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231.任命式(10月13日)

いよいよその日がやってきた。

今日は屍食鬼(ネクロファゴ)騒乱の戦勝式兼辺境伯の任命式の日である。そういえば吸血鬼(バンピロー)が出たという話はすっかり屍食鬼(ネクロファゴ)に置き換わっている。情報操作の為せることなのか、或いは直接の脅威は吸血鬼ではなく屍食鬼だったということか。

前日までは妙にテンションが高かった娘達も今朝には落ち着きを取り戻した。緊張しているのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。王と事前に面会し、更にはルツとのやり取りを目撃して、王と言えどもタダの人だと認識したのかもしれない。

俺達は先に打ち合わせしていたとおりに一旦王宮の控室に転移し、王の侍従と待機することになった。


◇◇◇


遣わされていた侍従の名はブランカ プラードとホフレ バルガス。プラードは王宮に妹がいると言っていた近衛魔法師団副団長プラードの妹だろう。どうやらバルガスはビビアナの遠縁にあたるらしい。

ビビアナの縁者といって思い当たるのは養成所の現監察生であるバルシャド リエラ君だが、このホフレという男はどちらかと言えば芸術家肌のようだ。装着していた武装には一切興味を示さず、ひたすらに服のデザインを褒めちぎっている。


ここで武装解除されるかと思っていたのだが、そんな儀礼はないらしい。もっともいくら武器を取り上げたところで、魔法まで封じることはできないし意味がないという判断だろう。それでも長物のエアガンやアイダの長刀、アリシアの短槍などの目立つ武器は収納し、身支度を整える。


さて、式典であるが、これは既に始まっているらしい。会場は通称“玉座の間”と呼ばれている大広間だ。王に向かって右側に武官、左側に文官が並んでいるようだ。武官や文官と言っても当然列席しているのは貴族ばかりで、列の先頭にいるのは四大公爵家、つまりバルバストロ公、ルシタニア公、セトゥバル公、カルタヘナ公の4人。その後ろに各公爵家に所縁のある侯、伯が順に並んでいる。

今回列席しているのは伯爵までで、子爵や男爵はいないらしい。もっとも侯爵位や伯爵位を持つ者も全員が揃っているわけでもなく、様々な理由で領地を離れられない者もいるようだ。

ちなみにビビアナの父であるオリバレス侯と、赤翼隊(アラスロージャス)隊長のシドニア伯ガスパールは列席している。

特にガスパールは事の経緯をバルバストロ公爵と共に王に報告し、俺達を紹介する重要な役目を担っているそうだ。


この段取りを身振り手振りを交えて説明してくれたのが、侍従であるホフレ バルガスだ。この男、やはり武官というよりは文官、それも修飾語が過剰なタイプの文官だ。説明している間中、“偉大な”とか“我が国最強の”なんて言葉を幾度聞かされたことか。よっぽど数えてやろうかと思ったぐらいだ。


それはさておき、扉の向こうから聞こえる歓声が一際大きくなった。

いよいよその時らしい。


「ではイトー殿、皆々様におかれましても。御首尾をお祈りしておりますぞ!」


プラード妹の耳打ちでバルガスが合図を送る。

俺達は目的の広間へ一斉に転移した。


◇◇◇


広間の、玉座の正面に転移した俺達は拍手と歓声に包まれる。

だが必ずしも全員というわけでも無いようだ。後方からの視線には刺すようなものも含まれている。


右の武官側の先頭に立っていた男が王に向かって一歩踏み出して、高らかに宣言した。


「王よ!我が領地を踏み躙ったネクロファゴ共を一掃した者達を御照覧あれ!魔物狩人(カサドール)にして巡検師、王立アルカンダラ魔物狩人養成所教官、イトー カズヤとその仲間達であります!」


拍手と歓声が一層大きくなる。

俺の両隣に立つビビアナとルツが軽く手を振って歓声に応える。アイダ達は少し恥ずかしそうにしている。

ちなみに俺達は王に正対する場所に横一列に並んでいる。王の正面に俺が、俺の右手側にビビアナ、イザベル、ソフィア、カミラ、左手側にルツ、アイダ、ルイサ、アリシアの順だ。並び方で当然一悶着起きたのだが、最終的には俺の一存で決めた。貴族や王族相手の立ち回りを助言してくれるのはビビアナかルツしかいないし、イザベルやルツが暴走した時に彼女達を抑えられるのはビビアナかアイダしかいないのだ。フェルはログハウスでお留守番、グロリアを派遣していたのはアルテミサ神殿だからそもそも招待されていない。


ロデリック王が玉座から立ち上がり、隅に控えていた男から巻物を受け取り読み上げた。


「イトー カズヤ。此度の働き見事であった。その功により、其方に辺境伯の地位とオリエンタリスの家名を授ける。バルバストロ、ルシタニア両公の合意に基づき、両公の領地の一部を辺境伯領とする。これからも我がタルテトス王国の繁栄のため力を尽くしてくれること、期待しておるぞ!」


ビビアナとルツが俺の背を押す。


「あの巻物を受け取ってくださいな。それで式典は終わりです」


「そうじゃ。それでこの茶番は終わりじゃ。さっさと済ませよ」


両隣のビビアナとルツが小声で教えてくれる。

こういう時の仕来(しきた)りをもっと聞いておくんだった。少し後悔しながらもロデリック王の元に歩み寄り巻物を受け取る。受け取った巻物を左手に持ち替え、右手で王と固い握手を交わす。


身体ごと振り返ると、更に大きな拍手が贈られた。

そのまま皆の待つ列に戻り、再び王と正対する。


「異議あり!!」


その声が響き渡ったのはその時だ。どこぞの裁判ゲームやドラマ以外でリアルにその言葉を聞く機会があるとは思わなかった。

参列者が一斉に声の主を求めて辺りを見渡す。

振り向くと、静まり返った広間の真ん中に武官列から1人の男が進み出てきた。身長は俺よりも低いが身体の厚みは倍はあるだろう。長めの髪を後ろに撫で付け、頬には大きな刀疵がある。


「セトゥバル公配下のマイヨール侯デブルー。セトゥバル切っての武闘派として知られている方ですわ」


セトゥバルか。ルシタニア公領の西側、実り豊かな領地を持つ公爵家の配下が王の決めた事に楯突くというのであれば、そこには何らかの思惑があるのだろうが。


「マイヨール侯、余が決めたことに異を唱えるとは如何なる了見か。セトゥバル公も承知の上か?」


そう応えたロデリック王の声は落ち着いている。予想していた反発なのか、そもそも予定調和(やらせ)ではないだろうな。

その場にいた全員の視線が(もっとも四公爵は最前列にいるから、ほとんどの視線は彼の背後から向けられている)一点に集中する。その視線を追った先には、長身痩躯の男がいた。

その男が一歩踏み出して口を開いた。


「我が配下の非礼お詫び致します。しかしながら我がセトゥバル家および我の配下で長年に渡って国境を固めてまいった者達には、何らの恩賞も賜っておりませぬ。にも関わらず、どこぞの馬の骨とも知れぬ斯様な若造に領地を与えるなど、到底承服致しかねます」


「ほう。承服できぬとな。確かに貴公等の働きに我がタルテトス王家としては十分に報いてはおらぬかもしれん。では貴公は外征を望むか?」


そうである。恩賞として領地を与えるにも王の直轄領には限りがある。鎌倉幕府が傾くきっかけの一つが元寇、つまり北部九州への蒙古襲来の折に奮戦した武士達への恩賞が少なかったからだとも言う。敵国の領土を切り取らない限りは領土は拡大しないのだ。


「それもよいでしょう。しかし王家を支える力をすでに失った貴族から領地を接収し、相応しき者に賜ることも大事かと存じます」


「なるほど。では先の騒乱で惜しくも滅んだオリエンタリス伯の領地を相応しき者に与えることには賛成なのだな」


「仰るとおりでございます。王よ」


「ふむ。セトゥバル公はこう言っておるが、バルバストロ公はどう思う?」


「はっ。先の騒乱を収拾できなかったのは我の不徳の致すところ。功は全てイトー カズヤのものかと存じます」


武官列の最も王に近い場所に立っているのがガスパールが仕えるバルバストロ公爵か。威風堂々という表現がよく似合う。王國最強と謳われる赤翼隊(アラスロージャス)率いるガスパールが仕えるだけのことはある人物のようだ。


「ルシタニア公。其方の意見は?」


「今回の騒乱では我が領地に被害は出ておりません。しかしながら我が領内のカディスに襲いかかった魔物を討ち払ったのはそこにいる若者達でございます。私自身はその功に報いてはおりませぬ。然るに、此度の御沙汰に不満のありようもございません」


「ふむ。カルタヘナ公、其方はどう考える?」


「我が王よ。バルバストロ、ルシタニア両公の領地を削らずとも、その者の働きに報いる方法がございます」


「ほう。それはどのようなものか?」


「我が領地に接するオスタン公国の領土は、王都から見て北西に長く伸びてノルトハウゼン大公国と接しております。この地がオスタンとノルトハウゼンの共謀を容易たらしめ、陛下の御宸襟を悩ませておるものと愚考致します」


「それで。何が言いたい」


「彼の地を攻め落とし、その功でもってこの者に領地をお与えになるのがよろしいかと。さすればセトゥバル公が求める外征の希望にも沿ったものになりますし、両国の共謀を阻止することも叶いましょう」


「そして西方諸王国との交易でカルタヘナが栄えると」


「はい。一石二鳥ならぬ一石三鳥にございます」


「そう上手くいくかの。オリエンタリス伯、其方に求めるのは東方の護り。それ以外は雑音に過ぎぬが、先のカルタヘナ公の話をどう聞く?」


しばらく静寂が流れる。言葉に詰まっていたわけではない。単に俺に呼び掛けられたと気づかなかったのだ。

両の脇腹をビビアナとルツに突かれて我に返る。


「恐れながら申し上げます。私も、そして私に連なる者達も、攻め寄せる者には容赦しません。それが魔物であっても、例え人間であってもです」


人間であっても。その言葉にロデリック王の目が険しくなる。


「ですが我々から攻めることは考えておりません。もし外征をお考えでしたら、その任はどうか別の者にお任せくださいますよう。後顧の憂いは断ってみせましょう」


続けた言葉に王の視線がルツを見る。


「ふむ……大賢者様は聖域(サグラノ)に近寄る害意ある者を全て薙ぎ払われたと聞くが、其方もそれに倣うか」


やっぱりそんな感じだったのね。俺達も一歩間違えれば薙ぎ払われていたということか。イザベルやアイダがそうそう遅れを取るとは思えないが、アリシアやルイサ、それに俺ではルツの剣技には到底及ばない。くわばらくわばらというヤツである。


「良かろう。皆の者、伯の意思は聞いたとおりだ。外征の件は改めて考えるとして、伯には東方の護りを固めてもらうこととする。セトゥバル公、異論はないな」


「はっ。ございません」


セトゥバル公が恭しく腰を折る。

これで一件落着。そう思った矢先に、さっきのデブルーという男が再び声を上げた。

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