241.子供達(12月10日)
孤児院の子供達を迎えにアルカンダラの養成所に向かう。
いつもどおり控室に転移して校長室の扉をノックする。イザベルはさっさと買い物に出掛けてしまった。まあ、あの子のことだ。お腹が空けば帰ってくるだろう。
校長室で待っていたのは主人であるサラ校長と寮母のダナ、そして孤児院院長フィエロの3人だった。支度が出来たという子供達の姿は見当たらない。
「おかえりなさい、カズヤさん。それともオリエンタリス伯とお呼びしたほうがいいかしら」
「いえ。そう呼ばれると校長のことを王妹殿下とおよびしなければなりませんので」
「それもそうですね。では今までどおりカズヤさんとお呼びします。ダナもそれでいいかしら」
「もちろん構いませんが、公式の場ではそうはいかないわよ。それに他の教官や入所者にも示しがつかないわね」
「そうよね。では私達だけしかいない時にはそうお呼びしましょう」
「あ、あの……ここには私もおりますが……」
「あら。院長先生は部外者ではないでしょう。院長先生には志願者を連れて何度も足を運んでいただいたんですよ」
「そうなんですね。それは大変御足労をお掛けしました」
「いえ、子供達のためですから。それで20人にまでは絞ったのですが、皆にお会いしていただけますか」
「もちろんです。それで、その子達は今どこに?」
「こちらの空き教室で待機してもらっているわ。ダナ、案内をお願いね」
「ええ。カズヤ先生、こちらに」
そう言ってダナが扉を開ける。その仕草に何処か寂しそうな感じを覚えたのは気のせいだっただろうか。
◇◇◇
案内された教室は大学の講義室のような部屋だった。正面に大きな黒板があり、前方に向かって傾斜のついた部屋に作り付けの机と椅子がある。ざっと40席ほどの机に固まって座っていた子供達がルイサの姿を見て声を上げる。
「ルイサだ!」
「ルイサちゃん!」
「ベア、マイテ、エレナ!みんな来てくれたんだ!」
子供達のほうにルイサが駆け出す。ああ、孤児院でルイサと遊んでくれた子供達か。他に確か男の子もいたはずだ。
「兄さん!紹介します。こっちがベアトリス、マイテにエレニータです。あとホセとイグナシオも!それにメルチェとティータ、あとは……」
「わかった。ルイサ、ちょっと落ち着こうか。院長先生、この子達全員が希望者ということでよろしいですね?」
「はい。総勢20名、全員が移住を望んでおります。ただ……」
「ただ?」
「一人だけ、足が不自由な者がおります。リアナ、伯爵様に立ってご挨拶を」
講義室の一番後ろに皆から離れて座っていた子供が、机に手をついて立ち上がろうとしてフラつく。目深にフードを被ったその姿は見るからに痛々しい。傍らにあるのは松葉杖か。
「リアナ姉さん!リアナ姉さんなの!?」
「近づいてはいけない!近寄らないで!」
ルイサが近づこうとするなり、その子供が叫んだ。
思わずアリシアと、次いでソフィアと顔を見合わせる。
「院長先生、無理に立たせるな。リアナ、そのまま座っていろ。アリシア、ソフィア、頼む」
「わかりました!」
アリシアとソフィアがゆっくりとリアナに近づく。
「動かないのは右足ね。ちょっと見せて」
「大丈夫。こう見えても私達は治癒魔法が得意なの」
「あら。治癒魔法が得意なのはアリシアさんでしょ。私が得意なのは浄化魔法よ」
「そうだっけ?ほら、もう大丈夫よ。座ろっか」
アリシアの補助でリアナと呼ばれた女が着席する。ソフィアが屈み込み彼女の足を調べる。
「カズヤさん、ちょっと……」
ソフィアが俺を呼ぶ。足が不自由というなら何らかの外傷か、或いは脳や脊椎の神経障害だろうか。
「すまんなリアナ。見せてもらうぞ」
ソフィアの隣に屈み込み、リアナの足を確認する。
浅黒く変色したガサガサの荒れた肌、足首から先は粗末な木靴に突っ込まれている。ソフィアが木靴を脱がせると、そこにあるはずの足の甲は酷く変形し皮膚も筋肉も引き攣れていた。重度の火傷の跡のようにも見えるが、それでは肌が荒れている説明が付かない。
その答えはソフィアがリアナの袖を捲り上げて判明した。彼女の腕には大きな白い斑点と大きな潰瘍があったのだ。
「Lepra」
そう呟いたソフィアの語感に聞き覚えがある。そうか。これはハンセン病だ。
ハンセン病。古くはらい病とも呼ばれた、皮膚と末梢神経を主な病変とする感染症。その記述は旧約聖書にも日本書紀にも記されている、多くの人々を死に追いやった病だ。もしかしたら疥癬、つまりヒゼンダニの寄生による感染症も併発しているかもしれない。
「カズヤさん、これって……」
「ああ。重度の皮膚病だ。院長先生、この子はいつ発症した?」
「孤児院に来た時にはもう……治癒魔法で一応は進行を抑えておりますが……」
確かに進行は止められたのだろう。患部が膿んでいるわけでもないし異臭もしない。だが肌の角化は治っていないし、足も全体的に引き攣れたままだ。
「そうか。ルツ、ルツ!聞こえるか?」
耳に掛けたままの通信機からルツに呼び掛ける。
「どうしたの?」
「今から重度の皮膚病患者を移送する。どこがいい?」
「どんな症状かにもよる。爛れている?まさかtzaraat?」
「いいや、疥癬と言って分かるか?患部は乾いてガサガサだ」
「ああ、garedetだね。それなら温泉に連れてきて。スレイマと待機する」
「わかった」
「アリシアも一緒だよね。イザベル……は役に立たないか。他の子供達の健康状態も確認したほうがいい」
「そうする。アリシア、ルイサ、ちょっとこっちへ」
通信を切るのももどかしく、2人を少し離れた場所に呼ぶ。
何事かとサラ校長そしてダナも付いてきた。
「いいか、リアナは感染性の皮膚病だ。正確には小さなダニが皮膚に巣食うことで発症する。子供達の肌に赤いブツブツや白く線状に膨らんだ痕跡がないか調べてくれ。それ以外にも結節といって赤黒い小さな豆のようなものがあるかもしれない。酷くなると皮膚がガサガサになって剥がれ落ちる。いずれの症状も痒みを伴うはずだ」
「わかりました。もし見つけたら?」
「ペットボトルの水は持ってきてるな。それを掛けながら治癒魔法だ。まずは皮膚の代謝を正常化してダニの隠れ家をなくす。着ている服や部屋の消毒も必要だが、それは後回しだ」
「はい!すぐに始めます!」
アリシアが手際良く子供達を誘導して一列に並ばせる。
ルイサが子供達の手を取り診察を始める。診察は医師にしかできない医療行為だが、真剣に取り組むその姿は診察と表現する他なかった。
◇◇◇
ソフィアと一緒にリアナを伴って転移した温泉では、ルツがスレイマ ピメンテルと一緒に待ち構えていた。
「どれ、見せてみよ」
そう言ってルツがリアナの服を脱がせに掛かる。
「おい!俺もいるんだぞ!」
「何を今更……幼女の裸など見慣れておろうが!」
「カズヤさん、これは患者の症状を隅々まで確認するという正当な医療行為です。恥ずかしいならあっちを向いていてください!」
そう言うのがスレイマ ピメンテル。王都タルテトスに地盤を持ち治癒に特化した魔法師を輩出するピメンテル家現当主の末娘。このピメンテル家は50年前に先代の巡検師を輩出している。マリアというその巡検師は、魔物狩りではなく衛生という概念を広めるために任命されたようだ。おかげで中世ヨーロッパ並みの文明水準に似つかず、この国には汚物処理や家畜の棲み分け、新鮮で綺麗な水管理、手洗いや嗽といった基本的な衛生観念が根付いている。上下水道や各家での入浴は未だのようだが、少なくとも気温が高い時期には水浴びを積極的に行なっているのだ。
そんなピメンテル家だからこそ、末娘とはいえこの領地の医療を担う人材として期待している。
「癩……はもう治ってるみたい。でもなんて雑な治癒魔法だろう。潰瘍は切除が必要ね。疥癬のほうはなんとかなりそう」
頼もしい医者の卵が立ち上がって振り返る。
「カズヤさん、大丈夫です。この子は私が責任を持って治します。ピメンテルの名に懸けて!」





