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182. アリシア達が集めた情報(8月10日〜13日)

ガスパールが派遣した偵察隊と、エシハの街で情報収集にあたるアリシア達が戻るまで、残った俺とカミラ、アイダとイザベルは正直言って手持ち無沙汰になってしまった。

緊迫感が漂う中で手持ち無沙汰というのも可笑しな話だが、統制された部隊の中で魔物狩人(カサドール)に求められる役目などそう多くはない。怪我人や病人の治療と周辺警戒ぐらいで、それ以外は放って置かれている。

そんな雰囲気下である。

自由奔放なイザベルだけでなく、アイダも野営地にただ留まる事を嫌がった。アイダが嫌がればフェルも嫌がる。

その結果、日中は野営地の外で監視と獲物の解体を行い、夜間だけテントに戻る生活を過ごす事になった。

エシハに派遣したアリシア達が気にはなったが、ちゃんと皆で行動していることは広範囲索敵魔法(レーダー)で把握できている。アリシアとソフィアだけなら心配でもあるが、ビビアナが同行している。問題はあるまい。


偵察隊は3チームが派遣された。その内、近郊に派遣された偵察隊の2チームは大した情報も無く引き揚げている。残るはエルチェナに向かった1チームのみだ。


◇◇◇


野営地に留まって三日目の昼過ぎに、アリシア達が戻ってきた。レーダーで感知した俺達も急いでテントに戻る。


「ただいま!」


勢いよく飛びついてきたのはルイサではなかった。

正確にはルイサよりも早くアリシアが飛びついてきたのである。釣られたのかグロリアも駆け足で近寄ってはきたが寸前で思い止まったらしく、大きく広げた両腕を中空でパタパタさせている。


「あなた達!というかアリシアさん!場を弁えなさいな。いい歳して恥ずかしいですわ!」


「あはっ、つい……ごめんなさい」


テヘペロってやつを目の前でやられるとはな。


「まったく、数日離れただけでこれですわ。カズヤさん!この子達を甘やかし過ぎなのではなくって!?」


「ビビアナどうした。何かあったのか?」


「どうしたもこうしたもありませんわ。この子達、夜泣きするんですのよ。ルイサだけならいざ知らず、アリシアさんまで!どういう事ですの!」


ルイサもアリシアも夜泣きなどしないはずだ。

アルカンダラの家ではアリシア達はそれぞれ個室があるから、もしかして俺が知らないだけかもしれないが、少なくとも一緒に旅をしている間にそんな事は一度もなかった。

よっぽどストレスが溜まっているのだろうか。

思えば休日らしい休日も無く過ごしている。

“狩人の生活なんてこんなもの”と娘達は言うが、そろそろ限界が近いのかもしれない。


「あの……夜泣きなんて大袈裟です!ちょっと涙が溢れただけで……」


今にも泣きそうな目でアリシアが訴えてくる。身長差もあって自然と俺に縋り付くような体勢で訴えるアリシアをどう扱えばいいのか。


「まあ涙が溢れる事ぐらいあるよ。私だって泣いたことの一つや二つ」


「ってかアイダちゃん泣き虫だもんね」


「お前に言われたくない!」


オロオロしている俺をアイダがフォローしようとしてイザベルの邪魔が入る。


「カズヤ君、とりあえず向こうで報告を聞こう。此処では人目もあるし」


留守番組だったカミラが話を纏め、率先して歩き出した。


◇◇◇


移動した先は小高い丘の上に一本だけ生えた大樹の下である。この世界の夏は元の世界の夏とは比べ物にならないほど過ごし易いが、それでも日中の日差しを避けるには絶好のスポットである。

丘の麓にある道はエシハの街の東門まで続いているが、門はぴったりと閉じられている。東門だけでなく四方の門が閉ざされ、通行証を持つ者しか出入り出来なくなっているらしい。

そんな中、娘達は狩人の徽章を翳して堂々と入門したようだ。


アリシア達の報告を要約するとこうである。

まず彼女達は宿を確保し馬車を預けてから、市場を回り連絡所に向かった。物価は跳ね上がり品数も相当減っているらしい。

魔物狩人(カサドール)の徽章を翳して入門したことは、すぐに連絡所にも伝わっていた。

諸手を挙げての歓迎となるはずが、現れたのは年端も行かない少女2人と幼女2人、そしてその服装から辛うじて神殿関係者であることが伺える女が1人。連絡所長も待ち受けた他の狩人達も大層肩透かしを喰らったことだろう。

だがその落胆も“アリシアが獅子狩人の徽章を掲げた事で一気に吹き飛んだ”というのがソフィアの見立てである。

偵察組の最年長たるソフィアは自身の役回りをきちんと理解していた。酒場に向かい、迫り来る吸血鬼(バンピロー)への恐怖からか昼間から飲んだくれていた住人達を捕まえては、情報収集に精を出してくれていた。

曰く、救援に向かった衛兵隊が凶暴化した村人に襲われたとか。

曰く、吸血鬼(バンピロー)とは狼の皮を被った魔物であり、その牙に掛かった者は屍食鬼(ネクロファゴ)という魔物になる。村人や衛兵を襲ったのは、その屍食鬼に違いないとか。

曰く、屍食鬼になった者は首を刎ねるか心臓を貫かない限り殺せないとか。

曰く、屍食鬼になると全身の皮膚が爛れ生ける屍になるとか。

曰く、吸血鬼(バンピロー)が出現する前には生臭いような腐ったような異臭がするとか。

曰く、屍食鬼に喰われた者も屍食鬼になるとか。

まあ大半は夏になると流行るB級ホラーの域を超えないものばかりであった。

そんな情報の中でも幾つかは有益な情報があった。


「治癒魔法が効くのか」


「ええ。出動した衛兵のうちの1人から話を聞くことができました。何でも腕を噛まれたとかで、傷口を見せていただきました」


「治癒魔法で魔物化の進行を食い止めることができた」


「そのようです。その方は自身で治癒魔法を使ったと話しておりました」


「傷の状態は?爛れた屍になるのが本当なら、いくら治癒魔法を使ったとしても……」


「いいえ。歯型らしき痕跡が残ってはいましたが、言われなければ分からない程度のものです。酒場ではホラ吹き扱いされておりました」


「その人なら私達も会いましたけど、嘘をついているようには見えませんでしたよ」


「そうですわね。私も同じ意見です」


アリシアとビビアナが首を縦に振る。


「とすると、全身の皮膚が爛れるというのは誤情報か……」


「そうとも言い切れないな」


首を横に振ったのはカミラだ。


「この地方には墓から這い出す死者の伝説がある。死人が起き上がって動き回っているんじゃないか?それなら腐って異臭がするのも当然だ」


「その話も古老にお聞きしましたわ。エシハの街の前領主、今は息子に地位をお譲りになられた先代のエシハ伯グスマン様にお会いしましたの」


その名前にソフィアが少し反応したように見えたが気のせいだろうか。


「それで?何かわかったのか?」


「ええ。もっと東側のグラウスの地域には、確かに“生ける屍”の伝承があるそうです。アルカンダラで皆が言っていた、暴漢に襲われて亡くなった女の子の話ですわ」


「俺も聞いたな。それは有名な話なのか?」


「お伽噺としては有名ですわね。ですが事実だったとはグスマン様にお聞きするまで知りませんでした」


「事実だったと言うことは、何か記録が?」


「記録ではなく記憶ですわね。その女の子を襲った暴漢一味を捉えて裁いたのが、当時この地方の領主だったグスマン様のお祖父様でしたの。余罪多数で吊るし首にするはずだったのですが……」


「逃げられたのか?」


「いいえ。屋敷の牢に閉じ込めていたはずの一味全員が殺されたそうです。それも生ける屍となったと。まだ幼かったグスマン様もよく覚えておいででした」


「その犯人……というか原因になったのが、被害者である女の子だと」


「ええ。生ける屍になった者を焼き殺した後に、女の子を埋葬したはずの墓が荒らされているのが見つかったと。もちろん今となっては事の順番は不明ですが、まず間違いないと申されておりました」


つまりは暴漢に襲われて亡くなった女の子が吸血鬼(バンピロー)となって復讐したと考えられているのだろう。そしてそれが“生ける屍”を生み出す。

とすれば、元凶である吸血鬼(バンピロー)は1体でそれを倒さない限り“生ける屍”の再生産は止まらないのではないか。

まったく気が重い話である。

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