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183. 偵察隊が戻る(8月13日)

アリシア達がエシハの街で集めてくれた情報は正に玉石混淆といった物だった。

それでも、万が一感染(と表現していいのか不明だが。屍食鬼と化すプロセスすら不明なのだ)しても治癒魔法が効くらしいというのは有益な情報である。

しかし、今回行動を共にするのは赤翼隊(アラスロージャス)の総勢800人余だ。いくら治癒魔法が効くとしても、生ける屍と正面からぶつかって感染者0というわけにもいくまい。とすれば赤翼隊内部で爆発的に感染者が急増する恐れがある。そして彼らは一人ひとりが屈強な兵士だ。もし彼らが武装したまま隊内でゾンビと化したら、あるいは街中でその凶刃を振るい始めたら。考えただけでもゾッとする。


思考を整理するために皆から少し離れた場所で一服する。

こういう時にはイザベルも戯れついてはこない。皆は数日振りの再会を祝しているのか和気藹々と盛り上がっている。

しかしどうしてこうも話す事があるのだろうな。


◇◇◇


よし。怯えてばかりも居られない。

俺達に与えられた任務は“吸血鬼(バンピロー)を討つ”事である。

優先順位ははっきりしている。

第一に娘達、もちろんカミラとソフィア、グロリアを含めた全員を無事にアルカンダラに帰すこと。

次に元凶である吸血鬼を無力化すること。

そして可能な限り人々を救うこと。

もし可能であれば赤翼隊の面々の感染を防ぐこと。


この優先順位を守るためならば、下位の目標は犠牲にしても仕方ない。赤翼隊には申し訳なく思わないでもないが、彼等とて任務としてこの場所にいるのだ。


「作戦は決まった?」


煙草の火を消す仕草で察したのだろう。アリシアを先頭に皆が近づいてきた。


「ああ。偵察隊から得られた情報次第だが、俺達が先行して進む。アリシアとビビアナ、ソフィア、治癒魔法は使えるな?」


「もちろん。魔力たっぷりだし問題ないわ」


「私も使えます。ですがカズヤさんのように一気に広範囲に治癒魔法を掛ける事はできませんが」


「一応使えるけど、ちょっとした怪我を治すぐらいで大きな怪我では時間が掛かりますよ?」


「それで十分だ。ソフィアにも銀ダンを一丁渡しておく。こいつのKD弾に掛けるのは治癒魔法だ」


「どういう事ですの?エアガンに込める弾丸には貫通魔法と相手に見合った魔法を掛けて、風魔法で加速して飛ばすのですわよね」


「ああ。いつもならな」


銀ダン、いわゆる7禁のおもちゃの鉄砲の中でも、俺が持っていたのは10禁のシリーズである。7禁と10禁にパワーの違いはなく塗装がリアルなだけなのだが、娘達のPDWとして装備させている。

たかが10禁と侮る事なかれ。銀ダンといえども貫通魔法で強化された弾丸は、10mほど先のオーガの頭蓋骨ですら貫通する。

その威力を知っている娘達だからこそ、銀ダンに装填されたKD弾に治癒魔法を込めるという意味が分からなかったのだろう。


「試してみよう」


そう言って予備の一丁(というか最後の一丁だ)をミリタリーリュックから取り出す。

グロッグ26、アイダに渡しているものと同じだ。装弾数18発。重量130gちょっと。最大飛距離はカタログスペックでは15メートルほどと書かれているが、実際に狙って当たる距離は5メートルほどだ。それでもこの世界で魔法による補助を併用すれば15mは必中距離となる。

グリップ部分からマガジンを抜き、珪藻土製のKD弾に治癒魔法を込めながら装填する。

その手順をじっとソフィアが見つめている。


と、広範囲探索魔法(レーダー)が一群を捉えた。

東の方からまっすぐ野営地へと向かって来る。

顔を上げるとイザベルとビビアナが同じ方を向いている。優秀な斥候(スカウト)であるこの2人も同じ集団に気付いたようだ。


「偵察隊ですか」


「たぶん。お兄ちゃん双眼鏡借りるよ」


イザベルが俺の背中のミリタリーリュックから双眼鏡を取り出し覗く。俺の肉眼では捉えられないが、目のいいイザベルには目視でも何かが見えているらしい。


「一頭立ての馬車だね。その周りを兵士が歩いてる。偵察隊って馬車で向かったっけ?」


イザベルの呟きにアイダとカミラが揃って首を傾げた。


「いいや。偵察隊はどれも馬車を伴ってはいなかった。指揮官だけは騎乗していたが」


「後発で増援に向かった様子もなかった。輜重兵の馬車か?」


「う〜ん。うちらが使ってる馬車と同じかな。でも御者台が無くて騎乗して曳くやつだね。幌もない」


御者台が無くて御者は騎乗して曳いている。つまり大八車を馬に曳かせているのだろう。


「じゃあどこかの村で徴用したのか。借りただけかもしれんが」


「でもわざわざ馬車を?」


「イザベル。歩いている兵士の数は?」


「う〜ん……10人ぐらい?いや、10人はいないような。まだ遠くてはっきりとは数えられないけど」


「カズヤ、偵察隊はどれも二個分隊規模だったと思うのだが、一個分隊で出た隊があっただろうか」


「いや、それぞれ二個分隊で向かったはずだ。戻ってきた偵察隊も欠員なしの総勢40名だった」


「だとすると……」


カミラの懸念は理解している。

偵察隊の残りは20人のはずが、戻ってきているのは10人足らず。つまり“戻って来れない事態が起きた”という事だ。


「ああ。おそらくは。アリシアとビビアナ、カミラとソフィア、ついて来てくれ。アイダとイザベルはルイサとグロリアと共に待機。送り狼はいないと思うが、用心してくれ」


「任せて。いざとなったら木の上から狙撃するよ」


「おいおい。私は木登りなんて出来ないぞ」


「何言ってんのアイダちゃん。昔はよく登っていたじゃん」


この二人の掛け合いを見ていると、目下の状況に自然と高まっていた嫌な緊張感が程良く解れていく。

まったくこの子達は狙ってやっているのだろうか。だとしたら大したものである。


「アイダ、イザベル。無闇に野営地に近づくなよ。それと……アリシア達はこれを」


手近にいたアリシアに手渡したもの。それは口と鼻を覆うアフガンストールと目を覆うゴーグル、防水加工されたタクティカルグローブだ。どれもコピー品だが気休めにはなるだろう。


「これは?」


受け取ったアリシアがきょとんとした顔で説明を求める。


「こうやって口と鼻を覆っておけ。ゴーグルとグローブは分かるな」


仮説である。あくまでも仮説ではあるが、俺は一連の事象が一種の感染症に近いのではないかと考えている。ソフィア以外の皆の服装はBDUを模した長袖だし、手と顔と頭を覆えば肌の露出は最小限に抑えられる。アフガンストールがどれほどの効果があるか不明だが、まあ気休めにはなるだろう。


「お揃いですね!やった!」


と無邪気そうな笑みを浮かべたままアリシアがビビアナ達の装備着用を手伝う。


「準備できましたわ。なんだか異国の民みたいです」


声を発したのはソフィアである。彼女とグロリアはアルテミサ神殿の神官見習いとその世話係だ。よってその服装はドレープのついた紺色または白いワンピースに革の編み上げサンダルである。ちなみにソフィアが世話係の方で、彼女の服は紺色である。そんなソフィアが褐色のアフガンストールで頭から胸元を覆いゴーグルを着用した様は確かに砂漠の民のようにも見える。


「いや、よく似合っているんじゃないか?」


口にした直後に俺は後悔した。アリシア以下娘達のジト目が俺の後悔に拍車を掛ける。まったく柄にも無い事をする物ではないな。


「よし、行くぞ」


全員の装備が整った事を確認して、野営地の方へ歩き始めた。

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