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215.単独行動(9月6日〜7日)

俺一人でロンダの街へ向かったと知ったら、間違いなく娘達は動揺するだろう。もしかしたら泣くかもしれない。

それでも娘達に休息が必要なのは確かだし、一方でロンダとグラウスには小数だが生き残りがいるのも分かっている。だがその命の灯火は明日には消えるかもしれない。

アルカンダラの養成所に第一報が届いたのが7月18日のことだった。既に1ヶ月半が経過している。

一般的に人間が食事を摂取せずに生存できる限界が45日〜60日前後だという。水がなければ限界はもっと早く訪れ4〜5日となる。いつ限界が訪れてもおかしくない状況のはずなのだ。

だからこそ生存者を探し出して安全な場所に移動させなければならない。そのためにルツにロンダとグラウスに連れて行ってもらい、更にマルチェナに飛んでグレイシア男爵とも話を付けている。あとは無事に生き残りを救出するだけだ。


徘徊する屍食鬼(ネクロファゴ)を避けるために屋根から屋根へと転移を繰り返して生存者を探す。探しながらも校長室でのルツとの話を思い出す。


「そんなに心配ならさっさと転移してパパッと生き残りだけ攫って、安全な街に避難させればよかろう。その力があるのにどうしてちまちまとやっておるのじゃ?趣味か?」


彼女はあっけらかんとしてそう言ったのだ。

趣味か……娘達に辛い思いをさせたくないなら、アルカンダラでもスー村の家にでも引き篭もっていればいい。無辜の人々を救いたいのならルツの言うとおりさっさと行動すればいい。ただし残念ながらこの二つが必ずしも両立するとは限らない。安全な場所に引き篭ることを娘達は良しとはしないだろう。しかし半ば壊滅した街や村に娘達を再び突入させていいのか。あの気丈なカミラですら涙を流したのだ。俺自身がこれ以上耐えれそうにない。


ふと顔を上げると、幾つもの青白い光が見えた。百か二百では利かない数の揺らめくそれは、光というよりも鬼火あるいは人魂(ヒトダマ)のようだ。その神秘的な光景に思わず息を呑む。何だこれは……

その光は集合離散を繰り返し、やがて3つになる。それがばらばらの建物の上に灯った。


何かの罠だろうか。

チョウチンアンコウが誘因突起から放つ発光液による光は、獲物を口へと誘い込む効果があるという。さっき俺の背後から手が届く距離を通っていった光からは熱を感じなかった。熱のない光源といえばLEDライトだが、そんな物がこの世界にあるとは思えない。何者かの、例えばマグスニージャルの魔法によるものだとすれば迂闊には近づけない。

もしそうではないとすれば可能性はなんだ。

ソフィアの精神支配下にあったマグスニージャルの一味が嘘を言えたとは考えにくい。とすれば捕らえた5人以外の手勢が近くにいるとは思えない。どこかに潜んで罠に掛かる者を待っている可能性は低い。

罠……誘因……あの青白い光が何かの理由で誰かを誘っている、あるいは何かのマーキングをしているのは間違いない。

誰かとは誰だ。周囲の屍食鬼(ネクロファゴ)の動きに変化はない。ならば少なくとも魔物を誘う罠ではない。


やはりあの下、建物の中に何かあるのが自然か。

行こう。ここで立ち止まっていても仕方ない。怪しい光に怯んで誰も助けられなかったなんてことになれば、娘達やカミラから何と言われるか。

覚悟を決めた俺は、最も近い青白い光の元へと転移した。


◇◇◇


転移直後に青白い光はばらばらに飛び去って残り2つの光と合流した。俺の足元の建物は黒っぽい天然石を薄くスライスしたスレート葺きの傾斜の緩い切妻屋根だ。このスレートに阻まれて、屋根の上からは上手くスキャンが反応しないのだ。

屋根窓の閉ざされた鎧戸の隙間から覗くだけでは内部を伺い知ることができない。そっと開いて内部にスキャンを放つ。

建物は木造2階建で1階に地下室がついている。2階には同じ大きさの部屋が6つ。1階には大広間と受付のようなカウンター、ここは宿屋だろうか。カウンターの奥にも部屋があるが、こちらが居住スペースのようだ。ということは……

見つけた。地下室に極めて弱い生命反応がある。数は4つ。そのうち2つは子供のようだ。

屍食鬼の反応は……屋内にはない。それを確認してから室内へとジャンプした。急がなければ。


ヘッドライトとG36Cのフラッシュライトを頼りに地下室へと向かう。室内には荒らされた形跡はない。何十日もの間、周辺を屍食鬼が徘徊していたはずだが、たまたま難を逃れたのか。

スキャンのおかげで迷わずに地下室の入り口に辿り着く。床板に開いた一辺が1mぐらいの蓋が入り口で間違いないようだ。

既に異臭を感じる。こんな環境下で人間が人間の尊厳を保って生きていられるのだろうか。

蓋に取っ手のようなものはなく、小さな穴が2つ開いている。鍵穴ではない。下水のマンホールのように、この穴に鍵状の物を引っ掛けて引き上げるようだがそんな治具は近くには落ちていない。

山刀(マチェット)を突き刺し、ゆっくりと引き上げる。ノエさんが居てくれればブービートラップの有無をチェックしてくれただろうが、そんな余裕はない。周囲舞い上がる埃と一緒に、汚物臭と饐えた臭いが立ち上る。


「誰かいるか!返事をしてくれ!!」


中から呻き声が聞こえる。ヘッドライトに照らされた地下室の床までの高さは2mほど。木の梯子は掛かっているが使う勇気はない。

人間の足が見える。大人の足のようだ。床下に頭を突っ込んでその先を見る。見つけた。ガリガリに痩せた大人が2人、子供が2人。その他に遺体のようなものはない。

生存者の手を引っ掴み、そのままマルチェナの街へと転移した。


◇◇◇


同じ要領で残り2組の生存者を救出してマルチェナへと保護する。

あの青白い光の柱は戻ってきた時には消えていた。どうやら生存者の居場所を示していたらしい。ルツの魔法だろうか。あの小柄な大賢者様は七百余年を生きているらしいから、まだ俺が知らない魔法を使えても不思議ではない。

腕のミリタリーウォッチは0時過ぎを示している。

今頃、娘達は心配しているだろうか。

月明かりに照らされたロンダの街並みを城壁の上から見渡しながら、あらためて重苦しい気持ちに包まれる。

街の規模はエシハよりも大きくカディスよりも小さい。人口は4,000人といったところか。生き残ったのは3組15人のみ。その全員が女性と子供だった。生存率0.4%は統計上は全滅に等しい。生き残った者達は喜ぶのだろうか。自分達の街の惨状を聞いて絶望の内に俺を呪うかもしれない。俺に出来ることは何かないのか。

いや、何も無いな。俺はこの世界ではただの異邦人に過ぎない。人よりちょっと魔力量が多いだけの、ただの無力な人間だ。

自然と涙が滲んでくる。

周囲を徘徊する屍食鬼の群れ。彼らに罪はない。悪いのは何らかの方法で最初の一匹を世に放ったマグスニージャルだ。どんな組織なのかは知らないが、罪の責任は取らせなければ。


「お兄さん!」


「お兄ちゃん!」


ルイサとイザベルの声が聞こえると同時に、背中に優しい衝撃が加わる。

振り返った先には娘達がいた。


◇◇◇


「お前達、どうしてここに?」


滲んでいた涙を拭い、飛びついてきた2人の頭を撫でる。


「心配しました!お兄さんが何処かに行ってしまうんじゃないかって。それで……」


「まったく、何で一人で行っちゃうのよ……あ!それよりもね!」


イザベルは俺に小言を言うより重要なことを思い出したらしい。


「ルイサったら凄いのよ!姐御からお兄ちゃんがロンダに向かったって聞いて、転移魔法で追いかけたんだからね!」


転移魔法?ということはルツが連れてきたのか。俺以外ではルツしか転移魔法は使えないはずだ。


「もう夢中で……お兄さんに追いつかなきゃって」


「ルツ、どういうことだ?」


「私が連れてきたのではないぞ。その娘の魔法じゃ。いささか歪な魔法じゃがの」


その娘って、ルイサが転移魔法を発動させたのか!?

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