245.民心の拠り所②(12月29日〜30日)
各街の連絡所に収納魔法を付与した共通ストレージを置いて手紙や小荷物のやり取りをする。そのための法整備と試験運用を開始する事は決まった。
今の議題は民心の拠り所としての神殿を再建するかどうかだ。
州都アルカンダラのアルテミサ神殿で修行中のグロリアが神官の資格を得るまで早くてもあと1年は必要らしい。それまでの間、女神アルテミサ以外の神を祀る神殿を運用してはどうか。
「なあ、そういえばアルテミサ神殿があるのはわかるが、イリス神殿って聞いた記憶はない。建立してはいけない決まりがあるのか?信奉者の数が一定以上いないとダメとか」
誰とは無しに口にした疑問だったが、最初に反応したのはビビアナだ。
「単純に資金力の問題ですわ。女神アルテミサ様や女神ミナーヴァ様は、それぞれ狩猟と動物の守り神であり農業と工芸の守り手、街そのものの守護者なのです」
そういえばアルカンダラの守護神もミナーヴァ様だと言われていたな。
「イリス様は狩人を中心に信奉されていますが、狩人の中にも個人に与えられた御加護に応じて信ずる神を選ぶ者も多いと聞いています」
そうソフィアが続ける。
例えば火の加護を強く得ているアイダならば炎の神へファイストスに信仰心を抱くだろうし、イザベルは風の神エオーロがその対象だろう。多神教においてそれぞれが信じる神が異なるのは当然だし、為政者の側が誰かを推せば無用の軋轢を生むかもしれない。
「ミナーヴァ様はだいたいアルテミサ様と一緒に祀られています。アルカンダラのアルテミサ神殿も主神はアルテミサ様ですが、副神はミナーヴァ様。副神と言っても格下という意味ではなく、ミナーヴァ様の神殿ではアルテミサ様が副神です」
なるほど。アイダが言うのは合祀、つまり神道の神社と考え方は一緒か。となると御柱が一柱だけの神殿のほうが違和感があるのか。
「だったら一つの神殿で複数の神を祀ってはどうだ?複数の神殿を各街に建立するよりも現実的だと思うのだが」
「それはいい考えですね。厳密な儀式が定められているのは神殿数が多いアルテミサ様とミナーヴァ様だけ。その他の神々にはさほどの決まり事は無いと聞いておりますし、問題は無いでしょう」
ソフィアも同意する。あとは誰を祀るか、そして御神体はどうするかだが……
「真っ白な像を作ろうよ。それをずらっと並べたら神々しいと思わない?」
彫像か。偶像崇拝を禁忌としていないのならば、それがシンプルで良いのだが。誰がその像を作るのだ。
俺が疑問を口にする前に、皆が一斉に俺を見た。
「カズヤさんしかいませんわね」
「そうだね。錬成魔法でちゃちゃっと作ってよ」
「ちゃちゃっとってそんな罰当たりな……でも私もカズヤさんが作ればいいと思います!」
「カズヤ殿ならきっと素晴らしい像をお造りになるでしょう」
やっぱりそうなるのか。
◇◇◇
翌12月30日に街の神殿に皆で向かう。
神殿と言っても管理されなくなっておよそ半年。その間に屍食鬼が徘徊し荒らし回ったおかげで、かつては荘厳な雰囲気であったであろう神殿は想像以上に荒廃した様相を呈している。
駐屯していた赤翼隊も死体や汚物の処理はやってくれたが、信仰心には乏しかったのだろう。略奪を防ぐために立ち入りが禁止されたのかもしれない。
「やれやれ。これの修復は大変ですね」
複数の像が祀られていたようだが、残っているのは台座だけ。像の残骸は神殿の裏手に打ち捨てられていた。
カケラの一つをアイダが摘み上げて見せてくれる。像と言えば石膏か大理石、青銅ぐらいだと思い込んでいたが、これは白っぽい粘土を焼成した陶器像だ。表面が艶消しの白なのはいわゆる白釉薬のせいか。
「修復は無理でしょ。ほとんど粉々じゃん」
「カズヤさんが錬成するしかないですね!」
錬成ねえ。まあ、やってみるか。
神殿に残されていた台座は5基。それぞれの前に像の破片を手分けして運び込む。
「ほら、カズヤさんの邪魔になりますわ。私達は外の掃除をしましょう」
ビビアナが皆を促して外に連れて行く。
重々しく扉が閉まると室内が静寂に包まれた。
さて、引き受けたはいいが像の錬成、それも見たこともない神々の像など錬成できるものだろうか。フィギュアのガレージキットなら組んだ事はあるが、今回求められているのは1/8や1/12ではなく等身大以上の大きさの像だ。当然アニメキャラクターではない。
まあ実際に自分の手で削り出すのではないし、イメージできれば錬成できるだろうか。
室内の中央に座り目を閉じる。
台座は部屋の奥側に壁に沿って並んでいる。右側に二つ、左側に二つ、そして奥側に一つだ。
◇◇◇
室内が光に包まれる。熱は感じないが目を閉じていても眩しさがはっきりと分かる。
目を開けると台座には5つの真っ白な像が鎮座していた。
「お兄ちゃん!大丈夫?」
「すごい光が漏れてきましたけど……」
振り返ると扉の隙間からイザベルとルイサが覗いていた。
「そんな覗くような真似をして……」
「まあこの扉は重いからな」
ビビアナとアイダが扉を押し開ける。
そして一様に動きを止める。続くアリシアとソフィア、カミラも同じだ。
「なんじゃ、見えんではないか!」
皆の隙間を掻き分けて顔を出したルツが間を開けて笑い出した。
「これはこれは。そうか、主人様にとっての女神はこうなのじゃな!」
彼女達の目線の先には5体の女神像が鎮座しているのだ。
◇◇◇
手前右側が炎の神へファイストス、左側が光の神アグライヤ、右側奥が風の神エオーロ、左側奥が癒しの神パナケーリャ。そして正面で両手を広げる有翼の像が虹の女神にして狩人の守護神、伝令使イリスの像である。少なくとも俺はそうイメージして作った。作ったはずなのだが……
「えっと……うん、すごくいいと思う」
「そうだよね!どれがどの女神様なのか一目瞭然!」
「しかしアレだな。少々圧が強いと言うか……」
「真ん中に立つと神々しさが一段と感じられますわね」
神殿の中心まで進んだ娘達が口々に感想を述べる。
へファイストスの像は立ち登る炎の中で剣を鞘ごと台座に突いて仁王立ちしている。
アグライヤの像は短杖を持つ右手を斜め下に突き出し軽く左足を引いたポーズ。
エオーロの像は両手に短剣を持ち腰を落とした構え。
パナケーリャの像は右手を斜め上方に翳すポーズ。
そして全ての像の顔が神殿の中心を向いている。
確かに少々圧迫感が強いかもしれない。
「ねえ。これアイダちゃんに似てない?」
「なっ!だったらエオーロ様の像なんてイザベルそっくりじゃないか!」
「いやあ、私こんなに大きくないし」
「とするとパナケーリャ様はアリシアさんによく似ていますね」
「アグライヤ様の像はビビアナちゃんにそっくりじゃん!」
「イリス様はルイサで間違いありませんわね」
「カズヤよ……気持ちはわかるが似せすぎだろう……」
そうである。
錬成した5体の像は娘達にそっくりだったのだ。
◇◇◇
「まあ、そういう事もあるよね!全然良いじゃん!」
「こんな美人に形作っていただいて……ありがとうございます」
どうなるかと思いきや、娘達は自分にそっくりな“女神像”を割とあっさりと受け入れた。





