23.エルレエラへの旅路③(5月5日)
ふと目が覚めて、腕時計で時間を確認する。
深夜1時を回ったところだ。
夕食を終えたのは日が暮れた午後6時頃だった。
そこから一時間もしないうちに、昨夜見張りを引き受けた俺とアリシアはテントに入ったから、都合6時間は寝たことになる。
そう言うと、とても早寝をしたように聞こえるかもしれないが、日が暮れると特にやることがないのだ。
これが家や工房などでは、魔道具の光魔法やランタンの明かりなどで手元を照らしながら繕い物や書き物もできるのだろうが、わざわざ野営中にするようなことでもない。
なにせ娯楽というものがない。テレビの深夜放送やテレビゲームがあるわけでもなく、スマホで延々とゲームができるわけでもない。正確に言えば、娯楽に興じることができるほどの余裕が無いとも言えるのだろう。
その結果、とにかく子沢山の家庭になるらしい。
アリシアは3人兄弟で、兄と弟がいるらしい。
アリシアの兄弟は少ないほうで、アイダには5人、イザベルには6人の兄弟姉妹がいるとのことだ。
「でもたぶん家に帰ったら弟か妹が増えている気がします。なにせうちの両親ったら毎晩毎晩……その声を聞くたびに居たたまれなくなって、3人の兄達を追って家を出ました。12歳の時です。兄達は軍学校に行ったのですが、私は職業訓練校を選びました。兄達の訓練に付き合っていたおかげで、剣にはそれなりに自信があったのですが、軍での女の扱いはあまりいい評判を聞きませんでしたから」
食事の時のアイダの話に、イザベルが乗っかってきた。
「私も似たような理由かな。うちの母は私を産んでから避妊の紋を刻みなおしたらしいから、弟も妹も増えることはないけど。でもお母さんが言うんだ。“イザベル、あなたも生涯を捧げる殿方を見つけたら、天にも昇る快楽を教えてもらいなさい”って。お兄ちゃん?教えてくれる?」
「ちょっとイザベルちゃん!何言ってるの!カズヤさんに失礼でしょ!」
「そうだぞイザベル。カズヤ殿には3人とも世話になっている。教えてもらうなら3人一緒だ!」
ちょっとこの3人が何を言っているか分からない。
まあ夕食の話題で出た3人の事情はさておき、見張りを交代しよう。
テントのファスナーをそっと下ろすと、焚火の前に座り何やらごそごそと作業しているアイダとイザベルの背中が見えた。
「よし!これで完成!アイダちゃんちょっと着てみて!」
イザベルは昼間の戦闘で一角オオカミに切り裂かれたアイダのBDUを繕っていたらしい。
「ありがとう。やっぱり裁縫はアリシアかイザベルに任せるに限るな!私なんて獲物を捌くことと野営中の料理ぐらいしかできないから」
「アリシアちゃんの作ってくれる手の込んだ料理も好きだけど、アイダちゃんの料理も好きだよ!限られた時間と少ない食材から、ささっと美味しいご飯を作ってくれるじゃん!私が作ると全部スープになっちゃうから」
「イザベルの作ったウサギのスープはカズヤ殿にも好評だったじゃないか。私達はパーティードだからな。みんなで不得手なところを補い合って、やっていけばいいと思うぞ」
「そうだねえ。ねえアイダちゃん。お兄ちゃんの事だけど……アルカンダラに着いたら、そのままお別れなのかな。お兄ちゃんはあの不思議な家に帰っちゃうよね」
「そうだなあ。カズヤ殿はカサドールでもないし、私達と一緒にいる理由はないからな。今一緒にいてくれているのも、単に善意なのだろうし。ただなあ……まだ数日しか過ごしていないが、別れるのは忍びないな」
「これは……ね。私の妄想というか願望というか……まだ全然具体的でもなんでもないんだけど、お兄ちゃんと4人でパーティードを組めないかなって。それでね、アルカンダラでもどこでもいいんだけど、どこかに家を買って4人で住むの。夜のお相手は順番でもいいし3人纏めてでもいいんだけど……どうかな?」
「そうだな……って!えええええ!夜のお相手って、3人でするのか!?」
「え?アイダちゃん嫌なの?嫌なら私とアリシアちゃんだけでお相手するけど?」
「いや、嫌とかじゃなくてだな!そういうのは、ちゃんとお互いの気持ちを確かめてだな!!」
「じゃあ、アリシアちゃんの気持ちを確かめてから、お兄ちゃんに相談しなきゃだね!そろそろ交代だし、アリシアちゃん起こしてくる!この話はお兄ちゃんにはまだ秘密だからね!」
イザベルはアリシアが寝ているほうのテントに向かったようだ。
しかし出て行き辛くなってしまった。
レーダーとスキャナーだけ打って寝なおそう。
寝ている状態でのレーダーは、さほど監視範囲が伸びなかった。魔法力が直進しているせいで、空中に霧散してしまうのだろう。
レーダーによる監視範囲は立っている状態で約4キロメートル、膝立ちで約2キロメートルというところか。
半径約2キロメートルには魔物はおらず、半径300メートル以内に大型動物がいないことを確認してから寝なおす。
起きてきたアリシアとアイダが何やらひそひそ話しているが、聞いてはいけない気がする。
おとなしく寝よう。
翌朝は6時頃に目が覚める。
何故かテントの中にアイダが寝ていた。というか俺の人差し指に吸い付いて寝ている。
あんまり気持ちよさそうに寝ているから、少々悪戯をしてみたくなった。
人差し指でアイダの口の中を蹂躙してから引き抜く。
引き抜く瞬間にアイダが何やら悩ましい声を上げる。
パチッと目を開けたアイダが、覗き込む俺の顔を見上げてみるみる顔を真っ赤にして飛び起きる。
「違うのだカズヤ殿!これは決して夜這いなのではなくてだな!その……カズヤ殿の指を吸うと魔力の回復が早いとアリシアに教わって……だからその……」
「わかったわかった。とりあえず起きるぞ」
そう言ってアイダの頭を撫でる。もちろんアイダが吸い付いていないほうの手でだ。
「はい……本当に魔力が回復するのですね。魔力を分け与える能力でしょうか……」
まだ頭がぼーっとしているらしいアイダを置いて、先にテントから出る。
アリシアとイザベルが、昨日の朝と同じようにマッツァーを焼いていた。
「おはようございますカズヤさん!もうすぐ朝ごはんの準備ができますよ!」
「おはようお兄ちゃん!アイダちゃんも結局お兄ちゃんのこと好きなんじゃん!!」
「よう兄ちゃん!こんな所でもお盛んなことで。結構結構!」
ひどい誤解だ……こっちはただ吸われただけだぞ。
まあ誤解はさておき、さっさと朝食と野営の片付けを終えた俺達一行は、一路エルレエラを目指す。
ハビエルの話では、野営した地点から山一つをぐるっと迂回した場所にエルレエラの町があるらしい。
途中で一回休憩を挟んで、ちょうど昼前にはエルレエラの高い板壁が見えてきた。
スー村も板塀で囲まれていたが、エルレエラのほうが遥かに高い。目測で4メートルは越えていそうだ。
門で槍を持って立っていた二人の村人に誰何されることもなく、そのまま荷馬車に揺られながら門をくぐる。ハビエルが顔パスということか、あるいは通行証や身分証のようなものが無いのか。
エルレエラの街並みは、木と土壁を組み合わせてできた、全体的に白っぽい外観だった。
門から続く大通りに面した家々は全て2階建ての平屋根に統一されている。
門から100メートルほど進んだ先に広場があり、広場の真ん中には数軒の屋台が店を開いている。
荷馬車はその広場に面した一軒の店のような建物の前で停まった。
「よし!エルレエラの連絡所に到着だ。兄ちゃんは荷物下ろすの手伝ってくれよ!」
ハビエルに促されるままに木箱や麻袋を連絡所の裏手に運ぶ。
アリシア達も手伝ってくれた。
「これで今回の護衛任務は終わりだな。デボラ姉さんの証明書は誰が持ってる?」
ハビエルに言われて、アリシアがリュックの中から羊皮紙の巻物を取り出す。
ハビエルが巻物を開き、サラサラとサインをしてアリシアに返す。
「じゃあ報酬を受け取ってこい!ついでに一角オオカミの皮を売った代金もカウンターに預けてあるからな!」
「はい!いろいろありがとうございました。ハビエルさんはこれからどうされるのですか?」
アイダの問い掛けにハビエルが豪快に笑って俺の背中を叩く。
「まあ面白いもん見れたからな!俺は4日後には荷物を積んでスー村に逆戻りだ。たまにはカミさん孝行もせにゃならんからな!」
ということはハビエルはほぼ一週間おきにスー村とエルレエラの町を行き来する運送屋をしているのだろう。
「お前さん達はどうするるんだ?報酬を受け取ったらすぐ出発か?でも今日はたぶん午後から雨だぞ?」
アリシア達が顔を見合わせる。
「次の町のアステドーラに向かおうと思っていましたが……雨なら一泊していこうか?」
「そうだな。雨が降ると分かっていて、わざわざ向かうこともないな。どこか宿を取ろう」
「それなら宿は連絡所に紹介してもらえ!自分達で宿を探すより少しは安くなるからな!じゃあ元気でやれよ!あと兄ちゃんは3人とも幸せにするんだぞ!!」
ハビエルは再び俺の背を強く叩き、荷馬車に戻っていた。
アリシア達が顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「とりあえず!連絡所で報酬を受け取りましょう!!」
「そ……そうね!宿も紹介してもらわないと!」
「そうだね!幸せにしてね!お兄ちゃん!!」
イザベルの妄言は置いておいて、イザベルに腕を取られながら連絡所の扉を開く。





