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247.王との謁見②(1月4日)

元旦の日はエライ目にあった。

アリシアの爆弾発言直後に居間を追い出された俺が自室に籠っていると、娘達と女性陣がそれぞれ入れ替わり立ち替わり訪ねてきたのだ。


アリシアの気持ちは純粋に嬉しい。そもそも娘に“パパと結婚する!”と言われて喜ばない父親がいるだろうか。

だがそれが娘達全員、それもトシゴロの娘達ともなれば話は別だ。

この国では貴族、それも伯爵位以上の貴族では複数の妻を娶るのは普通らしい。ビビアナの実家であるオリバレス侯爵は三人の妻がいるらしいし、そのオリバレス侯が“娘が選んだ相手”として俺を辺境伯に推挙してくれた事も知っている。いわば娘を嫁入りさせたも同然なのだが、現実になるのはもっと先の話だろうと高を括っていたのだ。

だが、直接的に求婚されるとなると応える言葉を持ち合わせていなかった。

だから訪ねてくれた娘達にはこう繰り返すしかなかった。

“ルイサが成人するまで待ってくれ”と。


◇◇◇


「わっはっは、それは面白い余興だっただろうな!是非見てみたかった!」


そう高笑いするのはタルテトス国王、ロデリック アラルコン マルティネスその人である。銀色の口髭と顎髭を短く整えた端正な顔立ちの彼は、俺の実年齢よりも少し年上である。


今日は王との謁見、というか新年の挨拶回りの日だ。王宮に行けば挨拶回りが一度で済む(何故なら有力貴族はたいていこの日に王との拝謁を求めるらしいから、王宮にいれば誰かには会えるだろう)というお得感もあって、のこのことやってきた俺はロデリック王にとっては初笑いのネタを引っ提げてやってきたカモだったようだ。


「お兄様。笑い過ぎですよ」


同席してくれたサラ校長が実兄を窘める。


「いや、笑われるのは当然じゃ。儂だって大笑いしておったからの」


俺に同行したのはルツだけだ。はじめはビビアナも同行すると言っていたのだが、彼女には俺の名代としてロンダの屋敷に残ってもらい、挨拶を受ける側に回ってもらった。同様にソフィアはマルチェナ、カミラはグラウスでそれぞれ挨拶を受けてもらっている。夕方には連れて帰る予定だ。


「ああ、散々笑われたな。だが一夫多妻制など妻になる側からすれば気苦労ばかりで良い事など無いだろう」


「それは見ず知らずの他人同士の場合じゃろう。そもそも娘っ子等は主人様の妻になる前からの仲ではないか。変に遠慮するほうが不自然じゃ」


「それでも時が経てば気持ちも変わるものだろう。何も若いうちから人生の大事を決める必要はあるまい」


「何を言うかと思えば。主人様は同じことをイネスやソフィアにも言うのかえ?」


ルツにそう言われて言葉に詰まる。

カミラとソフィアは二十代後半、もうじき三十代に達する年齢だ。元の世界ならいざ知らず、こちらの世界での結婚適齢期は過ぎてしまっている。

こちらでの一般的なライフプランのモデルケースは、十代半ばから十代の終わりには自立して二十代前半までに結婚、三十代半ばまでに数人の子供を育て上げるようだ。これが貴族ともなればこの限りでは無いようだが、その代わりに早々に許嫁を決められるらしい。ビビアナやアイダに許嫁がいなかったのは、魔物狩人(カサドール)になるという宣言を両親が許したために過ぎない。


「そうですねぇ。イネスにとっては最後の恋でしょうね。どうか受け入れてやってくださいな」


最後の恋か。誰かがそんな事を言っていたな。


「しかしな……」


「主人様はこう考えたのじゃろ?イネスを娶らばソフィアを無碍には出来ん。だがそうすると娘っ子達も黙ってはおらぬ。とするとルイサだけを残してしまうのか、それが深刻な亀裂に繋がらないかとな」


「心を覗き見たように話すのな、お前さんは」


「当然じゃ。覗いておるからの」


やれやれ。そう言えばそんなことも聞いたな。伝令史エルメスの加護だか呪いだかで、同じ加護を持つ者の心が読めるとか。正確には“考えている事がなんとなく分かる”程度で、単に洞察力が優れるだけなのかもしれないが。


「そうか。だから“ルイサが成人するまで待て”なのか。なるほどねえ」


そう言ってロデリック王が天井を仰ぎ見ながら再び笑う。

笑い終えて俺に向き直った顔はいつに無く真面目なものだった。


「良い機会だ。オリエンタリス伯カズヤ、サラを娶る気はないか?もちろんルイサが成人してからで構わない。いや、これは王命だ。サラを任せる」


◇◇◇


王の言葉で部屋の空気が凍りつく。

王は今何と言った。サラ校長を、王立アルカンダラ魔物狩人養成所の所長にして王妹である女性を娶れと言ったのか。


「ロデリック。貴様、何の冗談だ。事と次第によってはこの場で切り捨てるぞ」


ルツが黒いジャケットの背中側からスラリと長刀を抜き出す。

王との謁見に際していちいち武装解除は求められてはいない。だが流石に武器を向けるのはマズい。


「ルツ、剣をしまえ。これは命令だ」


「ちっ、主人様の命令とあらば仕方ない。だが説明はしてもらうぞ」


同じように鞘を背中から抜き出して長刀を納める。そのまま背負い直すのかと思いきや、ルツは納刀したまま剣を自分の前に置いた。左手は鞘を握ったまま。当然柄は自分の右手側。その気になればいつでも鞘を払って打ち込む構えだ。


「ルツ!お前な!」


「いいんだカズヤ君。それだけの事を僕は言った。もちろん思い付きで言ってるんじゃあないよ。考えがあっての事だ」


「当然だろうな。一国の王が口の端に乗せる軽口にしては、あまりにも不愉快だ」


ルツの声が擦れる。鞘を握る手が僅かに震えている。


「聞いてくれ。サラがこの歳になるまで浮いた話一つなく養成所の所長なんかをやっているのは、僕のせいなんだ」


そうロデリック王が切り出した。


◇◇◇


ロデリック アラルコン マルティネスとサラ アラルコン マルティネスは同じ親から産まれた兄妹である。

これは周知の事実であり真実である。

一方でロデリックの側には秘められた事情があった。

彼は同性愛者なのだ。


同性愛者。別に珍しくもない。

同性愛はあらゆる古代の文化で受け入れられていた。

共和政ローマの政務官ガイウス・ユリウス・カエサル然り、ローマ皇帝ネロやトラヤヌス然り。少なくとも西暦1000年頃の中世初期の東ローマ帝国社会では同性結婚がよく知られており合法だったのだ。

しかし、キリスト教、あるいはイスラム教といった一神教の広まりと同時に同性愛嫌悪(ホモフォビア)が広まり、現代に通じる価値観が成立する。一方で男女の接近すら極端に禁止していた修道士などの間では同性愛が蔓延していたともされる。

日本においては、男色・衆道など時代によって表現は変わるが、割と大っぴらに男性同士の性行為は行われていたようだ。明治初期の数年間だけ、肛門性交を禁止する鶏姦罪なる法律が制定された他は、そもそも同性愛を禁止する法律そのものが存在しなかったのだ。


そんな蘊蓄を思い出しながらロデリック王の話を聞く。

いつのまにかルツも剣から手を離している。


「つまり、サラが結婚しないのは“産まれてくるであろう子供に王位継承権が出来るから”なのだな」


「そのとおりだ。何せ僕には子供が作れないからね。いや、これは僕が男だからではなく」


「ふん。嫌でも何でも女を抱けば良かろう。それも王たる者の勤めぞ」


「もう何人にも同じことを言われたけどね。無理なものは無理だ」


「そんなこともあるまい。時期を見計らって子種さえ仕込めば妊娠するだろうて。そんな理由で儂の主人様にちょっかいを出すでない。そもそもサラの意思はどうなのじゃ。お主、跡目争いに巻き込まれるのが嫌で王室とは距離を置いていたのであろう」


「ええ。そのとおりです。ですがカズヤさんの出現でそんな甘いことを言っていられなくなりましたの。あなただってそうでしょう?」


「ふん。お主の兄が戯言(たわごと)をほざいておるぞ。諌めんでよいのか?」


「もう無理ですね。ですが、カズヤさんを王位継承権争いに巻き込むつもりはありません。どうか聞き流してくださいな」


ああ、よかった。サラ校長は冷静だ。この女性まで乗り気だったら、ビビアナとソフィア、それに寮母のダナさんでも連れて来ないと対処できそうにない。


「それよりも騎士団設立の件です。ご存知のとおり正規の騎士団には陣容が不足してはいますが、お兄様はお認めになりますわよね」


「もちろんだ。本来なら人員を割くべきなのだろうが、北方だけでなく西方もキナ臭いのでね。これに大襲撃(グランイグルージオン)が発生すれば抑えきれない。東方の守備を固めてくれるなら、なんだって認めるさ」


「では改めて文書で布告をお出しください。適当に見繕って届けさせますわ」


こんな感じで謁見は半ば無理矢理に軌道修正された。

ホッと胸を撫で下ろしたのは俺だけではない筈だ。

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