232.御前試合(10月13日)
“どうしてこうなった”
そう書き出すのも久しぶりな気がする。
ロデリック王との謁見、そして任命式が順調に終わり、オリエンタリスの家名と東方の領地を下賜され引き上げる。ただそれだけのはずだったのに、何故か俺達は武装して王宮の中庭にいる。
それもこれもデブルーという男が原因だ。俺達の前に手勢を率いて仁王立ちするあの男が強硬に試合を主張したのだ。
単に腕試しなどではない。自分が勝てば今回の任命は撤回、負ければ自分の首と領地を差し出すという。
だがその条件をルツが一蹴した。当然である。領地というのは繋がっていてこそ意味がある。飛地を得たところで、例えば通行税や関税など掛けられては何の意味もない。
代わりに俺が欲したのは人材だった。デブルーの首と領地の代わりに、デブルーが属するセトゥバル公配下の子爵または男爵位を持つ実務経験者を求めたのである。
何せ伯爵位など貰っても領地経営については所詮素人だ。傘下には幾つかの街や村があるが、騒乱を生き延びた者達の中には為政者側の者は殆どいなかったのだ。
デブルーの首の代わりに人材をよこせ。この提案はロデリック王も気に入ったらしく、二つ返事で決定された。
こうして直ちに御前試合の開催が決まったのである。
◇◇◇
俺達にとっては突然のことだったが、デブルーとセトゥバル公にとってはシナリオどおりだったようだ。王宮の中庭(中庭といっても小学校のグラウンドぐらいの広さはある)に場所を移すと直ちに屈強な男達が呼び寄せられた。その数30人。それぞれが武装しているが、全身をチェインメイルで覆い兜を被り大楯と槍を持つ重装歩兵が半数を占める。他は弓兵が6名、大剣を背負うものが同じく6名、プレートアーマーに身を包み騎乗している騎士が3名。
「ロデリック王よ!セトゥバル公配下の我がマイヨール家騎士団の精鋭を連れて参りました!たった30名では少々物足りないかもしれませんが、我が騎士団の勇猛さ、とくと御覧あれ!」
彼の配下の者達が一斉に雄叫びを上げる。中庭に面したテラスの上にいるロデリック王が拍手し、王の背後に控える四公爵もそれに続くと中庭の周囲に集まった武官と文官達も歓声を上げた。
「カズヤよ。あいつら賭けをしておるようだぞ」
たいして面白くもなさそうにルツが言う。
「ほう。一口乗っておくか?」
「何をバカな事を。あ、でもサラは儂等に賭けたようじゃ。せいぜい搾り取ってサラにいい思いをさせてやろうぞ」
校長は俺達に賭けたか。それにしても賭けの対象にもなるのだろうか。相手は屈強な男達、こっちは俺以外女子供だけだ。
「これより御前試合を執り行う!審判役は我、近衛魔法師団副団長プラードが務めさせていただくが、双方異存はござらぬな!」
中庭の中央で高らかに宣言したのはサラ校長が連絡役として王宮から招聘していたプラードだ。知らぬ顔でもないから任せてもいいだろう。
「では試合について説明する。マイヨール侯からは小隊規模での模擬戦の申し出があった。模擬戦とはいえ真剣を使用するが、オリエンタリス伯は如何か?」
「真剣を使用する以上は血が流れるのは御覚悟の上か?」
「おうおう、田舎の狩人は自分の血は流せねえってか?」
粗野なヤジが向こう側の男達から上がる。
「田舎の狩人ですって。あの男どうしてくれましょう」
「即死じゃなければお兄ちゃんが何とかするんじゃない?ねぇお兄ちゃん?」
「いいでしょう。私達は狩人です。よって魔法も魔道具も使用します。よろしいですね?」
「もちろんだ!全力でなければ意味はない!」
デブルーのその言葉に喜んだのは実はアイダとイザベルだったかもしれない。いそいそとM870にスラッグ弾を装填しているが、使わせていい物やら。
「承知した。では王と皆様の御安全のために周囲に結界を展開いたします。マイヨール侯も観覧だけならばお席に移動ください」
「何をバカなことを!当然我も参戦する!」
ははん。流石はセトゥバル公配下の武闘派で知られる男だ。自分も戦うらしいが鎧兜も無しに大丈夫だろうか。
プラードに目配せしてから、アリシアと2人で結界を構築する。王宮の中庭は200mトラックが設定できるぐらいの広さはあるが、その観覧席と中庭の間に網状の結界を展開する。網目の一片は約2mm弱。炎や水、それに風は通すがAT弾の欠片は通さない程度に設定した。これで流れ弾を気にせずに住むだろう。観客席の一角がどよめいている。展開された結界がどのようなものか気付かれたか。
デブルー率いる一隊との距離は50m強。大楯を構える兵士15名が先頭に立ち、後方に6名の弓兵がいる。合図と同時に矢が射かけられるだろう。
対するこちらの射手はイザベルとルイサの2名のみ。ただし2人とも同時に3本の矢を射るから、矢の数では負けないはずだ。
「イザベル、ルイサ。初手は任せるぞ」
「了解。ルイサ、矢を届かせることだけ集中して。アイダちゃん、お兄ちゃんのスキャン結果を譲渡、お願い」
「わかった。一応ルイサとビビアナにも」
アイダの固有魔法を経て、探知魔法した敵の位置を射手達に共有する。イザベルもビビアナも同程度の探知魔法は使えるのだが、同じ結果を共有したほうが認識のズレが無くなるらしい。
皆の準備が整うのを待って、プラードに声を掛ける。
「プラード殿。結界の構築は完了しました。こちらはいつでも結構です」
「よろしい。マイヨール侯は如何か!」
「いつでもよい!」
「では試合を開始する。はじめ!」
開始の合図と共にデブルーが大楯の影に入る。
イザベルとルイサが矢を放つ。イザベルは一斉射3本、ルイサは次々と三斉射。合計12本の矢がイザベルに誘導されてデブルー達にトップアタックを掛ける。
対するデブルー達の矢は先に俺達目掛けて殺到してはいるのだが、全て結界魔法に阻まれている。
デブルー達の陣営から馬の嘶きと怒号が聞こえる。
「よし、成功。射手6人と騎士3名を始末したよ」
「お馬さんに悪いことしちゃいました」
イザベル達は弓兵の弓を持つ腕と騎士の鎖骨を砕き、騎馬の尻に矢を刺していた。
「大丈夫だろう。騎手を振り落としてしまったら離れた場所で待機するよう訓練されている。馬の方がな」
自身も愛馬を有するカミラらしいフォローだ。
「踏み潰されるような間抜けがいないことを祈ろう。次だ。ビビアナ、面制圧を頼む」
「承知しましたわ」
そう言ってビビアナが愛用の短い杖を振るう。
次々と錬成された氷の矢が地を這うように飛んでいく。その光景はさながら水面直下を突き進む魚雷のようにも見える。
「目線より下から加えられる攻撃、大楯で防ぐとどうなるかしら」
ビビアナが呟いた直後に、大楯を構えた男達が吹き飛ばされ宙を舞う。トローやグランシアルボを一撃で屠るビビアナの魔法だ。吹き飛ばす程度に力は抑えたのだろう。
「カズヤさん、如何でしょう」
「ああ、十分だ」
大混乱に陥った相手方を見る。大楯兵が起き上がってくる気配は無い。いくら盾でガードしたとはいえ、宙を舞って地面に叩き付けられたのだ。直ぐには戦線復帰は難しいだろう。
残りは大剣装備の重装歩兵と落馬した騎兵だけか。
「アイダとカミラで前衛を任せる。兵装使用自由。無理はするな。だが殺すなよ。イザベルとルイサは遊撃、俺とアリシアで狙撃する。ビビアナとソフィアは適時援護を頼む」
「了解!魔物狩人を侮ったこと後悔させてやります!」
スラリと鞘走りの音を立てて長剣を抜いたアイダが、左手にM870の銃把を握り締めて駆け出す。着剣した三八式歩兵銃をローレディに構えたカミラが続く。
その後を二振りのダガーを逆手に構えたイザベルと、刃渡り30cmほどのマチェットを光らせるルイサが追う。2人はあっという間に先行するアイダとカミラを追い越し、敵陣の只中に飛び込んだ。
ここから先は一方的な戦闘となった。いや、最初から一方的だったのだ。デブルー達は攻撃らしい攻撃も出来ずに地に這いつくばり恐怖と痛みに喘ぐことになった。





