248.王との謁見③(1月4日)
「なるほど。オリエンタリス伯はそのように考えていたのだな……」
ロデリック王との謁見は予定を押して長引いている。
ここは王宮の謁見の間ではなく、その隣にある王の控室だ。
同席しているのはルツと王立アルカンダラ魔物狩人養成所所長にして王妹であるサラ校長のみ。謁見というよりも密談が進んでいる。
今話しているのは、辺境伯領をどのように発展させていくかについてだ。
先代のオリエンタリス伯は農業、特に畜産と果樹栽培を奨励していたらしく、農地と家畜のための設備、それに果樹園は残っている。同格の伯爵位を引き継いだのならば、先代の夢を追いかけてもいいのだろう。
だが俺が封じられたのは辺境伯、貴族としての序列は伯爵と同じだが、求められるのは公爵領から割譲された領地も含めた辺境地域一帯の統治である。その領地の面積は並の伯爵領を優に超え、権限も公爵に準じている。
であれば俺達に求められることは何か。
娘達とさんざん話し合った結果、大きな方針は固まった。
1.飢える者を出さない
そのためには農地拡大だけでなく、転作も必要である。
果実と果実から作られた酒や畜産加工品である保存食は良い現金収入にはなるが、“飢えない”ためには食料自給率向上が必須である。そのためにはカロリーベースでの収穫高を追求しなければならない。
第一選択は小麦だが、スー村郊外の自宅と一緒に転移してきた田畑から回収した稲やトウモロコシ、サツマイモやジャガイモは小麦栽培に適さない場所でも収穫できるかもしれない。
このトウモロコシとサツマイモの話を聞いて敏感に反応したのはルツである。主に舌舐めずりするイザベルのせいでもあるのだが、収納している食材を食わせろとねだるのだ。
「これは来年用の種だ」
「ならばさっさと植えるがよい。儂が促成魔法で一気に収穫期まで進めてやる」
などと言い出す始末。
ただ食いしん坊のルツのおかげで、促成魔法なる栽培に特化した魔法があることが判明した。何でも今の世では知られていない、エラム魔法帝国時代の“失われた魔法”の一つらしい。
「促成魔法……もしこの世に広まれば、各国の食糧事情は劇的に改善するだろう」
ロデリック王が高い天井に視線を送りながら呟く。
「ジルバ神を崇める者にとっては、聖水による奇跡に対する冒涜とも思えるでしょうね」
隣の王妹殿下の感想は少し違ったようだ。
「ジルバ神か……西方諸王国にも困ったものだ。既にオスタン公国までも影響に晒されているようだが」
「ええ。彼の国とは緊張状態にありますが、こと貿易に関しては良好な関係を維持しております。我が国からは穀類を中心とした食物を輸出し、代わりに毛織物や鉱石を輸入しています。ですが砂漠地帯を抱えるオスタン公国にとっては、奇跡の水は喉から手が出るほど欲しいでしょうね」
「もし、このまま公国がジルバ教に飲み込まれるとすれば、我が国から穀類を買う必要が無くなると?」
宗教を全面に出した国家間の争い事は厄介だ。何せ損得勘定や理性が意味を為さないのだ。
「それはどうでしょう。ジルバ教の聖職者達が求める対価と、我が国から穀類を調達する費用、その天秤がどちらに傾くかでしょう」
「聖水さえあれば仇敵からの輸入に頼らなくて済む。何であれば“異教徒が作る穀物など口にしてはならん!”などと言って布教するじゃろうな。そしてタルテトスからの輸入が途絶えれば聖水の価格を吊り上げる。儲かるのはジルバ教のみという図式じゃな」
「とすれば我が国が取るべき道はただ一つ。無用な安売りに付き合うことなく、国民を肥えさせ国力を蓄えるしかない」
「輸出が途絶えれば貿易商にとっては死活問題です。毛織物はともかく、鉱物資源の開発は一朝一夕ではいきません。王宮主導で業種転換を図りますか?」
この世界で目にした金属といえば、貨幣で使われている金銀黄銅の他は青銅と鉄ぐらいだ。当然、銅よりも融点が低い鉛の精錬技術は確立しているだろう。
「小鬼や大鬼が持つ武器を鋳潰しても、せいぜい魔物狩人の間で流通するぐらいでしょう。鉱物採掘には農地を犠牲にするしかないと思うのですが」
「サラ、王宮主導で業種転換、これまで穀物と毛織物を扱っていた商人に鉱石を商えと言うのは無理だろうね。商人というものは自分の商いに誇りを持っているものだろう。自分で納得して売り物を変えるのならともかく、誰かに命じられて納得するとは思えない」
「では輸出が減ることで生じた耕作放棄地で鉱石を掘るというのは?」
「鉱物資源というものは採掘に時間が掛かります。確実に鉱脈があると分かっているならともかく、闇雲に掘ればいいというものでもありませんし、耕作に適した場所に鉱脈があるとは限りません」
「主人様の言うとおりじゃ。そもそも食料自給の放棄は他国への依存を意味するぞ。サラよ、お主、それを看過できるのか?」
「大賢者様に言われるまでもなく、それは認められません」
「王国内に鉱山はないのですか?」
「無いことはない。バルバストロ公の領内には幾つかの鉱山があるし、金銀だけでなく鉄も銅も産出している。だが国内の金属需要を賄うには到底足りない」
などと霧散収束を繰り返すのだから、話がまとまる訳も無いのだ。





