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199.解放宣言④(8月18日)

グレイシア男爵との会談はごく短時間で終わった。

男爵とは昨日顔を合わせはしていたが、状況が状況であったために俺達の顔を覚えてはいなかったようだ。まるで伏し拝むかのように感謝される姿をガスパールが皮肉っぽい笑顔で見つめていた。

ひとしきり挨拶が終わった後に、ガスパールが老男爵に話し掛けた。


「グレイシア男爵、よくぞ持ち堪えてくれた。民の顔色も良いし、この街はもう大丈夫だろう。しかし引き続き襲撃がないとは限らぬ。一部の歩兵と輜重兵、早馬用の騎兵を何騎か街の外に配置して、我らは次の街に向かう。それで宜しいか?」


「ははぁっ!ご配慮痛み入りまする」


「よい。足りない物があれば用立てよう。クレアル、貴殿を連絡要員に指名したいがよいか?当方からは副官のルイスを街に残す。まぁ人質だと思ってくれ」


「はっ!勿体無いお言葉、全身全霊を持って任にあたらせていただきます!」


これはクレアルの反応だ。名前が出たもう一人のほうは少々情けない表情を一瞬浮かべたがすぐにポーカーフェイスに戻った。


「さてと、ではコレにて失礼する。民と兵を安心させねば貴族としての立場が霞んでしまいますからな。男爵もこれから大変であろうが、共にバルバストロ公のため、国王陛下のため、そして何より民の為に尽力して参りましょうぞ」


伯爵と男爵、その立場の違いも感じさせないように手に手を取り合う老人と若武者。良い絵面ではあるのだろうが、妙に俺の心には刺さらなかった。


◇◇◇


会談を終えると直ちに、広場に集まっていた街の人々に向かってガスパールが宣告した。


「マルチェナの民よ!これまでの苦難、耐え難き苦痛によくぞ耐えてくれた!今日ここに!この街からネクロファゴの脅威が取り除かれたことを宣言する!」


先頭から始まった拍手と響めきが広場全体に行き渡るのを待って、彼は言葉を続けた。拡声器も無しに大した声量である。


「マルチェナは解放されたが、近隣の街や村は未だネクロファゴの脅威に晒されておる!我ら赤翼隊(アラスロージャス)は、アルカンダラから駆け付けてくれた魔物狩人(カサドール)と共に、これらの街や村をも解放する!ネクロファゴを一掃するのだ!」


一際大きな歓声が広場を満たした。


こうしてマルチェナは屍食鬼(ネクロファゴ)赤翼隊(アラスロージャス)の脅威から解放されたのである。


◇◇◇


その夜である。

グレイシア老男爵に請われて屋敷で一泊することになった俺と娘達は、誰が招集するでもなく屋敷の広間に集まった。ルイサとグロリアの年少組もビビアナとソフィアにくっ付いて来ている。

そこで俺はガスパールとのやり取りを話し、娘達からは街の人々から得た情報を聞かせてもらう事になった。

街の声は概ね称賛と安堵であるが、安心しきってもいられないというのが本音らしい。


「カズヤ殿は一連の騒動が大襲撃(グランイグルージオン)に連なるものだとお考えですか?」


アイダが俺にぶつけた質問は街の人々も娘達も同じように感じていた不安なのだろう。

大襲撃(グランイグルージオン)。およそ70余年周期で起きるという魔物達の一斉襲撃。娘達からも養成所の教官からも、はたまたごく普通の人々の口にさえ度々上るそのフレーズは、語られる頻度ほどに詳細が伝えられていないようだ。

曰く“300年ほど前にアドラ ドゥランなる魔法師が大鬼を率いて戦った”とか、そんな伝説紛いの話ばかりだ。


「わからない。というのが正直なところだな。なぁカミラ、養成所や軍には、もっと詳細な情報はないのか?」


「無いわね。前回のグランイグルージオンは先先代の更に前の国王陛下の御世でしょう。最年長の狩人でも産まれる前の事よ」


4世代前か。元の世界での70年前といえば昭和20年代。終戦直後が終わりアメリカ文化が一気に流れ込んで来た頃。映画で言えばローマの休日や七人の侍が公開された時代であり、当然、記録が文字だけでなく映像として残されている。だが例えば昭和20年代の70年前に遡ればどうだ。或いはもっと前、例えば西暦1000年代の中世ヨーロッパであれば、70年前の記録や記憶など辿るのは難しいだろう。王朝が替わり政治体制が変わったりすれば尚のことだ。


「それでも文書や記録は残っているだろう。神殿にはどうだ?」


「最前線になったはずのアルカンダラになら、或いはあるかもしれませんわ。でも気にもしたこと無かったですわね」


「さっさと逃げ出すつもりだったからだろ」


「当然ですわ。もう切った張ったの仕事はウンザリですの。そもそも魔物に対処するのは狩人の役目ですわ」


「そんなこと言って軍にいた頃より生き生きして見えるがな。狩人に向いてるんじゃないか?」


「あら。そんなことはありませんわ。おほほほほ」


真面目な話をしていたはずが、すっかりカミラとソフィアのペースに巻き込まれてしまった。アイダが諦めたように両手を肩の横で振る。


「ですが」


そんなアイダの仕草を見て我に返ったのか、ソフィアが声のトーンを戻す。


「アルカンダラのアルテミサ神殿にならば何らかの資料が残っているかもしれません。或いは御領主様のお屋敷か王族ならば……」


王族という単語を聞いてカミラが身を乗り出す。


「なあ、これは秘密……でもないんだが、校長は王妹殿下で在らせられる。校長先生ならば何かご存知かもしれない」


王妹殿下だって?王妹といえば国王の実の妹、国家形態によっては王位継承権を持つ王族ではないか。

思わず息を呑んだのは俺だけで、他の皆はケロッとしていた。


「まぁ、カズヤさんを巡検師に任命なさった時点で、王族の方であることは自明の理でしたわね」


「そうなの?絶対なんかあるとは思ってたけど、そうか、王族だったんだ。ふーん」


「王妹殿下で在らせられたか。道理で佇まいに気品が満ちておられた訳だ」


「う〜ん……話し方とか気を付けなきゃかなあ」


ビビアナとイザベル、アイダとアリシアが4者4様の感想を口にする中、ルイサとグロリアはキョトンとしている。単語そのものに聞き覚えがなかったのだろう。

ソフィアといえばサラ校長と面識そのものがなかったのかも知れない。いつもの糸目のまま表情を崩さない。驚いたのは俺だけか。


「なあビビアナ、巡検師ってのは王族でないと任命できないのか?」


そんなご大層な説明はなかったはずだ。校長室で徽章を渡され、役回りについて、つまり“国内外を巡視し必要に応じて狩人や国軍に対して助言や指導を行う”者だと説明されただけだ。確かに考えてみれば各地の領主や有力貴族の息が掛かった、例えばタルテトス正規軍の精鋭にしてバルバストロ公側近であるシドニア伯ガスパールが率いるような部隊もあるのだ。そんな国軍の指導を行うとなれば、王族のお墨付きが無ければそうそうやれる事ではないだろう。


「そう聞いておりますわ。もっとも先代の巡検師が任命されたのは30年前、先王様の御世ですから、知られていないのも無理はないですわね」


豪奢な金髪を軽く揺すって答えるビビアナは、ルシタニアでは序列3位、タルテトス王国全体でも序列8位の侯爵家令嬢である。本来ならまさしく“深窓の御令嬢”だったであろうに、当の本人は魔物狩人(カサドール)として生きる事を決めて今ここに居る。


「まあ校長先生はさておき、アルカンダラ公ならばツテがありますわ。お父様に頼んで探っていただきます」


「よろしく頼む。全てはアルカンダラに無事帰還してからだな」


サラ校長が王妹殿下であったという話題から半ば強引に話を逸らされたまま、今夜はお開きとなった。いや、逸らされたままでいいのだ。あまり深く考えるときっといい方向には転ばない気がする。

あの黒づくめの集団が何か関係している。その疑惑はほとんど確信に近いものだが、俺も含めて誰もそのことを口にはしなかった。

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