ゴオオオッ
小さな吸引音と共に、薪が勢いよく燃え始めた。
煙道からは薄い煙が混じった熱風が噴き出す。
煙道の開口部に作った五徳に水の入った鍋を乗せ、アイダとイザベルの帰りを待つ。
ん?
振り返ると、何やら呆然としているアリシアの姿があった。
「どうした?そんな狐につままれたような顔をして」
「え?狐??どこですか??」
アリシアが狐の姿を求めてキョロキョロしだした。
「ああ。ごめん。何でもない。んで、どうした?」
「何なんですか?その見たこともない…これって竃ですか?」
あれ。イメージしていたのと違ったか?
「だって竃って、こう……石とかladrilloを積み上げて……」
ラディリオ?手付きからするとレンガだろうか。
「あ!お兄ちゃん達が変なことしてる〜!」
イザベルが両手にキジのような鳥を一羽ずつぶら下げて走ってきた。
「ちょうどお湯が沸いているようだな。では早速捌いてしまうぞ」
アイダが何事もなかったように、キジの解体に入る。
「ちょっと待って!何で2人とも平然としてるの!?これ見てよ!この竃って変だよね!?」
アイダとイザベルがめんどくさそうにアリシアを見る。
「え〜?変って言われれば変わってるなあとは思うけど、お兄ちゃんのやる事だよ?変わってるに決まってるじゃん?今さらねえ?アイダちゃん?」
「そうだな。カズヤ殿が作った物なら、ちゃんと理由がある形なんだろう。見た所たった数本の薪で鍋に湯を沸かしているようだし、火に掛けるところも3つもある。これは調理が捗るぞ」
この2人は理解が早いというよりも、驚くのを諦めたらしい。
「そうだけど……そうだけど!!」
「いいから、アリシアも羽毟り手伝え。カズヤ殿も手隙ならイザベルを手伝ってあげてくれないか?」
3人の手によって、あっという間に二羽のキジが解体されていく。
この3人と一緒でなければ、俺のタンパク源は魚だけということになっていたはずだ。感謝感謝である。
夕食はキジのモモ肉のソテーと、胴体部に香草を詰めて蒸し焼きにした料理となった。
夕食を食べながら、アリシアがエアガンについてアイダとイザベルに説明しはじめた。
「この“びーびーだん”という白い球に魔法を掛けて放っているということか。その軌道を安定させるために風魔法を使うのか」
「そうそう。例えばね」
アリシアが地面に転がっていた石を拾い、何やら呟いて放り投げる。
石が地面にぶつかった瞬間に、石から炎が吹き上がった。
「こういう事なら、別に私でもできるでしょ?それに……」
今度は空中に石の礫を作り、それを真っ直ぐに飛ばした。
「こういう事も出来る」
「まあ普通だね」
「基礎中の基礎だからな」
「でも、石の礫を錬成して、それを飛ばして爆発させたり貫通させたりは出来なかった」
「まあ普通だね」
「それは私にも出来ない。魔法発現までの手数が多過ぎる。それに普通は礫を飛ばすのだって同時に5発が限界だ」
「それを解決したのが、カズヤさんの魔道具なの!あらかじめ魔法を行使しておいた球を使えば、狙いをつけて引き金を引くだけで済むのよ!更には連射も可能!同時に5発何て言わずに、あれ?カズヤさん!何発撃てるんでしたっけ?」
「調子が良ければ1秒間に10発から20発ってところだな」
バッテリーが満充電のハイサイクルの電動エアガンなら実際はもっと上がるのだろうが、残念ながら俺はハイサイクルにさほど魅力を感じてはいなかった。
「1秒って、瞬きする間ぐらいですよね!?どおりで大鬼を一撃で倒したわけだ……」
アイダが腕組みをして感心している。
「でもさあ?さっきアリシアちゃんは1発ずつしか撃ってなかったんでしょ?何で?」
「え?だってカズヤさんがセミオートにしろって」
アリシアよ。それはイザベルの質問への回答になっていないぞ。
「狙いを正確にするためと、無駄を避けるためだ。イザベルだって、3本同時に矢を番えることはしないだろう?」
「う〜ん……やろうと思えばできるけど、あんまり意味はないかなあ。ってか、私の魔力を込めた矢と同じ原理なんだ?それなら私にもエアガンって使える?」
「それを聞きたかったんだ!カズヤ殿。これは私にも使えるのか?」
2人が一斉に詰め寄ってくる。
「使える……んじゃないか?……」
「よし!じゃあ早速!」
腰を浮かしかけたアイダとイザベルを、アリシアが両手で制止する。
「待って!食事の後片付けをしてから!」
『は〜い』
夕食の片付けを終えてから、アイダとイザベルにそれぞれエアガンによる射撃練習を行う。
ちょうど対ゴブリン戦で作った土壁があるから、そのまま標的を描く。
辺りはすっかり日が落ちて真っ暗だが、広場の中心部で焚いている焚き火とアリシアの光魔法のおかげで、練習には支障はない。
タン!タン!タン!
アイダの放つM93Rの発射音が崖に響く。
「うん!命中だね!20メートルぐらいなら全然問題ないみたい!じゃあ次はアイダちゃんの得意な魔法を付与してみて!」
指導役はアリシアに任せてみた。こと戦闘において誰かを指導するなんて経験のないアリシアは張り切っているようだ。
「なあイザベル。さっきアリシアが“得意な魔法”って言ったよな。やっぱり魔法にも得意な魔法と不得意な魔法があるのか?」
「もちろんだよ!私は風魔法が得意だし、アイダちゃんは火魔法が得意だね!」
「じゃあアリシアは?」
「アリシアちゃんはねえ……何でもできるよう?でも防御魔法とか支援魔法ばっかりで、攻撃に使えるような魔法は全然。それで、学校でついたあだ名がお母さん!」
「お母さん?何で??」
「家事に向いていて一家に1人的な?ほら、治癒魔法とか、魔道具が切れても竃に火を付けるぐらいの火魔法とか食器を洗ったり洗濯するのに使う水魔法ぐらいは超得意だから!」
「イ・ザ・ベ・ルちゃん!ちゃんと聞こえてるからね!」
「ほらあ!地獄耳だし!ちょっとイタズラしたらすぐ気付くし!」
なるほど。みんなの纏め役はアイダかと思っていたが、実はアリシアだったのかもしれない。
魔法を付与した状態での射撃はイザベルが余裕で行ったのに対し、アイダが苦戦した。
矢の軌道を安定させたり、鏃に貫通属性を付与するなど、エアガンの魔道具としての使用と同じ事を行なっていたイザベルにとっては、単にエアガンの操作が初めてだったに過ぎない。
だが主に剣による近接戦闘主体のアイダにとっては飛び道具そのものに慣れていないことが大きいのだろう。
そもそも20メートル先の的であれば、まともな調整をしたエアガンであればほとんど軌道を安定させる必要はない。アイダが苦戦したのは、着弾と同時に付与した魔法を発現させるような魔法の付与そのものだった。
「ほらほらあ!ちょっとは“できない子”の気持ちがわかったかねアイダ君!」
アリシアが高笑いしている。
結局アイダは魔力が底を付くまで、アリシアが投げる石ころの軌道を安定させ着弾時に発火させるという練習を繰り返すハメになった。





