242.子供達②(12月10日〜23日)
リアナをルツとスレイマに任せて、養成所に戻る。
アリシア達が子供達と待つ講義室ではちょっとした騒ぎになっていた。急いでいたとはいえ、面前で転移したのは拙かったか。
後に俺とソフィアがリアナを連れて転移した直後の事を、アリシアとルイサが苦笑しながら話したものだ。
「それはもう大変でした。もう大騒ぎですよ。せっかく大人しくお肌の状態を確認させてくれていたのに」
「そうそう。ぺぺとナチョ、えっとホセとイグナシオなんか叫んでました。これが転移魔法かぁって」
「どうしたら転移魔法を習得できるのかって聞いてきた子もいたよね」
「ダニエラですね。今でも頑張ってますよ」
そんな騒ぎを何とか収めつつ、全員の健康診断を終えてロンダの街に戻る頃には日が沈みかけていた。子供達を連れ帰ったのは当然転移魔法である。転移した後の子供達の興奮といったらもう、言葉には表せない。
◇◇◇
さて、ロンダの街は他の城郭都市と同じく円形に拡がっている。そういえば中世ヨーロッパの街は円形、中華圏やその影響を受けた日本では方形の都市が構築されていたのはどうしてであったか。何かのコラムで読んだような気もするのだが。そのロンダでの俺達の拠点は前ロンダ領主ラウリア子爵家の屋敷である。屋敷は街の中心部にある広場の北東側にあるのだが、子供達の住居は屋敷に隣接した元宿屋にした。この街で最初の要救助者を見つけた建物である。別に験を担いだわけではない。幾つもある部屋に広い食堂、厨房に洗濯物が干せる庭が宿舎として最適だったからである。
子供達の宿舎の管理人兼教師として、タルテトスで採用したコンチャ ウリベを指名した。褐色の肌に濃い茶色の髪を持つ彼女はセトゥバル西方、ウェルバ出身の魔法師だが、家系を辿ると更に西方の狩人に行き着くらしい。本人は教師を希望していたから適任だったのだ。彼女には養成所で最初に教える基礎教育の一部と魔法の初歩を担当してもらう。将来的にきちんとした学校を開設する際には中心人物になってもらう予定だ。
それと、元宮廷料理人のホアキン シルヴァ夫妻を住み込みの寮監兼料理人とした。本人は屋敷で働きたかったようだが、娘達が住み込みを拒否したのだ。彼の採用を推したビビアナでさえ嫌がったのだから仕方ない。
宿舎には街の幼い子供達も日中の間だけ受け入れることにした。両親のうちどちらかが子供の面倒を見ていられるほど人手に余裕は無いし、孤児院出身者だけが街で孤立するのも避けたかったからだ。おかげで宿舎の厨房が日々戦場のような忙しさだとホアキンが笑ったものだ。
街の復興は着実に進んでいる。これまで満足な家も仕事も無かった者達が、自分の家族と家を守るために働く姿は美しいものだ。
宿舎に集まった子供達も午前中は勉強に励み午後からは仕事の手伝いをする。作業はいくらでもあった。
街に張り巡らされた側溝の掃除、新たに導入した牛や豚、鶏や羊の餌やりや敷き藁の交換などである。
これらの作業の中心となるのがホセとイグナシオ、愛称はぺぺとナチョの両名だ。二人ともアルカンダラの貧民街出身でルイサとは孤児院での幼馴染である。2人とも彫りの深いよく似た顔立ちだと思っていたら双子の兄弟らしい。ちなみにホセが兄だというが、時折どちらが兄か喧嘩しているようだ。
「今日もあの2人喧嘩してたんだよ。言い合いだけで取っ組み合いになったわけじゃないけど」
そうルイサが居間にいたソフィアとアイダに話している。
「あらあら。仲が良いわねえ。喧嘩の原因は?」
「それが大した事じゃないんだよソフィアさん。どっちが肥溜めにアレを運ぶかって。2人とも自分が運ぶって言って聞かなくって」
「ああ、進んでやりたい仕事じゃないわよね」
「ちょっと待て。2人とも自分が運ぶって言ってたのか?」
「そうだよ。人が嫌がることを進んでやってこそ、一人前なんだって」
「まあ、それはそれで頼もしいが」
「本当ね。誰の教育のおかげかしら」
ソフィアが何故か俺を見る。
この街、というかこの世界には下水道は無い。よってトイレは当然ポットン式である。だから定期的に、衛生面を考えると毎日回収が必要だ。人数が多い宿舎ならなおのことである。ホセとイグナシオの2人はその回収をどちらがやるかで揉めたようだ。どちらも自分がやると言って譲らなかったらしい。
ちなみに屋敷での回収は俺の役目である。別に進んで引き受けた訳ではないのだが、一番暇なのが俺だという理由だ。
何せソフィアとビビアナはロンダだけでなく領内で起きる様々な揉め事、例えば隣の家の飲んだくれが毎晩うるさいとか、誰々の家畜が自分の畑を荒らしたとか、些細ではあるが放っておけない問題に法律家志望のアサレア エストラダと一緒に対処しているし、アリシアは元デルエル子爵家の家令ディマス ファリアと一緒に屋敷の家事全般を引き受けてくれている。アイダとカミラは元近衛騎士団員のテオドロ グスマンと共に領内の巡回に勤しんでいるし、ルツはヴァネッサ ドゥアルテと一緒に何やら交易ルートの開拓を目指しているようだ。イザベルはルツから通報を受けるたびに真っ先に出撃して魔物を狩りに行っているし、一番年少のルイサは宿舎の子供達と一緒に基礎訓練を受けている。既に狩人として一人前として認められる実績は積んでいるのだが、学ぶことそのものが楽しいようだ。
それだから暇なのは俺だけということになる。
もちろん暇だからというだけではない。元の世界の労働基準法に明記されている“年少者に就かせてはならない業務”に抵触するような気がしているのだ。だったら家畜の世話はいいのかという話になるのだが、これはもう気持ちの問題である。
そんな事を言えば子供扱いされるのを嫌がるお年頃のビビアナやアイダ、アリシアやイザベルがムキになりそうだから、あくまでも暇だからという理由にしている。もっとも俺が忙しい時にはカミラかソフィアが代わってくれているから、同じような事は感じてくれているのかもしれない。
いずれにせよ近いうちに上下水道と下水処理施設は作らねばならないだろう。水魔法と風魔法、それに火魔法でも組み合わせれば無臭の堆肥にできるだろうか。
そうそう、上水道には及ばないが、張り巡らされた側溝を使って生活用水を流すための泉は作った。街の中央にある広場には井戸が元々あったのだが、その井戸がある水脈の下流が街の外れの高台に伸びていたのだ。下流が高台にあるというのも不思議な気もするが、そこから水魔法で汲み上げた水を側溝に流すことで街中に綺麗な水を流せるようになった。飲み水には使えないが、洗濯や掃除などの生活用水として使うのには支障無い。
そうこうしているうちにあっという間に二週間が過ぎた。
移住者達もこの街での生活に馴染み、宿舎で暮らす子供達も街になくてはならない存在になってきた。
本当に慌しかった一年が過ぎ去ろうとしている。元の世界ならば赤と白と緑に彩られた鮮やかなイルミネーションと賑やかなBGMが街を包んでいる頃に、アイダの待ち人がようやくロンダに辿り着いた。
ジーナ アステラスである。





