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229.王との謁見(10月7日)

さて、戦勝記念祝賀会の日が近づいてきた。

その前に一度王と顔合わせというか謁見の機会を賜るらしい。

賜るといっても、少なくとも俺はこの国の臣民ではないし王の家臣でもない。サラ校長が任命した巡検師でありアルカンダラ魔物狩人養成所の教官である以上はこの国に籍を置いてはいる。だがどうやら気持ちというか内面が追いついていないようだ。


「それはそうじゃろうな。正直言って迷惑極まりないというのが儂の本心じゃが、まあ何事も形式というのは必要じゃて」


そう言うルツもどうやら同じ気持ちらしい。

一方でアイダやビビアナ、それにカミラとソフィアはいつに無く緊張した面持ちである。イザベルとルイサはいつもと変わらないが、こっちはいまいち状況をわかっていないのかもしれないし、もしかしたら彼女達にも“ただの人間ではない”という自覚があるのかもしれない。アリシアは王に会うことを緊張しているというよりも自身がデザインした服がどう評価されるかを気にしているようだ。


この日に備えて娘達が用意した服は、一言でいえば軍ロリと称される系統の服であった。どうやらイタリアの国家憲兵隊(カラビニエリ)にインスパイアされたらしい。

黒を基調としたジャケットの袖周りと肩章、襟に赤いラインが走り、前合わせと4つある大きめのポケットのフラップには銀色のボタンが光る。左肩の肩章からは白いベルトが通され、背中側に収納魔法が付与された小さな箱型のポーチが掛けられている。

シャツは白でネクタイは黒。アリシアとビビアナ、ソフィア、ルツは同じく赤いラインの入ったロングスカート。ふわりとしているのはパニエでも着込んでいるのだろうか。アイダとカミラは乗馬ズボンのような太ももがゆったりして足首に向けて絞ったパンツ、イザベルとルイサは膝上丈のキュロットと白いタイツを選んでいた。足元は揃いの黒のロングブーツ。冬季用に裏地が赤いマントまで用意している。

そして各自の左肩と左胸には銀糸と金糸で燦然と輝くパッチが縫い付けられている。アリシアとアイダ、イザベルの左肩には二頭の黒い獅子が両側から銀色の盾を支える意匠、その他は2本の剣が盾を支える意匠。全員の左胸にあるのは大楯の上で組み合わされた二本の矢と一本の剣。獅子狩人と魔物狩人(カサドール)そして巡検師補の徽章(エンブレマ)を模した物だ。

更に頭には小振りの黒いベレー帽に、これまた黒い羽飾りを付けている。ルツだけはベレー帽ではなくベールを被っているが、これも雰囲気に合って良い。


当然のように俺にも揃いの衣装が差し出された。パッチの意匠が皆とは少し異なり、銀ではなく金の盾になっている。どうやらドイツ連邦軍のレプリカ制服からは卒業させられるようだ。


「うん。似合ってる似合ってる。右肩には紋章が決まったら付けるから開けておいてね!」


紋章かあ。紋章ねえ。

伊藤家の家紋として代表的なのは藤か木瓜(ぼけ)か。珍しいものでは九曜もあったように思うが、さて実家は何を使っていたかすら定かではない。そもそも家紋とヨーロッパでいう紋章は全く別のものだし、その地域によっても制定にはルールがあるだろう。そのあたり詳しいのはビビアナだろうか。


兎にも角にも、謁見に望む準備は整った。

あとは養成所でサラ校長と合流するだけだ。


◇◇◇


ロデリック アラルコン マルティネス

これが現タルテトス国王の名である。歳は40歳を少し過ぎたぐらい。口髭と顎髭を短く整え、顔立ちはサラ校長にどことなく似ている。

その王が俺達が待つ部屋に来るなり、姿勢を正す俺達を制しながらルツの前で膝を折った。


「大賢者様におかれましてはご機嫌麗しゅう」


呆気に取られる俺達を尻目に、ルツがそっぽを向く。


「そういう世辞はよいと言うておろう。そもそも儂の主はカズヤじゃ。汝が頭を下げるべきはカズヤであろう」


いやいや、何を言い出すのだこの婆さんは。


「よいかカズヤ。此奴はこの国の王でありながら国の厄介事を全部お主に押し付けるつもりじゃ。せいぜいふんぞり返って鷹揚に構えよ」


そんなわけにはいかないだろう。相手は一国の王だぞ。


「王よ。そのようなご配慮は無用に願います。この者は私利私欲で私と行動を共にしているだけです」


俺の言葉にルツはニヤリと笑った。


「私利私欲とは良く言った。そのとおりじゃ」


間髪開けず合いの手を打つかのようなルツの返事に、ロデリック王は呆気に取られたように俺とルツを見上げた。


「私利私欲とは……どういうことでしょうか」


「儂も腹が減るでな。ああ、もちろんお主らと同じ食事の話をしておるのではないぞ。儂ほどのドゥワンデともなると生きているだけで大量の魔力を消費しておる。此奴は魔力の補給源じゃ。だから共に生きる事を選んだ」


「では魔力の供給源さえ整っていれば、我が国の招聘に応じていただけたのでしょうか」


「無理をするでない。毎日うら若き処女を生贄に捧げるわけにもいくまい?」


「おい、なんか聞き捨てならないが。やはり吸血鬼(バンピロー)は処女の生き血を欲するのか?」


この婆さん、俺の知らぬ間に娘達に手を出していないだろうな。


「ふむ。まあ処女でなくてもよい。童貞の美男子というのも捨てがたいがの。そう考えるとお主はどちらでもないのに、どうして儂に選ばれたのじゃ?」


知らんがな。勝手についてきたのはお前だろうが。


「ちょっと姉様、さすがに!」


俺の後ろからアイダが小声でルツを叱る。

思わずといった様子で首を竦めるルツの姿に意外さを感じたのだろうか。ロデリック王が怪訝そうな顔をする。


「少々揶揄いが過ぎたの。まあつまりじゃ、儂の歓心を買いたいなら、この者達を丁重に扱えと。そういうことじゃ。それでロデリックよ。いつまで客人の前で跪いておる気じゃ?」


ルツが右の掌を上に向けて、指先だけで立ち上がることを促す。その仕草を見てロデリック王が立ち上がった。


「ではお言葉に甘えまして……イトー カズヤ殿、そしてお仲間の皆さんも。この度はお越しいただきありがとうございます。タルテトス王国の国民に代わって、王家を挙げて歓迎いたします」


こうして王家主催の昼食会は和やかに?開催されたのである。


◇◇◇


王がことさらに謙ってみせたのは、ルツがその吸血鬼(バンピロー)としての能力の一部でも使って俺達を支配しているのではないかという懸念からだったらしい。サラ校長からも報告が上がっており、王自身もルツと何度も会っているはずなのだが、どうやら心配性なようだ。

だが考えてみれば慎重になるのも無理はない。4つの州からなるタルテトス王国から実質的に5番目の州を分割しようというのだ。その州が人外(ドゥワンデ)に支配されることになれば、間違いなく王家は倒れる。場合によっては人類の敵扱いされるかもしれないのだ。

だとすれば、そもそも俺達に領地を与えるなどしなければいいとも思うのだが、それはそれで獅子身中の虫のようなものなのだろう。


ともかく、ロデリック王は俺を辺境伯として封じる覚悟が出来たらしい。終わり際に交わした握手は大層熱が籠っていた。

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