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244.民衆の拠り所①(12月29日)

元の世界であれば仕事納めであるが、こちらの世界ではイマイチ実感がない。それでも一応、納会ぐらいはやるべきと考え、1階の迎賓室に一同が会して報告会を行なっている。

アイダからは騎士団設立に向けた準備状況を、カミラからは各街の治安について、ビビアナからは領内の各街と村々の生活と困り事、解決策の承認を求められた。隣の夫婦が五月蝿いとか、新しくやってきた住民が気味が悪いとか、側から見れば実にくだらない些細な困り事でも、放っておくと大きな火種になり大火になってしまうかもしれないのだ。


続いてバルバストロ公爵領を含めた領内の魔物の出現状況をルツが報告し、ヴァネッサとエンリケス男爵からは領内の流通経路と通信、主に郵便制度の整備状況について報告があった。ヴァネッサ ドゥアルテはタルテトス王宮で物流関係の仕事をしていたが、同級生のアサレア エストラダに連れられて面接を受け、採用されてしまった。新任地でもエンリケス男爵と組んで商流の確保に尽力してくれている。

これまでの手紙のやり取りは同じ街の中に限られ、一般の人が他の街に手紙を届けるには軍の輜重隊に預けるか行商人に託す他に方法が無かった。しかし輜重隊はともかく、行商人に託すのはちゃんと先方に届くか甚だ疑問だ。そんな感じだから元の世界の郵便制度の話をした時に驚かれたのも当然だったのである。

ヴァネッサとエンリケス男爵は様々に思考を巡らせた末に、各街にある狩人の連絡所を使えないかと相談してきた。連絡所は狩人に仕事の斡旋を行うだけでなく、報奨金や獲物の売上金の管理も行なっている。少なくとも狩人の間での信頼は厚い。現状は各地の連絡所とアルカンダラの養成所、タルテトスの王宮に通信機を貸与して情報網を整備している最中だが、そこに文書と小さな荷物のやり取りが出来るようにしてはどうかと言うのだ。


「当面は狩人と衛兵の皆さん、そして一部の商人などの協力者にのみ使用してもらうことになるでしょう。やはり通信の秘密は重要ですから、郵便制度の信頼性を高めませんとな!」


「男爵の仰るとおりです。貴族間の信書や商取引の証明書にも使われるようになれば、専門の機関を立ち上げることも視野に入れています。転移魔法を使わせていただければ、実現は可能です」


書類や小荷物をやり取りするための常駐型転移魔法か。

俺の部屋にあるクローゼットの扉の向こう側はスー村郊外にある自宅に繋がっているし、ルツの部屋は神域(サグラノ)の山中にある自分の住居に通じている。例えば専用の箱を用意してそれぞれの連絡所に置いておき、そこに入れた書類や品物のみを転移させれば実現できる。

もっと言えば収納魔法でも実現は可能なのだ。娘達それぞれのポーチやバッグに掛けた収納魔法は、それぞれを接続して使うことができる。アリシアがポーチに入れたドライフルーツをイザベルが自分のポーチから取り出して摘み食いすることも可能なのだ。もちろんそれに気づいてからは、各人のポーチに掛けた収納魔法からはその機能を停止している。その代わり、武器や共通の非常食を納めるバッグでは積極的に利用しているのだ。


「転移魔法はおいそれとばら撒くわけにはいかないが、収納魔法で試してみよう。まずはアルカンダラの養成所と、子供達の宿舎に専用の箱を用意しようか。アサレア、法的な面からヴァネッサ達の提案を検討してくれ」


「承知しました、カズヤ様。ですが王国法にはそのような制度を想定してはいないと思いますが」


アサレア エストラダ。彼女はタルテトスでヴァネッサと一緒に採用したアスタ出身の法律家志望者である。法律に詳しい者がビビアナとソフィアぐらいしか居ないという俺達の弱点をよく補ってくれている。


「そうだろうな。しかし“検討する”という事実が重要だ」


「仰るとおりです。新しい事を始めようとする者は、いつ足元を掬われるかわかりませんから」


「法整備もそうだが、そもそも利用者は多くないだろう。読み書きができる者は少ないぞ」


「イネスさんの言うとおりです。きちんとした教育を受けた方は大丈夫ですが、残念ながら貧民街出身者の特に大人達にには読み書きができない人も大勢います」


そうなのである。この世界、少なくともこの国の教育制度は国民全員を対象にはしていない。ビビアナやアイダ、イザベルとアリシアは親元で読み書き計算を学んだと言う。ルイサや孤児院出身者にも最低限の教育は施されていたが、これは院長先生の計らいであって制度の結果ではない。各街の引退した狩人や衛兵、商売経験者を教師とした学校制度の普及は急務だが、それには読み書き計算が生活に必要不可欠なものにすることが大事だ。


「んでも男爵ってグロリアと手紙のやり取りがしたいだけだよね」


「いや、そのとおりなのですが、この街の民は全員が故郷を追われた者達です。親類縁者や家族を残してきた者も多い。消息を伝えるのは大事なことですぞ」


「親子が仲が良いのは良いことじゃないか。アリシアも実家に手紙を書くだろう。イザベルは実家に手紙を送らなくていいのか?」


「そういうアイダちゃんはどうなのよ」


「私は……まあ元気でやっていると思ってくれている筈だ」


「私だってそうだよ」


娘達の会話はともかく、手紙のやり取りが住民達の心の支えになるのならば、ヴァネッサ達の提案は採用するべきだ。


最後にソフィアから住民達の要望についての報告だ。

その中で、街にある神殿の再建を望む声が一定数あることが報告されたのだ。

街に元々あったのはアルテミサ神殿らしい。ソフィアは元軍人であるが、俺達に合流するまではアルテミサ神殿の見習い神官、グロリア エンリケスの付き人としてアルテミサ神殿にいた。そのソフィアが言うのだから間違いないだろう。


「神殿の再建ねえ。ピンとこないんだけど、お兄ちゃんどう思う?」


「俺も信心深いほうではないからなあ。やはり神殿は必要なのか?」


「そうですわね。人々皆が強い心を持っているわけではありませんし、やはり心の拠り所は必要だと思います」


「拠り所……でも私達は別に神殿なんか必要としてなくない?」


「アイダさん。それは皆さんの拠り所がカズヤさんだからですよ。もちろん私も含めてですが」


「カズヤさんが私達の拠り所……うん、そうだね。そうだよね!」


何だか話が変な方向に進んでいる気がする。このままでは俺の像が広場に立ちかねない。もしそうなったらここにいる全員の像を立ててやる。


「カズヤ殿が変な顔をしているぞ」


「本当ですわ。きっと良からぬ事をお考えになっていますわね」


アイダとビビアナが小声で言っている。


「兄さん。神殿を再建するのなら、グロリアを待つべきではないですか?あの子はそのためにアルカンダラで頑張っているのでしょう?」


「ああ、そうだな。エンリケス男爵、グロリアの様子はどうだろう。神官になれるのはいつ頃だろうか」


「はい。先週届いた手紙によりますと、どんなに早くてもあと1年かと」


今でもアルカンダラやタルテトスといった主要都市との間で手紙のやり取りはある。だがそれは転移魔法で俺達の誰かが赴く時に持参するか、あるいは行商人に託すかの二択しかない。エンリケス男爵などはそれでもいいのだろうが、街の人々が同じ事をするのはハードルが高いのだ。


それにしてもグロリアが独り立ちするまで1年か。短いようで長いな。


「1年は待てませんわ。何か他の手立てを考えませんと」


ビビアナも神殿の必要性を感じているようだ。ビビアナはオリバレス侯爵家の娘だ。人心掌握のために信仰心を使う重要性を知っているのだろう。


「別の神官を招聘するか?ソフィア、心当たりはないか?」


「ありませんわね。そもそも何の利益もなく辺境の神殿を再建しようなどという物好きが州都にいるとは思えません」


そうだった。ソフィアが神殿にいたのは職を得るためであって、何か大きな志があったわけではない。


「それならまだ毒に染まっていない者を選べばどうですか?神殿で修行している神官見習いの中には、しっかりとした志を持つ者もいるのでは?」


「そもそも神官になるための修行って何をしてるんだろ。誰でもなれるものなの?」


「ソフィア、神殿内部の様子を知るのはお前だけだが、どうなんだ?」


「そうですね。修行といっても、養成所で行われるような座学と儀式の練習ぐらいですわね。神官の主な役目は、信者達が神々を崇拝する手助けをするものですから、特段の、例えば狩人で言うところの剣技や魔法は必要ないのです」


「でもそれなら誰でも神官になれるってことじゃないの?」


「ええ。本質的にはそうでしょうね。だって私が神官見習いに化けられましたのよ。イザベルさんはともかく、アリシアさんやビビアナさんなら問題無いでしょう」


「ん?私ならともかくって、それってどういう意味かなぁ?」


ソフィアに詰め寄ろうとするイザベルの首根っこを掴んで止める。ソフィアだけでなく、おそらくここに居る皆が彼女の意見に同意していることだろう。一人を除いて。


「だったらさ、ソフィアさんを神官にしてアルテミサ神殿を再開すればいいんじゃないの?グロリアが可哀想ならイリス神殿でもいいじゃん?」


ふむ。その手があったか。

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