221.サラ校長との会談(9月29日)
どうやら俺達は辺境伯として屍食鬼に襲われた地方に赴任するらしい。辺境伯とは地方長官、つまり中央政府から高度な権限を認められた役職である。一般的に貴族の序列は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士の順だが、辺境伯となると辺境地域一帯、つまり幾つかの地域をまとめて治めることになる。序列は伯爵と同じく侯爵の下だが、実際はほぼ独立国に近い扱いをされることも多い。と、ここまでは俺が知っている“辺境伯”のイメージだ。
そしてルツは俺を辺境伯として推したのがビビアナの実家であるオリバレス家だと言う。そこには当然何らかの思惑があるはずだが、娘達もそれに気付いているようだ。
「えっと……ビビアナちゃん。娘が選んだ相手ってどういうことかな?」
「しくった……ビビアナはアイダちゃん狙いだと思って油断した……まさかここで実家を担ぎ出すとは……」
「ちょっとお待ちなさいな。私も初耳ですわよ!」
「まあ当然じゃな。侯爵家の娘を嫁がせるなら、同格の侯爵家か格上の公爵家と相場が決まっておる。少なくとも伯爵以上の地位がないと見劣りするでの」
「いやいや、もういいって。でもどうしよう。流石に侯爵家相手に事を構えるわけには……よし!お兄ちゃん!私と一緒に逃げよう!それしかない!」
「私も兄さんと一緒に行きます!」
「だから!何でそういう話になるのです!そもそもですね!」
「ちなみに、伯爵以上の爵位を持つ貴族は一夫多妻が普通じゃぞ」
「そうですわ。私のお父様も妻が三人おります。だから皆さんが慌てることはないのです!」
「ってことは、やっぱり自分も数に入れてんじゃん」
「まあいいじゃない。みんなで幸せになりましょう」
「そうだな。私達もずっと一緒だ」
一瞬凍りついた雰囲気がすぐに溶けて、それまで以上に和やかな、いや、むしろ甘ったるい感じになる。
そんな娘達を見ながら、ルツとサラ校長が顔を見合わせた。
「サラよ。こやつらずっとこんな調子なのだが、本当にいいのか?何なら儂とカズヤだけでもいいのじゃぞ?」
「女の子が集まればこんなものでは?それよりカズヤさんにはこの子達全員が必要でしょう。ねえカズヤさん?」
ようやく俺が口を挟めるシチュエーションが巡ってきたらしい。それにしても一夫多妻制とか物語の中でしか聞いたことがない。現代社会でもイスラム圏の資産家では普通にあるらしいが、夫人間での気苦労が絶えず短命だと何かの記事で読んだ。この子達なら大丈夫だろうか。
そこまで考えた末に気付いたことがある。俺は赴任先がどうとか、そんな役目は荷が重いとか、全く頭に無かったのだ。考えていたのは娘達のことと娘達同士の関係性だけだ。
「もちろんです。この子達がいてくれたから、今までやってこれました。誰かが欠けても何処かで躓いていたでしょう」
「では決まりじゃな。サラよ、それだけではあるまい?」
「はい。今日からニ週間後に王宮で祝賀会と任命式が行われます。そこに転移魔法で列席すること、これが条件となります。転移魔法という失われた魔法の価値、そして皆さんが彼の地を守護するに相応しい力を持っているかを示すまたと無い機会です」
つまりデモンストレーションをやれということか。
俺は王宮なんぞ行ったことはないが、ルツならあるのだろうか。あと2週間あるなら下見に行くべきかどうか……
「わかりました。王宮ということは王に拝謁しなければならないのですね?」
「もちろんです。任命者は王ですから。出来れば私も連れて行ってくださいな。それと、ビビアナさん、オリバレス侯もご参席されるそうです」
「お父様が!?本当ですか?」
「あ〜あ、やっぱり。ルイサ、お兄ちゃんの背中は任せた。アリシアちゃんと私でお兄ちゃんの左右を守るよ!アイダちゃんは前ね」
「それでは私がカズヤ殿に触れられないではないか!っと、アリシア!代わってくれ」
「ダメです!いくらアイダちゃんの頼みでもカズヤさんの隣は譲れません!」
「あのなあお前ら、誰から俺を守るつもりだ。そろそろいい加減にしろ」
「は〜い」
「それはそうと、辺境伯とはどういった役回りなのですか?俺はこう、ぼんやりとしか知らないのですが」
「うむ。この国で辺境伯が任命されるのは儂が知る限り初じゃからな」
「あなたが知らないのならば誰も知らないでしょう」
「サラよ、そういう事を言っているのではない。この際オリバレス侯の思惑は置いておくとして、王宮はカズヤに何を期待しておるのじゃ?」
「そうですね。プラード、説明してください」
「はい。第一に彼の地の防衛を。魔物の侵入はもちろん、無人の地を狙う野盗の類いも防いでいただきたい」
これは想定の範囲内だ。
「第二に、彼の地の復興を任せるとのことです。大賢者様のお知恵をいただけるのであれば容易だろう、王はそう仰せです」
簡単に言ってくれる。復興といっても、そもそも人がいないだろうに。人口を元に戻すには何十年掛かると思っているのだ。
「まぁそれは建前というものです。先にプラードが“それぞれが大隊に匹敵する武力を有する”とお伝えしましたが、王と四公が恐れているのはまさにこの武力です。イザベルさん、もし赤翼隊がカズヤさんと敵対するとして、あなた一人でシドニア伯の首を獲る自信はありますか?」
「う〜ん……めんどくさいとは思うけど、やれなくはないかな」
「アイダさん、あなたなら?」
「それがシドニア伯自身の決断で他の者に罪はないとすれば心が痛みますが、可能です」
「ビビアナさん、あなたは?」
「もちろんできますわ。時と場合は選びますけど」
「私は無理です。私の魔法は攻撃には向いていませんから」
「でもカズヤ殿が立て篭もるなら、その場所を強固に守る事はできそうだな」
「それはまあ。トローが群れで襲ってきても、イザベルちゃんが大暴れしてもへっちゃらだけど」
「ちょっと待って。今トローと私を同列にしなかった?」
「そういう事です。伯爵家が率いる一千の大隊でもあなた達一人を相手するのも難しい。侯爵家の数千、公爵家の一万の軍を持ってしても、あなた達全員に立ち向かうには相当の被害が出るでしょう。カズヤさんとその一派は、今では王国最強なのです。そんな者達に領内をうろうろされては困る。かと言って国外流出は避けたい。だから領地を与え、その場所に囲い込むのです」
やれやれ。俺達は猛獣扱いか。イザベルは不満そうだが、まぁ娘達がそれでいいなら良いのだ。ぶっちゃけ俺達は転移魔法でどこにでも行けるし、どこででも娘達が一緒なら楽しくやれるだろう。だが領地を得て定住し、そこを快適な場所にするならばそれなりに準備とか段取りが必要だ。
「俺達がその地に赴任するとして、絶対的に足りないものがあります」
「お金?」
ああ、それも足りないがもっと重要なものだ。
「領民じゃな。住居は使い回すとしても、住む者がいなければただの廃墟じゃからな。サラよ、この娘達が何人か子を産むにしても、たかが知れているぞ。どうするのじゃ」
そう。領民である。
マルチェナはともかく、エシハはほとんどの成人男性を、ロンダ、グラウスは住民のほとんどを失っている。失われた命は優に5,000人を超えているのだ。特にエシハの復興には絶対に男手が必要だ。
「王国内から広く入植者を募ってはいかがでしょう。元々この地は幾度となく大襲撃に晒され、その度に入植と復興が行われました。ここアルカンダラとその周囲を取り巻く石垣と土塁はその名残です」
「ネクロファゴが闊歩していた街や村に入植するような者がおるかの。お主ら、別の思惑があるじゃろ」
「ええ、まあ……」
「棄民じゃな」
棄民。戦争や災害で困窮する人々を救済せずに、国家や為政者が見捨てること。またはその政策。
「棄民ですか。王国はそこまで追い詰められているのですか?街はそんなふうには見えませんが、いったい何故?」
俺の声にはもしかしたら怒りが混じっていたかもしれない。ハッとした様子でサラ校長が顔を上げた。





