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243.ジーナ アステラス(12月24日〜28日)

年の瀬も押し迫り、元の世界ではクリスマスイブのこの日にロンダに迎えたのはサンタクロースではなかった。

アイダの旧友にしてテオドロ グスマンの弟子、王国騎士アステラス家の三女ジーナ アステラスが、軍馬を引き連れてやってきたのだ。しかも連れて来たのは軍馬だけではない。ぞろぞろと30名、それも鎖帷子の上にガウンとマントを纏い羽飾りの付いたヘルムを被った騎士風の女性ばかり30名と、替え馬を含めた64頭の軍馬を引き連れて来たのである。


「いやあ、最初は私と馬丁一人、替え馬一頭の予定だったんだけどな。立ち寄る街々で話をしたら、あれよあれよという間に大所帯になっちまった。今ではちょっとした騎士団を名乗っても可笑しくないぐらいだ。そうだろう?オリエンタリス伯!」


あっけらかんと話すジーナは肩口で揃えた明るい栗色の髪を手で解す。その姿に見惚れそうになる。


「うわぁ。イーちゃんとアイダちゃんを足して2で割らなかったらこうなるのか」


イザベルの呟きは俺を含めた皆(もちろんアイダを除く)の気持ちを代弁していたかもしれない。


このジーナという娘は翌日から精力的に活動を始めた。

旧友であるアイダと一緒に早朝から朝駆けに行き、戻ってきたかと思えば連れてきた30名を引き連れ街の雑用を引き受け、魔物が出たと聞けば馬を駆って討伐に向かう。その活躍っぷりに、警戒していた様子だったビビアナやイザベルもすっかり仲間だと受け入れたようだ。

それは街の人々も同じだった。


「おぅ!ジーナ!今日も朝駆けかい?怖い魔物を蹴散らしてくれよ!」


「おはようジーナちゃん!今日はこっちを手伝ってくれないかい?」


とまあ、こんな感じである。


騎士団と言うが、中世ヨーロッパにおける騎士団の始まりは、第一次十字軍が占領したエルサレムを守護するために創設されたテンプル騎士団である。テンプル騎士団を始めとして主に中東地域で活動する騎士修道会は、ローマ教皇の認可と保護の下で多くの特権を与えられ、その後の国家権力に縛られない国際組織、例えば国家間を跨る銀行ネットワークの礎を気付いたとも言われる。

この世界における騎士団の創設には国王の認可が必要で、現時点で公式に騎士団と呼べるのはタルテトス国王直属の国家騎士団と4つの公爵家に4つの騎士団のみである。その他の軍事組織、例えばシドニア伯ガスパールが率いる赤翼隊(アラスロージャス)や、マイヨール侯が率いるマイヨール家騎士団などは正規軍もしくは私兵でしかない。

つまりアイダとジーナが目指す騎士団設立にはタルテトス国王の認可が必要なのだが……


「そのとおりです。ですがその点はさほど心配していません。特に問題ないと考えています」


「そうだな。オリエンタリス伯と皆さんの実績は十分だし、王様にとっては他の国や組織に伯が取り込まれるほうが嫌だろう。あとは私達の実力を付けないとな」


「ジーナの言うとおりだ。騎士団を名乗るには規模も装備も、何より練度が不足している」


「装備かあ。いつまでも鎖帷子ってわけにもいかないしなあ」


鎖帷子はこの世界の兵士が身に着ける一般的な防具である。衛兵はもちろんのこと、赤翼隊の面々も着用していた。一部の狩人も着用しているようだが、狩人の多くは革鎧を使っているか、イザベルやビビアナのように鎧を用いない者も多い。

一方で御前試合で戦ったセトゥバル公配下のマイヨール侯デブルーが率いたマイヨール家騎士団の中には、プレートアーマーを着用し騎乗した者がいた。ジーナが言っているのは、そういうプレートアーマーが欲しいということだろう。モデルがあれば錬成できるだろうか。


「そうだ!どうせなら統一したいよな。アイダ達の制服って言うのか?あの黒と赤の衣装はカッコよかった!オリエンタリス黒翼騎士団とかどうだ?」


なんだか厨二チックな名称だが、人間の感性(センス)なんてそんなものかもしれない。


「黒翼ねえ。赤翼隊(アラスロージャス)の真似っ子みたいだな。どうせなら白銀とかにしたら?装備の色も白と銀で揃えたらいいじゃん。うちにはルイサもいるんだし!」


「ルイサちゃん?何か白銀に関係あるのか?」


ジーナが呈した疑問はもっともだ。ルイサの髪は緑がかったアッシュグレーで瞳の色は緑色。白銀を思わせるパーソナルカラーは見た目上には無い。ルイサと白を結び付けるのは彼女の背中と踝に生えた小さな翼だけだが、その秘密を知っているのはごく一部の者だけだ。


「それを言ったらイザベル姉さんの髪の色ですね。綺麗な銀髪です」


すかさずフォローに回るルイサの言葉にイザベルもハッとした様子で口を閉ざす。


「ってことはイザベルが私達の旗頭になるのかあ」


それでも、大袈裟に頭を抱えるアイダを見て一瞬でイザベルの眼光が戻る。


「ちょっとアイダちゃん?なんか嫌がってない?」


「まぁまぁイザベルさん。でも狩人の守り神であり狩猟の女神イリス様は、真っ白な翼をお持ちです。狩人でもある私達にはぴったりなのでは?」


「だったらなんで制服の色を黒にしたんだ?白にすればよかったのに」


「それはピンときたからですわ!」


女神イリスの加護はルイサだけでなくビビアナもイザベルも、そして俺も受けている。ビビアナとイザベルが優秀な斥候(スカウト)なのは、女神イリスの加護のおかげらしい。そういえば俺もサバイバルゲームでは敵の背後に回り込む裏取りが好きだった。そんな事を思い出しながら娘達とジーナの話を聞いている。


◇◇◇


今いる場所は屋敷の2階にあるプライベート用の居間だ。

この屋敷、子爵家の居宅だったのだが子爵家にしては豪華なように思う。中央に玄関があり両翼に広がるよくある造りだが、エントランスホールだけでも30畳はあるだろう。吹き抜けのホールの左側から伸びる階段は2階に繋がり、2階の廊下から欄干越しにホールを見渡せるようになっている。

1階にはホールの左側に迎賓室と広い厨房、廊下を挟んだ反対側に来客用の寝室が3つ。ホールの右側には執務室と護衛用の衛兵の詰め所が設けられている。

2階は元々住人用のプライベートなエリアだったのだろう。大小はあるが部屋が両側に6つづつと小ぶりな厨房がある。2階の最も大きく厨房に隣接した部屋を居間にして、残りを各人に振り分けたのだ。

つまり部屋は余っている。ジーナがそこに入居するかと思ったのだが、彼女は笑って固辞した。


「オリエンタリス伯、私の望みはこの辺境の地で騎士団を摂理することだ。そのためには団員の側にいなければ。この街には前領主の私兵の宿舎もあるのだろう?そこを戴ければ結構だ。あ、あと団長はアイダにしたいのだが、許可を貰えると嬉しい」


「アイダを?ジーナが団長じゃないのか?」


「いいや、アステラス家は王国騎士の中でも新参だ。格式でいえばアイダのローラン家の方が格上だし、それにアイダは有名人だ。私達の中にもアイダに憧れて参加した者が多いし、何より王様の覚えがいいだろう?アステラス家の娘が騎士団を設立すると言うより、オリエンタリス伯の所のアイダ ローランが騎士団を旗揚げすると言った方がずっと目立つしな!」


「一応私は断ったのだ。だがジーナが言うことにも一理あるし……」


「断った理由は伯を近くで護れないからってだろ?だったら大丈夫だ。私より遥かに強い人達が控えているじゃないか。それに、これからの相手は魔物だけじゃないぞ。人間相手の戦闘には衛兵隊だけじゃ不足だ。絶対に騎士団は必要なんだ」


「……それはわかっているつもりだ。だが……」


アイダが俺を見る。頭では理解していても感情が許していないのだろう。誰かが背中を押してやれなければ。


「アイダ。騎士団を設立しよう。団長はアイダ、副長はジーナ。それでいいか?」


「はい。カズヤ殿がそう仰るのなら」


こうしてアイダとジーナを中心とした騎士団の立ち上げが決まった。騎士団の駐屯地は街の南東エリアにある前子爵家私兵団の宿舎と馬場をそのまま転用した。アイダは騎士団の宿舎と屋敷を行ったり来たりすることになった。

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