228.通信用魔道具の開発(10月4日〜5日)
幾つもの疑問を残しながらも、アリシアの実家での会談は終わった。俺達が東に行っていた事を糾弾するような口振りだったアリシアの母は、俺やルツが書斎に入ってから泣き崩れていたらしい。娘が何歳になっても母は母ということだろう。
何はともあれアリシアの実家を訪問するという当初の目的は果たせた。そういえば俺達が東方に領地を得るかもしれないという話を、アリシアは両親にしたのだろうか。これはもう一悶着ありそうだ。
◇◇◇
王宮へ赴くまでの間に新たに開発した魔道具がある。
遠く離れた場所へ向かう俺達には絶対に必要なもの、通信装置だ。
これまでも技適マークの付いた、いわゆる電波法に則った特定小電力トランシーバーは所持していたが、見通し200mほどの距離でしか使えない物だからほぼ使う機会はなかった。
だが校長室で引き合わされた近衛魔法師団副団長、プラードが使っていた念話とルツの反応から、この世界の魔法にも通信に使えるものがあるのではないかと考えたのだ。
そのことをルツに尋ねると、彼女はあっさりと首を縦に振った。
「ある。けど、お互いが同じ魔法を覚えておかないといけないから、ちょっと面倒」
相変わらずルツは俺と二人きりの時だけは口調も態度も変わってしまう。普段の高飛車な、年齢不相応(実年齢ではなく見た目の年齢だが)な物言いではなく、最初に出会った時のような、物静かで甘えたな、それでいて芯の通った雰囲気になる。もしかしたらこっちが本性なのかもしれない。
「同じ魔法か……それは覚えるのが難しいのか?詠唱が大変とか」
「難しくはない。ただ素質、あの子達が言う“加護”がないと発現は難しい」
「加護か。いったい誰の加護だ?」
「ふふっ。相変わらずカズヤは神々への敬意が足りない。でもそこがいい」
そう言ってルツはわざわざ俺の膝の上に座り直す。この姿に最初は激怒していたイザベルも、最近はすっかり諦めた様子だ。時々右と左に分かれて座ろうとするぐらいには。
「それで、誰に祈りを捧げればいいんだ?」
「あら。私でもいいのだけど」
そうなのか?ルツは大賢者とも称され自身は吸血鬼を自称する人外だ。神に等しい存在と言っても差し支えないだろうが。
「そうなのか?」
「そうしたらカズヤに魔法を掛けてあげるわ」
どんな魔法だよ。隷属魔法ではないだろうな。
思ったことが顔に出ていただろうか。軽く笑ってルツは続けた。
「まずは風の神エオーロ、光の神アグライヤ、あとは伝令史エルメスね。この3つが揃わないと念話は難しい」
エオーロの加護ならイザベルとビビアナが持っている。アグライヤの加護はアリシアとビビアナ、それにソフィアも持っているだろう。あとはエルメス……ギリシャ神話で言うヘルメースか。そんな加護は聞いたこともない。
「カズヤなら揃ってるでしょ。もちろん私も念話は使える。だからカズヤの考えてる事を読み取るぐらい簡単」
多分俺は酷い顔をしたのだろう。再びルツは軽く笑った。
「冗談。でもルイサはエルメスの加護も発現していると思う。でないとカズヤの後ろにだけ転移できる魔法なんて説明がつかない」
確かに。あのルイサがどういう理屈で俺の座標を特定しているか疑問だったのだが、他の誰かないしは何らかの力が俺の居場所を彼女の無意識に伝えているとすれば……
「それで、念話できればいいの?それとも魔道具にして皆が使えるようにする?」
「ああ、魔道具にしておこう。できればこう、耳の後ろに掛けるような魔道具なら目立たずに使えると思うのだが」
イメージしているのは骨伝導イヤホンだ。耳を塞いでしまうと周囲の音が聞き取れなくなるし、かといってスピーカーにしてしまっては内容が周囲に漏れてしまう。将来的にはラジオのような、あるいはテレビのような伝達手段も必要だが、まずは個人間の通信確保が先決だ。
「ふーん。まあやってみましょ」
そういってルツは長い詠唱を始めた。
◇◇◇
「へぇ〜。これで遠くに離れていても会話ができるの?」
イザベルが興味津々といった様子で摘み上げたのは、先日開発した骨伝導ヘッドセットだ。娘達全員分をそれぞれ色違いで用意した。アリシアは赤、イザベルは白、アイダは黒、ビビアナは黄色、ルイサは青。ソフィアとカミラ、ルツは俺と同じ茶色になったが、これはお揃いというよりも色のレパートリーが尽きたからだ。イザベルやビビアナほど髪色が明るくない年長組には馴染むはずだ。
「ああ。こうやって装着して、コメカミのところのスイッチに触れると発信が開始される。受信側は自動で始まるから、特に何もしなくていい。もう一度触れると終了だ。通話先は最初に呼び掛けることで特定される。呼び掛けがなければ全員に繋がるから、愚痴を言う時は注意しろよ」
「スイッチ……お腹すいた〜とかが皆んなに聞こえちゃうのか。よし、ルイサ!行こう!」
早速イザベルがルイサを誘って飛び出して行った。新しい物はいち早く試してみたい性分なのだ。
「では儂も遠くまで移動するかの。神域近くでも使えれば、まあ十分じゃろう」
ルツも転移魔法で移動する。
「それでは私はアルカンダラの街中で試してみますわ。アリシアさん、ご一緒にどうですか?」
「うん!ちょうど買い足したい材料もあったし!」
ビビアナとアリシアはアルカンダラに向かうようだ。
「それでは私もちょっと神殿の様子を窺ってきますわ。報告はこれで行いますので、カズヤさんはここにいてくださいね」
「妾も一緒か?」
「あら。そうですわね。だったらグロリア様はご実家に預かっていただきましょう。男爵様もご心配なさっておいででしょうし」
「そんなこと言って妾を幽閉するつもりじゃな!」
「あらあら。誰がそんな難しい言葉を教えたのかしら。ほら、行きますわよ」
ソフィアがグロリアを半ば引き摺るように出て行く。
部屋に残ったのは俺とアイダ、そしてカミラの3人だけになった。思わず顔を見合わせて苦笑する。
「居たらいたで騒がしいが、こう一気に居なくなると寂しいものだな」
カミラの呟きが俺達の心情を端的に表していた。
◇◇◇
通信用魔道具の試作品は思った以上の効果を発揮した。
森の中の岩陰からでも、養成所の地下室からでも、神殿内部に展開された結界の内側からでも、そして遠く東の地からでも通じたのである。さすがに遠く離れると少しのタイムラグはあるようだが、海外からの中継ほどではないし実用には問題にならないだろう。
この結果を受けて、幾つかの派生品を錬成した。
一つは据え置き型の受発信装置。これは養成所や連絡所に置いて使用する。
もう一つが据え置き型の受信装置と発信装置。イメージしたのは防災無線だ。使者や伝令を走らせて布告するよりも遥かに速く情報を伝えられるだろう。
こうして開発した受発信装置の一部は養成所を通じて貸し出され、俺達の懐を潤す重要な財源となった。
この“貸し出し”つまりリース形態での普及に拘ったのは、継続して金銭を得るためでもあるがオーパーツとも言うべき魔道具の市場流通をコントロールするためでもある。リバースエンジニアできるほど分解したり故意に破損させた場合には厳しいペナルティを課す契約だったが、それでもこの通信装置は引くてあまたの人気商品となったのである。





