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227.アリシアの実家②(10月3日)

地下の書斎に移動してからもアリシアの父親とルツの話が弾んでいる。彼は元 魔物狩人(カサドール)とは言え、根っからの研究者気質なのだろう。そして意外なことにイザベルがそこに絡んでいる。普段は頭を使うシチュエーションを極力避けている印象だが、別に苦手でもないらしい。


「ほう、魔物が存在する意味とな」


地下の書斎に案内された俺達は、質素な応接セットに座って話を続けている。


「はい。魔物であっても生態系に組み込まれたものもおります。例えば一角オオカミも魔物でないオオカミも、自然界での役割は同じです。肉食動物として草食動物を狩り、草食動物の増え過ぎによる生態系の変化を防いでいます」


「ふむ。それで?」


「では小鬼や大鬼は何のために存在するのでしょう。奴等は雑食で、普通の動物も狩りますが畑の穀物や果物も食します。何より同族以外の魔物も喰らいます。奴等の存在は食物連鎖の中では他の、例えば一部のサルやタヌキ、小さい物ならネズミなどと同じ立場にありますが、どうして小鬼や大鬼である必要があるのでしょう。どうにも異質です」


「トローやグランシアルボ、それにマンティコレやアラーナはどうなんだろう」


「それらも異質な存在だね。ですが少なくともグランシアルボについては普通の大鹿と同じ生き物だと考えています。その点は一角オオカミと同じです」


「でもさ、グランシアルボとかアラーナって普通の鹿とか蜘蛛が魔物の肉を食べたり魔石を取り込んだりして魔物になった姿なんでしょ。でもマンティコレとかトローは元の姿があるわけじゃないよね。そういう違いもあるんじゃない?」


「そうなんです。見た目、姿形や形態から元の生き物が類推できる魔物とそうでない魔物がいます。これらの違いは一体何なんでしょう」


「簡単なことじゃ。魔物が魔物の姿で生まれたかそうでないかの違いじゃ。さっきイザベルが言ったとおりじゃな」


「魔物が魔物の姿で……でもアラーナは?最初は蜘蛛だったのに、途中から人間に化ける能力を身に付けるってこと?」


「能力ではない。姿を変える魔法じゃ。今ではほとんど使う者もおらんし、エラム帝国時代ですらほんの一握りの者にしか伝わっておらんかったようじゃがな」


「姿を変える……それって私がビビアナになったり?」


「正確には“ビビアナになったように他人から見える”じゃな。姿形は変えられても性根までは変わらんぞ」


「え〜」


「まあ性根が変わらずとも、ビビアナの姿であれば堂々と北街区にも出入りできるし、オリバレス侯のツケで飲み食いできるぞ。どうだ?覚えてみたくなったか?」


「え、いや、そんなことは考えてないよ!これっぽっちも!」


慌てたそぶりで否定して見せてはいるが、この娘が考えていたことなど大賢者様にはお見通しなのである。


「イザベルの妄想は置いておくとして、ルツよ。魔物が魔物の姿で生まれるとはどういう意味だ?確か大鬼は小鬼が孕ませた女性の胎内から大鬼として産まれる、これはまあ目撃したから間違いないと思うんだが、だったら小鬼はどこから産まれる。小鬼の雌など見たことがないぞ」


「小鬼は木の股から産まれるでの。ああ、比喩ではないぞ。木の股からも洞窟の岩からでも、魔素が濃い場所ならばどこからでも産まれる。それも武装した姿でじゃ。もしかしたら東の領域から転移してくるのではないかとも儂は考えている」


武装したまま何かの胎内から産まれてくるとは到底考えられない。確かにどこかから転移してくると考えたほうが自然か。


「東の領域に奴らの住処があると?」


「そう。住処というより人間と同じように街や国家を形成しておるかもしれん。何せおよそ人類が足を踏み入れていない、どうなっているのかも不明な魔物の支配領域じゃ」


「あのエラム帝国の時代でもか?」


「そうじゃ。奴らも結局は長大な山脈を越えることはできなかった」


万年雪を登頂部に冠したニーム山脈か。おそらく標高は少なくとも3000m級、もしかしたら4000mを超えているかもしれない。元の世界での3000m級の山脈であれば例えば北アルプスや南アルプスが挙げられるだろうが、夏には雪は溶けているはずだ。気候が違うとはいえ、それぐらいの標高になると魔物は生息できないのだろう。だが元の世界であれば3000m級の山脈を踏破する技術はさほど特別なものではなかった。夏山ならば十分な装備を整え入念に準備すればそう難しくないようにも思える。

それよりも気になるのは、ゴブリンが東の領域から転移してくるのではないかという仮説のほうだ。仮にそうだとすれば、東の領域から離れた場所にも奴等が現れる理由にはなる。ならばその目的はなんなのか。


「小鬼は魔物達の先兵である。そう大賢者様はお考えなのですか?」


ルイス、アリシアの父親が身を乗り出す。


「うむ。そう考えれば辻褄が合うでの」


「もしかして大鬼も小鬼が召喚してるんじゃ……」


「そうかもしれん。大鬼だけでなくトローやマンティコレも奴らが呼び寄せているのだとすれば……」


「あまり考えたくはない仮説だな」


「でも間違ってるとは言い切れないね。ねぇ姐御、召喚魔法って小鬼でも使えるようなものなの?」


「どうじゃろうな。そもそも小鬼が魔法を使うということ自体が仮説の域を出るものではないし、もしかしたら儂らが知っている魔法とはもっと別の方法なのかもしれん」


「それは何かの魔道具ということでしょうか」


「その可能性もあるな。魔道具ならば魔法を使えなくとも魔力さえあれば使えるからの」


特殊な魔法の魔道具化については様々な恩恵を受けている。ルツが言う召喚魔法の魔道具化が荒唐無稽なものだとは思えないが、そもそも召喚魔法など話に聞くだけで実際に目の当たりにしたことはない。

いや、もしかしたら俺自身がその体験者なのかもしれないのだった。他の場所から移動してきたというなら正しく俺はそれだ。

まさか……ゴブリンと間違えて召喚されたのではあるまいな……


「ルツよ。召喚と転移は本質的に同じものか?何らかの儀式によって、とある場所から別の場所に生命体を転移させる。それが、こちらから向こうへならば転移だが、向こうからこちらへならば召喚、そう言えなくもないと思うのだが、どうだろう」


「そうじゃな」


ルツは俺が口にした疑問にあっさりと答えた。


「例えばじゃ、其方が上階で儂を呼ぶとしよう。儂は転移魔法で上階に移動する。其方は儂を召喚したということになるな」


「ちょっと待って姐御。ってことは小鬼や多鬼も転移魔法が使えるってこと!?転移魔法って虹の女神イリス様の御加護じゃないの!?」


「ふむ。そうは言うておらん。あくまで可能性の話じゃ。そもそも儂がイリスとやらの加護を受けていると思うか?」


まあそんなことはないだろう。ルツは人外(ドゥワンデ)、人ならざる者だ。人間が崇める神への信仰心があるとは思えない。

神々の加護によって人は魔法を行使できるというのがこの世界での通説だが、それは魔物に対抗する力を持てるようにするためだという。だとすると魔物は魔法を、それも俺達が知らない魔法を使えると考えるのが自然だ。

もしかして俺は魔物によって召喚されたのだろうか……

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