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224.貧民街(9月30日)

翌日にはルイサが育ったという貧民街に足を踏み入れた。

同行者はルイサとビビアナ、そして護衛と称してアイダが付いてきてくれた。護衛などいらないと一度は断ったのだが、アイダが聞かなかったのだ。もちろんアイダがいてくれるのは心強いのだが、そんなに危険な場所なのだろうか。

アルカンダラの南門まではアリシアとイザベルも同行した。彼女達はそれぞれの実家に手紙を出すらしい。イザベルはともかくアリシアの実家は同じ街にあるのだから直接行けばいいと思うのだが、先触れというか予めお知らせしておくのが礼儀らしい。


アルカンダラの貧民街はアンダルクス川の辺り、港の外れに広がっていた。港といっても州都の城壁の中にあり、当然家々も建っている。パッと見はそう治安が悪そうには見えない。


「当然ですわ。城壁の内側に居を構える者は、貧しいかもしれませんがアルカンダラの民として認められた者達です。僅かではありますが税を納めるか労働を対価として支払っておりますの。おいそれと道を踏み外すことはありませんわ。少なくとも表立っては、ですけど」


つまり市民権を持っているということなのだろう。森の中に家がある俺よりはよっぽどちゃんとしているな。


「カズヤ殿、家を持たない者達は城壁の外側で暮らしています。そちらに向かわれる際には一層ご注意を」


俺の左を歩くアイダが耳打ちする。


「税金か。そういうことも考えなければならないのだな」


「税率のお話ですわね。もちろんそうですが、すぐには必要ないでしょう。ただ編入されるマルチェナやエシハについてはご一考願います。その他の街とあまりに差があると、ゆくゆくは問題になるかもしれません」


「そうだな。考えておこう」


とは言うものの何をどうすればいいのやら。

俺が考えを巡らす暇もなく、ビビアナとルイサの話題は別のことに移っている。どうやら何故貧民街、というか貧しさが存在するのかという問答のようだ。


「人が人と集まって生活するならば、必ず格差というものが生まれます。人の上に立つ者、その人に従う者、というふうにです」


「それは私達にもですか?」


「そうですわ。例えばカズヤさん。もし私達の中から誰か一人だけ旅の供を選ぶとしたら誰を選びますか?」


何の心理テストだ。


「旅の目的にもよるが……アイダかカミラだな」


「私ですか!?」


アイダの顔がサッと赤くなる。


「あら。それはどうしてですの?」


「近接戦闘に強く経験も豊富だ。俺に足りないものを埋めてくれる」


「そうですか。他には?」


「もし2人目を選べるならイザベルかビビアナだ。攻守に優れた魔法師だからな」


「なるほど。もし貴族の屋敷に招かれたのであればいかがですか?」


「当然ビビアナだな。次点でソフィアだろうか」


「ルイサさん。このように、私達の間でも格差、というか序列が生まれます。もちろん条件が変われば選ばれる者、つまり序列も変わりますが、結局のところ目的に合った人材を欲していることに変わりありません」


ビビアナはルイサに何を教えようとしている。


「人間にとって普遍的なもの。それは自分の命と、自分に属する者の命です。次に金銭でしょうか。それらを守るために、あるいはより多く得るために必要な力を人間は欲します。それが格差を生む原因です」


「命とお金……食べ物は?」


「そうですわね。食事も大事ですわね。つまりルイサさん。何でもいい、何でもいいのです。誰かの役に立てるようになりなさい。きっとあなたの立場を確固たるものにしてくれますわ」


「ビビアナ姉様やアイダ姉様のように?」


「そうですわ。きっとあなたも私達のようになれますとも」


もしかしたらビビアナはアイダに一昨日のルイサの様子を聞いていたのかも知れない。あの時ルイサは涙を浮かべていた。俺にはルイサの涙を拭うことはできても、ルイサがどう生きるべきか諭すことはできないだろう。


「面白い考え方です。生まれた家柄や身分など関係なく、ただ誰かにとって有益か否か。しかしそれでは、何も生まず何もできない者はこの世に生きる資格すらないのでしょうか」


アイダが呟く。アイダが感じた疑問は正しい。先のビビアナの自説では貧富や身分の差が生じる原因の説明にはなるが、それはそのまま弱肉強食を肯定する考え方だ。


「そろそろですわね」


ビビアナが呟く。

彼女の視線の先にはお世辞にもしっかりしているとは言えない石壁に囲まれた一軒の家があった。園庭と言うには少々荒れているが庭もある。二階建てではあるが壁も屋根も燻み、ところどころ壊れているようだ。庭ではルイサと同じか少し幼いぐらいの子供達が数人遊んでいる。


「つきました!ここが私がいた孤児院です!」


ルイサが両手を広げて紹介してくれた。


◇◇◇


「ルイサちゃんだ!おかえり!」


すぐに子供達が飛びついてきた。女の子が3人だ。男の子も2人いるが流石に飛びつきはしなかった。


「ただいま!ベアにマイテにエレナ!みんな元気だった?」


「うん!お腹は空いてるけどね!」


「腹減ってるのはいつもだからな。おかえりルイサ」


「相変わらずだねぺぺ、それにナチョも!」


同世代の友人に見せるルイサの笑顔は、俺達と一緒にいる時とはまた違う輝きを見せる。年上の中では多少なりとも気を張っているのかもしれない。


「ロラとアルはどうしたの?まだ一緒にいる?」


「あっと……あの2人は、その……」


ぺぺと呼ばれた男の子が口籠る。彼はルイサより少し年上だろうか。彼が口を開くより先に、建物の方から声が聞こえた。


「お客さんかね?おや、ルイサ!ルイサじゃないか!」


「院長先生!」


ルイサが駆け寄った先にいたのは初老の男性だった。


「あら、フィエロ先生、あなたでしたのね」


「まさかビビアナお嬢様ですか!どうしてこのような場所に……」


「ビビアナ、知り合いか?」


「ええ。私がルイサぐらいの歳の時に、家庭教師に来てくださっていましたの。お久しぶりですわフィエロ先生」


「ご立派になられて……まだ先生と呼んでくださいますか」


「もちろんです。先生、この孤児院を案内してくださるかしら。ルイサ、積もる話もあるでしょう。一緒に遊んでいらっしゃいな」


「兄さん、いいですか?」


「ああ、気をつけてな」


「わかりました!ベア!行こう!」


ルイサが子供達と駆け去っていく。

養成所では年齢の違いもあって浮いていたルイサが生き生きとしている。やはり同世代の友人は必要なのだろう。


「ささ、お嬢様、お見せするのも心苦しい場所ですがどうぞこちらへ。お付きの方もよければご一緒に」


俺とアイダのことを従者だと思っているのだろう。そう勘違いするのも無理はない。養成所の制服を着ているわけでもないし、ビビアナは見た目からして本物のお嬢様なのだ。彼女の幼少期を知る者ならば尚更だろう。


フィエロの案内で通された部屋は応接室兼執務室のような場所だった。中央に古びた応接セットが置かれており、部屋の奥には堆く書類が積まれた机がある。

応接セットのソファーの端に座るようビビアナが俺を導く。結果的に席順は奥から俺、ビビアナ、アイダの順になった。

その光景にフィエロが疑問を感じたようだ。


「お嬢様、失礼ですがそちらの方は?」


「あら、ご紹介が遅れましたわね。我が盟友のアイダ ローランと、養成所教官にして巡検師でも有らせられるイトー カズヤ様です」


「教官……巡検師……」


「カズヤ様は先の騒乱を治めた功により、伯爵位が内定しております。拝領するのはバルバストロとルシタニアの両公爵家から割譲される地域ですわ」


フィエロの額に汗が噴き出す。やはり俺が来たのはまずかっただろうか。

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