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240.移住希望者を迎える(12月3日〜10日)

王都タルテトスで採用したレオン エンリケス男爵以下10名がマルチェナに到着したのは、秋の実りの採取と冬小麦の播種が何とか終わった12月始めのことであった。

彼等の到着が採用から1ヶ月以上も掛かったのは、移住希望者を引き連れて来たからである。

家令や執事の経験があるディマス ファリア、イシドロ マリアーノ両名の手配で王都タルテトス郊外に集結した移住希望者達は、さながら軍隊の行軍のように一路マルチェナを目指したのだ。行軍と大きく違ったのはその進行速度である。

移住希望者達は壮年の男女が多いとはいえ、老人も子供もいる。何より足枷となったのはその人数であった。使い魔の目を通して人数を数えていたルツが呆れたように嘆いたものだ。


「いったい何処からこんなに湧いてきたのじゃ。千人は下らんぞ……」


そうである。王都タルテトスだけでなくルシタニア州都アルカンダラやルシタニア各地の街や村、セトゥバルやカルタヘナからも移住希望者達が集まったのだ。その数は千数百人規模なのだが正確な人数は現時点でははっきりしない。名簿の作成が急務だが、名簿といっても転入届や住民台帳があるわけでもない。そう、無いのである。一体どうやって税制管理を行なっていたというのか、頭の痛い問題だ。


タルテトス領内ではテオドロ グスマンの図らいで近衛騎士団が護衛し、バルバストロ公領に入ったところでルツが使役するカラスとコウモリが護衛役を引き継いだ。フェルが指揮する一角オオカミの群れは彼等の隊列から付かず離れずの距離を保ち、必要に応じて食料や援助物資を運搬する役目を担う。カラス、コウモリ、それに一角オオカミは敵ではないと広く知れ渡っている様子で、荷馬車を引いたオオカミの姿にも彼等に動揺は無かった。


マルチェナ郊外に辿り着いた移住希望者達一組づつと面談し、名簿の作成と入植希望地を聴取する。マルチェナの住民のうち行政に携わった経験のある40人が手伝ってくれた結果、時間は要したが大きな混乱はなく彼等の全貌が明らかになった。

総数1,324名。成人男性862名、成人女性723名。残り261名のうち、男児が156名、女児が105名。子供の中には乳幼児も含まれる。人口性比で表せば123。フィッシャーの原理を持ち出すまでもなく、男女の比率が歪なのは厳しい生活を送ってきたからなのだろう。

それぞれが希望する職業や経験に基づいてそれぞれの居住地を割り振っていく。大半が農業経験者なのは想定どおりだが、鍛治職人や石工、大工といった専門職経験者も数十人はいる。それに衛兵や軍人、騎士家の出身者も少数含まれていた。彼等はアイダとカミラに預けて適性と実力を確認することにした。


それにしても、彼等の話には様々な悲哀が溢れている。

ある商人は野盗に積荷を全て奪われ、抵当に入っていた店も失い一家離散した。ある小作農家は父親が足に怪我をして働けなくなり追い出された。飲んだくれで暴力を振るう夫から逃げるように子供の手を引いて参加した女性の話を聞いて、アイダやビビアナが本気で怒っていた。皆の体験を記せば、それぞれ一冊の本ができるだろう。


さて、ロンダの受け入れ可能人口は4,000人ほど。グラウスは農業主体のいわゆる開拓村が大きくなったような街で、受け入れ可能人口は1,000人弱。グラウスでは先の騒乱から23人が生き残ったが、彼等はマルチェナで新しい暮らしを始めている。住み慣れた街に戻りたいか尋ねた時には顔を青ざめさせて否定したそうだ。救出までのおよそ2ヶ月の経験はさぞかし辛い記憶なのだろう。


入植希望者のうち、家族帯同で来ている農業経験者で選抜した50組256名と、軍人として修練を積んだことのある12名とその家族6名をグラウスに向かわせる。指揮官兼代表者としてイシドロ マリアーノを、臨時の衛兵隊長としてサバス アルビンを同行させることにした。

残りの1,050名はロンダで受け入れる。


全員の赴任先が決まり送り出せたのは、彼等がマルチェナに辿り着いて5日後の12月7日のことだった。


◇◇◇


本拠地であるロンダに戻った俺達には更にやる事がある。

彼等の住まいを割り振らなければならないのだ。幸いにも住民たちが居なくなったとはいえ、家屋はほとんどそのまま残っている。前の住民達が大量死したのだから心理的瑕疵物件どころの話ではないはずなのだが、家令や執事としての経験があるフィリアやマリアーノに言わせれば大した問題ではないらしい。

作成した名簿に沿って、家族ごとに家々を割り振っていく。考慮しなければならないのは家族構成だけではない。農業希望者が街の中心部に居を構えても不便だし、商人が街の外周沿いに店を開いても繁盛するのは難しいだろう。細かな調整や転居は必要になるにせよ、一旦は落ち着いてもらう事を優先する。個々人の希望を聞こうかとも思ったのだが、収拾がつかなくなるとのカミラとビビアナの意見を聞いて見送った。


入植希望者達がロンダに着いたのは翌々日の9日になってからだった。そこからが戦場のような1日となった。街の入り口で名前と家族構成を照合し家に案内する。1,050名、およそ300組全員の案内を終えるのに丸一日掛かった。


翌10日にアルカンダラのサラ校長から呼び出しが掛かる。アルカンダラ魔物狩人養成所の所長でありタルテトス国王の妹、つまり王妹殿下でもある彼女には、通信用の魔道具を渡してある。所長室(通称校長室)の据え置き型が1台と、娘達と同じ個人用のヘッドセットが1台だ。

呼び出しを受けたのはリビングに置いている通信機。ということは掛けてきたのは校長室の据え置き型の通信機からである。通信を受けたのは昼食後の団欒の際にたまたま近くにいたソフィアだ。


「はい、ソフィアです。あら、校長先生ですのね。どうされました?はい、そうですか。わかりました。少々お待ちくださいな」


そこまで言ってソフィアがこちらを振り返る。


「カズヤさん、孤児院の院長さんが御面会を希望されているそうです。子供達の支度ができたと。いかがいたしましょう」


「そうか。すぐに伺うと伝えてくれ。孤児院に伺えばいいのか?」


「それが養成所に連れて来られたようです。なので所長室にお越しくださいと」


「わかった。ではそのように。ルイサ、それにアリシア。一緒に来てくれ」


「あ!じゃあ私も行く!買いたいものもあるし!姐御はどうする?」


当然のようにイザベルが手を挙げる。だが話を向けられたルツは首を横に振る。


「儂は用はない。アイダとカミラも昨日着いた者達の相手で忙しいようじゃしな」


「そうですね。イザベル、干し肉が切れそうなんだ。どこかで調達してきてくれ」


「わかった。イーちゃんは?」


「私は特にないぞ。ビビアナはどうするんだ?」


「そうですね。私も残ります。昨日のうちに幾つか相談を受けていますので」


「あら。ビビアナさんが行かないのなら私がご一緒しますわ。どんな子達が集まっているのか気になりますし」


通信を終えたソフィアが近づいてくる。そういえばサラ校長はどうして直接俺にではなく据え置き型の通信機に掛けてきたのだろう。そんな事を考えているうちにソフィアの整った顔が真横に来ていた。


「どんな輩がこの国を、カズヤさんを狙ってくるか知れませんもの。私がきちんと監視しますわ」


その言葉は俺の耳元で囁かれた。

この亜麻色の髪の元軍人が何を考えているのか、正直言って未だに掴めない。孤児院の子供達にそんな大志を抱く者がいるとも思えないが、もしいたとすればそれはそれで心強いことじゃないか。もしその大志が人に仇なす野望となるなら止めればいいだけだ。それに子供達には自由な夢を見て欲しいじゃないか。

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