233.御前試合の顛末(10月13日〜11月2日)
王宮の中庭で急遽開催された御前試合は、いや、試合と呼べるようなものでもなかったのだが、こうして幕を下ろした。
負傷者31名。その全ては喧嘩を売ってきたマイヨール侯デブルー側のものだ。彼等が振るった大剣も槍の切先も、娘達の柔肌を傷付けることはなかった。それどころか鍔迫り合いすらさせてもらえずに、彼等は地面をのたうち回っている。意気揚々と準備していたアイダとイザベルのM870もカミラの三八式歩兵銃も1発も放たれることはなかった。援護するはずだった俺とアリシアも何もすることが無かった。それほどまでにデブルー達と娘達との間には実力差があったのだ。
「プラード殿。既に勝敗は決したように思うが」
呆気に取られていたプラードが俺の言葉に立ち直る。
「陛下、オリエンタリス伯の勝利と判定いたします」
プラードがロデリック王に恭しく一礼する。
王は満足そうに頷き右手を上げた。いや、上げようとした。
その時、抗議の声が上がったのだ。他ならぬデブルー本人から。
「待て……お待ちください陛下!」
デブルーはふらつく両足を踏ん張り、誰かの槍に縋ってようやく立っている状態だ。その頬は赤く腫れ上がっている。他の兵と違って切り傷や刺し傷はなさそうだから、アイダの剣の腹で張り飛ばされたのだろう。
「待てとは、いったい何を待つのかねマイヨール候。オリエンタリス伯の言うとおり、既に勝敗は決しているのではないか」
ロデリック王の口調には不快感が滲んでいる。
だがそんな事を気にした様子もなくデブルーが続ける。
「確かに我が騎士小隊はそこの女共に負けました。それは認めます。しかしそこの男!そこの男は参戦しておりません!そこの男に負けたわけではございません!我は一騎打ちを所望いたします!」
観客がどよめく。勝手に始められた賭けでは結構な大金が動いていたから当然と言えば当然か。どれぐらいの金を賭けたのか知らないが、まったく自業自得である。
しかし重ね重ね面倒な奴だ。
いいだろう。一騎打ちをお望みなら受けてやろう。
手にしていたG36Cをアリシアに渡し、せいぜい恭しく王に一礼する。
「一騎打ちを御所望とのこと、お受け致します。これ以上血が流れるのは不本意の極みではございますが、何卒ご容赦くださいますよう」
「うむ。許すぞオリエンタリス伯」
その言葉を得て、再び王に向かって一礼する。
これで仁義は尽くしたはずだ。槍に縋って立っている男がどうなろうと知ったことではないが、まあ死なずに済めばそれに越したことはないか。
「カズヤ殿!」
心配そうにしているアイダや娘達に軽く手を振り、デブルーに向かって歩き出す。
「さて、マイヨール侯、私は下賤な狩人ゆえ、一騎打ちの作法など心得ておりませぬ。つきましては先に我の一手を御覧いただきたく。如何ですかな?」
「よかろう。どれほどのものか見せてみよ。つまらぬ物であれば一瞬で突き殺してくれる!」
彼は縋っていたはずの槍を構える。
明確な殺意。試合ではなく死合である表明。上等である。
白いガンベルトからUSPハンドガンを抜き、セレクターをセミオートに合わせる。ちょうどデブルーの足元に誰かの兜が転がっている。アイダかカミラに張り飛ばされた騎士の物だろうか。金属製のバケツをひっくり返したような堅牢なものだ。中世ヨーロッパであればヘルムと呼ばれたであろうその兜に照準を合わせる。AT弾に掛ける魔法は貫通、そして直後の炸裂。0.2gぽっちの赤土の塊が蒸発したところで本来なら大した威力は持たないはずなのだが、この世界の魔法では大層な威力となる。デモンストレーションには丁度いいはずだ。
そう、これは示威活動なのだ。その結果として俺達に手出ししなくなるなら重畳である。
「さて、これを見ても同じことが言えますかな?」
軽い発射音、それに続く金属に穴が開く鈍い音、直後に生じた轟音は炸裂魔法によるものだ。数秒後に吹き飛んだヘルムの残骸が落下し乾いた音を立てる。
あらかじめ起きる事がわかっていた俺達は平然としているが、観客席のほうでは悲鳴と怒号が上がっている。それもそうだろう。炸裂音など花火や爆竹はおろか火薬すらないこの世界では聞いたこともない者も多いはずだ。物体が衝突する轟音とも違う大きな音は、もしかしたら雷鳴のように聞こえたかもしれない。
そして見るも無残な姿を晒したのはデブルーであった。至近距離の炸裂で吹き飛ばされたのだろう。尻餅をつき、顎がガチガチと音を立てるほど震えている。
「さて、マイヨール侯。次は卿の頭が吹き飛ぶ番ですな」
本来、卿とは君主が臣下に対して親しみを込めて呼び掛ける呼び方、ないしは男が同輩に敬意を込めて呼び掛ける呼び方だ。つまりはこの時点でデブルーという男は俺と同等ないしは格下である表明だったのだが、果たして通じているのかどうか。
まあよいか。わざとらしくそう伝え、ゆっくりと照準を合わせる。
「ま……待て!待ってくれ!」
デブルーは手にしていた槍を放り出し、地面に両手をついて額を擦り付ける勢いで頭を下げた。
「降参だ……降参する!」
やれやれ。娘達に歯が立たないとわかった時点でその言葉を口に出来ていれば、こうまで無様な姿を晒さずに済んだだろうに。
デブルーの眉間から照準を逸らし、審判役のプラードを見る。プラードの宣言を、今度は誰も邪魔しなかった。
◇◇◇
こうして御前試合は今度こそ幕を下ろした。
結果はもちろん俺達の圧勝だったわけだが、思わぬ副産物を得られた。ロデリック王からの報奨金と直参の身分、そして求めていた人材の目処である。
報奨金は有り難く頂戴し、集まってきた人材の雇用費などに充てることにした。
直参とは王直属の部下、つまり公爵や侯爵の仲介が無くとも王に直接面会することができる権利である。そもそも王宮内に転移できるのだから今更という気もするが、これで公式に侯爵に準じる立場である事を王自らが内外に示したということに大きな意味があったらしい。
だからこそと言うべきか、冷ややかな、或いは無関心を装っていた貴族達が軒並み好意的になったのは思わぬ収穫だった。大貴族の元で不遇を託っていた小貴族や一代男爵達が挙って面会を求めて来るようになったのだ。
そのせいで最も迷惑を被ったのはビビアナとソフィアであった。彼女達は3週間ほどの間王宮に留まり、面会希望者達の調整を引き受けてくれたのだ。いや、実に得難い才能だ。
ちなみに賭けの結果はサラ校長の一人勝ちとはならなかったようである。ビビアナの父であるオリバレス侯とシドニア伯ガスパール、王の侍従のブランカ プラード、それにホフレ バルガスは俺達に賭けていたらしい。俺達の勝利で一番喜んでいたのはバルガスだったかもしれない。
アイダが旧友と再会したのもこの頃のことである。アイダは王国騎士ローラン家の娘、王直轄の騎士団員を父に持つのだが、その旧友も王国騎士の家柄であった。名をジーナ アステラス。後に両名はオリエンタリスの双璧と謳われることになるのだが、それはもう少し後のことである。





