238.アスタ②(11月7日〜14日)
カミラとアイダと一緒にルツに連れてきてもらった丘の上には、何人もの狩人が倒れていた。身体に付いている傷跡を見るに、トローの棍棒で頭を殴られ或いは投げ飛ばされた狩人達をフェル率いる一角オオカミ達が運んできたようだ。かなり荒っぽい運び方になったようだが、命が助かれば文句は言うまい。死人は文句すら言えないのだから。
丘の頂上にフェルが、丘の裾野に一角オオカミが陣取りトローを牽制している。トロー共が右往左往している今のうちに負傷者を街へと後送しなければ。
「ルツ!こいつらをまとめて街へ送る方法はないか!?」
「任されよう。あとでたっぷり感謝するのじゃぞ!」
ルツが負傷者達に向けて手をかざすと、彼等が倒れ込んでいる地面に幾つもの魔法陣のような模様が描かれる。ルイサが転移魔法を発動する時にも同様の魔法陣が出現するらしい。俺を含めた娘達が魔法を行使する時にはこんな魔法陣は現れない。人外独自の魔法なのだろうか。
「じゃあ行ってくる。アリシア嬢ちゃんの魔法が降ってくるから退避したほうがよいぞ!」
そう言い残してルツが負傷者と一緒に姿を消す。
「よし、次だ!フェル!森の切れ目までオオカミを下がらせろ!俺達も退避する!」
俺達がここまで出張ってきたのは、トロー共を結界魔法で閉じ込める座標指定のためだ。負傷者救出は領民を守るという大事なミッションだが、トローを取り逃がせばいずれ街そのものが破壊されてしまう。
心得たとばかりにフェルが咆哮する。好機と見たのかトロー共が丘の上に殺到してくる。
「全員フェルに掴まれ!取り残されるなよ!」
カミラとアイダがフェルに飛び付く。それを確認してからフェルに触れて転移魔法を発動させる。ほとんど同時に上空に結界魔法が展開され、大きな投網のように降ってきた。
◇◇◇
そこからはほとんど作業に近いものだった。
投網に絡め取られ身動きできないトローの急所に止めを刺して回る。奴等の全身は矢も剣も通さない剛毛で覆われているから、急所も限られている。狩人達が樹上から狙うのは後頭部から首にかけてのいわゆる延髄の部分だが、他にもコメカミや外耳孔、額の中央など毛に覆われていない場所に刃を突き立てるかAT弾を撃ち込んでいく。いっそのこと火魔法で焼き尽くしてやろうかとも思ったが結界魔法との干渉に思い至って断念した。それにこれからの領地運営に大量の資金が必要になるのだから、奴等が身に付けている貴金属は惜しい。貴金属と魔石の回収だけならルイサに引き寄せてもらえばいいのだが、その前に全て始末して結界魔法を解除する必要がある。広範囲即死魔法でもあればいいのだが、機会があったらルツに聞いてみよう。
そうこうしているうちにルツがホアキンを連れて合流した。
「そろそろ頃合いと思っての」
「向こうの様子はどうだ?」
「アリシアとビビアナに任せておる。そろそろ水が足りなくなるようじゃから、お主は一度戻ったらどうじゃ?。此奴らの始末は儂が代わってやる」
ルツが言う“水”とは俺が水魔法で生み出してペットボトルに詰めたものだ。一口飲めば魔力が回復し、傷に掛ければ軽症なら立ち所に癒える優れ物だ。西方の教会が販売している“聖水”と同じ効果らしいのだが、彼等の言う“神の奇跡”を他国の俺が行使できるというのは外交問題になりかねない。例えば“聖人の保護”を名目にタルテトス王国に俺の引き渡しを求めるなんてこともあり得るのだ。だから人前で“水”を治療目的で使う時には必ず治癒魔法と併用するよう娘達にも徹底させている。
「アリシア、負傷者の救護はどうだ?水が足りてないと聞いたが?」
「カズヤさん!大丈夫です。怪我で済んだ方の応急処置は終わりました。重症の方々への治癒魔法を続けます。亡くなった方も大勢いますが……」
「カズヤさん。亡骸はアルテミサ神殿の流儀できちんと対応しております。お気になさらずに」
「わかった。ソフィア、ありがとう。当面の危機は去ったと判断する。アリシアとビビアナは引き続き負傷者の対応を頼む。イザベル、聞こえるか?」
「もちろん!」
「ルイサと一緒にこっちに来てくれ。残っている狩人の捜索を開始する」
「了解!ルイサ、お願いね!」
イザベルの通信が切れるのとほとんど同時にルイサとイザベルが俺の後方2mの位置に転移してくる。ルイサの転移魔法は“俺の後方きっかり2mに転移する”という限定的なものだが、こういう時には有用だ。
「カズヤ殿!私もご一緒します」
抜き身の長剣を引っ提げてアイダが駆け寄ってくる。その長剣は既に真っ赤に染まっている。鞘に収めるのは憚られるのだろう。
「ああ。よろしく頼む。カミラ!ルツを任せる。引き続きトローの処分を進めてくれ。フェル!森に残る狩人の所に案内してくれ!」
ワフッと返事がしたと思ったら、BDUの襟元を咥えられてフェルの背中に放り出される。
「その方が安心だな。フェル、私も頼む」
何とかフェルのモフモフの毛にしがみついた俺の後ろに抜刀したままのアイダが跨る。
「カズヤ殿、ちゃんとしないと振り落とされますよ」
「お兄ちゃんも貴族様なんだから、馬に乗る練習もしたほうがいいんじゃない?」
「大丈夫ですお兄さん。私も馬には乗れませんから」
イザベルの言い分はともかく、ルイサのフォローが胸に刺さる。森に入るのにイザベルやルイサ、それにフェルのスピードに徒歩でついていくのは無理だ。それは理解しているが、この姿は何とも情けない。
なんとかフェルの背中で体勢を立て直し肩の毛を掴む。
「大丈夫です。カズヤ殿は私が護ります」
耳元で囁かれるアイダの声がこそばゆい。フェルが大きな身体を一揺すりして、森へと駆け出した。
◇◇◇
アスタの街の狩人ホアキンの先導で森へ入った俺達は、幾つかのグループに別れて潜んでいた狩人達に街へ戻るよう指示しながら、負傷者の後送と遺体の回収を進めた。
最終的に狩人側の死者は出撃していた114名のうち32名となった。生還した狩人達も五体満足で済んだのは40名ほど。その他の者達は手や足を失うこととなった。
襲撃してきたトローは52頭。その全てを倒して得たのは、金の装飾品およそ100Kgと多数の魔石、素材としてのトローの死骸、そしてアスタの狩人達からの畏怖を込めた信頼であった。
元の世界での金の価格は2000年代初頭までは1,000〜2,000円/kg程度で推移していた。手に入れた金の純度がどれぐらいかは比重を調べないとわからないが、仮に金地金の純度99.99%として100kgの金は当時の価値で1億円〜2億円相当となる。金の価格が跳ね上がった今では10億円は下らないだろう。
アスタの代表者は互選によってカーロス メイに決まった。酒場で絡んできた赤ら顔の男である。自薦や狩人からの推薦だけならともかく、住民の支持も厚いことが決め手となった。いや、住民の支持はカーロス メイ本人よりも配偶者であるエイザのおかげのようだ。このやたら気が利く恰幅のいいご婦人は、カーロスの人脈を使って困窮者の手伝いを手配したり、家や施設の修繕や数少ない畑や井戸の管理も引き受けているそうだ。実質的な街の世話人と呼んでいいだろう。
カーロスとエイザを交えた話し合いの結果、今回亡くなった狩人の遺族にはそれぞれ金貨100枚を、出撃し命は助かったが手足を失った者にも同額を、出撃して生還した者には金貨30枚を支給することにした。
また、継続的な食料と日用品の流通を確保し適正な価格で販売すること、当然狩りの獲物も適正な価格で買い取ること、また手足を失い狩りが出来なくなった者達の生活を支援すること。そのために早急に連絡所を設立することで合意した。
アスタの連絡所初代所長にはエイザが就任する。カーロスは衛兵隊長として引き続き街の防衛の任に就くこととなった。





