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186.先行出撃③(8月14日)

動物型の魔物は心臓の位置に魔石と呼ばれる魔素の塊を宿す。魔石の大きさは魔物の大きさに比例するが、小鬼(ゴブリン)で小指の爪ほど、オーガでは大人の親指ほどである。

一方で魔物ではない動物は魔石などという物は宿していない。当然である。体内に、それも心臓にへばり付くように鉱石のような物が成長してタダで済むはずがないのだ。

そこまでは理解している。イビッサ島で目撃した超大型のサソリモドキであるビネグレータ、あるいはイリョラ村で狩ったグサーノのような節足動物の魔石が何処にあったのか疑問は残るが、今はそんな場合ではない。


カミラとソフィアは、発見した赤翼隊兵士の遺体を解剖しようとしている。

俺達をこの場所に案内してきたイザベルは、目の前で何が起こるのか理解できていない様子だ。

イザベルに、この銀髪の小柄な娘に人体解剖など見せていいのだろうか。

もちろんイザベルは魔物狩人(カサドール)である。1年早く養成所を卒業することになったが、獅子狩人の徽章を持つ立派な狩人だ。

一般的に医学を志す者は一度は人体解剖を見学するという。法医学者や検死医にとっては業務の一環だろう。

だがイザベルは狩人であり年端もいかない少女だ。

そんな俺の葛藤に気付いたか、カミラが俺の顔をチラッと見る。早く決断しろ、そう訴えているように俺には思えた。


「イザベル、皆に伝令。これより死体の解剖を行う。不測の事態の備えて、アリシアは結界魔法を、イザベルは風魔法の障壁を展開して待て」


「風魔法の障壁?なんで?」


吸血鬼(バンピロー)屍食鬼(ネクロファゴ)が人間を魔物に変える仕組みが分かっていないからだ。空気中を漂う細かい塵に乗せて何かするのかもしれない」


ウイルスあるいは細菌の類いを俺は疑っている。ウイルスであれば空気感染する恐れもある。


「……お兄ちゃん達は?」


「当然同じ処置をする。ストールとゴーグルもあるしな」


首に巻いたアフガンストールで鼻までを覆い、カミラとソフィアにも同じようにさせる。ただの布がどれだけ効果があるかわからないが気休め程度にはなるだろう。


「わかった。気をつけてね」


普段のイザベルは天真爛漫で何事にも首を突っ込みたがる美少女である。養成所時代はツンツンしていたらしいが、今はそんな態度は全く見せない。

そんな彼女が素直に指示に従い一目散に馬車まで戻ったのは、これから始まる事がある種の異常事態だと理解しているのだろう。


◇◇◇


イザベルが皆の所に戻ったのを確認して、兵士の死体に向き直る。兵士が纏っていた濃い小豆色のガウンが脱がされ、傍らに置かれている。


「どうする。鎖帷子を脱がそうにも死体が固まってて動かせないぞ」


「もう、カミラさんは不器用なんですから。ちょっと変わってくださいな。こう見えて殿方のお召し物を脱がせるのは得意なんですの」


「お前さん見たまんまじゃないか」


「あら。どう言う意味ですの?」


カミラとソフィアが兵士の鎖帷子を脱がそうとしているが上手くいかないようだ。


「ダメですわ。指先も入っていきませんし、背中側から切り裂くしかないですね」


「背中側って鎖ごとか?そりゃノエでも居なきゃ無理ってものだろ」


カミラの口からアステドーラで出会い1ヶ月以上行動を共にした華奢だが頼れる兄貴分の名前が出た。確かにノエさんの固有魔法ならば、鎖帷子ぐらいは易々と切断できるだろう。


「カズヤ、何とかならないか?鎖ごと切れと言われてもアイダの剣でも無理だぞ」


アイダの持つ剣は至極普通の直剣である。本来は両手で握って振るう物だが、彼女はセカンドウェポンにショットガンを選んだ時から片手で振るうようになった。大した膂力である。だが剣は剣でしかない。業物かもしれないし、アイダの腕ならば斬鉄も可能かもしれない。だが着用した状態の鎖帷子を容易に切り裂けるのであれば、そもそも鎖帷子の意味がないではないか。

とは言え鎖帷子を切断しなければ先に進めない。番線カッターやボルトクリッパーでもあればいいのだが、生憎とそんな便利な工具は持っていない。

ノエさんが居ればな……そんな益体もない事が頭をよぎる。

ノエさんの固有魔法……あの発動原理は何だ。

熱したナイフでバターを斬るように易々と万物を切り裂く魔法の刃物……まさか高周波ブレードか。

高周波ブレードとか超音波カッターは、刃物を長手方向に高速振動させることによって切りにくい物を切断する技術だ。その振動数は確か20,000〜40,000Hzにも及ぶ。

ノエさんが魔法を発動していた時に、そんな高周波のような不快な音は感じなかったが、もっと周波数が高いのかもしれない。


試してみるか。

ミリタリーリュックからサバイバルナイフを一振り取り出す。腰に下げている物ではなくもう一回り小振りのシースナイフだ。元々はパラコード巻きのグリップだったが、現在はグランシアルボの角から削り出したグリップに変え、握りの中央付近には黒い魔石を嵌め込んである。ビビアナ達がルイサにプレゼントする過程で作った試作品である。

そのサバイバルナイフを握りゆっくりと魔力を込める。当然だが数万などという振動数を人間の手の動きで再現するのは不可能だ。ナイフのエッジに纏わせた魔力の流れだけで振動数の再現を試みる。

兵士の頸から逆刃に差し込んだエッジが鎖帷子に触れた瞬間、あっさりと鎖が切断される。


「えっ!?」


その声はカミラのものかソフィアのものか。一番驚いたのは俺だったのは間違いない。


そのまま兵士の腰の辺りまで斬り下ろし、鎖帷子を左右に開く。


「これでいいか?」


振り返ると目を見開くソフィアと、呆れたように軽く頭を振るカミラの姿があった。


◇◇◇


「いっ!今のは何ですの!?何の力も入れずに鎖を断ち切ったように見えましたわよ!?」


上擦った声でソフィアが詰め寄る。


「はぁ……何でノエの固有魔法をお前さんが使えるんだ……まあいい。ソフィア、ここからは私達の仕事だ。さっさと終わらせるぞ」


別にノエさんの固有魔法を再現したつもりはない。だがインスピレーションを得たのは事実だ。何だかパクる側の言い訳みたいで少々後ろめたい気もしながら、カミラとソフィアを見守る。

ソフィアが自分に掛けた光魔法は所謂“浄化魔法”というやつだろうか。薄らと光る手でナイフを握った彼女が、兵士の亡骸の背中側から刃を突き立てた。


◇◇◇


結論だけ記しておこう。

赤翼隊兵士の亡骸の心臓に該当する位置には、魔石があった。“あった”というのは違うかもしれない。心臓そのものがそのままの形で魔石になっていたのである。ゴブリンやオーガの魔石とは比較にならない大きさの魔石を回収し、元兵士と言うべき亡骸を火葬して地中深くに埋め、俺達はその場を離れた。


この事実を娘達にどう伝えるべきか……

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